第39話 詐欺師のお爺ちゃん
お城から出発したパレードは庭園を一周したあと、今度はこの『ねこねこランド』をぐるっと巡ってまた庭園に戻り、最後にはお城に戻っていくらしい。
いったいどれくらいの時間がかかるのか。
列を成してくてく歩く、あるいは飛び回る妖精たちと違い、移動舞台の上で踊り続けるニャミーちゃんの仕事量はなかなかのものだろう。
頑張れニャミーちゃん。
負けるなニャミーちゃん。
俺は心の中でニャミーちゃんを煽――声援を送り、それから再びどの遊戯施設に突撃するかきゃいきゃい争い始めたおチビたちの仲裁に入る。
どうせ全部回るのだ。
でもってそのあとは、またあれに乗りたいという話が出てあっちこっち延々と巡回することになるのだ。
であれば、言い争うこの時間がもったいない。
ここはとっととジャンケンで決めさせることにする。
で――
「やったわ! 勝ったわ! 最初はあのぐるぐる猫ちゃんよ!」
結果として最初に向かうのはメリアが希望したメリーゴーランドということになった。
ただし回っているのは馬ではなくふざけた顔の猫である。
「むうー、じゃあ次に乗るのを決めるの!」
「今度は負けない!」
ノラとディアが燃えている。
ちなみにノラの希望はキリッとした顔の猫型車体がレールを走るジェットコースターであり、ディアはのほほんとした猫の顔を模したゴンドラが回る観覧車である。
こうして順番が決まり、いざ遊戯施設へ出陣となった。
混雑というほど人のいない園内。
多少の順番待ちはあれど、そう時間もかからず乗れたのは助かった。
しかしすぐに乗れることで、乗ったら次、乗ったら次と、園内を移動しまくることになり、無限に湧いてくるおチビたちの元気についていけなくなった爺さんなどは途中でもう庭園で休んでいていいかと言いだす始末であった。
さらに園内には遊戯施設のほかにもおチビたちを誘惑するものがあり、それは従業員、あるいは勝手に働きに来ている妖精たちによる路上パフォーマンス、または謎の妖精たち――例えばカバのような妖精が引く移動屋台などであった。
屋台の売り子は小人妖精のほか、ケット・シーやクー・シーといった可愛らしい者たちで、妖精界産の果実や花の香りのするお茶などを「買って買って~、お願い~」と健気に押し売りしてくる。
この誘惑の多さに、おチビたちはあっちにふらふら、こっちにふらふら。
ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまいそうで、最終的には腰に縄を巻かれ、エレザがその手綱を握ることになった。
『いあ! いあ! ねこねこラ~ンド♪ ねこラ~ンド♪ いあ!』
園内に流されているテーマ曲を歌うのは、すっかり洗脳されてしまったノラ、ディア、メリアの三人娘。
傍から見ると、散歩に狂喜乱舞する犬のようである。
もはやテペやペルがお淑やかに思える尋常でない浮かれ具合。
生まれて初めて遊園地を訪れた子供ともなれば、こんなものなのかもしれないと思うのだが――
「姉さま、次も一緒に乗りましょう!」
「う、うむ」
それではマリーが大はしゃぎでシルを引っ張り回している説明が難しい。
テンションについていけないシルは、なんだか面白い困り顔をしつつもマリーに付き合っていた。
△◆▽
おチビたちが『ねこねこランド』を楽しみまくり、ようやく落ち着いてきたところで俺たちはフードコートで休憩することになった。
たくさん置かれた丸いテーブル、みんな一緒には座れなかったので二組に分かれることになり、一方はおチビたちとマリーとエレザ、そしてもう一方が残り――俺とシルと爺さん、レン、ヴィヴィ、ララという集まりになっている。
「くたびれたニャァ……」
おチビたちのテーブルは賑やかだが、こちらはずしんと空気が重い。
シル、爺さん、レンは言わずもがな、案内していたララもちょっとお疲れという有様だ。
しかし、このまま呆けていても仕方ない。
ララ曰く、ここはリクレイドの奢りとなるようで、俺たちはお言葉に甘えてテーブル群を囲む出店でそれぞれ好きなものを頼む。
実はそう期待していなかった料理だったが、案外ちゃんと美味しく、これにはおチビたちもにっこり。
だったのだが――。
『……』
食事を終えて少しすると、おチビたちのテーブルが静かになった。
これは賑やかさの発生源であったノラ、ディア、メリアが、むすっとした顔で黙り込んでいるためだが、なにも彼女らは不機嫌で沈黙しているわけではない。
お腹が満たされてお眠になったものの、もっと楽しみたい、ここで寝ちゃうわけにはいかない、と必死の抵抗をしているのである。
考えてみれば、汎界であれば今は深夜。
いや、もう明け方くらいだろうか?
今回の遠征にあたり、出発が夜中ということでおチビたちはちゃんと仮眠をとったものの、感覚的には寝ている時間だし、あれだけ大はしゃぎして遊び回ったのだ、お眠になっちゃうのも仕方ない。
ちなみにラウくんとペロたちはもうとっくに寝ている。
ラウくんがテペを、ペロがペルを抱っこして、互いにもたれ掛かり合って寄り添うようにすやすやと眠っている。
実に微笑ましい。
やがて、眠気に耐えていた三人娘も結局は眠り込んでしまい、おチビたちを見守っていたマリーまでうつらうつら、最終的にはみんなまとめてさらなる夢の国へと旅立っていった。
唯一の生き残りとなったエレザは、すやすや眠る面子の寝顔をせっせと撮影である。
「ふふ、マリーはずいぶん子供たちと打ち解けたようだな。姉としてはほっとするところだが……お前に対してはまだなぁ……」
妹さんがおチビたちと仲良くなったことをシルは喜び、しかし俺には頑ななことを心苦しく思っているようで、やや申し訳なさげだ。
「どうしたものか。下手にお前を庇うと余計に敵意を向けてしまうかもしれんし……」
「そう心配することねーニャ。最初よりはだいぶよくなったニャ。そっとしておくのがいいニャ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
と、ここで話は終わりかと思ったが、シルはこっちをちらちら、まだ何か言いたげだ。
「どうしたニャ?」
「あー、いや、話は変わるのだが……なんとなくな、ほら、お前の世界にはこういう楽しい場所がいくらでもあったんだな、と」
「まあ色々とあったニャー」
「それで……元の世界に戻りたいと思ったりはしないのか?」
「んニャ?」
はて、妙なことを尋ねてくるな。
「んー、ないニャー」
「そうか」
気になっていたことはこれだけのようで、シルはちょっと安堵したように吐息。
こうしてこちらのテーブルにも沈黙が生まれたのだが――。
そんなおりだ。
「猫さんや、ちょっとこの老いぼれの話を聞いてはくれないかい?」
ふらっと俺たちのテーブルに現れたのはお爺ちゃん。
頭はすっかり白髪で、顔には深い皺が刻まれている。身なりは良いので、たぶんどっかの国から招待された、それなりの立場にあったご隠居さんなんだろうと思うが……べつに話を聞いてやる義理はない。
「ニャーはここの従業員ではないニャ。ほかをあたるニャー」
これ以上面倒につきあってたまるか、と突っぱねる。
しかし爺さんは愉快そうに笑った。
「ほっほっほ、そこまでボケてはおらんよ」
「あの、ケインさん、こちら初代です……!」
「市長さんよ!」
ちょっと慌てたように言ったのはレンとララだ。
なるほど、話を聞きたいとは思っていたが、向こうから接触してきたか……。
「猫さん、ワシは『さまよう宿屋』を始めた者でな、オルロイドという。今はこの都市の市長と大層な立場にあるが、実際は飾りのようなものじゃ」
よっこいせ、とオルロイド爺さんは空いている席に座る。
「息子にはもう会ったようじゃな」
「息子……? リクレイドのことかニャ?」
「そう、ワシが拾い、ワシが育てた。であれば息子じゃろ?」
ふむ、弟子とかではなく、息子なのか。
「猫さんは息子をどう思った?」
「まあ……そうだニャ、なかなかやる奴だと思ったニャ」
初対面時は悪そうなオヤジだったが、こうして『ねこねこランド』を見学した今となってはその手腕を認めざるを得ない。
この『ねこねこランド』はレジャーランドとしては成功している。
妖精たちの労働環境は実にホワイト、必死に働かされている妖精などおらず(ニャミーちゃんは妖精ではない)、それどころか楽しんでいるようで、もしかすると『働いている』という認識すらない妖精もいるかもしれない。
「ヴィヴィが一人で背負う苦労をみんなで分担した結果、奇跡的に楽しい職場が生まれたニャ。これは見事と言うしかないニャ」
「あはっ、でっしょー!」
俺の言葉にララが嬉しがる。
しかし、だ。
「でも『ここまで』ならニャ。ここまでならどこにも迷惑がかからないから手放しで褒められるニャ」
「これより先――世界宿計画となると駄目じゃと?」
「ダメだニャ。失敗するニャ。たとえ成功しても一時的、最終的には失敗するニャ」
「最終的というのは……?」
「名君が永遠の命を得ても、永遠に名君で在り続けられるわけではないニャ。自分ありきの仕組み、そんなのどこかで虚しさを覚えたら一気に瓦解するニャ。それを思うと、ヴィヴィはよく頑張ったニャ。よっぽど妖精の現状を憂えていたのニャ」
「そんな、まさかニャスポン君が僕をまともに評価してくれるなんて……」
「今言ったことはなしニャ」
相変わらず失敬な上司である。
まあそれはさておき、だ。
「そうじゃなぁ……」
俺の話を聞き、オルロイド爺さんは深々とため息。
「出会った頃は、まさかこうもでかいことを成し遂げられるような男になるとは思いもせんかった」
想い出に浸っているのか、視線は上、虚空をさまようように。
「だからこそ……悔やまれる。ワシは息子の人生を棒に振らせた。猫さん、ワシはなぁ、ひどい詐欺師なんじゃよ」




