第1話 猫屋敷の日常
あけましておめでとうございます。
なるべく早く再開するつもりがこの有様、年明け一発目からのごめんなさい。
こんな調子ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
冬を感じさせるもの。
それはきっと猫の鼻。
なんとなく差し出した手のひら、猫がぐいぐい顔を押しつけてきたとき覚えるひやりとした感触に、人は冬の訪れを知るのだ。
かつて森で暮らしていた頃、冬という季節は俺にとって困難そのものであったが、こうして都市で暮らすようになった今季は元の世界ほどではないだろうが穏やかに過ごせそうな予感があった。
本格的に寒くなってきたら……そうだ、シルさん家の居間にはコタツを用意しようか。
冬のコタツ、日本家屋ともなればやはり欠かせないもの。
きっとシルも気に入る。
場合によってはコタツから出なくなる可能性まである。
なんてことを思いながら縁側でニャンゴリアーズや最近こっちに留まるようになったシャカ(大)と一緒に日向ぼっこをしていたところ、『鳥家族』で働いている筆頭ブロッコリーが相談にやってきた。
「旦那、ほら見てくださいよ、この頭。変でしょう? まるで悪い夢だ」
「えっ、いまさら……?」
爆発の余波でイカれてしまった頭が、季節の変化にでも影響を受けて真っ当に動作し始めたのか――。
「俺はね、あのもこもこした『カラアゲ型』が好きだったんです。まさに『カラアゲを揚げる者』って髪型だったでしょう? それがこんな有様じゃあ、いったいなにを揚げる者なのかわかりゃしない」
「うん。……うん?」
べつに真っ当でもなんでもなかった。
そのまんまだった。
「なんでね、そろそろ『カラアゲ型』に戻したいな、と思ってるんです。本当はもっと前にお願いしたかったんですが……ほら、旦那は猫になってましたから、さすがにそれどころじゃないと断られると思いましてね、コトが落ち着くまで待っていたんですよ」
「なんで俺にお願いすんの? 戻したかったら戻せばいいじゃん」
「実は王都中の散髪屋を巡ってみたんですがね、どこも無理だと断られてしまったんでさぁ。一介の散髪屋に人の業ではないものを求められても困るって」
そんな大層な話か……?
まあどうやって仕上げるのかは俺にもわからんし、散髪屋からすれば無理難題だったのかもしれない。
「だからってお願いされても……。そもそも偶然の産物だし」
「ええ、なのでまたその偶然を起こしてもらおうかと。つまりはね、希望者をまとめて、あの爆発に巻き込んでもらいたいんです」
「頭おかしくない?」
「へい、みんなおかしい頭を戻したいんでさぁ」
「うん、そういうことじゃなくてね?」
意思疎通ができてるんだかできてないんだか。
ともかくアフロに戻りたいというのはブロッコリーたちの強い要望で、そうなると俺は応じざるを得ない。
なにしろ、決して意図したものではないとはいえ、こいつらをアフロに目覚めさせるきっかけを作ったのは俺なのだ。
「まあ……やってみるか」
「へい、お願いしやす」
仕方なしに要望を聞き入れることにした俺は、アイルに断りを入れてから『鳥家族』の連中を引き連れ自然公園へ向かう。
しかし誰もがアフロを望んでいるわけでもなく――
「やめろー! 俺を巻き込むのをやめろー!」
なんとか王国のブロッコリー王子が強引に連行されていたりする。
「俺は! 普通の髪型に! 戻りたいんだ!」
「いやいや、若頭のあんたが普通の髪型じゃあ、下に示しがつかないでしょう?」
「なんだそれ!? まったく意味がわからんが!?」
ブロッコリー王子は騒がしかったが、それとは逆、新入りの元誘拐犯たちは静かなものだ。
とぼとぼと、もうどうにでもなれ、とすべてをあきらめたような憂鬱な顔で列を成している。
一部騒がしく、一部悲壮。
そんな異様な野郎どもの集団は悪目立ちして仕方ない。
できれば手っ取り早くシルさん家の庭で解決したかったのだが――
「ええい、人ん家の庭で爆発を起こそうとするな! 周りにも迷惑だろうが! やるなら公園にでも行け!」
「うなーん」
シルは一喝して俺たちを追い出し、さらには「連帯責任だ」とシャカを抱き枕の刑に処した。
シャカに関しては抱き枕にしたかっただけなように思えるが、確かに庭で爆発なんて起こせば森ねこ亭周辺で建設作業に勤しむドワーフたちを驚かせることになる。
それで高所から転落でもしようものなら、きっと賠償だ賠償だと酒をせびってくるだろうし、場合によっては『酒猫様』になれと強要してくる可能性もあった。
それを思えば場所を移すのは正解なのだろうが……こんな変な集団の一員と見られるのは恥ずかしく、ついため息がもれる。
そんな俺とは違い、ついてきたおチビたちと邪妖精ズはなにかイベントにでも向かうように楽しげ、今やお菓子倉庫と化したシセリアから貰ったお菓子を食べつつ笑顔の行進だ。
同行するエレザとクーニャは……まあ普段どおり、エレザは澄まし顔でおチビたちを見守り、クーニャはいらん記録を取っている。
そんなこんなで俺たちは公園へ到着。
さっそくブロッコリーたちはお互い協力し合って伸びすぎた髪を切り、それを一箇所に集めた。
こんもりもさもさ、斑模様の髪の山。
それを中心に輪となる野郎ども。
まるで邪悪でおぞましいなにかを召喚するための忌まわしい儀式、あるいはもうすぐ終末が訪れるからって集団自殺を決行しようとしているカルト集団のようだ。
「んじゃ、いくぞー」
俺はその髪の小山に対し〈探知〉を実行。
どかーんと爆発が起き、舞った粉塵が晴れてくるとそこには色とりどりのアフロが咲いていた。
「やったー! 戻ったぞ! カラアゲ髪だ!」
「これで揚げるのがバリバリ捗るぜ! うおー!」
喜ぶブロッコリーあらためアフロたち。
それを見た邪妖精たちはゲラゲラと大受けだ。
笑いすぎでぼとぼと地面に落下する者もいれば、果敢なのか無謀なのか、できたてのアフロにずぼっと突撃する者もいる。
どういうわけか邪妖精たちは『鳥家族』の連中と仲がよかった。
△◆▽
無事にアフロを咲かせることができたあとは現地解散となり、俺たちはシルさん家に戻った。
ニャスポーンだったときはずっと居候していたので居座ることにすっかり慣れてしまい、森ねこ亭には眠るときくらいしか戻らなくなっている。
これはおチビたちも似たようなもので、今ではすっかりシルさん家に居着いてしまっていた。
ただいまー、と言いつつ戻ったおチビたちは、抱き枕の刑から解放されたのか再び縁側で日向ぼっこをしていたシャカを見つけると、すみやかに抱きついてもふもふしつつの猫吸い。
よく日向ぼっこしたシャカからは、お日様、あるいは焼きたてのクッキーやパンのようなにおいがすると好評だ。
こちら側で過ごすことが多くなったシャカはだいたい居間でくつろいでいるが、たまにお出かけにもついてきて町の子供たちに「ニャスポンだ!」と喜ばれている。
ただ、冒険者ギルドではちょっと騒動が起きた。
俺とシャカを見た冒険者が、俺が分裂したと勘違いして『世界の終わりだ!』と恐慌状態になったりしたのだ。
ひとまず事情を説明することで誤解は解けたが、今度はコルコルが「やったー!」と喜びだし、シャカに抱きついて離れなくなった。
まったく、冒険者ギルドという場所は、どうしてこう定期的に妙な事態が発生するのか。
それともあの支部だけがおかしいのか?
もし機会があれば、べつの地区にある支部にも出向いてみたいと思った――そんなとき。
「みゃ!」
庭に小さな転移門が出現し、そこからちっちゃな荷車を引いた猫が現れた。
以前、魔界で使うための『にゃんこ門』を製作する際に協力してもらった神殿猫の一匹で、配給を受け取りに来たらしい。
報酬として渡したちゅ○~るが尽きるタイミングなのか、このところちょくちょく神殿猫を見かけるようになっていた。
「猫ちゃん、こっちよ、こっち」
「みゃあ~ん」
メリアが呼ぶと神殿猫はとてとてこちらにやってきて、縁側の下で器用に荷車の軛から首を抜く。
でもって踏み石に上がり、にゅっと縁側から顔を覗かせ――
「――ッ!?」
寝転がるシャカと目が合うやいなや、ビクッと震えて固まった。
そりゃびっくりもするわな。
「大丈夫、シャカ様は怖くありませんよ」
そう語りかけたのはクーニャ。
神殿猫は『ほんとう?』といった感じでクーニャを見上げたあと、そろーりそろーり、おっかなびっくりで縁側に上がり込み、そのままシャカに近寄ると、のっしのっしと登り始める。
もう臆病なのか果敢なのかわかんねえな。
やがて神殿猫はそのままシャカの登頂に成功すると、前足でこねこね、そしてそっと伏せてくつろぎ始めた。
「なんかお父さん猫と子ども猫みたい」
「撮影しとこー」
あまりにふてぶてしい所業であったが、それでも微笑ましいのは確か。
ノラとディアはさっそく猫スマホでシャカと神殿猫の様子を撮影し始め、うっとりしていたメリアも遅れて撮影を始めた。
と、そんなおり――
「おんおん! うおん!」
「……ん」
ペルが猛烈にラウくんにじゃれつき始め、やがてなにかを察したのか、ラウくんはペルをこねこねし始めた。
「あう~ん」
どうやらラウくんの行動は正解だったらしく、ペルは実に満足げ。
「ラウー、ラウー、ボクも!」
「わふ! わふわふ! わん!」
するとそれを見たペロとテペもこねこねをせがみ、結局ラウくんはわんわん三姉弟をみんなこねこねすることに。
テペはまあよかったのだが……。
「ラウー、そこ、ぐーって」
「……んー!」
ラウくんがペロをこねこねする様子。
それはもはや按摩であった。




