第44話 世界にひとつだけの魔羅
ニャミーちゃんが飛び入り参加してきたかと思えば爆散して黒い騎士になり、かと思えば今度は白い騎士が登場して横やりを入れてきた。
白い騎士と黒い騎士。
はたから見れば光と闇、善と悪みたいな構図だ。
しかしあいにくとこの現実というものは捻くれており、俺たちからすれば見た目の印象が悪そうでヤベえ奴――つまりスプリガンに活躍してもらわないと困るわけだが、その一方でそこそこ見た目の印象が良い奴――スライム・ガーディアンの活躍に期待する邪妖精がいる。
「スライム・ガーディアン、あの黒い鎧がスライムをイジメてるんだ!」
「早くやっつけてー!」
さっそくスライム・ガーディアンを焚きつける邪妖精たち。
『ええいっ、これは事を急いだほうがよさそうですね!』
面倒なのが現れたと、スプリガンがウーズの攻撃を急ぐ。
が――
「させぬ! ――頼む、セリヌンティウス!」
ぶるんっ、とスライム・ガーディアンの跨がるスライムが震えた。
次の瞬間、ガキンッと響き渡る金属音。
ウーズをぶった切ろうとしたスプリガンの剣を、スライム・ガーディアンがハルバードを盾に受け止めたのだ。
視線を振り切るその速さ。
瞬間移動のごとき高速移動である。
「なぜこのスライムを苛める! このスライムが何をした!」
うん……?
あ、考えてみれば三色スライムたちとは違い、ウーズ自身はまだ何の悪事も働いていない。
せいぜいウンコウンコ叫んでいただけだ。
もし日本であってもそのくらいならお巡りさんは迎えに来ず、せいぜい人々に撮影されてSNSを賑わす程度だろう。
まあ自衛隊は出動するだろうが。
『何をと? わかりませんか! 何かしてからでは遅いんです!』
スプリガンはスライム・ガーディアンを押しやり、さらに牽制の一撃。
それをスライム・ガーディアンは軽くいなす。
「危険そうだからと葬るのか! いいのか、それで! お前の心は痛まないのか!」
『傷みませんね! 少なくとも、見過ごすことで生まれた被害を後悔するよりはマシです! ずっとマシですよ! これを罪と言うなら背負いましょう! 咎と呼ぶなら刻みましょう!』
スプリガンの言動、シセリアへ寄せているせいか普段よりも真っ当な感じがする。
もうずっとそのままでいいんじゃないかな?
『そもそも貴方、いきなり現れて状況もわかってないでしょう! 悪辣な妖精に踊らされているだけですよ!』
「確かに状況はわからない! だから止める! どこに道理があるのか確かめるために! まずは一度退いてくれ! これでは話し合いどころではない!」
『お断りします! 正直、私は徹底的にやる貴方を警戒してるんですよ! ここでそのスライムを始末しておかなければ、もしまかり間違って貴方が『守る』と決めてしまった場合、いったいどんなことになるか!』
おや、スプリガンはスライム・ガーディアンのことを知っている?
長いこと汎界を放浪していた鎧だからな、どこかで知る機会があったのかもしれない。
『トロイ! 喚びだしておいて悪いですが、これだと小回りが利かないので帰ってください!』
「ええっ!? そんな~!」
哀れ、トロイは黒い靄に包まれ強制送還。
動きやすくなったスプリガンは直ちに猛攻を仕掛ける。
普通に飛び回ってるし、どうやらトロイは見栄えのためだけに呼びつけられたようだ。
『これは貴方には関係のないことです! 邪魔しないでください!』
「虐げられるスライムがいる! ならば俺には関わる権利がある! 義務がある!」
『ああもう、やりにくい……!』
埒が明かないと判断したか、一旦大きく距離をとるスプリガン。
これまでのことを考えると、スプリガンならもっと無茶苦茶やりそうだがそれをしないのはスライム・ガーディアンが『敵』ではないと思っているからか、それとも、今以上となるとスライム・ガーディアンも本気、戦いの規模が周囲を巻き込むほどのものに拡大するという懸念があるからか。
攻めあぐねるスプリガン、静かに待つスライム・ガーディアン。
そんなおり――
「え、えーっと、スライム・ガーディアンさん……?」
戸惑い混じりの声、話しかけたのはシセリアか。
「むっ? なんだ少女よ、平気そうではないか。てっきり君はその鎧に操られていると思っていたが……」
「えっ……? いやまあ勝手に動かれているので操られていると言えば操られているんですが、意思はそのまんまですね。というか、どうしてそのことを?」
「俺には神から授かった『感応』という権能がある。他者へ思いを伝えやすく、そして他者からも伝わりやすい。さらにはもっと特殊なことも可能だが……今は措こうか」
おっと、どうもあいつ使徒っぽいぞ。
「じゃろうなぁ、使徒じゃろうなぁ……」
骨爺さんはとても嫌そうに納得。
解せぬ。
「こうして何度か切り結んだ仲だ、君とその鎧のこともある程度は感じ取った。君たちがなにもこのスライムをいたぶろうとしているわけではないこともわかっている。だから、まずは待て。確かに俺はスライムを守護する者だが、ただ闇雲にあらゆるスライムを守るつもりはない」
「あれ、そうなんですか? てっきりスライム・ガーディアンさんは――」
「メロスだ」
「え?」
「かつての名は須藤瑪良。今はメロスを名乗っている」
なんでメロスやねん、と思ったが、たぶん瑪良に須藤の頭文字Sをくっつけた渾名かなんかだろう。
それで騎スライムの名前がメロスの親友の名――セリヌンティウスなのか。
「あー、はい、メロスさんですね。てっきりメロスさんはスライムならなんでも守るのかと思っていましたよ」
「スライムの生息域は広く分布している。いくら俺とてすべてのスライムを守るようなことはできないさ。俺が姿を現すのはよほどの事態が起きたとき。スライムが関わる、な」
「はー、なるほどー……」
この状況でのん気にスライム・ガーディアンあらためメロスから話を聞けるシセリア。
大物である。
スプリガンも思うところ――なにか期待しているのか、この場をシセリアに任せることにしたようで黙っている。
「あの、これは単純な疑問なんですが、メロスさんはどうしてスライムを守るんです? 神さまに守れって命令されたとか?」
「いや、そうではない。スライムを守るのは罪滅ぼしだ」
「罪滅ぼし?」
「ああ、俺はかつてスライムを絶滅寸前にまで追いやった」
『え』
と、戸惑った者はどれだけの数か。
筆頭は骨爺さんだ。
完全に固まってしまった。
「え、ちょ、えっ!? スライムを絶滅寸前って、あの、それやらかした人ってスライム・スレイヤーじゃないですか!? ってことはつまり……貴方が?」
「そう、当時はスライム・スレイヤーを名乗っていた」
『うええぇぇぇぇぇッ!?』
シセリアは叫んだし、聞いていた者たちも叫んだ。
うっかりとんでもない歴史の謎の解き明かしたシセリア。
こりゃ後世の歴史家は『またシセリアか!』と頭を抱えるな。
「ど、ど、どうして殺す側から守る側に!? いやそもそも、なんでまたそんなスライムを皆殺しにしようなんて思ったんです?」
「スライムを皆殺しにしようとした理由か……」
シセリアの奴、どさくさにまたとんでもない質問を……。
それはスライム騒動の当事者だった骨爺さんですら知らない事実。
世紀を跨いだ謎のはずだ。
「理由、か。昔はよく尋ねられたな……。当時はそれに答えられる精神状態ではなかったが――いいだろう。答えよう」
「お、おお!」
「だが聞いて面白い話ではない。理由は憎しみだ。かつて俺は大切なものをスライムに奪われた」
「あ、そ、そうでしたか。それは、その、不躾にすみません……」
つまりは復讐だったということか。
答えを聞いたシセリアは気まずそうに謝る。
ところが――
「ちなみに何を奪われたんです?」
普通それ聞けねーよ?
いやまあ気になるけど、でも『不躾に』って謝っといてすぐにそれ聞くか……。
「奪われたもの、それは……」
「それは?」
「チンコだ」
『は?』
時が止まった。
しかし残念、時は動きだす。
「俺はスライムにチンコを奪われ、そして誓った。すべてのスライムを消し、そして俺も消えよう、永遠に――と!」
「え、えっと……? あの……? どうして? その、それを奪われるようなことになるんです?」
シセリア、やめろ、それ以上は聞くな。
これ絶対ろくでもないやつだから。
「かつて、この世界に転移してきたばかりの頃、俺は性欲を持てあます一人の好青年だった。そんな俺の望みはこの世界でハーレムを作ることであり、そのために神にお願いして『感応』の権能を貰った。数多の種族の女性とよく理解し合えるように、とな」
すげえと言いたくはないがすげえ。
話のすべてがろくでもねえ。
「俺が降り立った場所はとある里山。本来であればそのまま近くの人里へ向かい、俺のハーレム道が始まるはずだった。しかし! ハーレムへのあまりの期待に、俺の股間のセリヌンティスが激しく自己主張を始め、歩くこともままならない状態になってしまった!」
当時のメロスはとても焦ったそうだ。
『おいおい、早くまだ見ぬヒロインに会いにいかないといけないってのによぉ……! セリヌンティウス、お前もうそんな張り切って、磔台もないのに磔状態じゃねえか! まったく、とんでもない相棒を持って生まれちまったもんだぜ!』
わざわざ当時の自分を真似ての小芝居。
しょうもない。
「俺はなんとかセリヌンティウスを宥めようとしたが、利かん坊と化した相棒はあまりにも逞しく、俺はあきれつつも深い頼もしさを覚えた。そして、これはもういよいよここでなんとかしなければならないか……そう思ったとき、現れたのだ!」
「現れたって……?」
「もちろんスライムだ!」
俺はメロスに〈鑑定(欠陥)〉を実行した。
 




