第51話 炊飯器に封じられるほうの奴
都市ドーピングというネタは割れた。
カラクリが見破られたことを察したか、リクレイドはやや緊張交じりの表情で俺の出方を窺う。
ふむ、どうやら奴は俺を侮っているようだな。
俺はわがまま放題の家主に応えてあげるくらい面倒見のいい猫さんだというのに!
「おめーの熱視線なんて鬱陶しいだけニャ。そんな心配しなくても、この決闘はお前に合わせてやるニャ。感謝するがいいニャ」
「……!」
俺は逃げにも守りにも入るつもりはない。
そう宣言するように言ってやると、リクレイドはわずかに驚いた表情を見せ、それから少し嬉しそうに苦笑する。
「さすがはご主人様です」
「おめーマジそれやめろニャッ」
貴様のようなモンスターに『さすごしゅ』されて喜ぶ奴などいるか!
睨みつけてやるが、リクレイドはどこ吹く風。
ええい、多少見直すところはあっても、やはりいけ好かない奴であることは変わらないか。
「決着はもうすぐニャ。計画の終わり、夢の終わり、悔いを残さぬよう死力を尽くすニャ!」
叫び、打って出る。
余計なことはさせない。
させるとえらいことになるので、させてやらない。
「くたばれニャァァァ!」
肉薄からの猫パンチ乱れ撃ち。
「うニャニャニャッ!」
「ご主人様ッ! フンッ! お触りですかッ! フンフンッ!」
迎え撃つリクレイド。
俺の高速猫パンチをさばくのみならず、反撃までしてくる。
正直、決死の形相でフンフンうるさい変態を間近で相手をするのは精神がゴキゲンに削られる苦行だが、一方でリクレイドとて苦しい状況だ。
なにしろ地を砕くようなパンチの応酬。
擦るだけでもそれなりのダメージがあり、俺ほど耐久性がないリクレイドはそのダメージを逃がすためにまたビルをいくつか潰している。
「この程度かニャ! 奇抜なことやらないとニャーにまともな攻撃を食らわせることもできねーのかニャ!? もっと力を捻り出すニャ! お前が助けたい『困ってる人たち』とやらのことを強く想えばできるんじゃねーかニャ!? できねーならそのまま負けるがいいニャ!」
「ぬう!?」
一瞬リクレイドが怯む。
が――
「ぬアアアァツ! ご主人様ァァァッ! えっちなのはァァァッ! いィィけないと思いますゥゥゥッ!」
野郎、こっちの攻撃を無視して渾身の一撃をねじ込んできた。
思いがけない反撃だったためにうっかり食らい、ぶっ飛ばされてしまうものの俺はにゃんぱらりと身を捻って華麗に着地。
すぐに追撃を警戒するが――
「うニャ?」
リクレイドは拳を突き出したまま、そこに留まっていた。
「親父は……老いた」
ぽつり、とこぼすようにリクレイドが言う。
「だから、早く見せてやらなきゃならない。それがまだ道半ばであったとしても、それでも、夢が現実になりつつある様子を――俺が!」
エセメイドをかなぐり捨てての言葉。
ようやく、ようやくだ。
だが――
「おめーは実にバカだニャー! 夢っつーならこれまでの日々があの爺さんにとっても夢だニャ! 叶っていた夢を捨てて、勝手に迷子になってさまよってりゃ世話ねーニャ! あげく心配させたまま逝かせるってわけかニャ! 頭冷やせニャ!」
「……ッ」
慰めの言葉など意味がない。
野良猫は拾われて嬉しかったのだろう。
ただ嬉しくて精一杯に懐き、甘え、しかしある日、夢の終わりを知った。
野良猫は焦った。
現実を受け入れられないわけではないはずだ。
受け入れたからこそ、悲しくてどうしたらいいかわからず、違う夢にすがって無茶を通そうとした。
まったく、その姿でなければ感動の一つでもあったのかもしれない。
ホントその姿でさえなければ。
「予感は――あった」
俺の言葉を聞き黙り込んだリクレイドだったが、やがて確かな口調で語り始める。
「いずれかの『猫』と戦わなければならなくなる予感が」
その『猫』とやらは魔界で会ったニャニャみたいな存在のことか。
バカな奴だ、あれはもう戦うとか戦わないとかそんな次元のものではないというのに。
「だから編み出した。技を」
もはや狂気。
いやまあその姿がすでにそうなんだが。
で、その狂気は――
「まさか、放つ相手がお前になるとはな」
今は俺に向けられる。
まったく、どんな因果だちくしょうめ。
「受けて立つニャ」
これで終わり。
ここで決着。
すべてを出し切るべく、リクレイドは腕を上げ、天を仰ぐようにして叫ぶ。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな! 昔いまし、今いまし、のち来たりたもう主たる全能の猫よ!」
聖句のような言葉が紡がれ始めると、連動するように都市にあるビルの多くが沈み、それはまるでこの『ねこねこランド』が浮上しているような錯覚を覚えさせた。
「許したまえ我が蛮行! 哀れみたまえ我が焦虜!」
潰せるもの――すべて潰し、すべて力に。
「我は我が力の足らざらんことを恐れるなり! 我は我が力を増さんと欲するなり!」
放たれるのは最大の一撃となる。
「かるがゆえ、我は魔猫を破りて証を立てんと臨むなり!」
では――俺はどうするか。
「それすなわち破猫神祀! いあ! いあ! にゃすぽおん・ふたぐん!」
「……ニャ?」
そのとき、俺の身に異変。
どういうわけか狭いおでこが熱くなり、自然と両手(前足)が上がって顔の横に。
すると同時、リクレイドもまた軽く握った両手をそれぞれ顔の横へと運んだ。
それはいわゆる猫のポーズ。
奇しくも両者が同じポーズをとることになったのだ。
そして――
「破りて魔猫祀りたもう! 破ニャーンッ!!」
「うニャァァァん!?」
リクレイドからはハート型のビーム。
俺からは肉球型のビーム。
なんじゃこら、とびっくりしている間に放たれた両ビームは俺たちの中央でぶつかり、鬩ぎ合い――。
最後には肉球型ビームがおぞましいハートを打ち破った。
△◆▽
あの肉球型ビームはなんだったのか、シャカがなんかやったのか。
ともかく俺の肉球型ビームがハート型ビームに打ち勝ってリクレイドを直撃。
でもって――
「くっ……」
「リクレイド様、大丈夫ですか?」
リクレイドからネーネが分離。
現在、リクレイドは倒れていたのをネーネに支えられつつ身を起こしたところで、まだ立ち上がるまでの元気はないようだ。
これでようやく不愉快な思いをしなくてもすむようになったわけだが……ちょっと不思議なのはネーネの姿である。
びっくりするようなバキバキの筋肉だったのが、今はただのグラマラスな美人さんになっているのだ。
ふむ、あの筋肉は都市の影響だったのだろうか?
そんなことを考えていると――
「俺の……負けか……」
悔しそうにリクレイドが呟く。
敗北は受け入れたが、まだあきらめきれていない感じだ。
しかしまあ、こうして両者納得済みの決闘で決着をつけたのだから、もし計画を再開しようとしたら問答無用で妨害してやるだけだ。
というか、このままリクレイドを野放しにするというのは良くないのかも知れない。
暇だとろくなことしない奴ってのはどこにでもいるからな。
ではなにか仕事でもさせるか――。
そう考えた時であった。
「ニャニャニャッ!?」
突然の閃きに、俺はビビビッと痺れる。
まるで『うおォン』と稼働した体内の火力発電所から電力が供給されたようだ。
「そうだニャ! 河童ニャ! 河童を集めさせるニャ!」
かつて、俺は勝手に発展する『鳥家族』事業を支えるための人手が足りないことを嘆き、どこかに寿司屋の地下で扱き使われる河童のような存在はいないものかと考えた。
もちろんそんな『河童』はいるわけがないが……であれば、なんらかの手段でもって用意すればいいのではないだろうか?
つまり、リクレイドによる『河童』集めだ。
なにしろこいつは世界を相手にしようとしていた奴だ、世界中を巡って『河童』を集めてくるなんて簡単だろうし、見つけた『河童』は妖精界を介して送ってくることもできる。
いや、なんならこの都市を『河童』たちのタコ部屋――ではなくて、宿舎にしてはどうだろう?
勤務時間になったら自動で派遣、勤務時間が終了したら自動で回収と実にスムーズじゃないか。
これなら『河童』が急に逃亡――じゃなくって、自分探しの旅に出てしまうことも防止できる。
なんと素晴らしい!
展望が開けた!
集めさせるのだ、『河童』を!
そして扱き使うのだ!
すべては俺が楽するために!
と、喜んだ瞬間だった。
「ギニャァァァ!?」
さらなる痺れが俺を襲う。
それはまるで体内の火力発電所が事故を起こし、甚大な電力を放出しながら吹っ飛んだような『威力』をともなうものであり、俺はその場からすっ飛ばされ、思わず尻もちをつくほどであった。
「な、なんだ……?」
困惑しつつ、地面についた前足に覚える違和感。
「うん……? うん!?」
前足は『手』になっていた。
なっていたつーか、元に戻っていた。
「あれ、あれぇ!?」
ぺたぺた体に触れ、手鏡を創造して自分を確認してみる。
「戻ってんじゃん! なんで!?」
鏡に映るのは猫の要素がすっかり消え去った俺の姿。
あれだけ戻ろうとしても戻れなかったものが、どうしてまた急に戻ることになったのか、唐突すぎて嬉しさよりも困惑が勝る。
「結局、時間経過だったってことかな……?」
思考を巡らせても、それしか考えられない。
ただタイミングがちょっと悪く、ついさっきまで閃いて大喜びしていた『名案』が木っ端微塵、きれいに吹き飛んでしまい、いったいなにを考えていたのかさっぱり思い出せなくなってしまったのは残念だ。
「うーん、確か……寿司がどうとか、そんなことを考えていたような気がするんだが……」
すごく楽しい夢を見ていた気分だけが残っている感覚に近く、すっきりしないので思い出そうとするが、それもまた夢と同じ、まったく思い出せる気配がない。
で、残念がる俺からちょっと離れたところでは――
「ふしゃー! しゃー! なごなごおーう!」
なんかシャカが怒っていた。
あんなに怒ってるシャカを見るのは初めてではないだろうか?
「おろろーう、おーあーう、しゃー! にゃうっ!」
シャカはなにやら俺に説教しているようであったが、あいにくとクーニャは行方不明なので通訳してくれる者がいない。
やがてシャカは『もういいにゃん! 知らないにゃん!』とばかりに俺から視線を外すと、とてとてリクレイドとネーネのところへ。
でもって――
「にゃ!」
リクレイドとネーネに被せるように転移門を開き、二人をどこかへ転移させてしまうのであった。




