第4話 砂糖とスパイス、それと素敵な何か
お嬢ちゃんたちが騎乗した状態でもわんわん三匹は充分な機動力を発揮することが確認できた。
これならすぐ次の検証に取りかかっても大丈夫そうだ。
「さて、これでなにをさせたいのかと言うとだな、お前たちには騎乗したままの状態で魔法攻撃ができるようになってもらいたいんだ」
目標はわんわんたちの機動力を強みとした移動砲台。
クーマーに跨がるラウくんは後方支援、テペとペルはその周りで周囲の警戒と索敵、ペロはいざとなったときの温存戦力だ。
まあ現状ではみんな水弾を飛ばすくらいのもの、攻撃力の高い魔法はまだ使えないので、これは将来のための訓練ということになる。
「ひとまず今回は魔法の代わりにこれを投げてもらう」
そう言って用意したのが、ピンポン球みたいな丸い軽石。
これを小袋に詰め、おチビたちに配布する。
「せんせー、これをみんなでぶつけ合うのー?」
「それもいいが、さすがに難しいだろうから今回はじっとしている的を狙うようにする。で、その的なのだが……」
「え、なんですか? どうして私を見るんですか?」
視線を向けると、シセリアは眉間に皺を寄せつつ口をとがらせ、タコのような顔になった。
「まさか……よってたかって私に石を投げつけようと!?」
「妖精たちが悪さしたから、監督不行き届きの罰だな。誕生日ケーキをなしにするっていう罰もあるが……」
「ハッ、このシセリア、不肖ながら誠心誠意、的の役をやらせていただきます!」
直ちにシセリアは覚悟完了。
これを邪妖精たちは持て囃すように煽る。
「ヒューヒュー! シセリアかっこいー!」
「安心して、骨は拾ってあげるから!」
「ケインさんケインさん! 名案がありますよ! 的は私じゃなくてあの子たちにしましょう! いえ、ここはそうすべきです!」
「それも考えたが、小さすぎるんだよ。的にするには」
「ええぇー、そんなぁ~」
こうしてシセリアは大人しく絶望したので、さっそく適当なところに立たせて訓練を開始する。
お嬢ちゃんたちは、小走り程度の速度でシセリアの周囲を回るわんわんに騎乗したまま軽石を投げるのだが――
「ぬあー! うまく投げられないー!」
「ベルちゃん、もうちょっとゆっくり……もう歩いてくれる?」
「フリード! また速くなってきてる! これじゃあ、投げるどころじゃないわ! フリードって!」
うーむ、なかなか上手くいかないようだ。
単純に地面に立って投げるのとは勝手が違い、投げられはするものの、軽石はだいたいあらぬ方へと飛んでいく。
そしてお姉ちゃんたちから離れた場所では――
「んん~……ん!」
伏せてひと休みしているクーマーの背でラウくんが懸命に遠投をおこなっていた。
だが残念なことに、まったく飛距離が足りずシセリアには届かない。
ぽーん、と山なりに投げられる軽石は、テペとペルが競い合うように回収に向かい、すぐにラウくんのもとへと戻される。
もはや自動ボール投げ機扱いである。
ちなみに一緒にいるペロは投擲禁止だ。
あの見た目で妙にパワフルなため、その投擲を受ければ軽石とてシセリアは怪我を負うだろうし、当たり所が悪ければ重傷の可能性もある。
二段階変身をするようになったシセリアだが、あれで素となるとわりと普通、なんと鉄アレイで殴り続けると死んでしまうくらいか弱いのだ。
ともかく狙う側がこんな状況であるため、罰として的をやらせたというのにシセリアはただ突っ立っているだけという状態になっていた。
いや――
「もしゃもしゃ……」
投擲大会が始まってすぐに『あれ、もしかしてこれ楽なんでは?』と勘づいたか、構えをといて休息体制。さらにはぼ~っとしているのが暇だからと、お菓子を食べ始める始末だ。
確かに『その場に留まっていろ』という指示だけで『おやつを食べてはいけない』なんて注意はしなかったが……。
「うーん、これなら水弾を撃たせたほうがよかったか?」
騎乗状態での魔法行使。
難易度はまた上がるだろうが、この寒くなってきた時期にあちこちから水が飛んでくるとなればシセリアも少しは危機感を持ち、のん気におやつの時間を始めるようなこともなかっただろう。
「攻撃力の高い魔法を扱えるようになれば、普通に強いと思うんだがなぁ……。エレザはどう思う?」
「子供たちが冒険者となったとき、あの獣たちを同行させるのは良い考えだと思います。索敵、牽制、追跡と役立ちますし、なによりいざ逃走となった際にはあの機動力が物を言うでしょう」
「同行させるぶんにはいいか」
「はい。ケイン様が目指す戦闘法は、しばらく訓練を積ませないことには難しいかと。しかし、もし実現したとすればなかなかのもの。そこらの冒険者たちよりは強いはずです」
「ほう、たとえばどんなもん?」
「そうですね……。三人がそれなりの攻撃魔法を使用し、ちゃんと標的に当てられるようになったとすれば金級くらいでしょうか。ペロさん込みとすれば、霊銀級の上位ほどでしょう」
「ん? ペロが加わっても王金級には届かないものなのか」
「私を仮想敵として考えていただければわかりやすいかと」
「あー、うん、ちょっと無理そうだな」
それなりに善戦はできそうだが、それでも経験の差であしらわれそうな気がする。
「とはいえケイン様、これは飽くまで『冒険者としての活動をしたことがない小娘』の意見ですから、どうぞご参考までに」
「……。ああ、冒険者は十二歳からで、エレザは十四歳だもんな」
「はい。わたくしエレザは十四歳なのです」
満足げに微笑むエレザが怖い。
話を逸らそう。
「じゃあ、同じく冒険者としての活動をしたことがないシセリアはどれくらいのものだと思う?」
「そうですね……。光るところのある銀級、でしょうか」
「ふむ、アイルと一緒?」
「ああ、アイルさんはもっと上、あれで霊銀級くらいにはいける人ですから比較する対象には向きませんね。ケイン様が想像するよりも、銀級、金級という階級は地味なものです。努力でどうにかなる段階ですので。そこから先は、なんらかの才能が必要となります」
「じゃあ、変身したシセリアなら王金級か?」
「はい。それもかなり上等、おそらくは世界有数。すでに王家には王国の最高戦力、ただ一人で軍事力として数えられる存在と認められています。ああ、もちろんケイン様やシル様を除いた場合の、ですが」
「最高戦力ねぇ……」
相変わらずおやつの時間を続けているシセリアだが……まあ妖精騎士フォームなら俺やシルとも戦えそうな気がするし、あながち間違いではないと思える。
「鎧あっての話だが、それでも立派なもんだな」
「立派ですとも。最初は魔導への耐性が高そうでしたので、あの鎧を扱うことくらいはできると思ってのことでしたが……まさかここまでの親和性を発揮するとは」
「そんなにすごいことなのか?」
「普通であればまず契約に耐えられませんし、かろうじて耐えても振るう力の程度によってはもちません」
「振るう力……だいぶ好き放題にやってるよな、あの鎧」
「はい。さらには今回、災いたる古の妖精をシセリアさんの身に封じることすらおこないました。さすがにイチかバチかの賭けではなく、シセリアさんなら大丈夫と確信があってのことでしょうから……いったいシセリアさんの抗魔力はどうなっているのでしょう……?」
「どうなってるのかなぁ……」
今やエレザですら困惑するレベルに至ったか。
シセリアは不思議でいっぱいだな。




