第22話 ネコは罪を罰する
状況は一触即発となった。
このままだと誘拐犯たちにはボコボコに蹂躙される未来が訪れることになる。
まあそれは自業自得だしどうでもいい話なのだが、そうなると俺の交渉能力がいまいちと誤解されたままで事件が終わってしまう。
それはちょっとよろしくない。
だから俺はまだあきらめることをせず、こんな状況からでも対話による平和的解決の道を――
「はんっ、想定内じゃわい! では総員、突撃じゃー!」
あかん、ジジイに道を閉ざされた。
この号令により、『待ちに待ったゴハンだ!』と障子を突き破って登場する腹ペコ猫のように待機していた者たちの突撃が始まる。
最初は倉庫の奥、こっちと反対側にある大扉をぶち破って神殿騎士たちがコンニチハ。
『なんだぁ!?』
突然のことに驚く誘拐犯たち。
だが間髪容れず、次に倉庫右側面から壁をぶち破ってユーゼリア騎士たちがコンニチハ。
『なんだあぁぁぁ!?』
さらに左側からは明王たちがコンニチハだ。
『なんだってんだあぁぁぁ!?』
ジジイめ、小癪なことを。
元の世界の特殊部隊でもやることだが、犯罪グループの拠点を急襲する際、壁をぶち破っての突入というのは入り口に罠があることを考慮してのものであると同時、相手の意表を突いて正常な判断を奪うという効果があるのだ。
実際にこの『ダイナミックお邪魔します』は効果抜群、誘拐犯たちを大いに混乱させることになったが、ここでとどめとばかりに奴らが姿を現した。
『ふははははは――――――――ッ!』
「ひぎゃぁぁぁ――――――――ッ!?」
その威勢のいい哄笑とあられもない悲鳴は頭上から。
倉庫の屋根を突き破り、シセリアinスプリガンの登場だ。
すでに混沌とした状況、それでもとっさに反応してしまう誘拐犯たち――いや、もうこれみんな反応しちまってるな。
敵味方関係なし。
あいつは人型スタングレネードか?
このセンセーショナルなシセリアinスプリガンの登場を無視できる者はおらず、誰もが視線を頭上へ向け、またその落下を目で追う。
みんなの視線を独り占めにしつつ、シセリアinスプリガンはそのまま床にズドンッと着地。
そして――
『ふはははぁ――……!』
「ぎゃぁぁぁ――……!」
ベキバキィと床を突き破り、その哄笑と悲鳴にドップラー効果を効かせながら床下へと消えていった。
フリーダムにもほどがある。
だがシセリアinスプリガンの尊い犠牲により、どうやらこの倉庫に地下があることはわかった。
見当たらない子供たちはきっとそこにいるのだろう。
こうしてシセリアinスプリガンが登場から退場までを華麗に披露したあと、状況を飲み込めない誘拐犯――いや、突入した面々すらも唖然と棒立ちになった。
しかしそれでも、戦うことを職業としているだけあってすぐに動き出せたのは騎士たちだ。
「神敵どもめ!」
「天罰覿面!」
「悔い改めよぉぉぉ!」
叫びながら誘拐犯たちに襲いかかるのは神殿騎士たちであり――
「神妙にしろ!」
「無駄な抵抗はするな!」
また一方のユーゼリア騎士団の騎士たちだ。
やがて明王らも動きだすのだが――
「髪の怒りをくらえぇぇぇ!」
「悪党どもめ、貴様らにその髪はもったいないわぁ!」
なにやら私怨めいた発言をしながら、獅子奮迅であれど品性の欠片もない戦いを披露する。
大鎚をぶん回して誘拐犯をかっ飛ばす奴もいれば、倉庫への被害を考えず魔法をぶっ放す奴もいる。
事情を知らぬ者が見れば、きっとどっちが悪党であるのか判断に困ることだろう。
こうして始まった戦闘は圧倒的にこちらが優勢。
まず数からして誘拐犯ら約三十人に対し、こちらは七十人ほど、さらに戦闘訓練を積んだ熟練の戦士(明王たちはちょっと謎だが)ばかりとくる。
誘拐犯らは急襲されたという現実を受け入れる間もなく、ばたばたと仲間が倒されていくという状態だ。
それはさらに誘拐犯らの思考力を削ぎ、ただおろおろと動揺したまま降伏することすら思いつけず為す術もなく叩きのめされていく。
ひたすらの蹂躙。
どうも出る幕はなさそうだったので、俺はわーわーと初めて目にする大乱闘に興奮するおチビたちと一緒に成り行きをのんびり見守った。
△◆▽
結局、倉庫にいた誘拐犯たちを制圧するのには二十分もかからなかった。
全員をボコボコにしての時間と考えれば、それは見事な迅速さと言えるだろう。
うめき声を上げるばかりとなった誘拐犯たちは一人残らず縛りあげられ、一カ所にまとめられる。
これで制圧完了か。
しかしそう思われた時だ。
「ウヴォアァァァ――――――ッ!」
倉庫にあったコンテナほどの木箱を粉砕し、突如として姿を現したのは一匹の獣。
見覚えがある。
森でたまに遭遇した熊の魔獣だ。
「クマさん!」
「おっきいねー!」
「あわわわ……」
ノラとディアの反応がのん気すぎてちょっと心配。
冷静さを失わないところは評価もできるが、子供だったら普通はメリアのような反応をするものだろう。
なにしろそいつは四つ足状態ですでに大人の背丈ほど、軽自動車くらいの体格をした大熊だ。
そんな大熊の後ろから、森では見かけなかった狼の魔獣二頭を引き連れた悪党面の中年男性が現れる。
「気をつけろ! 魔獣使いだ!」
そう叫んだのはユーゼリア騎士の誰か。
すぐさま騎士たちは男と魔獣たちを包囲、しかしすぐに手を出すことはしない。
囲まれたことで狼の魔獣は今にも周囲へ襲いかからんばかりに牙を剥いての威嚇を始め、熊の魔獣はのそっと立ち上がってその巨大さをまざまざと見せつける。
「だ、団長……!」
「こいつらやべえ……!」
「猫が……猫が……!」
捕縛した誘拐犯たちがうめく。
どうやらこの魔獣使いが誘拐犯たちのボスらしい。
「なんとか逃げてくだせえ……!」
「いや無理だろ」
ボスは苦笑し、でもってうんざりしたように言う。
「ついてねえ……。ついてねえよ、本当についてねえ……」
どうやら意外とあきらめモードらしいボス。
「仲間は捕縛した! 大人しく降伏して魔獣を下げろ!」
そんなボスに、ユーゼリア騎士が降伏勧告をする。
が――
「ああ? 部下をやられて、戦いもせず降伏なんぞできるか。せめて……あの猫だけでも始末してやるよぉ!」
「ニャニャ!?」
俺、なんかヘイト集めるようなことしましたっけ?
どういうわけか俺を目の敵にするボスは立ち上がった熊の尻をぽんっと叩き、俺を指差して「やれ!」と命令。
「ヴォウオウヴァ――――――ッ!」
あれで従順らしく、熊は直ちに四つん這いとなって俺めがけて猛ダッシュ。
「ぐあー!」
「ごはっ!」
騎士の包囲を易々と突破。
猛然と迫り来る熊。
これは退治しちゃってもいいのかな?
そう思ったらシルが動いた。
「あ゛?」
「?!!?!?」
ドスのきいた声と鋭い眼光。
とたんに熊は急停止。
なんとかお座り体勢になって留まろうと試みる。
が、失敗。
慣性を殺しきれず、ごろりんごろりん、でんぐり返しでやってきた。
そんな熊を――
「ふん!」
どごっ、とシルは蹴っ飛ばす。
「ヴアァ――――――ッ!?」
それは見事なシュートであった。
でかい熊がサッカーボールみたいに飛んでいく様子は俺に爽快さを感じさせ、また倉庫の壁をぶち抜いてどっかに消える様子は『やっぱりシルさんの機嫌を損ねるのはよくないな』と再認識を促した。
ひとまずあの熊は外を包囲しているユーゼリア騎士たちがなんとかするだろうから、俺たちは狼を従えるだけになったボスの相手だ。
しかしここでなにを思ったのか――
「わふー!」
「わんわん!」
「わおーん!」
ペロがボスに突撃。
遅れてテペとペルも突撃だ。
ペロたちが見た通りの存在なら危ないと慌てもするが、あれで少なくともシルに蹴っ飛ばされた熊よりは強いので心配の必要はない。
で、ペロは狼二匹に向かって言う。
「おまえたち、これからボクのこぶん! ――あ、こぶんだわん!」
どうやら狼をスカウトしたかったようだ。
やべえのが来たことは理解できたのだろう、狼たちはついさっきまでの猛々しい威嚇から一転、キャインと一鳴きすると耳ぺたん、尻尾くるんで即座に戦意喪失となった。
「……は? はぁ?」
残されたボスはただただ唖然として、本当に状況が理解の外だったらしく答えを探すように自分を包囲する騎士たちを見回す。
これに騎士たちは、なにか言うでもなく静かに首をふるばかり。
その仕草はもう自分たちがどうしようもない状況にあることを理解させるに充分であったらしく、ボスは静かに目を瞑って天を仰いだ。
が、しかしだ。
「まだ! まだだ! まだ俺が戦える!」
ボスはカッと目を見開き、熊がこじ開けたままになっていた包囲の穴を抜けて俺に突っ込んできた。
とりあえず猫パンチでのした。
△◆▽
ボスの顔面に肉球マークを拵えてやったあと、隠されていた地下への入り口からシセリアinスプリガンが子供たちを引き連れぬけぬけと戻ってきた。
「猫ちゃん、きてくれたー!」
子供たちは俺を見つけるなりぱぁ~っと笑顔を咲かせ、てけてけ駆けてくると次々としがみついてくる。
「みんなでね、猫ちゃんがきてくれるようにってお願いしてたよ」
「つうじたねー!」
「つうじたー!」
もしや……それがあの歌と踊りということか?
そうか、それならいいのだが――いや、よくはないか。
「今回はたまたまニャ。べつに通じたわけじゃねえニャ」
『ええぇ~!』
誤解したままはよくないためきっぱりと告げる。
子供たちは不満そうだったが、事実なのだからしかたない。
「助けを求めるならあっちの黒いのにしておくといいニャ」
「おねーちゃんにー?」
「お姉ちゃん、つよそうだよね!」
見た目はアレだが、中身がシセリアであるためか子供たちに怯えた様子はない。
と、ここでシセリアが言う。
『ふふっ、なにを隠そう、これが私の真の姿なのです! でももうバレちゃったので、みんなに教えてもいいですよ!』
「ちょっとぉ!? なに人の声真似してとんでもない嘘ついてんです!? そんな話が広まったら風評被害待ったなしじゃないですか!」
シセリアが妙な発言をしたと思ったらスプリガンの捏造だった。
地味にやっかいで悪質な特技である。
『私、シセリア。昨日は果実水を飲みすぎておねしょしちゃったの』
「ヴィヴィさーん! この鎧どうやって破壊するんですか、ヴィヴィさぁーん!」
傍から見ればシセリアが一人漫才をやっているような状態だ。
妖精たちが拵えただけあって、その性格というかノリというか、おちょくってくるところに妖精っぽいものを感じるな……。
ともかく子供たちは無事、みんな元気だ。
俺のほうはあと子供たちを親御さんのもとへ送り届けてやれば任務完了となるが、その一方でユーゼリア騎士たちはまだ仕事が待っている。
「貴様らのことについては、あとでゆっくりと聞かせてもらおう」
「たっぷり喋ってもらうぞ」
誘拐犯をとっ捕まえて終わりではないのだ。
尋問やらなんやらと面倒なことはまだ続く。
「はっ、誰が喋るかよ」
ボスはまだ心が折れておらず、また部下もボコボコにされはしたが降伏したわけではないためひとまず大人しくしているだけといった様子だ。
「エレザ、ちょっと聞きたいニャ。こいつらの罪に対する罰ってどんな感じなのニャ?」
「そうですね……。明らかとなっているのは子供の誘拐だけ、これではそこまで重い罰が課されるわけではありませんね」
せいぜい強制労働が課されるくらい。
罰金の支払い次第ではちょっと牢屋にお泊まりして解放なんてことも有り得るとのこと。
これまで気にしたことはなかったが、どうやらこの国――いや、この世界というべきか、犯罪に対しての罰則が軽いようだ。
まだ刑法が未熟ということだろうか。
「納得がいきませんか? では以前のように引き取ってはいかがです?」
以前……ああ、金貸し連中みたいに『鳥家族』送りにしてやればいいって話か。
「こいつらはちょっと面倒かもしれないニャ。うちにはちっこいのもいるから心配にゃ」
『ならばその杞憂、我が取り払ってやろうではないか』
エレザと話していたところ割り込んできたのはスプリガン。
なにをするのかと思いきや、ごばーっと体から瘴気を噴出させて誘拐犯たちを包み込む。
すると次の瞬間だ。
「うぎゃぁぁぁ――――――ッ!」
「あががががッ!?」
「いひぃぃぃ――――――ッ!」
誘拐犯たち全員が苦しみ始めた。
その様子は尋常なものではなく、味方の皆さんも『大丈夫かこれ?』と引いてしまっている。
「なにしたニャ?」
『なに、我が主人たるシセリアが受けた痛みのなかで、最も強烈なものをその精神が屈服するまで続く呪いをかけただけの話よ』
こいつ、見た目は完全にパワーファイターのくせして、平然とえげつない手段を用いやがる。
このスプリガンの発言に、騎士や明王らはいよいよどん引き。
これまでシセリアはどれほどの苦痛を受けてきたのかと畏怖すらしているようだったが……。
たぶんこれ、あれだぞ。
足の小指ぶつけたときの痛みだぞ。




