第42話 国喰いのウーズ
三体のスライムが合体して誕生した白き覇者、究極のスライム。
名付けるならば『ウーズ』だろう。
Ultimate・Unko・Slimeの頭文字を繋げての『UUS』だ。
『我は混迷の世を照らす白き炎である! さあ、ウンコを焚べよ!』
ウーズは先の三体のように大暴れを始めるようなことはなく、誕生したその場にちょーんと鎮座したままウンコウンコ言っている。
まったく、状況は相変わらず俺たちに困惑を強いるばかりだ。
しかし――
「あ、あれは……あのスライムは……まさか!」
誰もがぽかーんとするなか、骨爺さんだけはウーズを見てわなわなと震えおののいた。
「知ってるニャか、骨爺さん?」
「誰が骨爺さんじゃ! 皮も髪もまだ残っとるわ!」
「そんな有無なんてどうでもいいニャ! とっとと話すニャ!」
「ええいこの化け猫は……!」
骨爺さんは忌々しげな顔して俺を睨むも、説明を期待する皆の視線に気づいたらしく話を始めた。
「あの白いスライムじゃが……儂の時代に出没した事例はない。もし何事もなければ、儂とてその存在を知ることもなかったじゃろう」
しかしッ、と骨爺さんは語気を強める。
「スライムを殺しまくる馬鹿ッ! ……が現れ、あれこれ問題を抱えた状況でスライムについて色々と調べる必要性が生まれての、図らずもその伝承に辿り着くことになったんじゃ。都市を、国を呑み込む災害級の魔物、巨大な白いスライム――『国喰い』じゃ」
ほう、『国喰い』ときたか。
伝承に残るほどの大暴れしたのだろうが、後世にちゃんと伝わっていないということは……。
「もしかしてあれかニャ? ある時期から忽然と現れなくなって、それは妖精たちが汎界から追い出された時期と一致、みたいニャ?」
「その関係性について考えたことはなかったが……おそらくはそうなのじゃろうな。『国喰い』の出没は、そのほとんどがあの妖精たちの仕業であったということか。まったく、とんでもない奴らじゃのう」
邪妖精たちの口ぶりからしても、スライムを扇動して騒動を起こしたのは一度や二度ではあるまい。
十体やそこらの数でこの騒ぎ。
妖精のほとんどがアレであった大昔、戦乱の世であるとしてもいったいどれほどの世紀末であったのか。
「こりゃ当時の嫌われようなんて、蛇蝎どころの騒ぎじゃねえニャ。ヴィヴィにゃん、よかったニャ。もし昔の妖精の悪事が風化してなかったら、いくら親善大使つっても槍持って追いかけ回されてたニャ。長らく妖精界に引っ込んでた甲斐はあったニャ」
「全然喜べないけど……ニャスポン君の言うとおりだろうね。まさかここまで無茶苦茶やる連中だったなんて……」
「うーむ、セルヴィアルヴィくん、交渉は可能だと思うかね?」
そう確認したのはオルロイド爺さん。
これにヴィヴィは「無理だ」と首を振る。
「交渉をしても、あいつらが要求するのは自分たちが楽しめる新しい混乱。なんの解決にもならない。そういう相手ではないんだ」
騒動を起こして要求を突きつけるとか、状況を利用するとかそんな企みは一切無し。
ただやりたかったからやった、楽しそうだったからやった。
こんな相手に交渉しようとしても無駄なのだ。
「ニャーたちのやれることは徹底抗戦、これだニャ。でもって腹立たしいのは、それすらもあいつらの望みってことニャ。騒動さえ起こしてしまえば、あとは何が起きてもあいつらは楽しめるニャ。まったくひどい――」
『ウンコはまだか!? 我の忍耐にも限度はあるのだぞ!』
「ウンコウンコうるせーニャ!」
どうやらウーズはウンコが用意されるのを待っているようだが、いったいこの状況で誰が用意するというのか?
今は大人しくお座りしているものの、これでウンコが用意されないと気づいたとき、どんな反応を示すかが心配なところ……。
そしてこんな状況だからだろうか、案外スライム・スレイヤーって正しかったのではなかろうか、と思えてしまう。
骨爺さんの時代では管理不行き届きでときおりでかいスライムが発生したっぽいが、しかし、文明が発達し、人口が過密となった都市で発生した場合はどうなっていただろう?
ウーズみたいなのがポコポコ誕生することになったのでは?
もしかするとスライム・スレイヤーは後世でこそ評価される存在なのかも知れない。
まあそんなこと言ったら骨爺さんはブチキレだろうが。
「さて、あのスライムが大人しくしておるうちに魔法で吹っ飛ばしてやりたいところじゃが……規模が規模になるからのう。まずは客や妖精たちに避難してもらわねばならん。ぶっ放したらぶっ放したで、余波を受けここは甚大な被害を受けることになるじゃろうが……」
「そ、それはちょっと困るわ。他に手はないかしら?」
「いやいやララちゃん、事態を収めるために必要なら受け入れなければならんじゃろう。なに、お客や妖精のみんなが無事なら、ここが更地になってもどうにかなるわい」
「市長さん……」
そんなララとオルロイド爺さんの会話に、骨爺さんは髪のない頭をコリコリ掻いてドラゴン姉妹に視線を向けた。
「シル殿やマリー殿ならどうじゃ? ここではまずいということなら、どこかに運んでもらうとかできんじゃろうか?」
「吹き飛ばすとなるとやはり被害がな。それに運ぶとなると、あれはちょっとでかすぎる……」
「それに触りたくないわ」
マリーが嫌そうに言う。
気持ちはわかる。
「となると……じゃ」
竜ならもしかして、と期待があったものの残念な返答をもらった骨爺さんは嫌そうな顔で俺を見る。
「おい化け猫、お主の〈鑑定〉でどうにかならんか?」
「たぶんいけるニャ」
ニャスポン――ではなく、ニャスポーン状態の今なら、普通に〈鑑定〉ができるだろうし、制御することで消滅もさせられるはずだ。
「でもニャーは思うニャ。このままあれに宿屋都市を破壊してもらって、リクレイドの計画を頓挫させるって選択もありだと思うニャ」
「お主、時と場合をな!?」
「さすがにそれは非道かと!」
冴えた案だと思ったが……残念、爺さんとレンから非難を受けた。
さらに――
「ねえニャスポン、みんなを助けてあげて?」
「ここがなくなっちゃうー」
「お願い、ニャスポンの力が必要なの」
ノラ、ディア、メリアからうるうるお願いされる。
ラウくんは『えいえいおー』と腕を掲げているし、ペロは『行け、それ行け』と指をさし、テペとペルは『おやつちょうだい!』と無邪気にじゃれついてくる。
「うニャニャ……しかたねーニャ、やってみるニャ」
「よかった! ではニャスポンさん、まず僕が牽制というか適度な攻撃をぶつけて感触を確かめてみますね!」
そう言うやいなや、俺の返答も待たずレンはずいっと前に出てバッと両手を空に掲げた。
「豪邸召喚!」
なにを召喚だって……?
普通聞かない単語の組み合わせを聞き呆気にとられたところ、レンが見つめる空中――ウーズのはるか上空にパッと豪邸が出現した。
そして落下だ。
「ちょっとレンにゃんちょっと!?」
「あれは僕が所持する宿の一つです! 魔法で保護してあるんでちょっとやそっとじゃびくともしません! 強敵に遭遇したら、よくこうやってぶつけてやるんです!」
「あー、飛んでたら遭遇して、なにあれって向かったらそこにレンがいたのよね……」
「真っ当な青年と思っておったが、やはり使徒か……」
落下する豪邸を見つめ懐かしむマリー、そしてなにやら残念がっている爺さん。
この宿屋メテオとでも言うべき攻撃、やっていることこそ地味ではあるものの、実際目にしてみると違和感がものすごい。
みんなして『ええぇ……』と眺めることになり、その視線は豪邸と共に下へ下へ、そしてウンコを心待ちにするウーズめがけ墜落した。
びたーんっ、とけたたましい音が鳴る。
『ピギョォォォォ!? ――な、なんだこれは!? ウンコではないではないか! 愚かな! 我を謀ろうとしてもそうはゆかぬぞ!』
宅急『便』を期待しているところに『宅』急便。
ウーズはうにょーんと形を歪められることになったが、さすがはスライムと言うべきか、レンが豪邸を送還するとすぐに形は元通り、ダメージもたいしたことはなさそうだ。
「イヒヒヒッ、ざんねーん!」
「効果はいまいちだねっ! なかなか面白かったけどさっ!」
邪妖精たちはレンの攻撃がウーズに通用しなかったことを嘲笑していたが本番はここから。
どうせならあいつらもまとめて消すか、そう考え視線を定めようとした――。
そのときだ。
ドドドッと。
音を響かせ、何かがこちらにやってくる。
あれは何だ?
ユニコーンだ!
移動舞台だ!
『ニャミーちゃんだ!』
その姿を確認するやいなや、おチビたちが大興奮して叫ぶ。
『ニャミーちゃーん!』
避難して遠巻きに見ている入園客も大興奮。
『来た! ニャミーちゃん来た!』
さらに従業員を始めとした妖精たちも大興奮である。
で――
『これで勝つる!』
なぜか邪妖精たちまで大興奮ときた。
いやあいつホントどんな人気なの?




