第20話 さかしき者らに猫の手を
事の経緯は、まず明王たちが助けを求められたことに始まった。
子供が行方知れずになっている。
そう聞いた明王たちは、これは由々しき事態であると判断すると同時、もう間違いなく善行であると奮起し、捜索のための人手を増やすため自腹で冒険者を雇うことまでして大捜索を始めた。
また、ユーゼリア騎士団に働きかけこれを動かした明王もおり、ここ数日の王都は明王やら冒険者やら騎士団やらが徒党を組んで練り歩くという、なんだか物騒な雰囲気がただよった。
うーん、幕末の京都かな?
しかしこうした大捜索も解決には結びつかず、自分こそがと功を焦っていた明王たちもこのままではいけないと猛省、それぞれの持つ情報を集めることで解決の糸口を掴もうとした。
するとそこで明らかとなったのは、各明王がそれぞれ違う子供の行方を追っていた場合が多かったという事実であり、これにともない事件が子供の『集団行方不明事件』であることが判明した。
「これはただ事ではないと判断し、そこで一度、情報を整理するための場を設けることにいたしました。こうして髪猫様にお越しいただいたのは、事が子供たちの安否に関わるため、不甲斐ない我々にお知恵を授けていただけないかと考えた次第であります」
会議の場は神殿。
集まっているのは俺を始めとしたうちの面々、明王ら、神殿関係者、ユーゼリア騎士団と、なかなか濃ゆいことになっている。
さらに子供が行方知れずになった親たちも参加しているのだが……知っている顔ばかりだったりする。
公園で遊ばせていた子供たちの親御さんだ。
ちょっと前までは「猫ちゃん、うちの子と遊んでくれてありがとうね」みたいな気安い感じだったのだが、信仰の対象に祭り上げられてしまった今となってはそんな態度はとれないらしく恐縮している。
つか、行方知れずになってんのって知ってる子ばっかりなのか。
それはけっこうな衝撃で、これは善行うんぬん関係なしで早く見つけて親御さんのところへ帰してやらねばという気になる。
「……なあケイン、今のお前なら捜し出せるのではないか……?」
こそっと囁いてきたのはシルだ。
このところすっかり引き籠もりさんになっていたが、事が事だけになにか協力できることがあれば――たとえば空からの捜索――と、重い腰を上げてついてきてくれたのである。
「たぶんできるニャ……」
シルの言う通り、今なら爆発を発生させることなく〈探知〉が使える。
実はどのタイミングでやろうかと考えていたのだが、せっかくなのでここで〈探知〉を使用してみることにした。
俺はそっと目を瞑り、行方不明になった子供たちを目標として〈探知〉を発動させる。
なにか勘違いしたおチビたちが「ニャスポン眠いの? 寝ちゃう?」と尋ねながら俺をもふったり、それをシルに止められたりしているがともかく集中だ。
やがて俺はずいぶんと離れた位置に子供たちがいることを感じ取り、また閉ざされた視界にこことは違う場所の様子が映し出される。
ひどく薄暗い部屋、そこで子供たちは『旧支配者のキャロル(猫賛美仕様)』を歌いながらゆるゆると踊っていた。
「……」
俺は見てはいけないものを見てしまったような気になって、そっと閉じていた目を開いた。
「どうだ?」
「あっちのほうにいるニャ。なんか歌いながら踊っていたニャ」
「漠然としすぎだが……ともかく居場所はわかったのだな。それで歌いながら踊っているというのはどういうことだ?」
「わかんねーニャ」
わからない。本当にわからない。
だが、もしかして……この事件って、あの歌が子供たちによくない影響を与えた結果に起きたものだったりするのか?
なんか導き的なものを得てしまった子供たちが秘密結社を拵えて活動を始めていた、みたいな?
そうなると、この騒動は俺のせいということになってしまう。
ひとまず〈探知〉によって行方不明の子供たちがいる場所と、歌って踊れるくらいには無事であることが判明した。
したのだが、この情報を皆と共有するにはちょっと覚悟が必要で、俺はその覚悟が決まるまで会議の推移を見守ることにした。
現在、明王たちは集まった情報の整理に終始している。
それは行方不明になった子供たちの共通点などであるが、出てくる要素は俺が面倒をみていた子だとか、そんな情報ばかりだ。
ああ、この話し合いはじくじくと俺に効く……。
「子供たちは皆同じ日に行方知れずとなっている。これを偶然と断じる者は私を含めいないようだが、しかし、ではいったいどのような状況下でこのようなことが起きるのであろうか? 場合によっては、この不可解な状況を解き明かさない限り――」
「違う。これは誘拐だ」
と、ここでこの事件が誘拐であると主張する明王が現れた。
逞しい肉体を誇るガチムチ明王だ。
もしこの事件が誘拐であるとすれば、その日のうちに別々の場所で子供たちを連れ去るという、なかなか規模の大きな話になる。
多くの者たちがこの意見に懐疑的なのは、こう言っては失礼だが誘拐された子供たちにそこまで大それたことをするだけの価値があると思えないからだ。
否定的な意見はいくつもでる。
しかしガチムチ明王は頑なに誘拐であると言い張った。
「貴殿がそうも誘拐であると主張する、その根拠はなんだ?」
「事件とは関係ないと思っていた情報がある」
そう答えたガチムチ明王は、なぜか苦痛でも味わっているかのように表情を歪め、ぶるぶると身を震わせていた。
「もっと早く気づいていれば……。だが、まさかそんな卑劣な暴挙におよぶ者が存在するなど想像もできなかったのだ!」
ガチムチ明王は己の不甲斐なさを恥じ、そして何者かへの強い怒りを抱いていた。
「子供の捜索をおこなっていた際、聞き込みのなかで聞いたのだ! 『大きな猫のようなものに子供がついていくのを見かけた』とな!」
すっと皆の視線が俺に集まる。
いやっ、知らないよ!?
元凶ではあるみたいだけど、そこまで直接的なことはしてないって!
俺は激しく動揺することになったが、さらにガチムチ明王は続ける。
「私はそれを髪猫様のことだと思った! だから『問題ない』と判断してしまったのだ! しかし! このところの髪猫様はお忙しくあられ、子供たちとの触れ合いからは遠ざかっておられるという話! では、その『大きな猫のようなもの』とはなんだったのか!」
『……ッ!』
ガチムチ明王の怒声を最後に神殿内が静まり返る。
なにやら誰もがハッとした顔をしているが、いったいなにを想像しているのだろう?
まさか……あの歌の影響で俺のような『謎の大きな猫』がこの世に顕現してしまい、自らを信奉させるため子供たちを魅了して連れ去っていったと考えているのだろうか?
もしそうであれば……そろそろ俺は覚悟を決めなければならない。
神様が抱っこされてる像の元、みんなにゴメンナサイである。
しかし俺が席を立ち、像の前まで向かおうとしたところ口を開く者がいた。
ヴィヴィである。
「つまりはこういうことだね。大きな猫――こちらの猫さんに子供たちが自分からついてくことを利用して、『大きな猫のようなもの』を用意、でもってまんまと子供たちを連れ去った者がいる、と」
あれ……!?
これってそんな話だったの!?
じゃあ子供たちが歌いながら踊ってるのってマジでなに!?
俺はますます混乱したが、この場にいる多くの者たちにとってはヴィヴィの語ったことは予想した通りであったらしく、こうして言葉にされたことでいよいよ確信したのか目に見えて雰囲気が変わる。
どいつもこいつも憤怒の形相。
もし髪があったら、さぞ立派な怒髪天が披露されていたことだろう。
「か、か、髪猫様のご威光を悪事に利用するなど……!」
「なんたる無礼か! これは許せん、許せはせんぞ!」
「生かしておいてなるものか!」
明王たちがえらく物騒なことを口走り始めるが、これを諫めようとする者はおらず、神殿側もまたキレちらかして誘拐犯たちを神敵認定していた。
「子供たちを救い出してあげないと! きっと子供たちは、お姉ちゃん助けてーって泣いているはずです!」
あと珍しくシセリアがやる気だ。
歌のお姉さんとして看過できないらしいが……子供たちって歌って踊ってるんですよね。
神殿内は一気に喧々囂々、誘拐犯たちをどんな目に遭わせてやるかの大喜利大会と化しつつあった。
悪い連中ってのは頭がいいものだ。
既存の仕組みを上手いこと利用して自分の悪事に利用する。
今回もでかい猫に子供がついていっちゃう習性を上手く利用したつもりなのだろうが……愚かなことをしたな。
それはもう致命的に。
こうなると俺がやるべきことは、どっかの笛吹きのごとくこの怒れる連中を子供たちのいる場所まで引き連れていくことだろう。
しかしそこで、神殿に一人の男が現れる。
彼は『鳥家族』のブロッコリーたちを取り纏めているブロッコリーで……名前は忘れたので筆頭ブロッコリーとでも呼ぼう。
で、その筆頭ブロッコリーが現れると、興奮していた明王たちは次第に静かになっていった。
ええい、やめろ。
ブロッコリーに熱い視線を注ぐのをやめろ。
なんでもいいのか、お前ら。
「し、失礼、ちょっと古巣の連中から情報提供がありましたんで、お伝えしにきました」
明王たちからの熱い視線にやや怯えながらも、筆頭ブロッコリーは簡潔に用件を伝えてきた。
それはこの都市で活動している裏社会の連中からのタレコミ、これからまさに成敗しに向かおうとしていた誘拐犯たちの情報であった。
誘拐犯たちはしばらく前によその国からやってきた一団で、一時的にこの都市に留まり、いずれはアロンダール山脈を迂回して向こう側の地域に移動するつもりでいるらしい。
この都市で妙な事件でも起こされたら迷惑だと心配していたらしいが……案の定やらかしたので、その連中とは無関係であることをアピールするため今回の情報提供に踏み切ったいうことだった。
きっと本当に迷惑だったんだろうなぁ……。




