第37話 お爺ちゃんの心配は
「一緒にするな」
質問に対し、リクレイドは嫌そうに言った。
「俺の目標は『世界宿』の実現。昔から変わらずな」
「ニャァー? なんでいまさらなのニャ? それならもっと前から始めておけばよかったニャ。さまよってた時間が無駄だニャー」
「……ッ。無駄ではない。レンという後継者ができたことでようやく取りかかれたというだけの話だ」
「んニャ? 『さまよう宿屋』と『世界宿』は等しいものなのニャ?」
「元が同じなのだ。当然だろう」
はて、同じか……?
似ている、いや、近いとは思うが、双方を同じとするのは違うような気がする。
「なるほどニャ。じゃあレンを拾わなければ、おめーは『さまよう宿屋』を続けていて、妖精界もこうはならなかったわけかニャ。つまりレンが悪いニャ」
「ちょっとケインさん……!?」
「冗談ニャー」
俺の話にリクレイドはささやかながら苛ついていた。
揺さぶりの効果はあったのだろうが、それがなにを意味するのかがまだよくわからない。
少し考えたいところだ。
「ほかに尋ねることは?」
「今んとこニャーはねえニャ。みんなはどうニャ?」
爺さん、シル、レン、ヴィヴィと、話を振ってみるが質問しようとする者はいなかった。
「ひとまずこんなもんニャ」
「ではさっそく話し合いを始め――」
「あ、ニャーはちょっと考えたいことがあるから、それは後日ニャ」
「後日だと?」
話が違う、とリクレイドは言いたげだったが、この流れは耄碌した爺さんが勝手に反応しちゃった結果なので俺は知らん。
「そっちがいきなり来て提案してきたニャ。ひとまず会って話はしてやったニャ、その先はこっちが決めるニャ」
「む」
押しかけてきた自覚はあるようで、リクレイドは口を噤む。
「しかし後日と言われてもな……」
「じゃあ明日にするニャ」
「わかった。明日だな。それで……お前たち今夜はレンの用意する宿に泊まるのか? どうだろう。せっかく妖精界へ訪れたのだ、ここは見学がてら宿屋都市に泊まっては。案内は……ララ、頼めるか?」
「まっかせて! ふふーん、ヴィヴィ、びっくりするわよ!」
「ううぅ、すっかり乗り気なんだね……」
張りきるララと、うじうじするヴィヴィ。
お目付役が同行となってしまうが、もともと宿屋都市がどんなものか確認する必要はあったのだ、ここは提案を受けるのがいいだろう。
「じゃあお言葉に甘えるとして、ひとまず解散ニャ。明日は昼くらいにまたここに集まってお話するニャ」
「わかった」
こうしてこの場はお開きとなり、俺たちは青空宮殿を出る。
外ではマリーとおチビたちが妖精を集め撮影会をしていたので、これから宿屋都市に向かうことを説明して切りあげさせた。
「俺はまだ女王と話すことがあるのでな、向こうで要望があればララに言ってくれ」
同行すると思っていたリクレイド、あとネーネはまだここに留まるようで、すると――
「師匠、オレもここに残るぜ」
それを知ったアイルが急に残ると言いだした。
「なんでニャ? ろくでもない予感しかしねーニャ」
「ひでえな師匠。まあ聞いてくれよ」
しかたないので聞いてやったところ、やっぱりろくでもなかった。
いや、しょうもなかったと言うべきか。
「好きにするといいニャ」
「さすが師匠、話がわかる」
いやお前の話に納得したわけじゃねえからな?
俺が無駄な時間をとられている間にシルとマリーは竜の姿になってスタンバイしており、どうやら撮影会で打ち解けたらしくおチビたちはきゃっきゃとマリーの背に乗り込んだ。
「はいはい、騒がない騒がない。エレザ、この子たちが落っこちないよう気をつけてあげてね」
「お任せください」
エレザも引き続きおチビたちの監督役としてマリーに搭乗。
残る俺、爺さん、レン、ヴィヴィとララは、妹さんとおチビたちの様子を厳つい顔ながら若干ほがらかに眺めるシルに乗り込む。
こうして準備ができたところでさっそく出発。
宿屋都市へは「あっちよ!」と指示するララに従ってシルが飛び、マリーがその後ろからついてくる。
しかし飛び立ってすぐだ。
「あ」
ふいにシルが声を上げた。
どうしたのかと思ったが、シルは声を上げただけで、その思いついた事柄を話題にするようなことはせずそのまま飛び続ける。
おそらく、クーニャを青空宮殿に忘れてきたことに気づいたものの、引き返すのは面倒だし、そもそもいなくても問題ない、と思い直したのだろう。
事実、クーニャが不在でも不都合はないし、むしろいたほうが面倒くさい可能性もある。
シルの判断は正しい。
それからシルはほどほどの速度で飛行を続けた。
後ろにいるマリーたちは実に賑やかで、こちらはララが再会できたヴィヴィに話しかけまくっているのが騒がしいものの、俺と爺さんが物思いにふけり黙っているため賑やかというほどではない。
そんなおりだ。
「ケインさん、アイルさんはどうして残ったんです?」
ふとレンが尋ねてきた。
正直、説明するのも面倒だったが一応答える。
「なんかリクレイドをシメて部下にするとか息巻いてたニャ」
「それ本気ですか……!?」
レンが驚く。
俺も理由を聞いたときは驚い……てないな。
あきれただけだった。
実際には『鳥家族』に都合のいい話を持ちかけ、いざとなったら決闘を挑んでやるということだったが、なんにしても無茶だろう。
「アイルさんは勝てますかね?」
「まず無理だと思うニャ」
ピヨが一緒だからと自信満々であったが、あいつの、あの己の力に対する異様なまでの過信はいったいどこから生まれるのだろう?
あのなんとか森のエルフたちは次の族長が本当にあれでいいのか。
滅ぶんじゃねえのか。
△◆▽
しばしの空の旅。
やがて草原にぽつんと見えてきたのが宿屋都市だ。
「ニャッ、予想よりだいぶ近代的な都市だニャ……!」
「ぼ、僕もまさかここまでとは……」
端的に言えばコンクリートジャングル。
ビルが建ち並ぶ様子が遠目でもわかり、その光景は元の世界における先進国の都市を撮影した航空写真めいていたが、大きく違うのはだだっ広い緑の大地にぽつんと都市があるところ、連続性のなさによる違和感だ。なんだかリアルな都市開発ゲームのようである。
「異様じゃな……。ララ殿、あの背の高い建物はどういった役割があるものなんじゃ?」
「あれは宿よ、全部ね!」
「あれすべてがか!?」
爺さんが驚くのも無理はない。
俺だってあれ全部がホテルと聞かされ、ちょっと驚いた。
「多す……いや、目的を考えればそうでもないのかニャ?」
あの都市全体でどれだけの人口の『家』となるのかはちょっとわからないが、それでもリクレイドの最終目標を考えればまだ足りないのは確かだ。
「あの密度で人々が暮らす……飲み水……いや、のうララ殿、汚水はどうしておるんじゃ? この規模となると処理した水は川に流すくらいしかないじゃろ? にしては川が見当たらん」
「それなら大丈夫よ、水は循環させてるから」
「ほほう、そこまで高度な処理施設があるのか」
「汎界から運んで来たスライムたちに任せてるの」
「スラ――ッ」
ララの返答に、爺さんが息を呑む。
いやべつにスライムが怖いわけではないだろうに。
「そ、そうか、スライムか……。まあ、儂からすれば馴染み深い話じゃな。人は長いこと世話になっておった。しかし……ララ殿、スライムによる汚水処理は実に便利であったが、問題がなかったわけではない。管理はしっかりとしておるか……?」
「もちろん、ちゃんとお世話してるわ」
「ならよいが……。扱いを誤れば都市が食われるからのう」
あれ、スライムってそんな物騒なもんなの?




