第15話 ジッチャンの心配はいつもひとつ
「善行じゃと? 此奴が? それは悪い冗談じゃぞ?」
これから頑張ろう――。
そんな俺の純真な決意に水をさす邪悪なジジイの心無い言葉。
あまりに俺をバカにしているとしか言いようがなく、ここで引き下がってはなにか大切なものを失ってしまいそうな気がして俺はなんとしても善行を積み上げることを決意した。
「やってやるニャァ! 世界中の人々が度肝を抜くような善行ぶちかましてやるニャァ! 積み上げた善行で天に届く塔を作ってやるニャァ!」
ジジイめ、あまりの有り難さにびっくりこいて成仏するがいい。
「はたしてそれは本当に善行か!?」
善行へのほとばしる情熱を感じたのであろう、ここで爺さんはギョッとして慌てだした。
「待て! 待つんじゃ! 儂が言いすぎた! 悪かった! だからヤケになってできもしないことに挑戦しようとするのはやめるんじゃ! 儂の迂闊さのせいで世間を騒がせるのはあまりに忍びない!」
「謝っているようでむしろ扱き下ろしてくるってどういうことニャァーン!?」
さては新手の宣戦布告か!?
よろしい、ならば戦争だ。
この世界に満ちあふれるほど善行を積み上げて――
「まあまあお二方、そう熱くならないで。僕に考えがあるんだ」
いよいよ開戦、となったところでヴィヴィが割って入ってくる。
「ヴォルケード殿はずいぶんと心配しているようだけど……ケイン君は善行を積むにあたり、なにをしようとか案はあるのかい?」
「ないニャ! でもきっとすごい善行を積むニャ! 世界に満ちあふれるニャ!」
「はは、これはなんともすごい自信だ。君が善行をいったいなんだと思っているのか気になるところではあるけど、それはひとまずおいて、要は現状、案はなしということだよね? ならどうかな、助手として僕の仕事を手伝ってくれないかい?」
「どういう――」
「ヴィヴィ殿! 其奴を助手など正気の沙汰ではないぞ!?」
今度はジジイが俺とヴィヴィの間に割って入った。
相変わらず失礼な物言いである。
しかし俺を助手に抜擢しようと考えたヴィヴィには――
「ヴォルケード殿の心配もわかる」
って、わかるんかい。
「でもね、僕も善行を勧めた手前、ここで放置というのも気がひけるんだ」
そうジジイに応え、ヴィヴィはあらためて俺に言う。
「君の自白によって、この都市にあるおおよその『妖精の悪戯』は片付いた。しかし僕にはまだ噂を打ち消すための真相を広める仕事があり、それと並行して妖精の印象を改善するための活躍もしないといけないんだよ。要は人助け――善行だ」
「ニャーもそれに協力して善行を積めってことかニャ?」
「そういうこと。君としては派手に善行を積みたいところだろうけど、その機会を待ち続けている時間は無駄になる。なら普段から小さな善行を積み重ねておいたほうがいいと思わないかい? それに、この活動はすべての妖精のための活動でもある。ほら、地味ではあれど意外と規模の大きい話だろう?」
なるほど、すべての妖精となると話は違ってくるな……。
よし、いいだろう。
「わかったニャ、やってやるニャァー!」
ニャスポン助手の誕生である。
正直、乗せられた気がしないでもないがノープランなのも事実。
ここは実績のある妖精探偵の助手としてちまちま善行を積むとしようか。
△◆▽
俺がヴィヴィの助手になることを決めてからしばし、外が暗くなり始めたところでみんなシルさん家に集まっての夕食となった。
ヴィヴィも迎えての食卓はいつもよりにぎやか。
座卓には俺の用意した各種料理が並べられ、ちょっとしたパーティーのような雰囲気である。
そんな座卓の一角、目の前にまるごとのリンゴが一つ置かれているのは爺さんの席だ。
べつに嫌がらせというわけではない。
ましてお供え物というわけでもない。
そもそも爺さんは食料を必要としないし、摂取するといっても乾燥した体が求めるのかお茶を嗜むくらいである。
ではなんなのかというと、あれは魔力補給兼実験のためのリンゴなのだ。
あのリンゴは俺が創造したものであり、副次的に魔素が豊富になっている。
そこで爺さんはリンゴから魔力の補給をしつつ、元が魔素なのだから干渉のしようによっては再び魔素に還元できるのではないかとチャレンジをしているのである。
まあ今のところ成功したことはないのだが……。
「ねえニャスポン、ヴィヴィちゃんの助手ってなにをするの?」
「それは内緒だニャ」
夕食が終わっても居間はにぎやかなままで、話題はもっぱら俺がヴィヴィの助手になったことについて。
探偵は妖精、助手はでけえ猫とくれば、もう子供たちは興味を抱かずにいるほうが難しいのだろう。
ノラを筆頭にあれこれ質問されたりもするが、正直俺にもわからないことが多いため答えようがなく、ほとんどを『秘密』ということでごり押している。
「私もヴィヴィちゃんの助手する!」
「では私はニャスポンのお世話係で!」
楽しそうなことが始まるに違いないと、さっそく参加したがるノラとメリア。
いずれ『おチビ探偵団』が結成されそうな雰囲気だが、そんななかでディアがちょっと心ここにあらずな様子であり、そんな場の勢いに乗ってこないディアをノラが不思議がった。
「ディアちゃん、どうしたの?」
「うーんと、実はね、最近ちょっと不思議なことがあるの」
「不思議なことー?」
「うん。なんだか最近、わたしの髪ってすごく伸びるのが早いの」
最初は気のせいかと気にしていなかったが、やはり髪が早く伸びるのは間違いなく、それでこのところ不思議に思っていたいたそうだ。
べつに害はない話だし、むしろ早く伸びてくれるなら、またみんなで公衆浴場にいったときのように、切ってもらった髪を買い取ってもらうことができるので都合がいいくらいだと言う。
「でもね、不思議なの。なんでかなー? ねえヴィヴィちゃん、こういうのも調べてくれるの?」
「もちろんだとも。そういう身体的な変化に関わる『ちょっとした不思議』はまさに『妖精の悪戯』にされてしまうんだ。別に不思議でもなんでもないのに、髪が薄くなったことを『妖精に盗られた』なんて言ったりするくらいだよ。まあ昔は髪を介して悪戯を仕掛けていたこともあったようで、あながち間違いじゃないのが悲しいんだけど」
ヴィヴィは座卓のミニチュアスペースから飛び上がると、ディアの前でくるりと回ってポーズを決める。
「よし、ではディアくんの身に起きた不思議は、この妖精探偵セルヴィアルヴィが見事退治してみせよう!」
『おお~!』
これまで幾度も繰り返してきたのか、妙に様になっているヴィヴィの動き。
この芝居がかった演出におチビたちの期待は一気に膨らんだらしく揃って声を上げた。
「それではディア君、最初に君の髪を調べさせてもらうよ」
「はい!」
皆が見守るなか、ヴィヴィはディアの頭に乗っかってさっそく不思議の原因を調べ始める。
「ふむ……これは……微かにだけど、魔法が施されているね……」
「なに!? 魔法じゃと! 本当なのか!?」
ヴィヴィの呟きに驚いたのは爺さんだ。
魔導王なんて呼ばれているのに、すぐ近くにいたディアの異変に気づけなかったのがショックだったのだろう。
「もちろん本当だけど……これはヴォルケード殿が気づけなかったのも無理はないよ。本当に微弱な魔法だ。無視してもいいくらい。効果が出てしまった『おまじない』のようなものだね」
そう言いつつ、ヴィヴィは意味ありげな顔で俺を見る。
「そしてこの『おまじない』の効果が出てしまったのは……ニャスポン、君のせいだ」
「ニャニャ!?」
知らん、知らんぞ!?
「お前……」
「いやっ、誤解ニャ! 違うニャ! 本当ニャ!」
シルにじとっと睨まれ、俺はにゃわわわっと慌てる。
するとそれを見たヴィヴィはクスッと笑った。
「おっと、君のせいとは言いすぎか。なにも君が悪さをしたわけじゃない。たまたま今回のことに影響を及ぼしてしまったんだ」
「助手いびりだニャ……!」
探偵ってのは変わり者ってのがセオリーだ。
きっとヴィヴィはでかい猫を苛めたくなる悪癖とかあるんだろう。
「ディア君の髪に影響を与えている魔法。これは本来であれば効果を及ぼすことができないほど微弱なものだ。対象の魔力を糧として効果を発揮し続ける攻撃的な、いわゆる呪いとは違う、本当になぜかディア君にかかっていた意味のない魔法。しかし――」
と、ヴィヴィはディアの頭の上から、まだ爺さんの前に置かれているリンゴを指差した。
「ディア君の口にするものが、あまりに豊富な魔素を含んだものであった場合はどうだろうか? ディア君が吸収しきれなかった魔素は発散されることになるが……それを『おこぼれ』として『おまじない』が享受していたとしたら?」
「なるほど……。なにも魔法が優れているのではなく、供給される魔力が多かったがために効果が出てしまったというわけか」
「そういうことだろうね。こういった、よく調べないとわからないような魔導的な影響が原因の事件は多いんだ。そして『妖精の悪戯』になる不思議の代表でもある」
そう言いつつ、ヴィヴィはディアの頭の上からミニチュアスペースに戻り、顎に手を当てて考え込むような仕草をする。
「因果関係は単純。でも、なぜディア君にそんな魔法が施されることになったのか、それはまだ謎のままだ」
確かに、なんでまたそんな魔法がディアにかけられたのか、これはまったくの謎である。
害はないし、原因は判明したが、そこがわからないままだとやはりすっきりしない。
「だから、明日はこの謎を解き明かしに行こう。謎退治だ」
『おーっ!』
声を揃えて応じるおチビたちはすっかり探偵団気分である。
「でも、行くってどこ行くニャ?」
「それはもちろん、この魔法の発信元さ。言っただろう、僕は魔導力を調べることに長けているって。魔法はかかり続けている。だからそれを辿っていくことも可能なんだ」
あれ、なんかごり押しっぽい感じだな。
探偵つったら、もっとこう推理とかするものなんだけど……。
まあ考えてみれば、実際の探偵なんて仕事つったら浮気調査とか身辺調査くらいのもんだからな。
「ニャスポン、これが君の助手としての初仕事だ、期待しているよ」
なんか善行とはちょっと違うような気もするが……。
まあお世話になっている――いや、お世話している? ともかく親しいお嬢さんの身に摩訶不思議な出来事が起きているのだ、ここは一肌脱ぐべきだろうし、探偵助手のチュートリアルとしてもちょうどいいのだろう。
「わかったニャ」
俺は『任せろ』とばかりにどんっと胸を叩く。
まあ実際は『どんっ』ではなく『もふっ』としただけなんですけどね。
「うーむ、大丈夫かのう……」
周りが盛り上がるなか、一人心配そうに呟くのは爺さんである。
大丈夫だっつーのに、まったく……。




