第13話 Next ねこねこ HINT!
セルヴィアルヴィの自己紹介があったあと、ひとまず俺たちも自己紹介をした。
まあ俺だけはニャスポンって偽名(?)なんですけどね。
「セルヴィアルヴィちゃんって男の子なの? それとも女の子?」
興味津々なノラの質問に、セルヴィアルヴィはやや苦笑気味で答える。
「僕のような妖精は人のようにきっちり男女と別れているわけではないんだけど……どちらかと言えば女の子になるのかな? ああ、あと僕のことはヴィヴィでいいからね」
「ヴィヴィちゃん……!」
さっそくノラが呟くのをセルヴィアルヴィ――ヴィヴィは微笑ましそうに見守り、それからあらためて話を始めた。
「僕が訪れたのはほかでもない、ここ森ねこ亭に用があったからだ」
「あ、もしかして泊まってくれるの!? でもいま部屋は空いて……って、あれ、一部屋空いてる? ……あれ?」
ディアはヴィヴィがお客さんかと声をあげたが、途中でなにやら戸惑い始める。
もしかして、その空いてる部屋って俺のいた部屋では?
いや、まあ、うん、いいんだけどね。
なにしろ、これまで一度も宿代なんて払ったことないんだしさ。
「あー、すまないが泊まりにきたわけじゃないんだ。理由については少し長くなるから、中で説明させてもらえるかな?」
「ふむ、ではうちにくるといい」
そう提案してきたのはシルである。
たぶん家を見せびらかしたいのだと思うが……べつに問題があるわけでもないため、俺たちはシルさん家へと移動する。
するとシルの狙い通りか、裏口から庭に入ったところでヴィヴィはおやっと意外なものを見たとばかりに反応した。
「これは……知らない建築様式だ。シルヴェールさん、よければあとで見学させてもらえないかな?」
「ああ、かまわんよ」
返事こそ簡潔。しかし内心ご機嫌なのがわかる声音でシルは応じ、俺たちはそのまま庭を経由して縁側から居間へ。
皆が大きな座卓の好きなところについたところで、俺はいそいそとお茶とお菓子の用意をする。
ヴィヴィはちっちゃいので、座卓の一角にミニチュアなイスやテーブルを用意して、そこでくつろいでもらうことにした。
が――
「え? え? え?」
なにかマズかったのか、ヴィヴィが困惑してしまう。
「どうかしたかニャ?」
「い、いや、その……ね、わざわざ僕に合わせて色々と用意してくれる気持ちは嬉しいんだ。ただ、唐突に超常の力でぶん殴ってくるのはやめてもらえないか?」
どうやら俺が創造魔法でひょいひょい準備をしたことに驚いたらしい。
「超常なものはお嫌いかニャ? でもこれ、創造魔法ニャ。超常の力ではないニャ」
「創造魔法であるとしても、ここまでとなるとほぼ超常と言っても過言ではないよ。君は――いや、君の話はあとにしよう。物事には順序というものがあるからね。まずは僕の用件を説明しないと」
「あれですよね! ヴィヴィさんはあの鎧を引き取りにきたんですよね! そうですよね!?」
ちゃっかり参加してお茶とお菓子にありついたシセリアが必死の願いを込めつつ尋ねる。
しかし現実は非情であった。
「君にとっては残念だろうが、そういうわけではないんだ。いや、もちろん可能なら引き取りたいと思うよ? しかしあの鎧はあれで強力な存在でね、僕には荷が重いんだ」
「そんな~」
シセリアはがっかりしつつ、クッキーをもしゃもしゃ。
悲愴感はまるで感じられない。
「自己紹介の際に言ったように、僕の仕事は妖精の名誉回復だ。かつて妖精はひどい悪戯をしていて、それが原因で汎界を追われることになった。これは覆しようのない事実。でも妖精は反省したんだ」
「あの鎧を見るに、すぐには反省しなかったようだけどニャー」
「あの鎧は……ああ、本当にな。まったく。でも、今は違うんだ」
ずいぶん前から、妖精たちは汎界との交流を始めたいと思っているそうな。
しかしそこで問題になってくるのは、過去の妖精の印象が汎界に残ってしまっていることらしい。
「僕もね、各国を渡り歩くなかよく胡乱なものに見られたよ。だから格好や言葉には気をつけている。言わば妖精の代表だから」
「それで妖精っぽくない格好だったのかニャ」
「ああ、らしい格好だとね、どうしても過去の印象を当てはめられてしまう。だから、まず最初、相手が思い描いている妖精と僕は『違う』という違和感を持ってもらわなければならないんだ」
「なかなかたいへんニャ、妖精探偵ってのも」
「やりがいのある仕事さ。ただ、おかげでもうずいぶんと妖精界にも帰れていない……。ああ、妖精界には特定の時期、状況下でないと戻れないんだ、それでね」
そう言うヴィヴィはちょっと寂しそうだ。
「本当に過去の印象ってのはやっかいでね、妖精のほとんどは妖精界にいるのに、なにか不思議な事件が起きたびに妖精のせいにされてしまう。いわゆる『妖精の悪戯』ってやつだ」
なるほど……。
かつて人は理解不能なものを理解しようと、超自然的ななにかが存在すると考えるようになった。
自然現象は神に、日常的な不思議は妖怪、妖精、精霊、悪魔などなど、地域民族により呼び名は異なるが、そういった『不思議なこと担当』が存在している。
そしてこのファンタジー世界においては、過去のやらかしもあって妖精がその役を一手に引き受けることになってしまっているようだ。
「僕のやるべきことは、こういった『妖精の悪戯』の真相を解き明かし、それが妖精のせいではなかったことを証明して印象の悪化を防ぐことだ。また、こうした『妖精の悪戯』を妖精である僕が解決することで、印象を向上させようという狙いもある」
ふむふむ、なるほど。
地道な活動ではあるが、必要なことだな。
「それで今回、僕がこのウィンディアを訪れたのは、現在この都市ではその解決すべき『妖精の悪戯』が多発していると聞いたからだ」
ほほう、多発とな。
もうずいぶんと滞在しているがまったく知らなかった。
「まず僕はどんな『妖精の悪戯』が発生しているのか調べるため、この都市で聞き込みをしたんだけど……驚いたよ。これが本当に多いんだ。たった数日の聞き込みで、まさか十以上もの事件について知れるなんてね。それもすべてがまだ今年の出来事とくる」
「どんな事件があったの!?」
わくわくしたノラが声をあげる。
ディアとメリアも興味深そうだ。
でもってラウくんは……なんだろう、俺をじーっと見つめている。
ほしいお菓子があるのかな?
「ここで事件すべての説明をしては時間がかかるから、僕が最も着目しているものだけ詳しく話そうか。それはね、通称――『ファ○チキ事件』だ」
……?
――ッ!?
「この事件が起きたのは今年の春頃。深夜、この都市に住む人々の頭の中に突如として謎の大声『ファ○チキください!』が響き渡った。謎の大声も不思議だが、好奇心のある者はその『ファ○チキ』に興味を持ったようだ。はたして『ファ○チキ』とはなんなのか? わざわざ都市中の人々の脳内に、大声で訴えるほどのもの。見つけだせば願いが叶うと言いだす者もいて、一時は冒険者などが『ファ○チキ』を探し求めていたそうだが……特に進展はなく、ただ不思議な出来事ということで『妖精の悪戯』にされてしまった」
お、おう……。
「これが『ファ○チキ事件』の概要だ。調べたところ、人々の噂になるような目立つ『妖精の悪戯』が多発するようになったのはこの事件からのようだね。だからこそ最も着目しているんだ」
「それ知ってる! でも私、寝てたから声はわからなかったの! びっくりして起きただけ!」
「わたしもノラちゃんと同じ!」
「私は学園の復習をしていたから声を聞いたわ!」
この都市を巻き込んだ事件だ、そりゃこの場にいるシルとヴィヴィ以外は馴染み深くもあるだろう。
さて……。
どうもマズい流れである。
どうでもいいことだけど、いまさらあのやらかしをバレたくねえ。
つか、この状況ってなんか、探偵が関係者集めて犯人を吊し上げにする場面っぽくないか?
なんかドキドキしてきたんですけど……!
「ヴィヴィさん、もしかして、猫ちゃんの鳴き声にびっくりして泥棒が捕まった、なんて話も事件に含まれていたりする?」
「もちろん。君の家の出来事は『守護猫事件』と呼んでいるよ」
「あれ、私のこと知っていたの?」
「聞き込みに行ったからね。君の母上からは『たまには家に戻ってきなさい』と伝言をもらったよ」
「そ、それは……じゃあ、そのうちに……」
メリアは俺が猫になってから入り浸るどころか、シルさん家に半居候だからな……。
「ヴィヴィちゃん、ほかの事件はどんなの?」
「ほかは巨大な猫の顔が空に出現したという事件や、怖ろしげな馬に乗った死霊王が都市を闊歩する事件、学び舎が馬の化物に襲われたという事件、この都市で発生した謎の爆発、ドワーフたちの不可解な行動、怪しい髪型をした男たちが急に増えた話と、まあ色々あるんだ。ここ最近だと子供たちを攫っていく謎の大猫なんてのもあるね」
なんか心当たりがあるんですけどー。
なんかラウくんだけでなく、シルさんまで俺を見つめてくるんですけどー。
いや、まだだ
まだ慌てるような時間じゃない。
内心冷や汗を掻きつつも、俺は全力で素知らぬ顔をする。
空だ。
心を空にするのだ。
これが人であれば白々しいだけかもしれないが、不幸なことに幸いにも今の俺は猫。
顔色などわかるまい。
いける。
これなら誤魔化せる。
「僕はね、これらの事件を解決しようと思っているんだ」
と、流し目で俺を見てくるヴィヴィ。
こいつ……まさか気づいた?
いや、違う、これはブラフだ。
確証がないからカマをかけてきてるんだ。
そもそも、どの事件も俺がやったってわけじゃない。
最後の大猫はもうどうしようもねえが、べつに悪いことをしてるわけじゃないんだからこれはバレたってかまわない。
それに、ほかの事件にしても俺が直接やった――いや、空にでけえ猫の顔とか、爆発とか、怪しい髪型とかは俺だけど、それ以外は俺が直接やったわけじゃないのだ。
なにもすべての事件で俺が元凶であると認める必要は――
「……ッ!?」
そこで気づいた。
俺は今、首からなにをさげている?
看板だ。
そこには『私が元凶です』の文字が……!
ああ、ああ!
とんでもねえヒントがぶらさがってやがる!
ちくしょう、なんてこった!
俺はこんなもんぶら下げたままおもてなしの準備したり、苦労話に相槌を打っていたのか!
誰だよ、こんなもの用意した奴は!
俺だ!




