第2話 彼女は立てる、折れることなき旗を
ウィンディアに訪れてからというもの、春、夏、秋とそれぞれ色々あった。
もしかしたら森での生活後半のほうが穏やかだったのではないかと思えてしまうものの、事件さえ発生しなければ実に平和、のんびりとおチビたちの面倒を見る日々である。
午前はお勉強、午後からは訓練。
お勉強の場所が森ねこ亭の食堂からシルさん家の居間になったり、広さを必要としない訓練の場合はその庭ですますようになったりとささやかな変化はあるが、基本的なところは今も変わらないでいる。
「あ、そういや俺って一つ歳くってたんだな……」
そう気づいたのは、今日はちょっと変わった訓練するからと自然公園へ向かう途中のことだった。
引き連れるのはおちびーズのほか、シセリア&邪妖精ズ、エレザ、クーニャ、そこにわんわん三体に熊一体――フリード、アラスター、ベクスター、クーマーという大所帯だ。
おチビたちは『シャカちゃんも一緒に!』と訴えてきたが、シャカがいると小さなお子さんがわらわら集まってきて訓練どころではなくなってしまうためお留守番、シルの抱き枕になっている。
「おや、ケイン様は確か十七歳ということでしたので、これで十八歳になったわけですか」
「なんで知ってる……って前にあれこれ質問されたときか。実年齢は三十四だが、体のほうがな」
「生まれた日はもうわからなくなっているということでしたが、冬生まれだったのですね」
「冬生まれつーか、向こうとこっちを照らし合わせた結果な」
「なるほどなるほど……書き書き……」
うなずきつつ、クーニャはさっそく記録を取る。
そんな情報がいったいなんの役に立つのか、どんな価値があるのか、自分のことなのにまったく想像がつかない。
それとも自分のことだからだろうか?
「そういやみんなは誕生日ってどうなってるんだ?」
「どうなってるって? 私は春だよ? だから来年――って、あ、そうなったら十二歳、やっと冒険者になれるんだった!」
「おー、ノラお姉ちゃん冒険者! わたしはもうちょっとしたら十一歳! ラウくんはもっと先の、冬の寒いとき!」
「……ん!」
「私は春の初めなので、ノラさんと近い感じかしら?」
「ボクも春だよ! テペとペルも!」
「わふ!」
「うぉん!」
まあペロたちは三つ子だからな、違ったらどうなってんだって話になってしまう。
「そっか、じゃあこれまではただみんな誕生日がきてなかっただけの話か。どうりで話題に出てこなかったわけだ」
おチビたちなら『今日は誕生日!』と騒ぎそうなもの。
なんて思っていたら、体のあちこちに邪妖精を乗っけたりしがみつかせたりしているシセリアが怪訝そうに言う。
「ケインさんケインさん、私はつい先日が誕生日でしたけど、それってわざわざ話題にするようなことですか?」
「あれ、話題にしない……?」
シセリアも『騒ぐ派』だろうに、こうもなんでもないことのように言うのは違和感を覚える。
もしかして……こっちは誕生日を祝う習慣がないのか?
考えてみれば、俺が生まれ育った日本とて誕生日を祝うようになったのは確か時代が進んでから。年齢の数え方を数え歳から満年齢と正式に定めてからの話だったような気がする。
「そういやシルも誕生日を話題にしたことなんてなかったな……」
遊びにきたシルと他愛もない会話をだらだら続けた日々。
よほどどうでもよくなければ、ちょっとした会話のネタとして話題にくらいしていたはずだ。
「ふむ、戻ったら聞いてみる――いや、そうなると必然的に年齢のことに触れそうだな。なら尋ねるのはやめたほうがいいか……」
こちらの世界でも、女性の年齢はデリケートな話なのだと思う。
なにしろわかりやすいサンプルがすぐそこにいるからな。
「そうですか、シセリアさんは十五歳になったのですね」
そう嬉しそうに微笑むのは件のサンプル――エレザ十四歳である。
「実は私の誕生日もすぐなん――あ、いえ、間違えました。私の誕生日は夏でした。ふふ、うっかりです」
言いかけたことをしれっと訂正するエレザ。
どうやら誕生日は新生したその日に変更されたらしい。
もちろん、それについてとやかく言うような命知らずはいない。
アイルは『鳥家族』で今日も元気にカラアゲを揚げている。
「そうなると、シセリアさんはしばらく私のお姉様ですね」
「おねっ……!?」
なに言いだしてんだコイツ、という顔をするシセリアだったが、それを口にする勇気はもちろんなく、新しく盛られてしまった属性を甘んじて受け入れるしかなかった。
「ま、まあともかく、私は十五歳になったわけです。思えば十四歳の一年は色々ありました。とくに春からが怒濤で、思い返すと懐かしさよりも困惑を覚えます。いったいどうしてこうなったのか……」
春頃は従騎士だったのが、今では立派な伯爵級の騎士で神殿騎士で魔界騎士で妖精騎士という、騎士てんこ盛りである。
「でも、すべては過ぎたこと。くよくよしていても仕方ありません。きっとこれからの一年は穏やかに過ごせる、私はそう信じています」
「え、過ぎたことですましちゃうの……?」
なんでこう、この娘さんは妙なところで豪胆なのか。
穏やかに過ごすつっても、まだ妖精界のリザルトとか残ってるんでは?
そろそろシセリアは波瀾万丈の運命を受け入れたほうがいいように思えるのだが……まあそれも俺の側にいる限り難しい――のか?
うーん、もうシセリア単品であっても妙な騒動に巻き込まれ、謎のパワーアップや不可解な出世が発生してしまうような気がする。
これまでなんとなく巻き込んでいるような認識でいたのだが……もしかして、俺のほうがシセリアの運命に巻き込まれていたという可能性はないだろうか?
いやいや、まさか――
「それでケインさん、誕生日がなんだっていうんですか?」
考えがちょっと怖い方向へ向かいそうになっていたところ、シセリアに尋ねられて我に返る。
うん、深く考えるのはやめとこう。
「いや、こっちって誕生日のお祝いとかしないのかなーと思ってな」
「お祝い?」
「誕生日会とか……。まあ向こうでも程度には差はあったが、子供の頃は親が祝う場合が多かったし、友人を集めて誕生日のお祝い会とかやることもあったんだ」
「へー」
習慣がないんだから話が通じるわけもなく、俺は元の世界――正確には日本の誕生日会事情を話して聞かせることになった。
それでわかったのは、こっちには各国それぞれ建国記念日があったり地域ごとに年中行事なんかはあるものの、向こうのクリスマスみたいな世界規模の祭祀行事は存在しないということだった。
で――
「えっ、生まれた日を祝ってもらえて、さらに贈り物まで!? うわー、素敵ですね! ケインさん、ありがとうございます!」
「こ、こいつ……なんて無垢な瞳でたかりをしやがるんだ……!」
なぜか大喜びを始めたシセリアは『なんかくだしあ』と両手を俺に突きだしてプレゼントを要求してきた。
誰も誕生日会を開いてプレゼントをやるなんて話はしていなかったのだが……こうも無邪気な反応をされるとやりにくい。
「なら……誕生日ケーキを用意してやるから、それで満足しとけ」
「誕生日ケーキ!? それはいったい!?」
「誕生日を祝う特別なケーキだ。大きいものでな、切り分けて祝ってくれるみんなと一緒に食べるんだ」
「大きい特別なケーキ! やったー!」
「みんなで食べるんだからな?」
ちゃんと話を聞いているかあやしいので念押ししておく。
べつに一個丸ごとくれてやってもいいのだが……さすがに食べ過ぎだと思うのだ。
「こうしてはいられません! ケインさん、戻ってさっそく私の誕生日会をしましょう!」
「今は公園へ向かってるとこだっつーの!」




