第5話 国王さまからお手紙ついた
機械化歩兵ならぬ、わんわん化冒険者。
発想はよかったと思うが、いかんせん成果を上げるまでのハードルは高いようで、結局おチビたちは一発もシセリアに軽石をぶつけることができなかった。
とはいえ、わんわんを乗り回して目標に投擲という訓練は楽しかったらしく、当人たちは『またやりたい!』と乗り気であった。
で、そんな訓練を終えての帰り道。
「いっぱい運動したのでお腹が空きました。あむあむ」
はばかることなく、シセリアはお菓子の食べ歩き。
俺の記憶が確かなら、ずっと突っ立ってお菓子を食っていただけだったはず。いったいいつの間にお腹を空かせたのか、まったくもって謎である。
そんなシセリアはおチビたちや邪妖精たち、なんなら道中見かけた物欲しそうな子供にも気前よくお菓子を配った。
今や歩くお菓子倉庫と化したシセリアは子供を見かけたらお菓子をあげずにはいられないご老人のような大らかな心をその身に宿しており、さらにはシルさん家に戻ったあと自分の誕生日会が開かれることもあって、もはやその精神の有り様は聖人君子を飛びこえ世を照らすアマテラス大神の領域にあるようだ。
そんなわけでお菓子をもしゃもしゃする面々を引き連れてシルさん家へと帰還。
迎えてくれたシルはまずおチビたちの『ただいまー』ラッシュを適当な感じでさばき、それからシセリアにほいっと手紙を渡した。
「留守中、宿のほうに城の役人がきてな。私が預かったのだ」
グラウ父さんがシセリアを捜しにくるも留守と判明。役人は宿で待つことにしたようだが、手紙を渡すくらいなら、とシルが預かる提案をして――というやり取りがあったようだ。
役人は守護竜様の提案に従うか拒むか、めっちゃ悩んだんだろうな。
「陛下からの……お手紙……?」
手紙を見つめるシセリアの、なんと禍々しいことか。
よほど王家に恨みを持つ者でなければしない顔、または愚弟スサノオの悪行――御殿うんこ塗りたくり祭りを開催されたアマテラスがきっとこんな顔をしていたのでは、と想像するに難くない表情だ。
間違ってもこのところ毎日お世話になっている魔法鞄をくれた相手にするような顔ではない。
「あー、いい予感がしません。どうしてこう、手紙っていうのは困りごとばかり運んでくるんですかね?」
ちょっと前にも仕事をさぼって故ニャスポンをもふりにきたゴーディンが魔界の諸侯のお子さんたちから預かった手紙を持ってきた。
手紙はシセリアとおチビたち宛で、かいつまんで言えば『魔界に遊びに来て!』という内容である。
応じてやりたいところだが、なにしろ数が数だし、魔界のあっちこっちにいく必要があるのでひとまず調整中になっている。
「ふう、とはいえ陛下からのお手紙です。読まないわけにはいかないので……ひとまず私の誕生日会のあと、落ち着いてから読むことにしましょう」
自国の王からの手紙を後回し、読まずしてケーキを食べるか。
たくましく育ったなぁ……。
「ん? なんだ、その誕生日会というのは?」
「ああ、それなんだけどな――」
と、俺は留守番していたので話題についてこられないシルに事の成り行きを説明して、ここで誕生日会を開いていいかの確認をとる。
「なるほど、それは私たちには馴染みのない話だな。生まれた日どころか、年齢すら把握していない奴も多いだろうし……。まあ話はわかった。要はこのあと酒盛りを始めるということだな?」
「酒盛りじゃないから。お食事会だから」
「なんだ、そうなのか……」
しゅーんとシルがあからさまに残念がる。
大人が友人を集めて――となれば酒も入るだろうが、だからって酒盛りというほどでは……いや、若者の間であれば有り得る話か?
でもまあ今回の主役はシセリアだし、参加者は未成年どころかお子さんたちが半数を占めるんだから、やるならやっぱりお食事会である。
そんな話をしたところ――
「なら私の誕生日会で――いや、だが誕生日となれば……ぐぬぬ……」
シルが唸るばかりになってしまった。
まあ許可は得たので、とっとと準備を始めよう。
せっかくなのでここは『鳥家族』も活用することにして、パーティーセットなる概念を放り込んで強引に注文。
ただこれでは鳥料理ばかりとなるため、それ以外の料理や飲み物は俺が用意しなければならない。
と、ここまではよかったのだが――
「お? お? 宴か? 宴をやるんか?」
「祝うぞ、儂らも祝う。おお、祝うとも」
「それでのう、ちょーっとばっかし酒を恵んでもらえんじゃろか?」
どうも『鳥家族』の店内でメシを食っていた客から話が広まってしまったらしく、宴だ宴だ、酒だ酒だ、とシルさん家の塀にずらっとドワーフたちの顔が並ぶことになった。
もうちょっとしたホラーだ。
とりあえずモグラ叩きのごとくクーマーに張り飛ばさせてみたのだが、生首の数は多く、張り飛ばしても酒への執念で復活してきやがるので埒が明かない。
「お前らは関係ないだろうが」
「いいや、そんなことはないぞ!」
「近々、ユーゼリア騎士団と神殿騎士団の詰め所が仕上がる!」
「シセリアちゃんは、そこの責任者って話じゃろ?」
「それなら建築に関わった儂らにも祝う権利があるはずじゃ!」
「ばんざーい! パティスリー伯爵、ばんざーい!」
タダ酒を飲みたいあまり、無茶苦茶なことを言う髭モジャたち。
「ふふ、ケインさん、いいじゃないですか。皆さんも私の誕生日を祝ってくれるって言うんです。ここは大目に見てあげましょうよ」
浅ましいドワーフたちに、シセリアは大らかな対応を勧めてくる。
まるで誰にでも分け隔てなく接する名君のようだ。
ちなみにパティスリー伯爵に領地はないし、領民もいない。
「じゃあ面倒だから参加人数に応じて誕生日会は規模を縮小しよう。みんなにクッキー一枚配るくらいで。シセリアは特別に二枚な」
「ぬぇえーい! この飲みたいばかりの髭モジャどもがーッ! 私の誕生日を祝うていでお酒にありつこうとは無礼千万! 卑しき者どもよ、身の程を知るがいいです!」
暴君が誕生した。
でも領地はないし、領民もいないのでとくに問題はない。
「ケイン、そう意地悪をしてやるな。ドワーフたちには世話になったじゃないか。それにせっかくのお祝いだ、ここは受け入れてやろう」
「この飲みたいばっかの家主は……。わかったよ。とりあえず酒は提供してやるから、『鳥家族』なりどこぞの道端なりで勝手に祝え」
よっしゃーっ、と喜ぶ生首たち。
こうして俺は酒の配給を始めることになり、終わる頃に『鳥家族』からこの世界で初となるであろうパーティーセットが届いたのでそのほかの料理や飲み物、そしてメインとなるバースデーケーキを用意した。
『おお~!』
上がる歓声。
味はこれまで食べたケーキとそう変わるものではない。
しかしこういったケーキの真骨頂はその見た目。
ハッピーバースデーと書かれたチョコレートのプレート、飾りつけのフルーツに可愛らしいマジパンの人形と、これまでにない派手さ、煌びやかさにはシセリアはにっこり、おチビたちは『自分の誕生日にもこれが!』と期待に胸を膨らませてせっせと撮影だ。
「んで、次はこれだ」
「ほえ? ケーキにロウソクを立てるんですか?」
「迎えた年齢の数だけロウソクを立てて火をつけるから、それを願いを込めながら吹き消すんだ」
「へー、面白いですねー」
「大元は願いを届けるための儀式っつー話らしいな」
ドイツでは魔除けの一種ということにもなっているが、喋る鎧やら古い妖精やら、こんだけ魔に取り憑かれたシセリアには気休めにもならないだろう。
「と、歳の数だけロウソクを立てる、だと……?」
あとシルさんが慄いているのは……うん、そっとしておこうか。




