第56話 閑話 マリヴェール
私の名前はマリヴェール。
アロンダール山脈に住む竜の一体よ。
私にはシルヴェールっていう姉さまがいる。
兄さまもいるけど、まあそっちのことはいい。
なにかにつけて私をからかってくるから嫌いなの。
まあ嫌いってのは言いすぎかもしれないけど……ともかくそんな感じで、小さい頃からおもちゃにされる私はよくは兄さまに腹を立てていた。
姉さまはそんな兄さまとは逆で、怒った私をなだめたり慰めてくれたり。
気持ちはよくわかるぞ、って。
姉さまは私の憧れだった。
綺麗だし、落ち着いたところが素敵だなーって。
でもある時、そんな姉さまが落ち込んでしまうことがあった。
なんでも竜の姿を人間にひどく怖がられたみたい。
まったく、姉さまの美しさがわからないなんて、人間の美意識はどうなっているのかしら。
そんなことがあってから、姉さまは外出を控えるようになってしまった。
お出かけに誘っても、それっぽい言い訳をして家に籠もってしまうの。
姉さまって意外とヘタ――繊細なところがあるみたい。
私は姉さまが前みたいに外出できるきっかけになればと思って、色々な場所に出かけてはお土産話をするようになった。
効果は……まあ、かんばしくないっていうの?
そんな姉さまの引き籠もりを父さまや兄さまは長い目で見るつもりだったようだけど、しばらくすると母さまは腹を立ててしまって、森が騒がしいから見てくるようにって姉さまをお使いに出した。
姉さまは渋々だったけど、すぐ近くだからって出かけて行って、でもって帰ってきたかと思ったら、こそこそ家捜しを始めた。
なんでも人間にあげられる物を探してるんだとか。
話を聞いてみると、どうやら森には人間が住みついていたらしい。
それもただの人間ではなく使徒なんだとか。
怯えられてしまったよ、と姉さまは笑いながら語った。
森に住む人食いの魔女だと勘違いされたらしい。
どんな姿でも怖がる奴は怖がるものなんだな、となにか吹っ切れたような顔をした姉さまは、それからなにかとその使徒――ケインに会いに出かけるようになった。
それは良いことなのだけれど……なんか面白くない。
なんだか姉さまを取られた気分よ。
あとそんな近場を行ったり来たりするんじゃなくて、もっと遠くへ足を伸ばしてもらいたいんだけど!
私は引き続きお出かけして見た物や体験したことを話して聞かせるんだけど、効果はいまいち――っていうか、むしろ前より素っ気なくなってきた。
おのれケインめ……。
△◆▽
姉さまのことでもやもやしていたある日、気晴らしにと遠くまで空の散歩に出かけた際、私は空から建物が降るのを見た。
どういうこと……と落下現場へ向かってみたところ、思いもよらず使徒――レンと出会うことになった。
なんでもレンは『さまよう宿屋』というものをやっていて、手強い魔物を倒すために手持ちの宿を降らせて攻撃したんだとか。
やっぱり使徒って変なのばかりなのね……。
妙な納得を覚えつつ、私は興味本位でレンの宿に泊まってみた。
なかなか良い宿だったわ。
これなら姉さまの関心を惹くことができるかも、と私は期待したんだけれど……残念ながら結果はいまいち。
気に入ってもらえたら、また泊まるためレンを捜してあちこち飛び回ることになるんじゃないかなって思ったんだけど。
こんな感じで私がそうこうするなか、ケインのほうに変化があった。
なんでも森から出て人里で生活を始めたらしい。
連絡の一つもよこさなかった、と姉さまは珍しくお怒り。
とはいえ、お土産に貰ったお酒で懐柔されていることは誰の目にも明らかで、父さまも母さまも兄さまも勝手に懐柔されてしまった。
結局、姉さまはそれからケインに会いに森の向こうにあるユーゼリア王国の王都へ通うことになった。
そればかりか、兄さまの誘いで生命の果実の収穫にも出かけた。
良い傾向なのは確かなんだけどぉー……。
募るもやもや。
そんなある日、姉さまが家を贈られたと兄さまから聞いた。
なんてこと、もうそんなところまで話が……!?
なんとなく予感はあったものの、現実となると衝撃が大きい。
でも認めてあげないと。
私以外はすっかり歓迎の雰囲気だし、姉さまが幸せなら……。
なんて自分を説得しつつ、私はケインが挨拶に来るのを待った。
文句の一つくらいは言ってやろうと思っていたんだけど……。
ケイン、挨拶に来ないんだけど!
どうなってるのと怒る私を、兄さまは幸せに暮らしてるから忘れてるんじゃないかな、なんてのん気なことを言ってなだめようとする。
新婚さんなんだから、とか。
いや新婚になる前に通すべき筋ってものがあるのでは?
使徒だからそういう常識を知らないの?
ああ、殴り込みに行きたい!
でもこっちから出向いたら負けな気がする!
日々鬱憤が溜まっていく私はレンの宿へ泊まりに。
いつものごとく姉さまとケインについての愚痴を聞いてもらおうとしたのだけれど、レンはレンでやっかい事が発生したらしく、なんでもケインに相談したいことがあるとか。
なるほど……。
うん、レンにどうしてもってお願いされるんだから、これはもうしかたないわよね?
私はさっそくレンを連れて姉さまとケインのところへ向かい――。
対面したケインはでかい猫だった。
ふざけた奴だと思っていたけど、実際はそんな次元ではなかったのだ。
どうして兄さまはこのことをちゃんと伝えてくれなかったのか……!
喧嘩腰で挑むつもりが、いきなり出鼻を挫かれる。
でも問題はなかったわ。
なにしろケインは義妹である私の名前すらちゃんと覚えていないという、とんでもなく失礼な奴だったから!
こんな奴に姉さまを任せておけない。
任せておいていいわけがない。
これはもういよいよとなったら、強引にでも姉さまを連れて帰らねばと私は覚悟を決め、レンと一緒に姉さまの家に留まることに。
それから私は注意深くケインを観察することになったんだけど……。
ケインの奴、姉さまの世話を焼きすぎ!
あんまり甘やかすものだから、姉さまがすっかりぐーたらドラゴンになってしまっているじゃないの!
ああもうなんてこと。
こんなことなら、家に引き籠もっていてもらったほうがまだマシだったかもしれないわ。
考えていた心配とはまた違う心配が生まれるなか、私はレンの持ち込んだ問題の解決のため妖精界へ向かう姉さまたちに同行する。
そしてその日のうちに色々とあった。
おかしなものをたくさん見た。
大きなスライム、赤、青、緑、それから白。
着ぐるみの猫から黒い鎧が飛び出して、それからスライムに跨がった白い鎧が現れて、白いスライムが消されて、黒い鎧が素敵な感じに変化して、そのあとはでっかい猫と変態が戦って……。
私はいったい何を見せられているの?
あやうく自分がどうしてここにいるのかも喪失しそうになったわ。
まあおかげなのかなんなのか、すっかり冷静になれたのだけれど。
もしかすると、今すぐに姉さまとケインの仲をどうこうしようっていうのは、性急すぎるのかもしれない。
少しは様子を見るべきなのか……。
妖精界から戻ったあと、仲良くなった子供たちが元気をなくしていたこともあって留まっていたけど、一度家に戻り、どうすべきかをよく考えてみることにした。
とはいえ、ケインに言っておかなければならないことがある。
別れ際、私はケインに注意をしたのだけれど……。
あれ、なんか様子がおかしい?
なんて思った瞬間。
姉さまに飛びつかれ、押し倒され、事情を聞かされることになった。
話が違う。
だいぶ違う。
家を贈られたらそんなの一緒に住もうっていう申し込みで、受け取ったならそういう話なのに、どういうことなのか。
ケインはただ感謝の印にと家を贈った?
姉さまはなにぬけぬけと受け取っているのか……!
どっちが不義理かといったら姉さまのほうが不義理なんだけど!?
ああもう、本当にもう。
恩返しに家を贈っただけなのに、その贈った相手の妹からやけに邪険にされるとか、ケインからすればさぞいい迷惑だったことだろう。
もう申し訳ないやら悔しいやら悲しいやら。
事情をわかっていないケインは許してくれたが、なにを許してもらったのか言えないのもまたもどかしい。
ひどいお別れをしたあと、私はレンを乗せて我が家へと飛ぶ。
レンを送り届ける前にやるべきことがあった。
この胸の内で煮えたぎる気持ちが冷めてしまわないうちに。
早く――。
早く兄さまをぶん殴りに帰らないと!
ここまで読んでくださった方、いいねしてくださった方、ブックマークしてくださった方、評価してくださった方、コメントしてくださった方、誤字報告してくださった方、レビューしてくださった方、ありがとうございます。
そして書籍を購入してくださった方、誠にありがとうございます。
これにて五章は終了。
途中、中断したり、腰痛のことでご心配をかけたりとすみませんでした。
腰痛はほぼ収まったので、ヤバいものではなかったと思われます。
もうしばらく注意しておくつもりですが。
六章は一週間後くらいに投稿を始めたいと思っていますが、現在繁忙期のため遅れるかも……。
なるべく予定どおりにと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。




