第19話 『豊かさを招く猫』信仰
明王たちを焚きつけてみたものの、いちいち積んだ善行の報告をされに来られても面倒くさいだけである。
そこで俺は神殿を巻き込むことにして、その日のうちに足を運びウニャ神殿長らを交えておおよその話を詰めた。
神殿に引き受けてもらうのは、善行の記録とその管理、さらに頑張った明王に毛を生やしてやる処置と、つまりは全部である。
正直、神殿には面倒な仕事を押しつけてしまったと思うが、上位存在(猫)への間接的な関わりを得るなど俺には世話になっているからと、ウニャ爺さんら神殿側は嫌な顔をするどころかむしろ「ぜひやらせてください」とお願いしてくるほどであった。
「相変わらず神殿は使徒に甘いのう……」
とは爺さんの談である。
まあ追加で『旧支配者のキャロル(猫賛美仕様)』を垂れ流す呪物スピーカーのおねだりされたりしたのだが、それでもだ、いずれ神殿全体で取り組むことになるであろう大仕事を引き受けてくれたことには深く感謝すべきであろう。
こうして明王たちが活動するための基盤が整い、その日はそこで解散となった。
明王たちには『神殿の社会貢献も手伝うように』と伝達しておいたので、明日からは協力しての活動が始まる。
いずれ、よく善行を積んだと神殿に判断された明王は『ニャスポーンのよだれ』を処方されることになるだろう。
これは頭に育毛の魔法をかけて育毛剤をぺたぺた塗るという、最初に髪の悩みから解放された者――解脱者となったリーグラウス伯爵の状況を儀式的な『見立て』として再現するものだ。
すべての明王はこの解脱者となるべく善行を積むが、しかし、解脱者となったあともまた善行は積むべきである。
生えた髪は永遠ではないのだ。
頭皮が若返っただけの話なので、いずれはまたハゲることが確定しているとも言える。
明王らは髪に囚われ続ける。
はたして、彼らが真に解脱する日は来るのであろうか?
△◆▽
明王たちは頑張っているようだ。
積んだ善行は申告制なのでいくらでも誤魔化しはきくが、記録と管理をするのが神殿とくると簡単な話ではなくなる。
なにしろ実際に神様がいる世界。
そのお膝元――いや、一国の一神殿となれば足元かもしれないが、ともかくそんな神聖な場で虚偽申告する者はそうそういないだろうし、髪を生やしてくれた相手を欺いたことがバレた場合どうなってしまうのか、これを想像できるくらいの知能があれば普通はそんな愚行をおかしたりはしない。
そんな頑張る明王たちだが、神殿の社会貢献とはまたべつに個人でも善行を積むべく、その機会を求めて『いねーがー! お困りの人はいねーがー!』と都市を練り歩いているらしい。
ナマハゲかな?
「ケイン君、なんか『妖精の悪戯』の真相がまったく話題にならないんだけど……」
そして俺たちはというと引き続き探偵活動に精を出している。
ヴィヴィの後ろ盾は今やパティスリー伯爵だけでなく、リーグラウス伯爵、さらにこの国の有力者であった明王たちもいるため、その活動は実にやりやすいものとなっていた。
いたのだが……ヴィヴィは複雑そうである。
「話題といったら髪猫様のことばかりなんだけど……」
「し、しかたないニャー」
話題性となると、やっぱり精力的に活動する明王関連の話のほうがインパクトは強いからな。
「話題にならないせいで、事件の情報もまったく集まらないのが困るなぁ……。なんだか僕、このところこの都市の観光をしてはシルヴェールさんの家に戻ってきて、美味しい物を食べて、みんなと遊んで、それでぐっすり眠っているだけのような気がするんだよね……」
「こ、これまでヴィヴィは妖精のために長いこと頑張ってきたニャ、たまにはゆっくり休むのもいいニャ」
「んー、いやまあ、たまにはそれもいいんだろうけど……」
ここで「責任とれ!」とか言われても困るため、俺は戸惑うヴィヴィにやんわりとした対応をしてなんとか矛先を逸らそうと努力する日々である。
とはいえいつかは限界がくるため、俺は神殿での善行報告会議の際に明王たちへなにか不思議な事件はないかそれとなく探してもらうように頼み、また別枠で詳しそうな連中として『鳥家族』のブロッコリーたちにも頼んでおいた。
ちなみにだが、ヴィヴィとアイルは相性が悪い。
最初に会ったときなんかいきなり喧嘩になり、以降は両者とも必要がなければ関わらなくなった。
発端は『鳥家族』の店内に油の霧が充満していることをヴィヴィが指摘して、アイルが「だからいい」みたいなことを言って、それであーだこーだと口論になったような……?
妖精とエルフって相性が良いものだと思っていたけど……。
でもまあ、これはヴィヴィとアイルに限った話かもしれない。
両者とも、それぞれの種族の珍種みたいなものだろうから、たぶん同族嫌悪とかそういうのが影響したのだろう。
こうして打てる手は打ったわけだが、相変わらず事件の情報は集まらずそろそろヴィヴィが焦れてきた。
つか髪猫様の話題が強すぎるのだ。
ちょっと前までは髪猫様についてドワーフたちが『それは違う、酒猫様だ!』と主張したり、子供たちが『ちがうよー! お歌と踊りの猫ちゃんだもん!』と主張したりと混沌としていたらしい。
ところが現在ではそれらが渾然一体となり、俺が『豊かさを招く猫』として各方面から信奉される存在になっていた。
「使徒ってのは繁栄をもたらす一面もあるんだけど……君は……なんだかなぁ……」
最近のヴィヴィはなんだかお疲れな様子。
しっかり休養を取っているのに疲れ気味とは、もしかしてヴィヴィは働いていないと調子がでないタイプなのかな?
まあそれはそれとして、俺への信仰の宗教化はちょっと問題だ。
なにしろ神様はちゃんといるんだから、そんな勝手に御神体になっては『フシャー!』と怒られてしまうかもしれない。
それで神殿に相談してみたところ、実はとくに問題ないことがわかった。
この世界には、神様とはべつでニャニャのほうを信奉している人がいるし、またべつの上位猫を信奉している人もいる、と、どうやら信仰の形態としては多神教的なものが普通らしい。
なら一安心、と話はここで終わるところだろうが、神殿はこれを契機に『ニャスポーン』を信仰の一つとして確立する判断をした。
なにしろニャニャに名を授かった存在、充分信仰するに値するとかなんとか。
まあ信奉する人々といったら、酒につられたドワーフ、歌と踊りを楽しんだ子供たち、あと髪を生やしたい明王たちくらいのもの。
それはたとえば、日本の学生であれば創造主たるイザナミやイザナギよりも、元人間にして怨霊であった菅原道真の御利益にあやかろうとするようなものだろう。
というわけでやや俗物的ではあれど『ニャスポーン信仰』が爆誕した。
さらに、この信仰において神殿から教祖的な存在――尊師と抜擢されたのは我らがシセリア・パティスリー伯爵である。
「???」
シセリアは混乱してる!
選出はシセリアがユーゼリア王国の伯爵にして魔界の英雄であり、そんでもって神殿騎士でもあるという肩書きのバーゲンセールだったのが大きくわざわ――影響した。
この大任を任せるに相応しい人物と判断されてしまったのだ。
また森で俺と最初に邂逅した者たちの一人であり、危ないところを助けられたというのも意味のある奇縁と判断された。
「そ、尊師……? あの、私は歌に合わせて踊るくらいしか能がない小娘なのですが……?」
シセリア決死の抵抗はナイスジョークとして神殿の皆さんや明王たちにほどよくウケた。
まあシセリアは久しぶりに顔色が悪くなったが、尊師といっても実際はただの象徴でしかなく、実務は神殿が引き受けてくれる。
シセリアはこれまで通りのほほんとしていればいいのだ。
△◆▽
さて、『ニャスポーン信仰』と尊師シセリアが爆誕してから数日。
善行を都市規模の運動にしたというのに俺の状態に変化が見られない。
相当な善行が積まれたはずだが……はて?
あまりに不可解であったためヴィヴィに再検査してもらったところ、多少は改善されているものの、効果のほどは大したものではないことが判明した。
「これだけやって多少ってのはおかしいニャ! どういうことニャ!」
「たぶん、善行を仕組みにしてしまった弊害じゃないかな……。ほら、最初の伯爵のとき、君は本当に伯爵を気の毒に思い、見返りを求めず行動しただろう? それに比べ、現状は『良いこと』ではあるものの、本来の『善行』とはちょっと違ってしまっているとは思わないかい?」
「な、ならニャーは自分で面倒を増やしただけになっちまうニャ!」
なんてこったい!
「まあまあ落ち着いて。効果がないわけではないし、それに活動が始まってまだ短い。いずれは効果が現れるかもしれないし、ここはもう少し様子を見ているのがいいんじゃないかな」
「様子を見るもなにも、ニャーがあれこれ指示せずとも神殿に育毛剤だけ供給すれば回る仕組みにしてしまったニャ、できることといったら果報の訪れを寝て待つくらしいかないニャ」
「なら引き続き僕の助手を頑張ってくれたまえ」
「ニャー、なんだか無駄なことをしちまった気分だニャー……」
これからちまちま善行を積もうにも、そのチャンスは明王たちが奪い合いをしているような状況だ。
良いことをしたはずなのに、完全に自分の首を絞めることになってしまうとは、まったく世の中とはままならないものである。
これはもう、本当にシルさん家でごろごろしているしかないだろうか?
俺はあきらめの心境でそんなことを思っていたが――。
そんなおりであった。
子供たちの誘拐事件が明らかとなったのは。




