第53話 夢の続き
ニャスポーン状態が時間経過で戻るならわざわざ猫らしくない行動を心がけたり、状態を保ったりと面倒なことをする必要はなかったのではなかろうか?
ちょっと損した気分にはなるものの、それでも服を着るようにしていたことには助けられたと思う。
なにしろ急な合体解除。
あわや俺が第三の変態として産声を上げるところであった。
「なあレン、あいつら戻ってこねえな……」
「戻ってきませんね。なにかあったんでしょうか」
決闘後、ヴィヴィやレン、マリーにあらためて『はじめまして』をしたりして時間を潰してみたが、シャカによってどこかへ転移させられたリクレイドとネーネはまだ戻る気配がない。
「あのシルキーは無茶な力の使い方をしておったからのう。戻るに戻れん状態になっておるのではないか?」
「あー、先代が戻ってこられるかどうかは、ネーネさん次第ですからね。そうなるとここで待っていても仕方ありませんか」
骨爺さんの予想にレンが納得。
一方、違う予想をしたのはオルロイド爺さんだ。
「あの姿を恥じて戻るに戻れんということは……」
「それはないだろ」
「たぶんそこまで気にしてないと思いますよ?」
あいつ、必要だからと割り切っていたからな。
ともかくリクレイドとネーネの帰還を待っていても仕方ないと判断され、ちょっと元気がないオルロイド爺さんとヴィヴィの手を引いたララが音頭を取って後始末に動きだした。
それが終わるまで、俺たちはのんびり待機だ。
いつもならここでおチビたちが「遊ぼう!」と騒ぎ出すところ。
しかしおチビたち――特にノラ、ディア、メリアはニャスポンがいなくなったことを悲しむあまりそれどころではなく、現在は猫スマホに保存されている在りし日のニャスポンを眺めてめそめそしている。
ラウくんはまだちょっと元気で、もふもふが恋しいのか不服そうな顔をしつつ「……ぽん」と呟きつつ俺の横っ腹を揉んでいる。逆にペロはご機嫌な様子で俺の尻をぺしーんぺしーんと引っ叩き、テペとペルは『おやつくれ!』と足にじゃれつきまくっていた。
そんなおチビたちを不憫に思ったのであろう、マリーが言う。
「ねえ、戻ることはできないの?」
「戻るんじゃなくて戻ったのよ? やっとこさ」
俺への認識が回復しつつあるのに、またニャスポーン化したら元の木阿弥である。
「ふっ、お前が元に戻ったのに子供たちは喜んでくれないな」
「知ってた」
からかってきたのはシャカを抱っこしたシルだ。
意地悪なドラゴンである。
「完全に他人事って顔してるけど、お前だってわがまま放題のもふもふ生活は終わりだぞ?」
「む……!」
指摘してやると、シルはやっとそのことに思い至ったようでちょっと残念そうな顔をして、それから抱えたシャカへと視線を落とす。
「なあシャカ、そろそろあれに愛想が尽きたのではないか? どうだ、うちの子にならないか? ん?」
「んなー」
シルがシャカを唆し始めた。
人の猫をかっ攫おうだなんて、なんて悪いドラゴンなんだろう。
そんなことを考えていたところ――
「ケイン様、二人を見つけてきました」
と、エレザがどっかへ飛んでいっていたアイル&ピヨとクーニャを連れて戻ってきた。
「ちっきしょー、せっかく世界制覇への道筋が見えたってのによー」
「お前、完全におんぶに抱っこで覇権を握るつもりなんだな……」
目論見が崩れたことをアイルは堂々と残念がり、微塵も反省する素振りを見せない。
あきれたエルフである。
もはや感心すらしてしまいそうだ。
で、クーニャはというと――
「ううぅ……そういえば妖精界に来てから、ニャスポーン様の記録が取れていません……なんてことでしょう……」
ひどく悲しんでいるようだったが、こっちもこっちで自業自得というか、誘惑に負けまくった結果なので知ったことではなかった。
このまま放置され、妖精界に置き去りにされなかっただけでも感謝してもらいたいところである。
△◆▽
その後、俺たちは都市に残っていたホテルで一泊することになり、翌日の朝になるとリクレイドとネーネがひょっこり戻ってきた。
聞けば森ねこ亭に飛ばされていたようで、グラウ父さんとシディア母さんにたいへん歓迎されていたらしい。
「おお、リクレイド、お主もう大丈夫……か? もうあの妙ちきりんな姿になったりせんよな?」
「ああ、大丈夫だ。計画はあきらめたよ」
オルロイド爺さんの心配とリクレイドの返答、微妙に食い違っているような気がしたものの、わざわざ指摘してやる気にはならない。
「レンにはいらん苦労をさせたようだな」
「本当ですよ……」
ため息まじりに言うレンを見てリクレイドは苦笑するのだが……どういうわけか、ずいぶんと穏やかになっているように感じられた。
憑き物が落ちた、あるいは突然のキャトルミューティレーションに遭い、お股の『ω』を取られてしまったオス猫のようである。
「さて、ではさっそくになるが、今後のことを話し合うために女王のもとへ向かうとしようか。もともと、話し合いの続きを向こうですることになっていたしな」
リクレイドの提案に反対する理由はなく、俺たちは再び青空宮殿へと向かい、さっそく話し合いの場が設けられた。
で――
「世界宿計画は中止することにした」
「ほえ?」
リクレイドによる、計画の中止宣言。
事情を知らない女王のミミちゃんは、妙なにおいを嗅いだときの猫のようにぽかーんである。
「あの、なにがどうなったのでしょうか?」
望ましい結果とて、あまりに急にもたらされれば戸惑うもの。
ひとまずヴィヴィとララが二人して説明を始め、これによりミミちゃんは事情を把握することになった。
「なるほど、理解しました。では、今後の活動はあの都市に限定しておこなわれるということですね?」
「ああ、純粋に汎界との交流の場としようと思う。ずいぶんと宿を潰して空き地もできたし、お客が楽しめる施設を増やしてもいいかもしれないな」
もはや推進派も反対派もないため、話し合いは実にスムーズに進む。
とはいえこの場では具体的な計画までは話し合われず、大雑把な方針のみに留められた。
詳細はまた後日、時間を取っておこなわれるようだ。
こうして話し合いはなごやかに終わり、その後はミミちゃんの提案でささやかな懇親会をおこなうことになった。
まあそれはいいのだが、用意されるものが集めた木の実だったり果実だったり、花の蜜やそれを発酵させたお酒だったりと、本当にささやかだったので俺が適当な料理や飲み物を用意してやることにした。
青空の下、用意したでっかいテーブルにいっぱいの料理。
妖精たちは大喜びであったが、いつもなら同じくらい大はしゃぎするはずのおチビたちはニャスポンロスを引きずっていて元気がない。
まるでニャスポンを偲ぶ会、お通夜の雰囲気。
ちょっとお経を上げるお坊さんを想像してみた。
ポクポクポク、チーン。
にゃぁ~すぽぉ~ん、ぽんぽ~ん、にゃぁ~す、ぽ~ん、ぽん。
チーン。
笑うわこんなん。
どう考えても参列者の腹筋を試す悪ふざけである。
そんなことを考えていたところ、レンがやってきて頭を下げた。
「ケインさん、先代のこと、ありがとうございました。お礼はどうしたらいいでしょう?」
「いや、そんなの気にしなくていいよ。こっちも困るから止めただけだ。あとあの爺さんのお願いも叶えてやったことになるが……そこはちょっと悪戯をしかけてやったから、それで相殺だな」
「え、なにやったんです……?」
レンがぎょっとしてオルロイド爺さんを見やる。
爺さんは上機嫌でリクレイドと酒を酌み交わし、実にのん気、出会った時の悲壮な雰囲気はもう感じられない。
「ほんのちょっと、若返りの薬をな」
爺さんの最初の一杯に盛ってやった。
目に見えるような効果は現れなかったが、少しは寿命が延びたはず。
「ああそうだ、レンのお礼はこのことを黙っていてもらうということにしようか」
「あー……はい、わかりました。ケインさんがそう言うなら」
せっかくリクレイドが落ち着き、妖精たちみんなと手を取り合っての未来に進むことになったのだ。
爺さんにはできるだけ長く、拾った野良猫が見せる夢、その続きを眺めていてもらうことにしよう。




