第41話 邪妖精のアトラクション
ふっ、まいったな、ここにきて俺の勘が冴えわたる。
謎はすべて解けた。
これは気まぐれに拾った野良猫がクッソ懐いてしまって、いらんつーのに毎日せっせと小鳥やら鼠やらを狩って届けにくるから困ってる、みたいな話なのだ。
いや、それまでの『さまよう宿屋』を小鳥や鼠とすると、『世界宿計画』は竜を狩るようなもの。
つまりはこうだ。
『父ニャン最近元気ないニャ。ちっこい獲物じゃ駄目ニャ。こうなったらもっと大きな獲物を狩るニャ。――竜ニャ!』
うん、これだな。
間違いない。
なんなら関係者を集め、探偵みたいにご高説を聞かせてやりたいくらいである。
しかし残念なのは事件の解明をしても現状には変化はなく、リクレイドは粛々と計画を進めるだけということか。
となると……どうしたものだ?
そう思案する俺に、シルが小声で尋ねてくる。
「……なあ、ふと思ったのだがな、この爺さまを……ほら、あの果実でな、若返らせてやれば事態は落ち着くのではないか……?」
「……たぶん無理だニャ。でも余裕はできるかもしれないから、ちょっと爺さまに確認してみるニャ……」
リクレイドはスイッチが入ってしまった。
ここでオルロイド爺さんがぴちぴちのオッサンに若返ったとしても歩みを止めることはないだろう。
「爺さま、もし若返ることができたらどうするニャ?」
「若返りか。息子にも話をされたことはあるが、断っておる。ワシはすっかり年老いた。有り様をそのまま受け入れるさ」
どこかのメイドに聞かせてやりたいことを言う。
ちなみにそのメイドは隣りのテーブルで両耳にそれぞれ人差し指を突っ込んで「つーん」とそっぽを向くという愉快な仕草で抵抗の意を示している。
「それにのう、結局のところワシは凡夫、そちら側には馴染めんじゃろう。息子は超越してしまったようじゃが、であれば、ワシが老いて死ぬことで教えられることもあろう」
「爺さん、ちょっと悲観しすぎニャ。とりあえず落ち着くニャ。あんたは……要は息子を止めたいけど止められなくて、それならってニャーに話を持ってきたわけニャ? でもなんでニャーに? どこで……って、そんなの一つしかねーニャ!」
「猫さんの話はシセリアちゃんから聞いたのさ」
まあそうだろう。
そりゃそうだろう。
「シセリアちゃんはこの都市で贅沢三昧して早々に資金が尽きてね、食い逃げしたところを妖精たちに捕まえられワシのところへ連れてこられたんじゃ。妙に妖精たちに好かれておってな、良い踊りをするから、働ける場所を用意してやってくれとお願いされたわ」
「あいつなにやってんのニャ……」
謎といえば謎であった謎が解けた。
でもだからどうした。
「それでシセリアがニャーならどうにかできると言ったのかニャ? ――確かに、ニャーのような優秀な存在なら頼ってみたらどうかと勧めるのも納得だニャ!」
「あっ……。いや、そういう話ではなくてな……」
「ニャ?」
「そのうち猫さんが迎えに来て、その、絶対おかしなことになって全部ぶちこわしになるから心配しなくても大丈夫、と。むしろ息子やこの都市と妖精たちの心配をした方がいいと……」
「あいついい度胸ニャ」
おやつ抜きは二週間に延長だな。
まあそれはそれとして、だ。
爺さんはシセリアの暴言を信じたわけではないのだろう。
それでも俺についてのあれこれを聞き、もしかしたら息子に対抗できるのではと考えお願いに来たというわけか。
「そもそも、こっちはリクレイドの計画を頓挫させるつもりで来てるニャ。ついでに爺さんの願いも叶えてやるニャ。でもそれは『夢の息の根を止める』なんて大げさな話じゃねえニャ。現実を受け入れられず叶えられそうな大層な夢に逃げてる『寂しい奴』の目を覚まさせるだけニャ」
そりゃあ『さまよう宿屋』も『世界宿』も等しくなるわけだ。
なにしろ父親に喜んでもらうことが重要なのだから。
結局のところ、何がリクレイドにとっての一番の夢なのか?
気づいているのか、いないのか。
今まさに、これまで叶え続けていた夢から自分が遠ざかっていっていることに。
そんなことを考えていたとき――。
どごーん、と。
なにやら派手な音が園内に轟き、わずかながら地響きが。
「なんニャ!?」
なんだと目を向けた俺が見たもの。
それはにゅいーんっと天に向かって伸び上がる赤、青、緑の色をした触手のごとき半透明の物体。
物体はそれぞれが絡みつき、なんだかカラフルな棒ゼリーを束ねて捻ったように見えた。
「あれは……スライムではないか! ララ殿、スライムはちゃんと管理しておるのではなかったのか!? なんじゃあの大きさは!」
「ちゃ、ちゃんとしてたわ! なのにどうして!? あんな大きいのは見たことない! みんなちっちゃくて可愛らしかったのよ!?」
取り乱す爺さんに、怒鳴るように言い返すララ。
どうやら不測の事態というやつらしいが――
「なに!? なにが始まったの!? 居眠りして見逃した!」
「どこ!? どこ!? あ、お庭のとこ!?」
「庭園ね! 早く行きましょう!」
轟音に飛び起きた三人娘はちょっと寝ぼけているらしく、『ニャミーちゃんパレード』のようなアトラクションが始まったのだと勘違いして焦っていた。
「待つニャ! あれは事件であって楽しい催しじゃねーニャ!」
「私は責任者として現場の確認に行くわ! 貴方たちはお客さまなんだから避難して! 市長さんをお願い!」
「いやいや、ワシこそ責任者じゃろう! ワシも行くぞ!」
「まあこんな状況だけどララも爺さんも落ち着くニャ。ニャーたちも行くニャ。でも子供たちは避難させたいから、ララにお願いしたいニャ。代わりに爺さんの面倒はこっちで見るニャ」
『ええぇー!』
そう非難の声を上げたのはおチビたち。
「ええーじゃないニャ。あれは――」
「ニャスポン様、子供たちを避難させてそちらでも問題が起きた場合は対処が遅れてしまいます。この場合、私たちと一緒に行動したほうが安全ではないでしょうか?」
「ニャ……?」
エレザに言われ、ふとおチビたちを守れそうな面子を考えてみる。
メイド、ドラゴン二体、骨、そして猫。
字面は意味不明になるが、たとえ戦場であろうと安全を確保するには充分な気がした。
「なるほど、一理あるニャ。ならもうみんなで行くニャ!」
△◆▽
庭園では赤スライム、青スライム、緑スライムが『でりゃあぁ!』『うりゃあぁ!』『おんどりゃあぁ!』と叫び(?)ながら組んずほぐれつ、しっちゃかめっちゃかに争っている。
美しかった景観はすっかりめちゃくちゃ。
とくに噴水のある池は跡形もなくなり、そこには大きな穴があるばかり。
おそらくスライムたちの出現ポイントだったのだろうか……つかスライムって喋るの? 大きくなると? それとも元々?
悲鳴と怒号、破壊音が響く修羅の巷と化した庭園。
いらん疑問に戸惑いながらも見回すと、幸いなことに犠牲者は出ていないようで、妖精たちは声を張りあげて居合わせた入園客たちへもっと遠くに避難するよう呼びかけていた。
そして――。
そんな様子をケタケタと嘲る甲高い笑い声がある。
「キャハハッ、うまくいったね! うまくいったね!」
「ウヒヒヒ、久々だったけどうまくいった!」
「昔はよくやったもん! これくらい簡単さ!」
笑っているのは、争うスライムたちの周囲を飛び回る妖精たち。
小人型妖精だが、ヴィヴィやララとは違いどこか禍々しい。
たとえばそれは、蝶と蛾を比べるような――。
「あいつら……あいつらがやったのかッ! あいつらぁぁぁぁ!」
ヴィヴィの激昂。
状況が飲み込めない俺たちへララは言う。
「あいつらは古い妖精よ! 今の妖精たちが肩身の狭い思いをすることになった元凶! ずっと大人しくしていたのに!」
なるほど、ヴィヴィが苦労することになった原因か。
「わかった! ようやくわかった! どうして妖精が嫌われたか! そりゃあこんなことばっかりやってれば汎界も追い出されるよ! ここは……正直まだ複雑だけど! それでも! ララやみんなが頑張っていた場所なのに! それをこんな……!」
この『ねこねこランド』を見学したから、実際に仲間たちがちゃんと働いている様子をその目で確認したから、だからこそヴィヴィはブチキレだった。
「確かにこれは邪悪じゃのう……。同じ妖精でも、どうしてこうもヴィヴィ殿やララ殿と違うんじゃ?」
「生まれてくる妖精はその時代の空気に影響を受けるの。あいつらが生まれた時代は騒乱が絶えなかったらしいから……」
骨爺さんの疑問に答えたのはララだ。
生まれついての邪悪――邪妖精とでもいうべき存在。
とはいえ望んでそう生まれたわけではないので、そこは哀れか。
なんて思っていたら、邪妖精の一人がこっちに気づく。
そして嬉しそうに声を上げた。
「ああーっ、猫くんだ! みんな、猫くんが到着したよ!」
「やあやあ猫くん! われわれは君を待っていた!」
「ウヒヒッ、なんでもむちゃくちゃするんだって? すっごく期待してるよ!」
「アッハッハーッ、整った! 舞台が整った!」
「さあどうなる!? さあどうなる!? 楽しみだなぁ!」
まさか……このテロはたまたま今起きたわけではないのか?
俺が来ると知って、だからこのタイミングで起こされた?
うーむ、どうやらまたしてもシセリア案件だが……これは判断が難しい。
このテロ計画はもとよりあった。
いつかは起こされたもの。
であれば、だ。
宿屋都市視点で考えると、俺という存在はテロのきっかけになったとはいえ不幸中の幸いになりえる。
もちろん俺にとってはいい迷惑だが。
はたしてこれはシセリアの失態なのか、お手柄なのか。
俺は頭を悩ませることになったが、そんなの知ったこっちゃないヴィヴィとララは邪妖精たちに食ってかかっていた。
「お前ら! なんでこんなことするんだ!」
「なんでー? なんでって、そんなのねー!」
「楽しいからだよ? ほら、楽しんで!」
「楽しめるわけないでしょう!? なによそのスライム! どうしてこんなことになってるの!? 大人しいスライムたちだったのに!」
「あっれー? 知らないのー?」
「スライムにだって群れ意識や縄張り意識はあるんだよー?」
「それを利用すれば、ほら、こんな騒動も起こせるのさっ!」
宿屋都市に招かれた者たち――王族、貴族、裕福な庶民。
それぞれの排泄物だけを取り込ませたスライムの群れは一種の群れ――派閥となったと邪妖精たちは言う。
「もともと宿が分かれてたから、そこは楽だったね! ほとんど何もしてないよ!」
「あとはその群れを誘導して出会わせるだけさ!」
分けられていたことで表面上は穏やかであった都市のスライム。
しかし他の派閥と遭遇したことで、都市の覇権を握るための壮絶な争いが発生した。
それは一種の生存戦争。
群れの危機に際し、それぞれのスライムは結託し、群れは力を求め一つの個体となった。
それがあの巨大スライムの正体だ。
赤いスライムは言う。
『我は王族のウンコを喰らいしスライム! 国を司りし者のウンコにより育った我はまさに覇者! 控えよ、下衆なスライムどもめ!』
青いスライムは言う。
『笑止! 王族のみで国があると思うか! 国は貴族の集まりであり王族など祭り上げられた代表にすぎぬ! ゆえに貴族のウンコを喰らいし我こそが覇者よ!』
緑のスライムは言う。
『愚か! 愚か! 王族だの貴族だの、そんなものはなくとも人は生きる! 生きられる! 世を動かすは庶民である! その事実を鑑みるに、庶民のウンコを喰らいし我こそが覇者よ!』
内容はクソどうでもいいとして、はたしてスライムってあんな御大層に喋るもんだったっけ?
合体してでっかくなると知性まで高まるの?
深まる困惑に戸惑う俺など置き去りに、スライムたちは押し合い圧し合い、地獄の押しくら饅頭により雌雄を決しようとしている。
しかし実力は拮抗しているようで、なかなか勝負をつけられない。
『うおぉぉ――――ッ!』
『でりゃぁぁ――――ッ!』
『ふんぬらばぁぁ――――ッ!』
ここで決める、決めてやる。
そんな意気込みを感じさせる怒号を発し、ここ一番に踏ん張るスライムたち。
と、そのときであった。
相互にかけあう超高圧に熱と光でも発生してしまったのか、絡まり合うスライムたちは眩いばかりの発光を始め、そして――。
「……ニャ!? 一匹になったニャ!?」
光が収まると、そこにはほんのり輝く白い超巨大スライムの姿が……!
『我は王、貴族にして民、即ち国である。我こそは究極。我が前にウンコあれど、我が後ろにウンコなし! 捧げよ、ウンコを!』
くそっ、俺たちはいったい何を見せられているんだ……!?




