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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第5章 この世を宿屋にするために
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第23話 その終焉は遠い地より

 その犯罪組織は『巡礼地』、あるいは『聖地』とも呼ばれ、ウェスフィネイ王国に古くから存在した。


 かつて王国は世界規模の災禍の影響を受け、結果としていくつもの小国に独立を許しその領土を大きく失ったが、土地に縛られない『巡礼地』はそのまま体制を存続させ、領土なき影の大国として独立した周辺国の裏社会に影響力を持ち続けた。


 もちろん、独立騒動のどさくさに袂を分かち、独自の組織を立ち上げようとする勢力は現れた。しかし『巡礼地』は戦闘部隊を投入しこれを制圧。以後、組織は中央集権体制をより強固なものにすべく、要となる戦闘集団の拡充をはかり、そして現在に至る。


 魔獣使いオルバークが団長を務める『猟獣旅団』は、そんな戦闘集団の一つであり、組織が抱える部隊の中では中堅に位置する。

 つまりそれは扱き使われる側ということで、周辺国の支部や下部組織に睨みをきかせるべく、おおよそ一年ほどかかる巡回に従事させられていた。


 もし、辺境まで向かわされるのであれば期間はもっと延びるのだろう。

 しかし気心の知れた部下たちと各国を旅するのがそう嫌いというわけでもないオルバークからすると、むしろそうであってくれたほうが気楽にやれるのだがな、と常々思っていた。


 その年の初夏、オルバーク率いる猟獣旅団は巡回を終え、ウェスフィネイ王国の王都アヴァリュドに帰還した。

 そして、組織がもう終わっていることを確信した。


「団長、幹部連中もすっかりおかしくなっていやすぜ」


「はっ、物陰から面子だ金だと口うるさかった連中が、太陽の下でにこにこ畑仕事かよ。悪い冗談だぜ、笑えねえ」


 帰還前から予感はしていたが、こう目の当たりにするとやはり動揺は禁じ得ない。

 たった一つの思想の蔓延により組織は終わった。

 いや、それは組織だけの話ではなく、この国全体か。

 さらに言えば、その『終わり』は周辺国にも拡大しつつある。


 相容れない思想に呑み込まれるのはごめんだと、オルバークは仲間を連れて逃げ出すことを決め、ひとまずの目的地としたのがアロンダール山脈の向こうにある地域だった。


 あの山には竜が棲み、またその麓は人を拒む広大な魔境の森。

 であれば、一時的にでもこの思想による侵略が食い止められ、より遠くへ逃げるための時間を得られると考えたのだ。


 しかし逃げ込むのはいいが、アロンダール山脈の向こう側は組織の勢力がまったくおよんでおらず、また情報も少ない地域である。

 余計ないざこざを起こして時間を浪費させられるのは避けねばならず、そのためアロンダール山脈の手前、ユーゼリア王国で入念な準備をおこなうことになった。


 まずは先発隊を派遣し、向こう側の情報収集と活動基盤を用意させるべきではないか。

 ひとまず方針は決まるも、これまで荒事ばかりを得意としていた自分たちにそんな真似ができるかという問題があった。

 旅には慣れていたが、こそこそ活動するのには慣れておらず、早い段階で向こうの連中に目をつけられるのが関の山。

 そこで発案されたのが子供連れを装う計画であったが、ではその子供はどうするのかというまた別の問題が持ち上がる。


「攫ってくるんですかい? 子供を。これまた慣れない仕事になりますね」


 戦う、脅す、と単純なことを生業としていたため、人攫いにもまた不慣れ。門外漢もいいところ。

 また子供に手を出すのはどうか、という意見も部下からあがる。


「はっ、かつては俺も攫われたガキだったが、今では立派な悪党だ。そう悪いものでもない。そこらの庶民よりは不自由のない暮らしはさせてやるし、いずれこの国もあれに呑み込まれる運命だ。それを考えればこれは子供を救ったともいえる。だろう?」


 なんなら役目を終えたあと、子供は給金を持たせて親元へ帰してやってもいい。

 もちろん、それまでこの国が正常を保っていられたら、であるが。


 オルバークはひとまず部下たちを納得させ、次にどうやって子供を攫うかという具体的な計画について意見を求めた。

 その中で出たのが『でかい猫が子供につきまとわれていた』という話であり、これが毛皮を用意しての偽猫作戦のきっかけとなった。


 偽猫作戦は上手くいき、子供は簡単に攫うことができた。

 子供は最初こそ騒いだが、地下室に閉じ込めておいたらすぐに大人しくなった。

 しかし予期せぬ事態はそこから始まった。


「はあ? 子供が歌いながら踊っている……?」


 ずいぶんと余裕のある子供だとオルバークは驚くが、よくよく話を聞いてみるとそれは不気味。なにしろ子供たちは家に帰してと騒ぐでもなく、食事や睡眠以外の時間はずっと歌って踊っているのだ。

 猫来たる、猫来たる。

 同じ歌、同じ踊り、延々と、延々と。

 それは得体の知れぬ恐怖を抱かせるものであり、すっかり怯えてしまった部下などは、町に出かけて戻ってくると猫がいたと騒ぐほどだ。


「だだ、団長! 町に、ね、猫がいた! いた!」


「そりゃいるだろうよ、猫くらい……」


 その部下が特別臆病というわけではない。

 あきれたオルバークも、笑ってはいたほかの部下たちも、結局は『おかしなもの』から逃げてきた(やから)、『おかしなもの』が怖いのだ。


「くそっ、まさかこの国もこの国でおかしくなってんのか? 勘弁してくれよ。世の中はいったいどうなっちまったんだ」


 笑えない。

 まったく笑えない。

 しかしその後、本当に『猫』が来てしまい、あっさりと団を壊滅させられたことでオルバークはもう笑うしかなくなった。



    △◆▽



 黒い鎧ことパティスリー伯爵にひどいことをされたあと、オルバークら猟獣旅団の構成員はユーゼリア騎士団に連行され取り調べを受けることになった。

 本来であれば口を閉ざすところであったが、すでに組織が崩壊している今となってはそんな必要もなく、オルバークは部下に喋りたいことは好きに喋ったらいいと投げやりに告げておいた。

 ただ、である。

 あの思想については、詳しい内容、そしてその名を口にするなと厳命した。

 怖かったのだ。

 語ることであれが発生し、この国にも拡大するのではないかと。


 当然、ユーゼリア騎士団はウェスフィネイ王国やその周辺国の異変について強い興味を抱いたが、その元凶について知りたければ自分たちで調べに行けとオルバークは決して語ることはしなかった。


 あの思想について口を閉ざした以外、オルバークらは大人しく尋問に応じ、すっかり抵抗の意思を潰されていることはユーゼリア騎士団も理解していたのだろう、無駄に厳格な態度を維持することもなくなった。

 そこでオルバークは自分たちがいったい何にちょっかいをかけてしまったのか確認したのだが、それで出てきたのは守護竜やら魔界の英雄やら、極めつけがニャルラニャテップに名を与えられた神性ときた。


「なあ、なんでそんな存在が子供つれて公園で遊んでるんだ?」


「それは我々にもわからん」


 ヤバい存在から逃れてきたところにまた別のヤバい存在が。

 本当についてない。


 そんな取り調べを受けること数日、オルバークら猟獣旅団の構成員たちはまとめて移送させられることになり、到着したのは建設中の建物が乱立する地域にある妙な石作りの建物だった。


「おう、来たか新入りども! オレはここ、鳥料理を専門とする料理店『鳥家族』の店長アイウェンディルだ! よろしくな!」


 オルバークたちを出迎えたのは奇抜な髪型と格好をしたエルフ、そしてそのエルフとはまた違う奇抜な髪型をした男たち。

 てっきり鉱山送りか、それともユーゼリア王国だから魔境送りかと考えていたオルバークたちは、これから自分らがこの『鳥家族』の従業員として働かされると知り大いに困惑した。


 またこれなら逃げ出すことも簡単ではと密かに悪心も抱いたのだが、『鳥家族』の隣りの宿屋にはあの恐るべきパティスリー伯爵が宿泊しており、さらにその隣りは守護竜の邸宅であり『あの猫』も住んでいると聞かされ早々に心が挫けた。

 一か八かで逃げ出すのはあまりに分が悪いのだ。


 こうして『鳥家族』の従業員として迎えられたオルバークらは、奇抜な髪型の先輩たちに郊外へと連れだされるとひたすら走らされることになった。

 料理店の従業員になるはずが、なぜこんなことをさせられるのか。

 いい加減うんざりして文句を言うと、先輩たちは愉快そうに笑った。


「あの店で働くには体力もそうだが持久力が必要なんだ。それを養うためには走り続けるのが一番いい。だが今日のところは、お前たちがどれくらい動けるか確認のためというのが大きいな」


 そう言ったのは、先輩たちのまとめ役であるログレットという男。


「懐かしい。懐かしいよ。かつては俺もお前らのように不満を抱いていたものだ。――おっと、そうだ。ならあれをやってもらわないとな」


 ログレットはそう言うと、オルバークたちをほかの先輩たちに任せどこかへと行ってしまう。

 それからもオルバークらはひたすら走らされることになり、休憩が設けられたのはログレットが『あの猫』を連れて戻ってきたときだった。


「面倒だニャー、こう見えてニャーは忙しいニャー」


「すみませんね。初日ということで、こいつらに発破をかけてやってもらいたいんですよ」


 ログレットは猫にへこへこと謝り、それからオルバークたちに向きなおると言う。


「お前たちはまだ余裕がある。大人しく従うくらいには性根を叩き直されたようだが、まだ真っ直ぐではない。あいにくと、俺にはそれがどれくらいか判断する術はないが、こちらの方は違うぞ。――ささ、どうぞあちらに生えている草などを、ええ、お願いしますよ」


「しかたないニャー」


 なんだろう、食べるのだろうか。

 オルバークたちが見守るなか、その猫は雑草をキッと睨み、そして言う。


「〈鑑定〉ニャ」


 すると――だ。

 睨まれた雑草がほわっと淡く光り始め、かと思えば眩いほどに光を放つようになり、その光の中で雑草はシュワシュワ~っと妙に爽快な音をさせながらきれいさっぱり消え失せた。


『は? は? は?』


 自分たちがなにを見せられたのか、そして草はどうなったのか。

 オルバークたちは困惑することになったが、ログレットを始めとした先輩たちはうんうんと嬉しそうにうなずくばかり。

 そして猫は――


「こ、これはどういうことニャ!? あの草は『草w』だったニャ! 草が草に草生やすとかどうなってんニャ!? ニャーたちを嘲笑ってるのかニャ!? それとも自らを? わけがわからねえニャ!」


 なんだか混乱していた。

 オルバークたちにからすれば、混乱したいのは自分たちである。


「あの方は対象をよく調べる術を持っている。これがどういうことかわかるか? つまり本当にお前たちが従順になっているかどうか判断する術を持っているということだ。しかしあいにく、調べたが最後、あの草のように光になって消えるのだがな」


『――ッ!?』


 オルバークたちが震え上がった。

 仕方のない話だった。

 かつては自分たちも脅す側であったが、これは次元が違う。

 あの猫からすれば大組織の戦闘部隊であった自分たちも、あの哀れな雑草となんら変わらない。その程度の存在でしかない。


「さあ、理解できたなら走ろうか」


 ログレットは笑顔でさらに走れと促してくるが、もうこれに文句を言える者などおらず、オルバークたちはこれまでの人生でこれほど真面目に走ったことはないというくらい真剣に走った。


「ニャ? ニャニャ! ニャんと哲学的なのニャ!」


 好奇心が刺激されたのか、そこらの草をシュワシュワと消滅させてはあれこれ騒いでるあの猫の意識がいつこちらに向くかわからないのが不安で仕方なかったが、言われたとおり真面目に走っているのだからきっとログレットが止めてくれるとオルバークたちは信じた。


 それから数日、オルバークたちは仕事らしい仕事をさせられてもらえないどころか、ひたすら走らされるだけの日々を送っていたが、元々それなりに体は鍛えるよう心がけていたためか、きついはきついが充実感もあり、これはこれでそう悪い生活でもなく心は穏やかだった。


 この従順なオルバークたちの様子に、ログレットを始めとした先輩たちは早いうちに使い物になりそうだと喜んでいる。

 なんでも魔界の各国に支店を開設しなければならないが、人手が足らず魔界の聖地に出した店を切り盛りするので精一杯だったそうだ。


 よくもまあそんなに店を出せるもの、いったい物資はどう調達しているのかとオルバークが尋ねると、あの猫が創造しているという理解を超える答えが返ってきた。


 創造と消滅の力を持つ猫。

 本当にヤバい存在だ。

 さらに聞けば、最近は本当に髪が生える毛生え薬を供給しているなんて話もあった。

 もはや世界制覇を狙える存在である。


「そんな存在なら……あれもなんとかできるのか?」


 オルバークたちは逃げてきた。

 逃げるしかなかった。

 だが、あの猫ならば対抗できたりするのだろうか?

 希望たり得るのだろうか?

 あの異変――。

 すべてを終焉へ(いざな)う、『穏やかな混沌』とでも言うべき思想。

 スローライフの。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱いタイトル回収
[良い点] (草をぱしゅぱしゅ消滅させてることを除けば)その辺の草に興味を惹かれてじゃれつく猫そのものや [一言] タイトル回収……!
[一言] 相手がどの立場でスローライフを唱えてるのか気になる 至高のスローライフをみんなと一緒にやろうとしてるのか スローライフは素晴らしい物だと唱えて 人を招き入れる、あるいは送り込むことによって…
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