第21話 その頃、爆心地では
その日、シルヴェールはおよそひと月ぶりにケインの家を訪れようとしていた。
前回の訪問からこれだけの期間が空くのは、彼と出会ってから数えるほどしかない。
今回、訪問が遅れたのは、妹――マリヴェールに誘われ『さまよう宿屋』に泊まるため、その『さまよう宿屋』を探し、見つけるのに時間がかかったためだ。
現在の『さまよう宿屋』は若い男性で、ケイン同様に使徒である。
彼が作り上げ、異空間に仕舞い込んでいる宿屋は、元々彼がすごしていた異世界にある宿、その環境を再現したもので、実にすごしやすく、確かにマリーが入れ込むだけはあると感心した。
「わたしが目をつけた使徒はすごいでしょう?」
まるでこちらは『すごくない』と言われたようで、シルヴェールは顔をしかめることになったが、考えてみれば事実『しょぼい』のでますます顔をしかめることになった。
なるほど、この宿と比べてしまえば――。
シルが思い起こすことになったケインの家はひどいものだ。
何しろ、お土産として自分が持ち込んだ品以外は、すべてケインが自作した物。加工技能があるわけでもない彼が作り上げる物は、水瓶であれ、ベッドであれ、そして絶対に言えはしないが家であれ、素人臭さを感じさせる歪さが残っている。
けれども――。
そんな家がシルヴェールにとっては居心地の良い場所だった。
それこそ『さまよう宿屋』の宿よりも。
これは何故なのか?
きっと『家』の問題ではないのだろう。
確かにマリーが目をつけた使徒の方が『すごい』のかもしれない。
だが、ケイン――スローライフなるものに取り憑かれ、どれだけ勧めても森から出ようとしないあの変わり者は、あれで面白い奴なのだ。
「でも森の中で大人しく暮らしているなんて、つまらないじゃない」
マリーは言う。
これをシルヴェールは「違う」と否定した。
実際、マリーの想像はかなり間違っている――いや、事実と異なってしまっている。
ケインは大人しくなんて暮らしていない。
いつも突拍子もなくて――。
ああ、と、そこでシルヴェールは納得した。
きっと、だから、ケインと一緒に居るのは飽きないのだろう、と。
△◆▽
鬱蒼としたアロンダール大森林に、ぽっかりとある広場にケインの家はある。それはかつて聖域であった場所。彼に害意を持つ存在をことごとく拒む聖域。今やその効力を失ったが、もしかするとそれは、もうケインにとって不要となったために消えたのではないか――そうシルヴェールは考えている。
家の近くまで来たところで、シルヴェールはまず妹に誘われ『さまよう宿屋』へ行ってきたことを話題にしようと思った。
それから魔法鞄に詰めてきた料理を出して、それを酒でも飲みながら二人でつまみつつ、ちょっと鬱陶しかった妹への愚痴を聞いてもらおう。どうせケインの方は特に変わりなく――
「ん?」
異変にはすぐに気づいた。
なにしろ、聖域が爆心地に変わっていたのだから。
「なんじゃこりゃぁぁぁ――――――――ッ!?」
シルヴェールの口から絶叫が飛び出した。
あまりに驚きすぎて、そうか、本当に驚くとこんな大きな声が出るものなんだな、と冷静に考えてしまう自分を発見するほどだった。
「なん、なん、なんじゃこりゃぁぁぁ――――――――ッ!?」
生まれてこのかた、これほど驚いたことはない。
ひとしきり叫んだあと、シルヴェールはようやく落ち着き、ここで何があったのかを考えられるようになった。
まずは――
「ケイン! おーい! ケイーン! おーい、私だー!」
ケインの身を案じて呼びかける。
けれど、いくら呼びかけようと反応が返ってくることはなかった。
「あいつのことだから無事だとは思うが……」
呟きつつ、シルヴェールあらためて爆心地を観察する。
「しかしこれ、魔獣がやったのか……? いや、あの馬鹿みたいに頑丈な家を跡形も無く破壊するような魔獣など、心当たりにないぞ。それに……一撃だ。これは一撃でやってのけたんだ」
強大な力を持つ何かがケインを襲った、そう仮説を立ててみたが、ではその動機はとなると首を捻るしかなかった。
森に住む魔獣の仕業であれば実に納得できるものの、これが外部の者となると、まったく見当がつかなくなる。
なにしろ、奴はこの地に現れてから、一度たりとも森を出たことがなく、であれば恨みなど買うわけもないからだ。
「いや、理由になりそうなものが一つあるか。あいつは使徒だ」
使徒の存在は広く知られている。
実際に会ったことのある者こそ少数ではあれど、その存在は『スライム・スレイヤー』の悪行によって誰もが知るところとなったのだ。
そのため基本的に使徒は敬われる、あるいは恐れられるものだが、なかには勘違いした自信家が無謀にも勝負を挑むということもあった。
「確かに、これだけのことをしでかす力を持てば、勘違いもするだろうな……」
だが、と。
シルヴェールは固く目を瞑る。
「あいつが、あんなに頑張って建てた家なんだぞ……」
定期的にではあったが、ケインの奮闘を見守った。
スローライフスローライフ言いながら、嬉々として苦労するために努力している姿は、正直理解を超えていて不気味ですらあった。
だがその努力は、流した汗は、血は、確かに本物なのだ。
そんな血と汗と涙の結晶である家を木っ端微塵にしてしまう。
そこまでする必要はあったのか。
「……ッ」
突然、体が激しい身震いを起こし、シルヴェールはゆっくりと瞼を上げる。
「ああ、なるほど……そうか、こういう怒りもあるのだな……」
もしかするとそれは、怒りというより憎しみか。
爆発するように発散されるものでなく、ぐらぐらと胸の奥で煮えたぎっていつまでも冷めないもの。
「いや、まだ、まだだ。まずはケインを捜すべきだろう。もしかすると怪我をして動けなくなっているかもしれない」
自分に言い聞かせるように呟き、それからシルヴェールはケインを見つけるために森を巡った。
しかし――
「見つからない……。くそっ、あいつ、無駄に隠れるのが上手くなったからな。本気で隠れていたら見つけ出せないか」
ケインの捜索を諦めるとなると、他に出来ることは一つだ。
襲撃者はこの森の外からやってきたのだろう。
そうなると、森から出ようとしないケインは襲撃者を追うことができない。
ならば、この襲撃者の確保は自分がやるべきだ、そうシルヴェールは考えた。
「伝手はないが……。まあ、そこは頼み込めばどうにかなるだろう」




