第48話 その身にシルキーを宿す者
邪悪な妖精、そしてもっと邪悪な変態がいなくなった。
これでようやく騒動は完全な収束を見せたが、しかし、だからといって破壊された庭園が元に戻るわけでもなく、おチビたちはあらためて辺りを見回すと自分のことのように残念がった。
「お庭、壊れちゃったねー」
「きれーだったのにねー」
諸行無常の一端を悲しみつつ、せっせと撮影を始めるノラとディア。
お前たちもうその段階かっ、と一瞬あせりを覚えたものの、すぐにこれは無邪気な『想い出の記録』であると思いなおして安堵した。
自分が起こした迷惑行為や犯罪行為、事件・事故をうっきうきで撮影して世間に発信してしまう恥部公表型承認欲求モンスターの芽吹きではないのだ。
「確かに庭園はこの有様じゃが、ここは前向きに考えよう。この程度ですんだのは幸運だったんじゃよ」
惨状を前に、そう話し始めたのはオルロイド爺さんだ。
「場合によっては庭園だけでは収まらず、この『ねこねこランド』が、さらには宿のほうにも被害が拡大し、死傷者が出ていた可能性もあったからのう」
そこは確かに爺さんの言うとおり、被害はここだけで、人的影響も見物していた入園客や妖精たちがスライムの粘液を被ったこと、あとはシセリアがしょんぼりしたことくらいだ。
「はあ……。そうね、市長さんの言う通りかもね。それにずっと心配の種だったあいつらに気を回す必要もなくなったし、悪いことばかりじゃないかもしれないわ」
オルロイド爺さんの話を聞き、ララはなんとか気を取り直そうとする。
とはいえ目の前の惨状はいかんともしがたく、また、遠巻きに見物していた入園客や妖精たちは安堵もあってか口数が増えざわめき始めていた。
「さて、では儂も市長としての仕事をするとしようかのう。あちらに事情の説明と謝罪をしてこねばな」
そう言って爺さんが向かおうとした――その時だ。
ぎゅるん、と近くの空間が歪んで渦となり、そこからリクレイドとネーネが現れ、それに続きアイルとクーニャが這いだしてきた。
「遅くなった」
「ホントに遅ぇーニャ。騒動が終わってからのこのこ顔だすとかどういう了見ニャ」
嫌味をぶつけてやると、リクレイドはちょっと困った顔をしつつ「耳が痛いね」と肩をすくめる。
「異変はネーネが察したのでな、すぐに戻ろうとしたのだが、妨害されてできなかった。それで仕方なく走って向かっていたのだ」
ああ、だからアイルとクーニャが死にそうになってるのか。
地面に倒れ込んで疲労困憊、とどめを刺してやろうとばかりにテペとペルがじゃれついている。
「事情はネーネを介しておおよそ把握している。だから……」
と、リクレイドは一度オルロイド爺さんを見て苦笑い。
「入園者への説明や妖精への今後の指示は俺がやろう。悪いが終わるまで待っていてもらいたい」
「いいニャ。ひと休みしてるニャ」
「助かる。では後でな」
そう告げ、リクレイドはネーネを連れて入園客や妖精たちのところへ向かったのだが……。
「うーむ、どうも胡散くさい奴だな……」
「まあ胡散くさいニャ」
俺と同じものを感じていたらしく、納得のいかない顔をしたシルがぼそっと呟いた。
邪妖精たちによる騒動、これは間違いのない事実だ。
俺たちが『ねこねこランド』を訪れたことに加え、リクレイドとネーネが都市を離れていたのは邪妖精たちにとって絶好の機会だった。
邪妖精たちは状況を利用した。
が、しかし、邪妖精たちのことを知りながらこのタイミングで自ら都市を離れたのはリクレイドで、俺たちを都市へと誘導したのもリクレイドなのだ。
「でも得がないニャ。意味がないニャ」
「まあそうなのだが……」
邪妖精たちを一掃できたのはメリットになりえるが、現状から考えるとまだデメリットのほうが大きく、企んだとしてもわざわざ実行するほどとは思えない。
やはり俺やシルが考えすぎなのだろうか。
△◆▽
リクレイドによる入園客への説明会は最初こそわーわー騒がしかったが、すぐに落ち着いた雰囲気になった。
どうやら上手いことなだめたらしいが、なんか入園客たちが『やはりニャミーちゃん……!』とか『ニャミーちゃん記念人形だって……!』と言っているのが俺の耳には届いていた。
たまにはニャッキーくんのことも思い出してあげてほしいと思う。
それからリクレイドは集まっていた妖精たちに指示を出し始め、そのあたりでくたばり損ないになっていたアイルとクーニャが復活した。
「おめー、リクレイドをシメるって話はどうなったニャ?」
「へへっ、なかなかいい戦いだったんだけどさ、いやほら、ぶっ殺しちまうわけにはいかねーし、全力はダメだろ?」
うん、これ即負けしたんだろうな。
頭のヒヨコ込みでも、こいつが王金級冒険者というか、エレザ級と戦って善戦できるイメージがまったく湧かない。
「いや嘘じゃねえぜ? あいつもオレの戦いぶりに感銘を受けたみたいでさ、オレだけ特別にってなかなかいい提案をしてくれたんだ」
うん?
ちょっと待てお前まさか……。
「オレの『鳥家族』はいずれ世界を獲るだろ? でも各国、各地域に支店を開店していくってのはたいへんだ。今は師匠に頼りっぱなしだからなおさらさ。でもリクレイドは言うんだよ、この都市に本店を構えれば、ここから各支店に転移で食材の配達ができるし、人材の派遣もできる。まさにこれからでかくなる『鳥家族』に相応しい場所なんだって。『鳥家族』はこの都市を中心として世界を家族に迎えるんだ」
すっかり取り込まれてんじゃねえか、このポンコツ……!
なんの期待もしていなかったが、まさかリクレイド側につくとまでは予想できず俺はアイルの残念っぷりに愕然とし、いずれこいつが族長となるなんとか森のエルフたちの行く末を哀れんだ。
さらに――
「ニャスポーン様、どうでしょう、妖精界の守護者となる気はありませんか? 世界宿計画には食料に関して難があるものの、ニャスポーン様が治めることで解決します。人々はニャスポーン様を『恵みの猫』として崇め、やがては妖精界を守護する神として祀り、大神殿は神々の一柱と認め神殿を建てることを許可するでしょう。そして私はその神殿の長となるのです」
クーニャまで取り込まれてんじゃねえか……。
まあ、だからどうしたという話だが、目を爛々とさせて迫ってくる二人は非常に鬱陶しかったため、とりあえず猫パンチでのした。
幸せな夢を見ながら、またしばらく大地に抱擁されているといい。
こうしてポンコツ二体を成敗したあたりで、リクレイドとネーネがこちらへと戻ってきた。
「おっと、これは……そうか」
余計なことしやがって、と睨む俺、それから地面でおねんねしているアイルとクーニャを見て状況を察したらしくリクレイドは苦笑だ。
「まったく、先が思いやられるニャー。計画の出発点となるこの都市でこんな騒動を起こされるようじゃあ、この先やっていけねーニャー」
「そうだな……」
軽く牽制してやる。
なにか反論するかと思いきや、リクレイドは素直に認めてため息をついた。
そして――
「やはりお前が必要となるか」
「ニャ?」
「計画には障害が多い。だが、お前がこちらについてくれることでそれは取り除ける。今回の騒動のようにな。お前がいれば計画は成功するだろう」
「お、お主なにを……正気ではないぞ!?」
「骨はちょっと黙ってるニャ。それから、事態を解決したのはシセリアだニャ。ニャーじゃねえニャ」
「わかっている。やはり得がたい才能だな。ぜひこのままニャミーちゃんとしてここで働いてもらいたいと思っている」
「本人にお願いするといいニャ」
「もちろんする。が、お前が留まるならシセリアも留まるのでは?」
にっ、とリクレイドは笑い、皆を見回す。
「お前を中心とした一つの勢力、俺はそれが欲しい。そのためにはお前の首を縦に振らせなければならん。本当はもっと時間をかけて話をして、態度が軟化してから誘いをかけたかったのだがな。どうやらそれではこじれるばかりのようだ」
リクレイドはやれやれと首を振り、それからぐっと握った右拳を俺に向かって突きだした。
「ならば、話を単純で簡単なものにしよう。俺はお前が欲しい。お前は俺を止めたい。もう明日を待つ必要はない」
つまりは決闘か。
殴り合って勝った者に負けた者は従う。
まあ元の世界でも西洋では話がこじれたらもう面倒くせえってなんでもかんでも決闘で済ませてたみたいだからな。
決闘の結果は神による審判、ってやつ。
「確かに、そいつはてっとり早くて助かるニャ」
もうあれこれ考える必要はない。
リクレイドの顔面に肉球マークを拵えてやればすべてが解決だ。
「自分は王金級の冒険者、だからニャーに勝てる、そう思ってるのかニャ?」
「いや、俺ではお前に敵わないさ。だが……ネーネ!」
「かしこまりました」
リクレイドに応え、側に控えていたネーネがさらに近寄る。
いや、近寄るどころではなかった。
ネーネはその姿を薄れさせたかと思うと、そのまますっとリクレイドに重なり、そして消えたのだ。
リクレイドから放たれる眩い光。
なんかもう今日はどいつもこいつもピッカピカ、目が疲れるったらありゃしない。
やがて光が収まったそこには、ネーネが身につけていた水着風のメイド服を纏い、派手に肌を晒しているリクレイドの姿が……!
「な、なんという姿に……!」
そう嘆いたのはオルロイド爺さんである。
まあ父親であればそんな反応にもなるだろう。
息子を愛していたとしても、逆に嫌っていたとしても、こんな人の形をした地獄みたいな姿になれば、とりあえずびっくらこくのは間違いないのだから。




