第16話 その犯人には悲しい今が
ディアの身に起きた摩訶不思議。
この真相を究明すべく、謎退治に繰り出すことになったのはまず発起人である探偵のヴィヴィ、その助手である俺、それから被害者(?)であるディアの三人だ。
さらにここへヴィヴィの助手を自称するノラと、俺の世話役を自称するメリアが加わり、癒やし枠としてラウくん、ペロ、テペ、ペル、記録係としてクーニャ、監督役としてエレザ、そしてなにかあった際はそのご威光でもってすべてを薙ぎ払う腐った巨人役のシセリアが参加する。
シルもどうかと誘ってみたが、家で帰りを待つと断られてしまった。
家が完成してからというもの、すっかり出不精になってしまったように思えるが、しかし考えてみれば、シルが自分からどこかに出かけたという話はあまり聞かず、家でのんびりしていたところ妹に連れだされたという話が多かった。
もしかして、あれでシルはインドア派なのかもしれない。
そして翌日の朝、爺さんが心配しながらトロイに跨がり学園へ向かったあと、俺たちもまたシルに見送られ調査に出発した。
探偵の助手ということで、今日の俺はシャーロック・ホームズにあやかって鹿撃ち帽と丈の長いコートにケープを合わせたインバネスコートを身につけている。
この姿は凛々しく見えるとおチビたちにも受けがいい。
それも当然、なにしろこれは紳士の装い。
コートの下が全裸ということも相まって俺はなおのこと紳士である。
「ディア君、あっちのようだ」
「はーい」
俺たちの先頭をゆくのは、頭にヴィヴィを乗っけたディアだ。
あっちこっちと指示されるままてくてく進み、俺たちはその後ろをぞろぞろとついていく。
こうして妖精に誘われ、やがて俺たちはお屋敷が建ち並ぶ貴族街へ入り込むことになった。
おお、なんという圧倒的場違い感であろうか。
ともすれば、不審者が徘徊してると地域住民に通報され衛兵が駆けつけてくるかもしれないが、なに、心配することはない、俺たちにはパティスリー伯爵がついている。
とりあえずぶつけてやれば、なんか愉快なことになって事態は丸く収まることだろう。
あと忘れがちだが、この国の姫だって一応いる。
俺は密かに衛兵の出現を待ったが、残念なことに何事もなく目的の場所へ到着してしまった。
そこはこの辺りでも一段上の立派なお屋敷。
さっそく扉についてる猫の顔型叩き金をガッチンガッチン鳴らして招かれざる客の訪問を知らせると、すぐに執事っぽい男性が現れ、じろっとこちらを見回して言った。
「なんだ貴様ら――ってなんだお前!?」
一度素通りした視線が俺に戻ってきた。
切ないぜ。
「怪しい者ではないニャ。ニャーたちはとある事件の調査をしているのニャ。協力をお願いするニャ。とりあえず中に入れてニャ」
「こ、ここはリーグラウス伯爵家の王都邸宅であるぞ! お前のような得体の知れぬものを入れるわけにはいかん!」
なんで俺を狙い撃ちなんだよ。
いやまあ確かに、俺もでかい猫が訪ねてきて家に入れてくれって言われたら同じ反応になるだろうけども。
だってそれ、絶対住みつくつもりだぜ?
「失礼。僕は妖精女王の命により、妖精の名誉回復のための活動をおこなっている特務妖精セルヴィアルヴィ。実はこちらのディアーナ嬢に不可解な魔法がかけられていてね、その痕跡を追ってきたところ、この屋敷に辿り着いたというわけだ。必要であればこの国の王に身の保証をしてもらってくるけど――」
ヴィヴィはまるで自分がすんなり王様に謁見できる立場にあるような口ぶりであるが、ノラが姫であることは聞いているのでその伝手を頼ろうという腹づもりだと思われる。
「しかしそうなると、事が公になってしまうよ? どうだろう、このあたりの判断ができる人はご在宅かな? まずは話くらい聞いてもらいたいんだけど」
さらにヴィヴィは『お前では話にならん』とやんわり脅す。
各国を放浪して事件解決に勤しんできただけあり、見た目に反してなかなか老獪なことをする妖精だ。
「ええい、勝手に話を進めるな! 当家に後ろめたいことなどありはしない! 陛下に身の保証をしていただけると言うなら、していただいてから来るがいい!」
「んー、そうなるか……」
この拒絶に対し、ヴィヴィは落ち込むでも憤るでもなく『反応の種類』を確認しているようであった。
「では仕方ないね。ちょっと時間はかかるけど――」
「お待ちください」
と、ここで口を挟んだのはエレザだ。
「セルヴィアルヴィさんの身は、こちらにいらっしゃるシセリア・パティスリー伯爵が保証しております。これでは不足でしょうか?」
「ほへ?」
急に舞台に引っぱりだされ、きょとんとするシセリア。
一方、これを聞いた男の反応は劇的であった。
「シ、シセリア……パティスリー、伯爵……だと?」
明らかに狼狽し、もはや恐れおののいているようである。
「ほ、本当にパティスリー伯爵なのか……!?」
「もちろんです。この国にパティスリー伯爵を僭称する命知らずなどおりませんよ」
「え? あれ? もしかして私って恐れられてるんですか……!? な、なんでです!? 私そんな恐れられるようなことしてませんよね!? なんか伯爵にされちゃっただけですよ!?」
「どうです、お聞きになられましたか? パティスリー伯爵にとって、その偉業と地位はこの程度のもの。そして今日もまた――」
「わ、わかった! 当家がパティスリー伯爵と事を構えたなどと誤解されては困る……! どんな噂がたてられ、悪し様に言われることになるか……!」
「どういうことですそれ!?」
シセリアは混乱しているが……たぶんあれだろう。
今年の春にはまだ従騎士だった小娘が、今ではこの国の伯爵級騎士であり、魔界では唯一の称号を与えられるほどの英雄とくる。
実状を一切知らない普通の貴族からすると、シセリアは得体の知れぬ『怪物』なのだ。
内心では『成り上がり者』と蔑んでいたとしても、面と向かって敵対することは避けたいし、そう噂されることも避けたい。
「そ、そんな馬鹿な……」
自分が自国の貴族たちから恐れられている事実を知り、シセリアはなにやらショックを受けているが……まあべつにいいんではなかろうか? なにも貴族たちと仲良くしたいわけでもあるまい。
ともかく、パティスリー伯爵のご威光によって頑固な執事さんの理解は得られ、俺たちはそのまま応接間へと案内された。
聞けばこの屋敷の主人であるリーグラウス伯爵はご在宅ということで、執事さんには事件のあらましを伝えてもらうべく説明したのだが――。
「な、なるほど」
執事さんがわずかに動揺したような?
これにはヴィヴィも気づいたようで、執事さんが主人のもとへ向かったあと独り言のように呟く。
「最初の反応から屋敷の者は無関係かと思ったけど、もしかしたら違ったのかな? 場合によっては伯爵家の大勢が関わっているなんて事態も有り得るんだろうけど……それでディア君の髪が早く伸びる? ちょっとよくわからないな……」
「ひとまず伯爵に話を聞くニャ」
「そうだね。まずはそこからだね」
そう結論してしばし、やがて応接間に一人の男性が現れた。
おそらく屋敷の主人であるリーグラウス伯爵だろう。
身なりの良いなかなかハンサムな中年男性で、彼の髪はディアとまったく同じ色をしていた。
『……?』
なんとなく、皆の視線がディアの頭と伯爵の頭を行き来する。
と――
「そうだ」
出し抜けに伯爵は言い、両手を静かに頭部へもっていくと、帽子を取るようにその髪をすぽっと取り去った。
現れたのはつるつるの頭だ。
「私が犯人だ」
リーグラウス伯爵は見事なまでのハゲであった。
△◆▽
ひとまず双方で自己紹介をすませたあと、まず俺たちはリーグラウス伯爵の話を聞いた。
かつて伯爵の頭は豊穣を思わせる豊かな髪に覆われていたそうだ。
しかし二十代後半になる頃、その豊かさに陰りが見え始め、三十をこえたところで大干ばつの荒野を思わせる状態になったらしい。
「ちらほらと髪が残る状態というのもみすぼらしいのでな、いっそのこと綺麗に整えたのだ。しかし、私はすべてを受け入れ、あきらめることはできなかった。そこで魔法を頼ったのだ」
「なるほど、そこにディア君の髪で作られたカツラが絡んでくるわけだね」
これまでディアが売った髪で拵えられたカツラはつい最近完成したものらしく、伯爵が使い始めたのはごく最近のこと。
これはディアが自分の髪がやけに早く伸びるようになったことに気づいた時期と一致していた。
「呪う相手の髪や爪を手に入れ、それを使用することで効果を高めるというやり方は大昔からある。伯爵が魔法を施してある頭に、ディア君の髪で作られたカツラを被った結果、わずかながら似た様な効果を及ぼすことになったわけだ。そしてその効果を促進させたのが――」
「ニャーの用意した食べ物だったってわけかニャ」
「そういうことだね」
わかってみれば、なんのことない話であった。
しかし自分の行動が思わぬ結果を生んでしまったことを伯爵は申し訳なく思っているようで、被害者(?)であるディアにも真摯な対応を見せた。
「ディアーナ、気味悪がらせてしまったことを謝罪しよう」
「いえ、そんな……。あ、しゃ、謝罪を受け入れます」
エレザから『受け入れてください』みたいなサインを送られ、ディアは大人しくそれに従った。
面倒な話だが、形式的にこのやり取りは必要なのだろう。
「お気に入りのカツラだったのだが、こうなってはもう使うわけにはいかないか。ところで……その、話にでてきた、猫君の食べ物というのは売ってもらえたりするのだろうか?」
伯爵はまだ髪をあきらめてはいない。
俺が創造した食物を食べたら、自分にも目に見えての効果が現れるのではないかと期待している。
するとそれを聞いたヴィヴィが言う。
「効果が出るかどうか、よければ調べてみようか? お騒がせしたお詫びってことでね」
「おお、ぜひ頼む……!」
熱い想いのこもった返事であった。
さっそくヴィヴィは伯爵の頭に乗っかり、しゃがみ込んでぺたぺたと頭皮の具合を確かめ始める。
「どうだろか……?」
「え、えーっと、気の毒なんだけど……頭皮が髪を育むのをやめてしまっているね。これだと魔法の効果もないよ。もし復活の魔法や、若返りの魔法なんてものがあれば違うんだろうけど……」
「そう……か……」
「うおっと!」
望みを絶たれた伯爵はうなだれ、油断していたヴィヴィがつるりんと滑り落ちた。
その様子は実にコミカルなものであったが……誰一人として表情を緩ませる者はいなかった。
それほどまでに伯爵の表情が絶望に満ち満ちていたからである。
さすがに命を絶ったりはしないだろうが……。
「お、おかしいニャ……。善行を積むはずが、人一人を絶望させることになっちまったニャ……」
伯爵は悪くない。
むしろ、申し訳なさからすんなり自分が犯人だと名乗り出たことからして善良だと思われる。
そんな伯爵の希望を断つのは、やはり善行とは思えない。
ならばせめてと、異世界産の育毛剤でも贈ってやりたいところだったが……あいにくか幸いか、まだ俺は必要としていなかったため使用経験がなく創造することはできないのだ。
希望くらい持たせてやりたいのに……。
そう思ったとき――
「あ、そうだニャ」
ふと俺は思いつく。
あの果実の果汁を塗ったら頭皮が若返らないかな、と。




