第3話 わんわんライダーズ
道中、余計な思いつきのせいでシセリアの誕生日を祝ってやることになったり、さらに流れでいずれおチビたちの誕生日会も開いてやらなければいけないような雰囲気になってしまったりしたが、以後は何事もなく公園へ到着した。
「ぐぬぬ、誕生日がもっと遅ければ……ケイン様に祝って貰えたものを……」
クーニャがずっとぶつぶつうるさいが、ともかく到着だ。
「んじゃ、さっそく今日やる訓練についてだが……まずはこいつらに乗ってもらおうか」
そう言いつつ俺が目を向けたのは『なにする? 遊ぶ? 遊ぶ?』と口を半開き、へっへっへっと期待に目を煌めかせているアラスター、ベクスター、『かまって? もっとかまって?』とメリアに擦り寄るフリード、それから『人生とはいったい……』と瞑想するように座り込んでぼけーっとしているクーマーだ。
「せんせー、クーマーは乗っても大丈夫そうだけど……ほかの子たちは平気かな?」
「平気だと思うぞ。なにしろただの犬じゃないからな」
内二匹が狼とかそういう話ではなく、こいつらは魔獣というファンタジーなわんわんだ。
さらに言えば、シルさん家で暮らすようになってからこいつらは体格が良くなっており、ついでに毛並みも艶々、健康そのもの。
これについては、特別世話を焼いたというわけではなく、俺が適当に与えていた餌が良かったのだろうと考えている。
なにしろ創造したものだ、魔力はたっぷり。
ちゃんと吸収できる器があるなら、食べれば食べるだけ魔導的に強化されていくという代物なのである。
この餌には犬たちも満足しているらしく、だいたい餌の時間になると落ち着きがなくなり、もじもじそわそわ、それでもほっとくと最終的にはわんわんきゅんきゅん、もう辛抱たまらず『ごはん! ごはんごはん! はやく!』と騒ぎ始める。
その点、クーマーは落ち着いたもので、のそのそっとやってくると『あ、ごはんですか? いつもすみませんね、えへへ』といった感じで実に慎ましい態度を見せる。
もしかすると、でかい図体のくせにシルさん家にいる動物の中で一番可愛げがあるかもしれない。
「俺が暮らしていた森――どうも魔境なんて呼ばれてるようだが、そこは魔素が豊富でな、棲んでる動物がやたら強かったのはその魔素を吸収していたかららしい。なら、俺の与える餌で似たような状態にあるこいつらだってそれくらいたくましくなっているはず。お前たちを乗っけるくらいわけないさ」
そう説明しつつ、俺は犬や熊の体型に合わせた鞍を創造して順番に装着させる。
「トロイの鞍を参考に用意してみたものだが……まあ、そのまま跨がるよりは乗りやすいはずだ。ひとまず試してみてくれるか。ノラはアラスター、ディアはベクスター、メリアは……うん、フリードだな。ラウくんとペロは一緒にクーマーだ」
パートナーとなる相手を発表し、さっそく騎乗するよう勧める。
ラウくんとペロはすぐによいしょよいしょとクーマーに乗り込んだものの、ノラ、ディア、メリアの三人はちょっと迷っていた。
それでもまずはノラが恐る恐るアラスターに乗り込み、首の辺りを撫でながら確認をする。
「アラスター、だいじょーぶー?」
「ウォフ!」
半信半疑なノラにアラスターは力強く答えた。
ピシッとした立ち姿は変わらず、さらには『ほらほら、平気でしょ?』とでも言いたげにてってってと軽快にそこらを歩き回る。
「おー! おおー!」
安定したアラスターの歩行に心配げだったノラもやっと安心。さらにはわんわんに騎乗という珍しい体験にすっかり気を良くして感嘆の声を上げる。
その様子を見てディアも大丈夫と判断したか、恐る恐るながらベクスターに跨がった。
「ベクちゃん、よろしくね?」
「バウ!」
こうして残るはメリアとフリードのみとなる。
「メリアお姉ちゃん、乗らないの?」
「乗るけど……。実はちっちゃい頃にフリードを乗り回していて、おっこちてちょっと怪我したことがあるのよね。それからお母さまに乗るのを禁止されていたから気分的に乗りにくいの。さすがに今は大きくなったし、ちょっとの怪我くらいへっちゃらだからいいんだけど……フリード、乗っても平気?」
「ウォン!」
ばっちこい、とでも言いたげに吠え、フリードは準備万端。
もともと今日はメリアと一緒に行動していたのでテンション高めだったが、さらなるコミュニケーションの機会にボルテージはうなぎ登りらしく尻尾が大暴れしている。
「じゃあ乗るわよ。よい――しょっと」
と、残ったメリアがフリードに跨がり、こうしてお嬢ちゃんたちの騎乗が完了する。
「よし、見た感じどの組みも問題はないようだな。ではちょっとあたりを歩きまわるよう指示を出してみてくれ」
『はーい!』
「……ん!」
元気の良い返事のあと、おチビたちがそれぞれの相棒に歩くよう指示。
わんわん三体と熊一体はのこのこ歩き始め、テペとペルがそれにちょこちょこ付いて回る。
「ふむ、やれと言ったのは俺だが……えらく微笑ましい光景になってしまったな」
雰囲気は動物ふれあい牧場といったところ。
とはいえさすがに狼や熊に子供を乗せるような施設は存在しなかったので、これは異世界ならではと言えるだろう。
「ふーん、なかなか楽しそうじゃん」
「あのぶんなら、ワタシたちが乗っても平気よね?」
「じゃあオレいっちばーん!」
やがてその騎乗風景を楽しそうと感じたが、シセリアにくっついていた邪妖精たちがおチビたちのところへ飛んでいき、それぞれ分かれて乗り込んだ。
まあそこまではよかったのだが――
「おいフリード、ちょっと遅れてるぜ?」
「そうね、ここはいっそ先頭を行くべき、ご主人のためにもね!」
「ワフ!」
なにやら邪妖精たちが犬たちに語りかけ始め、最初はのんびりとした散歩だったのが徐々に足早、速度が上がってくる。
「おっ、フリードの奴が張りきってるな。負けるなアラスター!」
「そうそう、あなたの速さをみせてやって!」
「バウ!」
「あっ、ベクスター、遅れてるわ! このままじゃあなた、この中で一番どんくさい狼ってことになっちゃうわよ!」
「ウォン!」
邪妖精たちが焚きつけた結果、すっかりその気になってしまったわんわん三体は先頭を競い合い、ずでででっと駆けることになった。
わんわん三体も邪妖精もそれはそれで楽しんでいるようだったが、たまったものではないのが三人のお嬢ちゃんたちだ。
「ぬわー、アラスター、速い! 速いよ!?」
「ふわわっ、ベクちゃん、落ち着いてー!」
「フリード! こらっ、また私が落っこちちゃうでしょ!?」
速度的にはシルの背に乗っての飛行ほどではないはずだが、やはり地上を駆ける体感速度となると違うようで、お嬢ちゃんたちはさすがに楽しむ余裕をなくして悲鳴を上げることになっていた。
こうして突発的に始まったわんわんレース、そのうち湖一周でも始めそうな勢いだ。
が――
「こぉーらー! 悪さする子は今日のおやつ抜きですよ!」
『――ッ!?』
シセリアの一喝にてすんなり幕を閉じる。
ダイナミックなライドにお嬢ちゃんたちはひーひー言うことになってしまったが、初めての騎乗がこれくらい激しくてもそこそこ平気だったことを思うと幸先は良いのではないだろうか?
で、その一方――
「おいクーマー、お前も走れよなー」
「……ガウ?」
最初から最後まで、のこのこ歩きまわっていたクーマーのところは実に平和なものだった。




