第45話 みんなで学ぼう『食育』の大切さ
お邪魔虫かと思ったら超ド級の変態だったメロス。
自らの変態性を暴露し始めた奴を、一刻も早く黙らせねばと行動を起こした俺をいったい誰が責められようか!
「な、なんだッ!? なんだこれは……ッ!?」
自分がふんわり発光を始めたことに動揺するメロス。
あたふたするも手遅れで、光は徐々に強くなり、最後にはそのあまりの目映さにメロスは輪郭すら像を結べなくなる。
そして――
「うぎゃあぁぁぁ――――――ッ!?」
このあたりでメロスは絶叫。
まったく騒がしい。
光から飛び出してきたんだから大人しく光に還れ。
「ひゃっほう! いいぞ、よくやった! 今回ばかりは諸手を挙げてお主を褒め称えようではないか! 見直したぞ、お主にも正義の心はあったんじゃな!」
なにやら骨爺さんが見たこともないテンションになった。
小躍りして喜んでるんだが……。
「言い方が微妙に失礼だニャー」
「おっ、光が収まってきおったぞ! くたばりおったか!」
ダメだ、まったく聞いちゃいない。
ひとまず異様なテンションの爺さんはほっとくとして、俺はシュワシュワ~っと小気味よい音を立てながら消えていく光を眺めながら己の変態性によって異世界で果てることになった同郷のことを悼もうとした。
が――
「や、野郎、耐えやがったニャ……!」
なんてこった、トウモロコシの粒か貴様は!
これまで〈鑑定(欠陥)〉をかけた対象はあえなく光と共に消え失せてきたというのに!
さらには、だ!
「ニャ……ニャニャ!? なんだニャこの情――鑑定結果かニャ!?」
消滅させられなかった弊害として、本来なら見ればわかるような情報しか得られない〈鑑定(欠陥)〉がちゃんと仕事をしてしまい、俺の意識にメロスの情報が流れ込んできてしまった。
たとえばそれは今あいつが跨がっているスライム(セリヌンティウス)こそが、チンコ(セリヌンティウス)を吸収してしまったスライムであるとか、曲がりなりにも使徒――つまり神の恩恵を宿した奴の肉体の一部を吸収したことでスライム(セリヌンティウス)が超パワーアップしていたとか、奴がいよいよスライムを絶滅させようとスライムのマザーみたいなもんの所に突撃するもスライム(セリヌンティウス)と再会、跨がることで一体感を取り戻して和解したとか、ホント記憶を消してくれと叫びたくなるような情報がどど~っと。
ぐぬぅ、まさか〈鑑定(欠陥)〉が成功することで俺のほうに精神ダメージが発生してしまうとは……。
なんという副作用!
この明晰な頭脳をもってしても予見できなかったわ!
「おいっ、消滅はせんかったが効いてはおるぞ! もう一発――いや、消滅するまで何度でもじゃ!」
「か、勘弁してニャァ……」
これで〈鑑定(欠陥)〉を実行するたびにメロスの追加情報が流れ込んできたら俺の精神が異常をきたしかねない。
あのド変態は俺の手にはあまるのだ。
で、その一方――
「おいそこの猫ぉ! てめーよくもやりやがったな! 危うく消滅するかと思ったじゃねえか!」
メロスは激怒していた。
必ず、かの邪智暴虐の猫を除かなければならぬと決意したか?
もちろん知ったことではない。
「消滅してくれたらよかったニャ~」
「ひ、ひでえ……! なんて猫だ! 感じ同郷なのに、この仕打ちはひどいだろう! お前みたいなのがいるから使徒の風評被害が加速するんだぞ……!」
「おっ、おっ、おめーだけには言われたくねーニャッ!!」
いやホント、こいつだけには言われたくない。
俺はイライラしながらポカーンとしていた邪妖精に呼びかける。
「こら! おめーら! とんでもねーモンスターを呼びだしてくれたニャ! そっちで責任もってちゃんとお片付けするニャ!」
「えっ……!?」
「い、いやー……」
「そ、その、正直……これは困る……な」
「素で戸惑ってんじゃねえニャ!」
さすがはド変態、邪妖精にすら即座に距離を置かれてやがる。
こうなったら頼れるのは一人だ。
「シセリア、頑張ってお相手するニャ!」
「そ、そうだよね、ここはやっぱりシセリアだよね!」
「そうそう、化けの皮を剥いだ責任をとらないとさ!」
「シセリア~、がんばれ~!」
「うええっ!?」
俺だけでなく邪妖精からもせっつかれ、戸惑うシセリア。
さらに――
「倒せ! 倒してくれ! もし成し遂げれば嬢ちゃんは間違いなく世界中の国々から表彰され生きた伝説となるじゃろう!」
「嫌ですよそんなの!?」
シセリアのやる気を損ねてどうするんだこの骨爺さんは……。
「耄碌ジジイの言うことは気にしなくていいニャ! おめーの好きにやればいいニャ!」
「す、好きにって言われても……。あ、じゃあメロスさん、ものすごく逸れてしまった話を元に戻していいですか?」
「話を戻してって……俺、今消滅させられかけたんだけど……」
「駄目ですか~?」
「うっ、女の子のお願いを断るのは主義に反するし……。よし、わかった、シセリアちゃんの頼みとあれば話を戻そうじゃないか!」
もしかして、あいつシセリアが女の子だったからペラペラ質問に答えてえらい暴露しやがったのか……?
「じゃあじゃあ、あのですね、私はメロスさんがスライムならなんでも守ろうとすると思っていたんですけど、違うんですよね? ではあのスライムはどうなんです? 実はあのスライム、わる~い妖精たちの企みによって誕生したんです」
「ほう、詳しく聞こうか」
聞く態勢になったメロスにシセリアが経緯を説明。
この場にいなかったのに詳しいのはこちらへ来る途中で妖精の誰かに聞いたのか、それともスプリガンが何かしらの方法で調べたのか。
ともかくシセリアは事情を話し、これを聞いたメロスは深々とため息をつき肩を落とした。
「そういうことか……」
ひどく残念そうである。
どうでもいいが。
「かつて俺のいた世界には『食育』という言葉があった」
メロスは厳かになんか語り始める。
「『食育』、それは健全な『食』を育むための試み。『食』とは生きる上での基本、生きるための基礎。『食べる力』とはそれ即ち『生きる力』、『食』なくして『生』はない。わかるかシセリアちゃん」
「わかりますー。美味しい物を食べると元気が出ますよね!」
「ふふっ、確かに美味しい物を食べると元気がでるな。しかし、美味しい物――自分の好みの食事ばかりをとっていてもいけないのだ」
「そうなんですかー?」
「実はそうなのだ。偏った食事は栄養の偏りを生む。また不規則であったり、節度を無視した食事なども体調に悪影響を及ぼす。食べることは生涯にわたる持続的で基本的な営みであり、その歪みはその者自身の歪みとなる」
「ほへー」
「そして、これはスライムにも言えることなのだ。そもスライムというものは自然界の掃除屋であり、実に雑多で多様な『食』と共にある存在。それは自然と共存していると言ってもいい。ところがこれを人為的に歪め、特定の食事ばかり取らせるようにしたらどうなるか?」
スライムはスライムとしての特性を維持しつつも、本来の在り方から逸脱した存在へと変貌してしまう、とメロスは言う。
「そしてそのスライムが強い我を獲得し、他のスライムにも影響を与えるようになるとスライムという種は危機に直面することになる」
特定の条件下で発生した特殊個体に全体が支配され、同一の存在となった場合、その環境の崩壊がそのまま種の崩壊へと繋がる。
多様性を喪失したがゆえの種の弱体化だ。
「特に人間のウンコを主食としていた場合、スライムの変異は発生しやすいものとなる。なにしろ人間のウンコは八割が水分、残る二割のうち三分の一は食べた物のカスだが、残りは生きた腸内細菌と剥がれた腸粘膜、人間の情報を多く含んでいるのだ。これを取り込み続けることで、スライムは人に寄っていき、それはスライムの小さな自我にあまりにも大きな影響を与える。端的に言えば、人間のウンコばかり食べて成長したスライムは狂うのだ」
この狂ったスライムの群れがなんらかの影響により合体をすると、知性が高まりその異常性が一気に表面に表れるとかなんとか。
「そうなってしまったスライムは……」
「スライムは?」
「残念だが、除かねばならない! スライムという種のためにも!」
『えっ、我を守ってくれるんじゃないんですか!?』
大人しく推移を見守っていたウーズだったが、ここでびっくら仰天して声を上げた。
だがメロスは無慈悲だ。
「すまない、俺はスライムという種の守護者であり、同時に狂えるスライムの討伐者でもある! お前という存在を見過ごすわけにはいかないんだ!」
そんなことなら最初から現れんなよ、と言いたいところだが、そこだけはメロスが悪いわけではなく、邪妖精たちが余計なことを企んだ結果なので仕方ない。
『い、嫌だ! 嫌だぁぁぁ――――ッ!』
助けが来たかと思ったら実は『絶対の死』だったウーズの絶望たるやどれほどか。
なにしろ相手は元スライム・スレイヤー。
ただスライムを絶滅寸前にまで追い詰めただけでなく、それを阻止しようとした国々ともやり合った狂人なのである。
「今一度、俺はこの身をスライムの粘液に塗れさせよう! 抵抗したくばするがいい! だが、すべては無駄だ!」
『な、舐めるなぁぁぁ――――ッ!』
ウーズは必死の抵抗。
生半可な攻撃では通用しないと悟ったか、その全身をうにょーんと伸び上がらせメロスへと迫る。
それはスライムにとって基本的な攻撃法、つまりは対象を体内に取り込んで捕食だ。
正直、ウーズはスプリガンでもどうにかなりそうなので、そのままメロスを取り込んで消化するなりなんなり始末してもらいたいところだったが……残念、やはり奴はスライム・スレイヤー。
「スライム死すべし! 慈悲はない! はあぁぁぁ!」
メロスはハルバードを天に突き上げ、さらに叫ぶ。
「強制『感応』――スライム滅殺陣ッ!」
それはわかりやすい派手さなどはない攻撃だった。
メロスへと襲いかかろうとしていたウーズがふいに動きを止め、水風船が沸騰でもしたように激しく蠢き始めなければ、攻撃であったことすらも判断できないほど。
しかし、だからこそ怖ろしくもある。
メロスの攻撃はただ『スライムを殺す』ということにのみ特化しており、それはもはや殺意の具現化。
ああ、だから『感応』か。
そんなの確定『死の呪文』じゃねえか。
『おのれっ、おのれぇぇぇ、まだ、まだ我はぁぁぁ――――ッ!』
藻掻き苦しみながらも、ウーズは逃げようと動きだす。
しかし――
「無駄、無駄なのだ。俺の意志はお前だけではなくこの『場』にも『感応』させた! 逃れられるものではない!」
エリア魔法で『死の呪文(確定)』とか無茶苦茶では?
まあこんなのをポンポン放てるからこそ、スライムを絶滅寸前にまで追いやれたということか。
『ウンコォ! ウンコォォォ! まだ一口もォォォ――――ッ!』
断末魔の叫びがこれほどアホらしいなどと、いったい誰が想像できたであろうか?
ともかくメロスの『絶対スライム殺す攻撃』によりウーズはみるみる衰弱していき、最後にはどぱ~んっと景気よく爆ぜてあたりを粘液塗れにさせ――
『ぎやあぁぁぁ――――――――ッ!?』
さっさと避難せずに見物していた入園客とか、騒ぎを聞きつけどこかからいっぱい集まってきた妖精とかに降りそそぎ、盛大な悲鳴を上げさせることになった。
でもまあ、一口も食べてはいないんだから……綺麗だと思うよ?
なんの因果か、断続的に発生する謎の腰痛により立ちっぱなしの執筆を強いられております。
どれくらいの痛みかというと、寝ているときに足がつってしまいそのままピークまで到達しちゃった、くらいでしょうか。
最初はたいへんでした。
痛みのあまり布団の上で四つん這いになって助けも呼べず「うごご……!」とうめくだけしかできなくなった私。
なんだ、新しい遊びか、と猛烈にじゃれついてくる猫。
まさにデスゲーム(私の)!




