第6話 悠々自適な生活(シルの)
シルさん家のお披露目会が無事に終わった翌日。
その日はとても静かな朝となった。
理由はいつも朝っぱらから活動を始めるドワーフたちが、二日酔いで休業したからである。
アホである。
また、やけ酒していたシセリアも二日酔い。
初体験だそうだ。
足の小指ゴッツンコといい、伯爵への陞爵といい、ここ数日は初体験が目白押しである。
「あ、頭が痛い……吐き気も……。ううぅ、これはもしや不治の病では……? 私はもう駄目かもしれません……」
昨日の堂々たる伯爵ぶりとは打って変わって情けない姿。
幸か不幸か、昨日の記憶が一部飛んでいるようで……。
まあいずれエレザあたりが話すだろう。
とりあえず二日酔い伯爵には野菜ジュースを提供しておいた。
△◆▽
それからシルはのほほんと新居で生活を始めた。
居間には居候を許可された俺のほか、森ねこ亭のくつろぎスペースにいたニャンゴリアーズも移住してきてとっ散らかっている。
猫ってやつは、居心地がいい場所にすぐ居着いてしまうものなのだ。
この猫濃度がやたら高い居間で、シルは朝からご機嫌だ。
俺が用意した深紫の作務衣を身につけ、俺が用意した朝食をとり、食後は俺をクッションにしてひと休みをする。
そのあと新居をぐるっと眺めにいって、戻ってくると俺をいじってのんびり過ごす。
昼はやはり俺に昼食を用意させ、ほどほどの酒と共にたいらげたあと俺を抱き枕にしてお昼寝。
夕はゆっくり風呂を堪能し、ほかほかで居間に戻ってきて晩酌。じっくり堪能したあとは俺にもたれかかって寝落ちである。
うん、尋常でない悠々自適ぶりだ。
どういうことなの。
なんで悠々自適の象徴たる猫になった俺よりも悠々自適なの。
釈然としないものの、家主を畳の上に転がしておくのもあれなので、クーニャの手を借りえっちらおっちら寝室まで運び、大しけの海原を思わせる状態のお布団にリリースしてやる。
立派に育てよ。
「ニャスポーン様、さすがに甘やかしすぎではないですか?」
「なうなんなーん(居候の身なのでな)……」
べつに森ねこ亭でもそう苦労はないのだが、餓えたピラニアの群れを思わせるおチビたちの構いっぷりを思うと、まだこっちのほうがマシなのである。
こっちにいれば、ちょっとは遠慮もしてくれるし。
ひとまず人に戻るまでの間、この家が俺の避難場所だ。
であればなるべくシルの機嫌は取っておきたいのである。
しかし――
「シルお姉ちゃん、ニャスポン独り占めはずるい! ニャスポンはみんなのものなの!」
三日ほど経過したところでノラが大爆発。
一緒にいるディアとメリアも、うんうんと頷いてノラを支持する。
これでシルが宴会のときみたいに「こいつは私のものだ!」と宣言したらきっと仁義なきにゃんこ争奪戦が始まったのかもしれないが――
「い、いや、独り占めするつもりはないぞ? こいつが勝手に上がり込んで、居着いてしまったのでな……」
そこそこ素面のシルは日和った。
「じゃあニャスポンはみんなのものでいーい?」
「う、うむ、ニャスポンはみんなのものだ」
そして勝手にみんなのものにされてしまう俺。
ああしかし、考えてみれば猫とは往々にしてそういうもの。
野良であればいつ何時連れ去られ、勝手にその家の子にされちゃうかわからない。猫の人生とは、気ままではあれど、その自由は常に誘拐の危険性と隣り合わせになっているのだ。
こうしてシルから言質を取ったおチビたちは、いそいそと縁側に上がり込み、そのまま居間で転がされていた俺にダイブ。
為すがまま、蹂躙される俺。
ひとしきりもふったあと、おチビたちは俺のお腹をもみもみ。
猫のお腹はこの世の物とは思えないほどのもふぽよ。
猫によっては断固として触らせないものもいるが、俺はどうでもいいので好きにさせる。
さすがに『ω』をこしょこしょされると、新世界を見出してしまうかもしれないので肉球張り手でやめさせるが。
「あ、そうだ! ねえニャスポン、ちょっとお願いがあるの!」
メリアが俺の腹を揉む手をとめると言う。
「えっとね、まず私が仰向けになるでしょう? そうしたら、ニャスポンはその上にのしかかってほしいの!」
いったいなにを言っているんだこの娘は……?
戸惑う俺を置き去りに、メリアはいそいそと畳の上で仰向けに。
そしてわくわくと期待の目を向けてくる。
思えば、魔界から帰ってきてからというものおチビたちは遊び放題。
どんどん知能指数が下がっているような気がする。
一応、課題の方はエレザが見てくれているし、メリアはさらに爺さんから魔導学の指導を受けているようなので、学力的なものは向上しているはずなのだが……精神的な成長が止まっているというか、むしろ退行しているというか……。
まあ固まっていても仕方ない。
ひとまずメリアの望む通り、覆い被さるように香箱座りをしてやる。
結果――
「……ふわぁぁぁぁぁ――――――……!」
俺の胸の辺りから響いてくる、歓喜の悲鳴。
なんか手足をじたばたさせてるけど、これ大丈夫なの?
心配になってほどほどのところでどいてやると、メリアはやや放心気味の上気した顔ではあはあ呼吸を乱していた。
「す、すごかったわ……」
満足してくれたようだ。
しかし、話はこれで終わらない。
「はい! 次は私!」
「じゃあわたしはその次で!」
「……ん!」
おチビたちはチャレンジ精神旺盛。
得てして子供というのはそういうものだろう。
木の幹に空いている小さな穴に指を突っ込んで抜けなくなって泣いたり、なんとなく冷凍庫から出したての金属製製氷器を舐めてみたら舌がくっついてしまって泣いたり、粘土で髪飾りを作ろうと思い立って髪を粘土団子まみれにして取れなくなって泣いたりと、突発的に無謀なことをするものなのだ。
まあこれは危険があるわけでもないので、メリアをチャレンジさせてしまった以上、ほかのおチビたちも平等にもふっと押し潰す。
ノラ、ディア、ラウくんという順番で、さらにペロもチャレンジ。
「もー! ケーはもーこんなもふもふでもー!」
なにやら不服そうではあったが、それなりに堪能できたようで顔は楽しげである。
何気にペロだけはニャスポンではなく、ちゃんと元の俺由来の呼び方をするので俺としてはポイントが高い。
ご褒美に燻製肉をくれてやる。
「ぼ、ぼくはこんなお肉で、うれしいけど、でもちがうんだから!」
ペロはいったいなにと戦っているのだろうか?
ついでにと与えたテペとペルはただただ嬉しそうなのに。
で、最後にテペとペルだが、こいつらにのしかかったらさすがに重かろうと、香箱座りした胸の辺り、両前足で抱き込むように二匹を収納してやる。
「かわいっ!」
「かーわいー!」
「なにこれ可愛らしい……」
これがノラ、ディア、メリアに好評で、三人は競い合うようにスマホで撮影をおこなう。
「ほらほら、ニャスポン見て見て!」
ノラに正面から撮った写真を見せてもらう。
そこにはでっけえ猫の両脇あたりに『えへっ』と口を半開きにした嬉しそうなテペとペルの顔、という構図であった。
確かに、写っている虚無顔のでっけえ猫が俺でなければ可愛いと思う。
そのあと、にゃんこボディプレスチャレンジがさらに一巡繰り返され、満足したところでおチビたちがお出かけしようと提案してくる。
考えてみれば、魔界から戻ってきてずっとこもりきり。
気分転換にいいだろうと了承して、よっこらせと起きあがる。
人であったときの感覚から、二足歩行の方が慣れていたが、シルの家で暮らすようになってからは四足歩行になる機会も多くなった。
いずれはすっかり四足歩行に慣れるのだろうが……そうなるとおチビたちが跨がりたがるからなぁ……。
そんなことを考えながら庭に出ると、ノラがひしっと俺の右前足にしがみついた。
「私こっちー!」
「あ、じゃあわたしはこっち!」
ノラに続き、今度はディアが左前足にしがみつく。
このままの状態でお出かけしようというつもりか。
しかし――
「あ、え、では私は……?」
あぶれたメリア。
あいにく、もう尻尾はラウくんが握っている。
「そんな……いえ、まだ、まだよ、まだ肩車があるわ!」
いやホントどうしてしまったんだこの娘は。
なんとしても俺と触れ合いながらお出かけしたいメリアの拝み倒しにより、ひとまず肩車をチャレンジさせてやる。
もちろん、結果など端っからわかりきっている。
猫は超なで肩、肩車などできはしない。
予想通り、四足歩行になった俺の首に跨がったメリアは、俺が立ち上がると同時、そのままぬるんと下まで滑り落ちることになった。
「も、もう一度お願い!」
「にゃうー(いいけども)……」
諦めきれないメリアに付き合い、さらにチャレンジさせる。
今度は頑張ったが、やはりぬるんと滑り落ちた。
「なんかすごく気持ちいいからもう一回!」
「なごなごなーん(目的が変わってんじゃねえか)!」
おかげで見守っていたおチビたちも興味を持ってしまい、にゃんこボディプレスチャレンジ同様にみんなも挑戦することに。
四つん這いになっては首におチビたちを跨がらせ、立ち上がってぬるんと滑らせてやるという謎の作業。
そんな俺たちを、居間でのんびり酒を飲みながら眺めているシル。
にやにやと、完全に面白がっている。
あいつ、家が完成してからというもの本当に悠々自適だな……!




