第47話 いともたやすく行われるえげつない変態行為
邪妖精たちをやっつけた(?)あと、シセリアはゆっくりこちらに飛んできた。
手はへにょっと元気なく前に倣え、膝は揃えて曲げ、ふよふよ近づいてくる姿はなんだか『オバケだぞ~』と戯けているようにも見える。
「ううぅ、明日が見えない……」
地面に着地して開口一発目に弱音。
たぶん未来がピッカピカすぎて目が眩んでいるのだろう。
で、その一方――
「シセリー、格好よくなった!」
輝かしき未来の弊害にすっかり意気消沈するシセリアとは打って変わって、迎えるおチビたちはたいへんはしゃいでいる。
「シセお姉ちゃんすてきー!」
「あの、触ってもいいですか?」
「私も触りたいわ。あと撮影したい」
さっそくシセリアを取り囲んだのは三人娘とマリーで、その足元には『なんだ、なんだそれ、なんだ』と騒ぐテペとペルがいる。
「……ん! ん!」
「んもう! ボクも変身してるでしょ!」
また、ちょっと離れたところではペロにしがみつかれながらもじりじり接近中のラウくんがいたりと、妖精騎士フォームのシセリアはおチビたちに大人気であった。
考えてみれば、あのゴツイ鎧姿はおチビたちに不人気というわけではなかったが人気でもなかった。
やはり見た目は大事ということなのだろう。
まして子供ともなれば、たとえどんな怖ろしい凶悪犯であろうと、その見た目が可愛らしければつい良い印象を抱き、うっかり懐いてしまったりするもの。
世の親御さんたちは気をつけなければならない。
こうして一躍人気者となったシセリアだったが、しばしちやほやされていたところで黒く発光を始め、やがてぼわっと黒い靄に包まれる。
そして――
「あーあ、負けちゃったー」
「もうちょっと遊びたかったよねー」
「これからどうするー?」
シセリアから邪妖精たちが分離し、最後にでんっと置物モードのスプリガンが出現。
これにて人気を博したシセリアの妖精騎士フォームはお披露目終了となり、おチビたちはとても残念がった。
「アハハッ、そんな落ち込むなって!」
「そうそう、またの機会をお楽しみに、ってね」
落ち込むおチビたちを励ますように邪妖精は言う。
どうやら妖精騎士フォームは魔界騎士フォーム(勝手に命名)を経由しないと成れないらしい。
「オレらだけでいいなら、も一回やってやってもいいんだけどさー」
「そこの骨董品しだいなんだよねー」
「いや、そこはシセリアしだいだろ? ならそう遠くないうちにまた見られるんじゃね?」
「ちょっとそこ、不吉なこと言わないでもらえません!?」
調伏されたというのに邪妖精たちはのん気、和気藹々としている。
シセリアに縛られることにはなったが、と同時に保証人でもあるため、大手を振って外を歩けるようになったらしい。
とはいえ、その因縁まではリセットされるわけではなく――
「お前ら、無茶苦茶やりやがって!」
反省などまったく見られない邪妖精たちに腹が据えかねたか、ヴィヴィがむきーっと突撃する。
「お、なんだぁ、やるかー?」
「弱くなったからって舐めんなよぉ!」
こうして勃発したヴィヴィと邪妖精たちとの取っ組み合いの喧嘩。
多勢に無勢、圧倒的にヴィヴィが不利かと思いきや、どうも邪妖精たちは相当弱体化を食らっているらしくなかなか良い勝負だ。
「はいはい、ヴィヴィの気持ちはわかるけど落ち着いて。やっと騒ぎが終わったところなんだから」
やがて、いつまでも決着がつかない戦いを見かねてララが止めに入るもヒートアップした妖精大乱闘はなかなか終わらず、三人娘とマリーはシセリアからそっちの撮影に鞍替えだ。
あえなく人気者から転落したシセリアはとくに残念がるでもなく相変わらずへにょっとしており、そんなシセリアに置物モードのスプリガンが普段の声で語りかける。
『シセリアよ、我が主人よ、完全とは言えずとも、こうして我が悲願を達成できたのは汝あってのこと。どうか我が感謝を受け取ってもらいたい』
「なら私を解放してもらいたいんですけどー……」
『それは断る!』
「まったく意味のない感謝ですねぇ!」
辛辣ではあるが、シセリアの気持ちもまあわからんでもない。
『では我が主人よ、次に会える時を楽しみにしているぞ!』
「いや次に会えるって、どうせ森ねこ亭に居座るんでしょ?」
だいたい森ねこ亭の玄関前だったり、シセリアの部屋に居るんだからありがたみもなにもない置物である。
とまあシセリアが持て囃されたり、持て囃されなくなったり、妖精たちが仁義なき戦いをしていたりするその横で、密かに別の騒動も起きていた。
「ええい、こいつめ! こいつめ!」
わざわざこっちに合流しなくてもいいのに来てしまったメロスを、骨爺さんが杖でぽこぽこ叩き続けているのだ。
ダメージはないようで、メロスは困惑しつつ俺を見る。
「このご老人はいったい……?」
「キレる老人だニャ」
「なるほど、キレる老人か。ならば仕方ないな」
「いや、それはあんまりかと……」
そう呟いたのはちょっと離れたところにいるレンだ。
「レンにゃん、なに離れてるニャ? そんな『自分は無関係です』みたいな顔してないでこっち来るニャ。仲良くするニャ」
「同郷に会いたいと思っていたのを後悔する日が来るとは……」
嫌そうな顔をしてこっちに来るレン。
気持ちはわかる。
俺とてこんな変態の相手はしたくないが、だからと放置するわけにもいかんのだ。
なにしろ奴め、俺がレンのほうに意識を向けたこのわずかな間にするするっとしょぼくれシセリアに近づいていた。
跨がっているのがスライムだからか、移動してもマジで音がしねえ。
「やあシセリアちゃん、ご苦労様。なんか苦労が多いみたいだけど気を落とさないで。そのうちいいこともあるさ」
「ううぅ、メロスさん……ありがとうございます……」
「うんうん。あ、ところでなんだけど、シセリアちゃん、このスライムをどう思う?」
「すごく……大きいです……」
「だろう? どうかな、よかったら撫でてやって――」
「シセリア、お菓子やるニャ。今回はその頑張りを認めて大盤振る舞いしてやるニャ」
あのセリヌンティウスが〈鑑定(欠陥)〉でどんなスライムであるか知ってしまった俺は、メロスのサイレント変態行為をすみやかに阻止。
さすがに見過ごせないので、シセリアのおやつ抜き刑は撤回だ。
まあ実際活躍(?)もしたしな。
これがアイルやクーニャだったら放置したかもしれん。
今は何やってるのやら。
「おっ、お菓子! ありがとうございます! いいことあった!」
洋菓子和菓子を詰め合わせたでかい籠に飛びついてくるシセリア。
しかし籠を受け取ってすぐ――
「ひゃっほい! お菓子だ!」
「これがあの伝説の!」
「食べてみたかったんだよねー!」
大乱闘に勤しんでいた邪妖精たちが戦いを放棄。
全員でいっせいにシセリアへ襲いかかると籠を強奪し、『わーい!』とそのままどっかへ飛んでいく。
「ちょ!? それ私のですけど!? 返してください!」
邪妖精たちを追いかけ、シセリアもどこかへ。
あいつ迷子を再開するつもりか?
まあともかく、メロスの変態行為は阻止できた。
そんな俺の行動になにかを感じ取ったのか、セリヌンティウスに興味を持ったおチビたちをエレザとマリーが止めている。
素晴らしい判断だ、あとでちょっと良い物を贈っとこう。
「おめーの好きにはさせねーニャ」
「ふっ、そんな姿でもさすがは使徒ということか」
いや使徒は関係ねーから。
常識的な行動だから。
そのまま骨爺さんの相手をしているならよかったが、注意がほかに向けられるとなると俺が盾にならねばならない。
こんな俺の行動をメロスは忌々しく感じるかと思ったが、意外なことになにやら楽しげである。
「お前は俺に似ているな」
「ふざけたこと言ってんじゃねえニャッ!」
いや、やっぱり恨んでいたのか。
野郎はとんでもない侮辱をしてきた。
これほどの屈辱を覚えたことなど……夏頃チンピラに金貨を奪われた以来か?
もしニャスポーンになっていなければ激しい怒りにより大爆発を起こしていた可能性もあったが、幸いなことに毛並みが逆立ち、尻尾がぼふっと埃取りのように膨らんだだけですんだ。
シルとメリアに無言でもふられる。
「なぜ猫の紋章が浮かぶほどの激情を……? なにか勘違い――ああ、言い方が悪かったか。かつての俺に似ているんだ」
「大して変わんねーニャッ!」
さらなる侮辱。
尻尾の膨らみは収まらず、残りのおチビやマリーも寄ってきた。
みんなに寄って集ってもふられる。
「いや、強い憎しみを抱えているということを言いたかったのだが……ともかく、これはしくじった先輩からの助言だ。憎むべきは罪。時には許すことも必要。覚えておくといい」
そう言い残すと、スライムに跨がった変態は現れた時と同様に光と共に消えていった。
ええい、なにが助言だ忌々しい。
もう二度と会うことがないよう、神さまにお祈りしとこう。
 




