第14話 そうです、私が元凶です
「そろそろ、僕の真意が理解できたんじゃないかな?」
にっこりと微笑むヴィヴィに感じる凄味。
こいつ……ちっこいくせに、なんとえげつない探偵なことか。
広い居間であるにも関わらず、俺は動物病院にいくときくらいしか使用されないペットキャリーに押し込められた猫のような閉塞感を感じていた。
「こういった『妖精の悪戯』は各国に数あれど、一地域となると一つか二つというのが通例だ。しかし例外もあってね、これが多発するとなった場合、僕の経験上、ほぼ例外なく『使徒』が関わっているんだよね。良くも悪くも」
これをわざわざ俺に言うということは、ヴィヴィは俺が『ケイン』であると知っていた?
いやだが、猫になっていることを知っていれば出会ったときにあそこまで驚きはしなかっただろう。
ということは、ここに訪れてから俺が『ケイン』だと当たりをつけたのか。
「僕はね、春頃からこの都市に滞在するようになった『使徒』が元凶なのではないかと考えているんだ。つまり君のことだね、ケイン君」
「……ッ!?」
やはりか!
こいつめ、始めからおおよそ把握してやってきたのだ……!
これはもう観念するしかないのか。
そう思われたとき――
「ヴィヴィちゃん、違うよー。この子はニャスポンだよー?」
ノラがきょとんとした様子で口を挟み、それを聞いたヴィヴィはおやっと戸惑う。
「ふむ……? ふむ。おっと失礼、ニャスポンが首から変なものをさげているせいでちょっと混乱してしまったようだ」
少し考え、それからヴィヴィは訂正。
ノラの反応から、このまま俺を『ケイン』として話を進めるのはよろしくないと判断したようだ。
「どうやらやっかいなことになっているようだね……」
どうしたものかと思案するヴィヴィであったが、ここで静観していたシルが口を開いた。
「ヴィヴィ殿、究明を急ぎたいだろうがここは少し待つといい。なに、悪いようにはせんよ。夜が訪れる前に状況は変わる。それまでこの家を見学でもしているといい」
「では……お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな?」
唐突に吊し上げが中断され、ヴィヴィはシルさん家を見学して時間を潰すことになった。
これはひとまず危機を脱したということでいいのだろうか?
しかしシルの言う『状況が変わる』とはどういうことだろう。
真意が読めず俺は困惑することになったが……。
夕方になってわかった。
ヴォル爺さん、怒りのただいま、である。
△◆▽
ヴィヴィはシルの家を見学したり、おチビたちにせがまれるまま過去の事件を話して聞かせたりして時間を潰していたが、やがて夕方になったところで怪馬に跨がって帰還した死霊王と対面することになった。
「なんだ……!? なん……なんだ!?」
事件の一つとしてその存在は聞いていただろうが、実際目にするとやはりインパクトが違うようで、ヴィヴィは激しく動揺する。
そんなヴィヴィにまずトロイが挨拶をした。
「おや? 見慣れない方がいらっしゃる。こんにちは、私はトロイと申します。どうぞよろしく」
「馬が……!? う、馬? ううん!?」
今や立派すぎる姿になったトロイ、まともな存在でないことを理解できるのかヴィヴィは戸惑うのを止められない。
まさかこれの元が三角木馬であったなど、さすがに推理できないだろう。
「妖精とは、これは珍しい客人じゃな。儂も初めて会うぞ」
そして死霊王――爺さんである。
事件の一つである『王都を徘徊する死霊王』とは、なんのことはない、ただ死霊王が魔導学園に勤務していたというだけの話なのだ。
事実は小説より奇なり、というわけである。
やがてヴィヴィは落ち着いたところで挨拶がてら訪問目的を説明し、これを聞いた爺さんは顔を引きつらせながらも大いに納得した。
「たいへんじゃのう、妖精探偵とは。儂の時代には聞かなんだな」
「活動としては、ここ数十年の話なので」
数十年……?
ってことは、ヴィヴィってこの見た目でけっこう歳いってるんだな。
「ヴィヴィ殿、これは儂の考えなのじゃがな、どこかで限定的に妖精たちを活動させてみてはどうかの? 妖精への風当たりがずいぶん穏やかになった昨今、不思議な出来事があればとりあえず『妖精の悪戯』と言う場合がほとんどじゃ。ここで一つ試しに妖精たちを活動させ、もしそこで『妖精の悪戯』――つまり風評被害が発生したら、そのときこそ妖精探偵の出番じゃよ。このほうがお主の活躍は輝くじゃろうし、効果は高いように思うぞ?」
「なるほど……。では今回の仕事が終わったら、久しぶりに妖精界へ戻って陛下に進言してみようかな……」
「あの! あの! それってどうやって戻るんですか!?」
妖精界への帰還に強い感心を示したのはシセリアだ。
まあ理由は聞かなくてもわかる。
「満月の夜、妖精界への扉を開きやすくなるんだ。これは神聖な場所であるほうがいい。とても力のある妖精なら自力で行き来できるんだけど……僕はそうでもないからね」
妖精界と汎界は重ね合わせのような関係で、たまに条件が揃ってしまったところに迷い込む人がいたりするらしい。
つまりは神隠しみたいなもので、妖精としては『妖精が攫っていった』なんて噂されたらたまらないので慎重に対処する必要があるそうだ。
「ではヴィヴィ殿の用件についてじゃが……子供たちよ、これから儂らは難しい話をするからの、夕食までの時間、庭で遊んでいてもらえんか? エレザ殿、子供たちを見てやっておいてくれ」
「かしこまりました」
爺さんに言われ、おチビたちは『はーい』と素直に庭で遊び始める。
こうしてシルさん家の居間に上がり込むことになったのは、家主であるシル、俺、爺さん、ヴィヴィ、それからおまけのクーニャとシセリアとなった。
「さて、さっそくヴィヴィ殿の用件にとりかかりたいところじゃが……その前に、まず儂の話を聞いてもらえんか。いや、そう長くはかからん。ぜひとも聞いてもらいたい。特にお主」
「んニャ?」
目の敵のように睨まれたのは俺である。
おや、なにやら爺さんは腹を立てている……?
「事の始まりは生徒たちの噂じゃった。なんでもな、夜、公園にある騎士団の練習場で魔法の練習をさせてもらった生徒がおったそうじゃ。昼とは違い、夜ともなるとあの公園は静まり返る。練習をしておった生徒は、ふと、どこかから、微かに歌が聞こえてくることに気づいたそうじゃ」
ほう、なんだかホラーちっくな話っぽいな。
でもなんでそんな話を……?
「生徒は恐怖を感じたが、好奇心もあって歌のするほうへ向かっていった。すると、歌は湖の湖面から響いてきておったのじゃ。猫は海からも空からも来たるとか、そんな歌じゃ。学園の生徒たちはこの話を『妖精の悪戯』だと噂しておったが……」
と、そこで爺さんは収納魔法にしまっておいたものをドンッと座卓に置く。
「湖に潜って回収してきたものがこれじゃ」
それは俺が湖に捨てた呪物スピーカーであった。
未だその機能を失っておらず、居間に『旧支配者のキャロル(猫賛美仕様)』が流れ始める。
「なにか言うことはあるか?」
問い詰めてくる爺さん。
が――
「こ、これは私のです! 私が、うっかり湖に落としてしまったのです! 私のものです!」
ここでクーニャがクワッと表情を変えて呪物スピーカーを奪取。
庇われた……のではないな。
「おお、手に入れた……! 手に入れました……! 至急、大神殿に送らねば……!」
嬉しそうなクーニャの様子に爺さんはぽかんとしていたが、やがて放っておくことにしたのか再び俺に目を向けて言う。
「で、なにか言うことはあるか?」
「が、害はないニャー……」
「そういう問題ではないわ!」
今度は爺さんがクワッと表情を変えた。
「どうしてそう適当な思いつきでおかしなものを拵える! そしてどうして適当な対処をする! そもそも――」
と、爺さん、怒濤の説教が始まった。
「これは頼もしい……!」
この説教を傍から聞いていたヴィヴィはなにやら感激。
第一印象こそ『死霊王、やべえ』だったのだろうが、俺を叱る姿を見て評価がいっぺんに変わったようだ。
「――よいか! 今度なにか妙なものを拵えてしまったら、捨てずにしまっておいて儂に相談すること!」
「わ、わかったニャー……」
やっとこさ説教が終わる。
今回はちょっと言い返しようがなくてつらかった。
「ケインさ~ん、湖に捨てればどうにかなると思ったんですかー?」
「お、お前にだけは言われたくねえニャ……!」
でもって、用意したお菓子をもしゃもしゃしながら煽ってくるシセリアには強い憤りを覚えた。
あとこいつ、さらっと俺が『ケイン』だと決定的にバラしおった!
「さてヴィヴィ殿、お待たせしたのう。そちらの話を進めてくれ」
「いやいや、一つ手間を省いてもらって感謝するばかりだよ」
なんか爺さんとヴィヴィの仲がよくなっちゃって困る……!
「ではケイン君、さすがに観念しただろうし、数々の事件について君の口からどのようにしてそうなったのか説明してもらえないかな?」
め、面倒くせぇ……。
もう俺が元凶ってわかったんだからそれでいいじゃねえか……。
「君が認め、詳細を語ることに意味があるんだ。なにしろ、僕には噂を打ち消すための真実を広める必要があるからね。ああ、もちろん気が進まないのはわかっている。だから……どうだろう。ここは取引といかないか?」
「なんだニャ……?」
「君が素直に喋ってくれたら、僕は君の状態を調べてみよう。こう見えて僕は魔導力を調べることに長けていてね、それで『妖精の悪戯』に対処する特務妖精に抜擢されたんだ」
本当だろうか?
いや考えてみれば、最初に会ったときから、俺の状態をただ事ではないと判断していたな。
「元に戻すことはできないだろうけど、なにか手がかりのようなものは見つかるかもしれない。それに子供たちにも妙な影響が出ているようだし、ここは素直に受け入れるのが賢い選択だと思うよ?」
「ぐニャニャ……」
背に腹はかえられない……か?
それに爺さんがヴィヴィにつくとなれば、俺がどう言い訳をしようと一喝されて終わりになってしまう。
これはもう観念するしかないようだ。
であれば、せっかくの状況なので『お、俺じゃねえ! 証拠はあるのか!』と探偵もののお約束でもある『犯人の見苦しい逆ギレ』を披露してみたりしたいところ。
しかし、あいにくと事件の当事者やら関係者が揃ってしまっているので、やってみてもただ滑稽なだけになってしまう。
となれば……あれか、大海原を一望できる崖で犯人が自白するパターンでいくしかないか。
「し、しかたなかったニャン……!」
さすがに海や崖は用意できないので、引き続き居間で自白を始めてみる。
「ニャーも、なにも悪さをしてやろうとか、そんなつもりはなかったニャン! そのときどきで、なんとかしようとしたらおかしな結果になっただけなのニャン! ニャンニャン!」
なるべく同情が集まるよう、可愛らしい猫を演じる。
が――
「お主がニャンニャン言うのは、儂にとってはちょっとした地獄なんじゃが……」
爺さんに台無しにされた!
おのれ……!
つかこのジジイ、完全に探偵側って顔してるが、おめえだって事件の関係者じゃねえか!
俺は激怒した。
必ず、この邪智暴虐なジジイをギャフンと言わせやらねばならぬと決意した。
というわけで、爺さんの自国の王子が原因で発生した事件のことを丁寧に自白してやる。
結果――
「ヴィヴィ殿、すまんな、うちのボンクラが……」
爺さんはヴィヴィに申し訳なさそうに謝罪し、俺の溜飲はちょっと下がった。
それからも俺は各事件にどのように関わったかを自白をしていき、『ファ○チキ事件』の真相ではシルにあきれられることになったが…………あれがあったから、すっかり親しんでる猫スマホができたのよ?
「ではケイン君、この事実を世に公表してもかまわないね?」
「しかたねーニャー、従うニャー」
「ふふ、これに懲りたらあまり妙なことはしないよう心がけることだね」
「いや、ヴィヴィ殿、おそらくそれは無理じゃろう」
「あ、無理なんだ……」
なんでヴィヴィってば爺さんの言うことを素直に信じるかね。
まだ会って一時間くらいしかたってねえぞ。
「協力に感謝するよ、ケイン君。それでは今度は僕の番だ。調べるから少し横になってもらえるかな?」
「わかったニャー」
言われた通り、俺はごろんと仰向けになる。
するとさっそくシルとクーニャがもふろうとしてきたので、これを「ふしゃー!」と威嚇して追い払い、ヴィヴィに調べてもらう。
「ふむ、これは……すごいもふもふだね。良い香りもするし……。こんなベッドがあれば、さぞ気持ち良く眠れるだろうね」
「なあケイン、お前、大きくなったりできないか?」
ヴィヴィが余計なことを呟いたせいでシルが変な期待をしてくる。
シャカと違い、さすがに俺は大きくなったりは……できたりするのだろうか?
いや、これは試してはいけない。
うっかりでかくなりすぎたりして、それで戻れなくなったらもう目も当てられなくなる。
シルさんの発着場にと用意した広い庭が俺の住処になっちまう。
「ふむふむふむ……なるほど……。大きなものにまとまろうとしているのが阻害されている……。善なるもの、そこに陰りが……」
傍目には俺を存分にもふっているようにしか見えないだろうが、ヴィヴィの呟きは至って真面目である。
やがてヴィヴィは俺から離れ、再び座卓のミニチュアスペースに戻ると言った。
「ケイン君、君の状態は君の中にある『陰り』が原因とみた。これを解消するためには……そうだね、善行を積んでみてはどうかな?」
善行だと……?
なんてこった、今以上にか!
「ただでさえ善良なニャーが善行なんて、これはいよいよ霊験あらたかになっちまうニャ!」
「お前のその得体の知れぬ自信はいったいどこからくるのだ……?」
なんかシルさんが心無い突っ込みをしてくるが……まあいい。
考えてみれば善行を積む猫など聞いたことがないわけで、これはちょっと試す価値があるかもしれない。




