第38話 ようこそ、ねこねこランドへ!
小一時間ほどの空の旅を終え、宿屋都市に到達した俺たち。
しかしララに指示を受け、シルとマリーが降り立ったのは――
「んニャ? これは……どういうことニャ?」
そこは都市の一角にあった大型施設……遊園地?
小ぶりながらも観覧車やジェットコースターといった遊戯施設が設置されているのだから、もうこれは遊園地というほかなく、俺たちはそんな夢の国の入り口、『ねこねこランド』の看板が掲げられた入退園ゲート正面広場に誘導されたのだ。
この突然の竜の飛来に、あたりにいた妖精はびっくりして避難。
ちょっと離れたところで、こちらの様子をちらちら窺っている。
「都市を案内してもいいんだけど、どの宿がどんな感じ、なんて紹介は続いてもつまらないでしょう? だからまずはこの『ねこねこランド』を見てもらって、夕暮れ近くになったら宿の集まった地域を案内しようかなって」
そう楽しげに語ったララは、ヴィヴィと手を繋ぎ飛んでいる。
仲良し――なのは確かだが、ヴィヴィのほうは道中の激しい喋りかけにすっかりまいってしまったらしくちょっとへろっとしていて、浮いている位置もララよりやや下である。
「ねえララ、あの猫ちゃんたちの絵はなに!?」
さっそく質問をぶつけたのは好奇心に目を輝かせたノラ。
あれ、あれ、と指差す先は砦門のように立派な入退園ゲート。正確には入園客を迎えるような構図で、門の左右それぞれに描かれている服を着た猫のキャラクターだ。
服装からして一方はオスで、もう一方はメスと思われる。
「あれはこの『ねこねこランド』の象徴になっている子たちよ! 男の子はニャッキーくんで、女の子はニャミーちゃん!」
ニャッキーにニャミー……?
「ちょっと、レンにゃん?」
「いや、あからさまで僕もびっくりしてるところですから。向こうに遊園地という施設があって、最も有名なのは某ネズミ園だって話したことはあるのですが……」
さすがにネズミそのまんまは気がひけたのか、それともこっちの世界は猫が神さまやってるから猫なのか……。
「まさか猫とネズミってことで喧嘩を売っている……ニャ?」
「張り合う意味は……あー、でもネズミの代わりってことで猫にしたってのはありそうですね。僕たちみたいな使徒でもなければ、気にしたりしませんから」
確かに、ネズミ園を知らなければ『そういうもの』と受け入れるか。
事実、楽しい雰囲気を感じ取ったおチビたちは、ノラの質問を皮切りにきゃっきゃとはしゃぎながらララにあれこれ尋ね始めていた。
と、そんなおりだ。
「なにかと思ったらララじゃん!」
「あれっ、ヴィヴィがいる!? うわー、ひっさしぶり~!」
シルとマリーが人型になり、どうやら危険はなさそうだと判断したのか俺たちを遠巻きに窺っていた妖精たちが集まってきた。
「なんだよー、ララかよー、びっくりさせるなよー」
「新しいお客さ……猫? もしかして新しい従業員かな? ケット・シーは人気あるからねー。ミミちゃん様もこっち来ればいいのに」
「でっけーケット・シーだな! あっ、もしかしてニャッキーくん役? 色が違うけど……塗るのか?」
「じゃあこっちのリッチも? あ! そのうちって話だったお化け屋敷を始めるのね! やったー!」
なんか俺と爺さんだけ見た目で勘違いされてる……。
「ちょっと貴方たち、失礼なこと言わないで! 都市の見学に来た大切なお客さまなのよ!」
「へー、そうなんだ。じゃあ……ようこそ、にゃんにゃんランドへ!」
「あははっ、間違えてやんの!! ねこちゃんランドだろ!」
大丈夫か、訂正した奴も間違ってるぞ。
看板にでかでか『ねこねこランド』と書かれているだろうに。
「ずいぶん自由な従業員じゃのう……」
「だニャー……」
「あ、この子たちは従業員――なんだけど、今日はお休み、きっと暇だからって勝手に手伝いにきてるんだと思うわ。ちゃんとした従業員は……あ、ほら、あの子たちの相手をしている子たちね。猫の印がはいったエプロンをつけているでしょう?」
つまりボランティアの賑やかし要員、ということでいいのだろうか?
遊びに来ているようなものだが、それでもこんな感じで妖精から気軽に話しかけられ仲良くされたら子供は嬉しいだろうし、大人も楽しいだろうからメリットにはなっているのだろう。
なんて思っていたら――
「あれ? シセリアを知ってるの? ああ! シセリアの言っていた迎えって君たちのことなんだね!」
おチビたちと話していた妖精の一人が聞き捨てならぬことを言った。
さらに。
「ってことは、お菓子もってる!? あの、ほら、シセリアが持っていたお菓子!」
「なにぃ! シセリアのお菓子だってぇ!」
それまで和気藹々としていた雰囲気が一変、『シセリア』『お菓子』と聞いた妖精たちの気配が一気に殺伐としたものになり、必死になっておチビたちにお菓子のおねだりを始めた。
しかし――
「ノラお姉ちゃん、お菓子残ってる?」
「あう、残ってない……」
すでに青空宮殿の撮影会で手持ちのお菓子を放出してしまったらしく、ディアとノラは申し訳なさそうにしょんぼり。
「あら、なに落ち込んでるのよ二人とも。ニャスポンがいるじゃない」
そこでメリアが余計なことを。
そっか、と目を輝かせたディアとノラが俺を見てくる。
まあ仕方ないので三人娘にお菓子を配り、それからペロにがっちり腕を組まれガードされてるラウくんに、ついでにマリーとエレザにも分け与える。
テペとペルはあげたら嬉しそうにそのまま食べた。
所詮は子犬である。
「うおおお! お菓子だぁぁぁ!」
「これがあの伝説の『シセリアのお菓子』か!」
「わー、ちょうだいちょうだーい!」
従業員もそうでない妖精もおチビたちが配るお菓子に群がる。
青空宮殿にいた妖精たちとは違い、事前にお菓子の情報を聞いていたからこその殺到。
まるで餌を持った子供を蹂躙する鳩の群れのようだ。
「うわー、すっごい美味しい!」
「そりゃシセリアもずっとお菓子お菓子言うよなー」
「あとでみんなに自慢してやろ! シセリアにも!」
妖精たちは大賑わい。
まあこれですめばよかったのだが、妖精たちは配られたお菓子を猛烈な勢いで貪ったあと、さらにおかわりを求めてきた。
と、ここでララからのストップ。
「はいはい、ここまでよ。まったくもう、見学が進まないじゃない」
『ええぇ~』
異世界産のお菓子の味を知った妖精たちはひどく残念がり、そんな様子を見た爺さんが言う。
「のう、これお主がお菓子を配って回れば、こっちの妖精たちを寝返らせることができるのではないか?」
「そのあとずっとお菓子をたかられそうニャ。ごめんだニャ」
そういうのはシセリアだけで充分なのである。
△◆▽
おそらくこの世界で初となる遊園地『ねこねこランド』。
もっとお菓子をおくれー、と必死のアピールをする妖精たちを振り切って、俺たちは入退園ゲートをくぐり園内へと足を進める。
まず目に入ったのは遠くまで見通せる広々とした庭園、そしてその向こうにそびえる綺麗なお城だ。
俺はここにもネズミ園の気配を感じたが……まあ無視するとして、ひとまず庭園を眺める。
庭園はぴしっと芸術的に刈りこまれた多種多様な樹木に、整然と並ぶ草花。そんな見事な植栽の庭園を幾何学模様のような通路が敷かれ、中心部には大きな池があり噴水が噴き出していた。
これだけでも見事なものだが、さらにあちらこちら、芝生の上に天板の小さな背の高いテーブルが置かれていたり、樹木の枝から屋根と柱だけの小さな小屋が吊されている。
ぱっと見、鳥の餌台かな、と思わせるこれら。
どうやら小人型妖精たちの休憩所らしく、のほほんと妖精たちがくつろぐ様子は、訪れた客たちを楽しませる一種のアトラクションになっていた。
で、メインのアトラクションとなる遊戯施設はというと、庭園を中心として周囲に配置されていた。
庭園は各遊戯施設へ向かうため経由する場所としての機能が持たされており、行き交う人々が多く見られる。
子連れの家族らしき姿もあれば、オッサンたちの集団もあり、取り巻きを引き連れたおばさん集団なんてのもある。
おそらくどっかの王族とか貴族だろう。
都市貴族や大商人といった、富裕層も混じっているかもしれない。
まあ観察はこれくらいにするとして、だ。
「ディアちゃん、あっちあっち! 行こ!」
「えっ、あっちー? わたし向こうのが気になるー。メリアお姉ちゃんは?」
「私はあの猫の背中に乗ってぐるぐる回るのが!」
「もー、ラウー、かってに動いちゃダメ! あ、ダメだわん!」
「……あうー」
「わふわふ!」
「きゃんきゃん!」
おチビたちはもうちょっとしたパニックだ。
いや、それだけではない。
「ちょっとレン!? こんな楽しそうなところがあるなんて、どうして教えてくれなかったの!?」
「いや、僕もここのことは知らなかったし……そもそもこの都市が行こうと思って行けるところじゃないし……」
興奮したマリーにレンが責められていた。
レンが悪いわけではないだろうに……まあ悔しさからの八つ当たりなのだろう。
「はい、ではこれから当『ねこねこランド』の見学を始めようと思うんだけど……その前に! これから面白いものが見られるから、ちょっとここで待機ね!」
気持ちがはやる面々にララが待ったをかけ、そしてしばし。
ふいに園内に軽快な音楽が流れ始め、それと同時に庭園で休憩していた妖精たちはぱっと飛び上がるとこの場にいた人々に呼びかけ人の流れの整理を始める。
「パレードだよー! パレードが始まるよー!」
「はーい、ここはパレードが通りまーす! こっちに来てねー!」
パレードとな?
もしやそれはエレクトリカル的なあれなのか?
またしても俺とレンが複雑な気持ちになったところ、やがて庭園の向こうにあるお城の門が開き、そこから行列を組んだ集団が現れた。
行列は庭園に向かってゆっくり進行。
しばらくするとその様子がはっきりとわかるようになる。
ヴィヴィやララのような小人型妖精が周囲を舞い、隊列を成すのは犬猫といった動物型のほか、よくわからない姿をした妖精も。
端的に言えばファンシーな百鬼夜行だろうか。
そんなパレードの目玉となるのは、ユニコーン八頭が引く華やかな飾りつけをされた移動舞台であり、その上で踊る一体の着ぐるみ。
ニャミーちゃんだ。
「……うニャ?」
可愛らしい服装をしたニャミーちゃん。
ただ……なんだろう、あの軽快でキレキレな、見ている者を楽しませようとする踊り、どこかで見たことがある。
と――
「やはり愉快な目に遭って、なんだかんだで楽しく過ごしていたようですね」
「……そうみたいだニャ」
ああ、エレザはすぐに気づいたのか。
さすが親友(自称)だ。
多くは語らぬエレザの言葉に、ふと抱いた疑問が氷解した俺はすっかり穏やかな気持ちになってパレードを見守った。
庭園まで来たパレードは、外周をゆっくり移動して集まったお客たち――子供だけでなく、女性やおっさんからも声援を受ける。
とくにニャミーちゃんへの声が多く、もはや人気アイドルと言っても過言ではないだろう。
やがてパレードは俺たちの前まで来たのだが――
『……ッ!?』
ニャミーちゃんは俺たちを見つけたところではたと踊りを止め、しかしすぐに猛烈に両手を振ってアピールを始めた。
おお、初入園となる客への歓迎か。
なかなか心憎い気配りだ。
ニャミーちゃんの特別待遇に、はしゃいでいたおチビたちはすっかり感激。さらにヒートアップしてニャミーちゃんニャミーちゃんと叫びながら懸命に手を振り返す。
手を振るニャミーちゃん。
手を振るおチビたち。
双方必死に手を振り合い――。
そしてパレードは俺たちの前を通り過ぎていった。
 




