第54話 シセリアは激怒した
そろそろ夕方というところで懇親会はお開きとなり、その流れで俺たちは汎界へ帰ることになった。
リクレイドやミミちゃんには『もっと居たらどうか』と勧められるものの、本来であれば『ぜひそうしよう!』と喜びぶはずのおチビたちがニャスポンの喪に服している状況だ、今は慣れ親しんだ地元でそっとしておくのが一番だろうとやはり帰還することにした。
で、俺たちとは逆、妖精界に残ることにしたのがヴィヴィである。
「妖精探偵を辞めるつもりはないんだけど、今はこっちでみんなと活動するべきだと思ってね。もう僕だけが頑張ればいいって状況じゃなくなったからさ」
ヴィヴィは『自分こそが妖精界を救うんだ!』とやや意固地になっていたことを認め、これからはララと一緒に活動するとのこと。
一応、あの都市までなら認めてやるとかなんとか。
まあそれは良い傾向なのだろうが――
「ヴィヴィちゃんもいなくなっちゃうー?」
「うぐっ」
しょぼぼんとしたノラの言葉に、ヴィヴィが怯む。
今はおチビたちがナイーブになっているとわかっているだけに気まずそうな顔になるが、だからと妖精界から離れるつもりはないようで申し訳なさそうに説得を始めることになった。
「落ち着いたらまた会いに行くからさ」
「そうね、その時は私も行くからよろしくね?」
ララも一緒になっての説得により、ヴィヴィはなんとかおチビたちの納得を獲得、これにてお別れとなり、さっそくシャカに転移門を開いてもらう。
「みんな、またね!」
「また会いましょう!」
懇親会に参加した皆に見送られ、俺たちは転移門をくぐった。
△◆▽
帰還することになった場所は、すっかり見慣れてきたシルさん家の庭だった。
時間帯は……朝っぽいな。
夕方だったのがいきなり早朝なので感覚がちょっと混乱する。
「ふう、やっとタタミでごろごろできる」
安堵したような声を出すのはシルだ。
気持ちが落ち着くのは同感だが……シルさんたら、この短期間で感性が急速に日本人っぽくなっちゃってる。
そんな俺たちの帰還に、びっくりしたのは庭でのんびりしていた犬三匹と熊一匹。
「ワフワフッ! ワフッ!」
そのうちフリードはすぐに嬉しそうに突撃してきてメリアにうざ絡みを始め、アラスターとベクスターは『あ、おかえりなさい』と控え目にとてとて近寄り、クーマーはおずおずおっかなびっくりでやって来た。
まだシルが怖いのだろうか?
「うっし、じゃあ師匠、オレは店を見に行くから!」
「ピヨッ!」
気の緩む者が多いなか、アイルだけはそのまま『鳥家族』へと駆けていった。
あのエルフ、仕事熱心なのは確かなんだがなぁ……。
かつての日本で企業戦士とかモーレツ社員なんて呼ばれていた存在はあんなんだったのかもしれない。
そんなことを思いつつ、残る面子はそのままシルさん家の居間に上がり込んでさっそくだらけ始める。
みんなして畳の上でごろりんごろりん。
ちゃんと座っているのはエレザと骨爺さんくらいのものか。
ここでずっと居間に居座っていたであろうニャンゴリアーズが『温かな寝床が帰ってきた!』とばかりにのそのそやって来たが、猫成分不足に陥っていたおチビたちにむしろ捕獲されてしまう。
ノラ、ディアがそれぞれ一匹、欲張りさんのメリアは三匹だ。
「ラウーはこっち! はい! あ、こっちだわん!」
「わふわふ!」
「おんおん!」
哀れ、お姉ちゃんたちに猫を占有されてしまったラウくんはペロからテペとペルの供給を受けていた。
はたして犬成分は猫成分の代用たりえるのだろうか?
研究結果が待たれるところ。
なんてのんびり考えていた――その時。
「あれ? シセリアいねえ?」
ふと気づき、いや、気のせいだろうと居間を見回す。
やっぱりいない。
うん、あれだな。
うっかり忘れてきちゃったようだな。
「誰もシセリアがいないことに気づかなかったのか? そりゃ俺が言えたことじゃないんだけども……」
おチビたちは……まあ仕方ないとして、それ以外、とくに親友(自称)であるエレザはシセリアが迷子になったままだと指摘してきてもいいはずだが。
「ケイン様、誤解されていますよ」
「誤解……?」
視線を向けたエレザが穏やかに微笑む。
「シセリアさんの影が薄かったから忘れていた、なんてことが起こりえるでしょうか? いいえ、ありえません。それはきっと逆なのです」
「逆?」
「はい。たとえば、親しい友人と久しぶりに再会したものの、まったくそんな感じがしないという経験をしたことはありませんか? まるでいつも会っていたような……。おそらくそれは、その友人がいつも心の中にいるからではないでしょうか?」
「つまり、シセリアは俺たちの心にいると?」
「はい。シセリアさんは、いつも私たちの心にいるのです」
「なるほど、いつも一緒だから気づけなかったということか……」
シセリアはいない。
でもいる、みんなの心の中に、いつだって。
「ならまあ……迎えはそのうちでいいか。やっと戻ってきたところだし、しばらくのんびり休みたいし、せっかく向こうで見送ってもらったのに、のこのこ出向くのはさすがに気まずいし」
「それでよろしいかと」
なにしろシセリアのことだ、迎えに行くのが遅れてもまたニャミーちゃんとして頑張っているはず――。
なんて思っていた翌日。
シルさん家の庭に、うにょんと空間の渦が発生。
で――
「ちょっとどういうことですかぁぁぁ――――――ッ!!」
シセリア、怒りのただいま。
まさかの自力帰還である。
それは家族旅行のサファリツアーの際、捨ててきた万年ニートが家に帰ってきちゃったような衝撃を俺にもたらした。
「迎えに来てくれたんでしょう!? なのにほったらかしで帰っちゃうとかどうなってるんです!? 気づきましょうよ、おかしいって!」
シセリアはたいへんお怒りであった。
で、その一方――
「ヘイヘーイ! ひっさりぶりの汎界だぜぇーい!」
「マジで来れた! こりゃシセリアに封じられて正解だったな!」
「うおー! 汎界よ、我々は帰ってきた!」
シセリアと一緒に飛び出してきて、そのまま辺りを飛び回り始めたのは邪妖精たち。
どうやら今回の転移は邪妖精たちの力によるもののようだが……。
うーん、邪妖精たちの気分次第とはいえ、とうとう単体での転移まで我が物としたのか、シセリアよ。
「もしかして、もう人類有数の実力者なんでは?」
「総力戦となれば、もう私では勝てないでしょうね……」
俺の呟きに応えたのはエレザで、その表情は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。
「シセリアシセリア、ちょっと見て回ってきていいー?」
「ちょっとだけ、ね? ちょっとだけー!」
「はいはい、いいですよ! でも悪さしたら折檻ですからね! 悪い子にあげるオヤツはないのでほかの子たちにわけちゃいます!」
『ひえぇ~!』
けらけらと笑いながら怯えるふりをする邪妖精たち。
いやなんでもうそんな打ち解けてんの?
「それで! どうして私を置いてっちゃったんですか! みんなを待たせてるだろうからって、急いで戻ったらもう帰ったって言われた時の私の気持ちわかります!? もう悲しいとか腹立たしいとか飛びこえて唖然でしたよ! こんなことってあるぅ!? って!」
「いやほら、シセリアはいつも俺たちみんなの心にいるから……」
「わけがわかりません! 悪びれてくださいよ! そこは! 少しは! 貴方どんだけごめんなさいできない人ですか!」
おかしい、親友(自称)が言ったことを伝えたのに、むしろ火に油を注ぐ結果になってしまった。
かつてない荒ぶりようのシセリア。
そっとエレザに目配せをするも、慈愛(?)に満ちた目でシセリアをうっとり眺めていてまったく気づいてくれなかった。
仕方ない……。
「わかった。うっかり忘れて帰っちゃったことは謝ろう」
「え!? 私うっかりで置き去りにされたんですか!? いつも心にいるはずなのに!? 意地悪だったほうがマシなんですけど!?」
「いや……その、えっと、うん、悪かった。お詫びに望むだけのお菓子や料理をあげるから。とりあえずそれで機嫌を直せ」
「……望むだけって、本当に望むだけですかぁ?」
胡乱な目を向けてくるシセリア。
なんてことだ、天真爛漫であったシセリアが人を疑うことを覚えてしまうとは……!
「永遠に食べ続けられる量とか、そういう無茶苦茶でなければ……」
俺の返答を聞き、シセリアは真面目な顔をして考え込む。
こんなに真剣な顔をしたシセリアを見るのは初めてだ。
「わかりました! では魔法鞄くださいって王様にお願いするんで、それがいっぱいになるだけのお菓子をください!」
それはなかなかの要求だったが……まあ世界中の店舗に供給するだけの鳥肉を要求するエルフやら、まずは都市一つ分の食料を吐き出させようとする変態に比べればだいぶ可愛らしい。
「毎日のおやつの量を増やすとかではなく、一度にそれだけ確保しておきたいのか?」
「はい! 欲しくもない手下が増えて、お菓子お菓子うるさいんでそっちに配るためにも必要なんです!」
「あー、なるほど……」
邪妖精たちを扱き使うためにも必要というわけか。
まあ必要だろうな、なんて思っていたら――
「ああ、シセリアさんに上に立つ者としての自覚が……!」
なんかエレザが感動していた。
「わかりました! そういうことでしたら、魔法鞄については私に任せてください! 明日にでも陛下にお願いして貰ってきましょう!」
「本当ですか! うわー、ありがとうございます! 自分で行ってあれこれ説明するのって面倒くさいんで助かります!」
こうしてシセリアの機嫌は直ったわけだが――。
いいのだろうか、エレザをお使いに出して。
王様にどんな事情説明をするかもわからないエレザを……。




