第5話 パティスリー伯爵はひと味違う
シセリアの陞爵式後、さらに招待客が集まり居間はよりにぎやかになっていった。
招待された面々は、今日この時ばかりは無礼講と、普段の肩書きなど気にすることなく気さくに挨拶を交わしている。
とはいえ、だ。
守護竜の家というだけではなく、王族がいるわ、魔界のトップはいるわという状況をすんなり受け入れられない者もいるわけで、メリアの親族枠としてやってきたセドリックは必死の微笑みを浮かべつつの挨拶回りである。
一方、グラウ父さんとシディア母さんは無敵なのか、恐縮しつつもわりと普段通りな感じだった。
しかし、そんななごやかな雰囲気のなか、居間には『う゛ぅ~ん、う゛う゛ぅ~ん』という不気味な怪音が聞こえるようになる。
それは準備が整った状況で、なかなか宴が始まらず目の前のお酒に手をつけられないでいるドワーフどもの唸りの合唱であった。
ドワーフどもは、まるで『もう待ちきれないよぉ、早くしてよぉ』と、餌を前に待てをくらった犬のようにぷるぷる震え――って、そんな可愛らしいもんじゃねえな、そのまんま酒が切れたアル中だろう。
「さて、ではそろそろ始めるとするか」
ドワーフどもの邪で真摯な想いが届いたのか、シルがやっとこさ重い腰を上げて移動、自信満々な顔で床の間に立った。
違う、そうじゃない。
そこはそういう場所じゃない。
確かに特別感があるのは認める、でも違うんだ。
このままでは誤った文化が発生してしまうと俺は止めたかったが、シルの顔があまりに誇らしげだったので、とてもその間違いを指摘することはできなかった。
ああ、とっとと壺とか掛け軸とか用意しておけばこんなことには……。
「あー、えーっと、今日は……あれだ、私の家が完成した祝いの場に、こうして――あー、急な誘いに応じてくれてたのもそうだが、とにかく感謝する。うむ、ありがとう」
ぐだぐだであった。
酔っぱらってるのに挨拶なんて始めるから……。
「それから、この家を作ってくれたのは庭にいるドワーフたちだ。立派なものだろう? 馴染みのない建築様式だが、それでもこれが立派なものであるのは、見てもらえばわかると思う。どうだ、これが私の家だ。とくに私が気に入っているのは――」
と、シルさんはドワーフたちの称賛をするかと思いきや、突如として家自慢を始めてしまう。
ヴィグ兄さん、めっちゃ苦笑いしてんぞ、楽しげだけど。
困ったことにシルさんの家自慢はしばらく続きそうで、これはさすがに怠いと感じた俺は仕方なくシルのいる床の間へ。
で――
「ん? なんだ? 構ってほしいのか? 私はいま忙しいというのに……まったく、仕方ない猫だな! ほら、もふもふだ!」
甘んじてシルのもふもふを受け入れつつ、俺はさっと場を見回して頷く。
これは『わかってるよな!』という確認である。
招待客たちも、なにも家自慢を延々と聞きたいわけではあるまい。
というわけで右前足を挙げて――
「んなぁ~ご(乾杯)!」
『乾杯!』
俺の音頭に合わせる招待客たち。
ドワーフどもに至っては絶叫のようであった。
「んお!?」
もふもふに集中し始めていたシルはこの大合唱にびくっとしたあと、俺の企みを理解したようで「悪い猫だ!」とさらにもふもふ。
なにも変わらないな!
△◆▽
この宴会はバイキング形式である。
畳に腰を下ろす日本家屋とはあまり相性が良いとはいえなかったが、幸い、参加者たちはそう気にした様子もなく、異世界の料理や酒を選ぶのに真剣になっている。
この選り取り見取りという状況、おチビたちが大はしゃぎするのは予想できたが、意外だったのは普段なら給仕があれこれ世話を焼いてくれているであろう王様や第一王子も嬉々とした雰囲気でいることだ。
なんでだろなーと呟いたところ――
「普段は毒味された料理を召されているからでは? 効果が遅れて現れることも考慮され時間がおかれますし、そうなると料理はすっかり冷めてしまいます。こうしてまだ温かな食事を、自分で好きなように選んで食べられるというのは貴重な体験なのかと」
「んなーん(なるほど)」
この納得のいく回答をしてくれたクーニャには、特別に肉球をぷにぷにする権利を与えた。
まあクーニャ以外は普段から好きにぷにぷにしてるんだが。
こうして宴会は始まり、概ねの者たちが楽しげではあったのだが……その中で一人、陰気な者もいたりする。
我らがシセリア・パティスリー伯爵である。
原因は言うまでもなく不意打ちの陞爵。
シセリアにはありがた迷惑以外のなにものでもなかったようで、すっかりやさぐれ、現在はエレザに付き添われつつウィスキーボンボンくらいのアルコール度数しかない果実系のカクテルをぐびびーっとやけ酒中である。
今回の陞爵だが、なにも王様の突発的な思いつきで実施されたわけではなかったようだ。
そもそも陞爵自体は少し前から話し合われており、これは森ねこ亭に遊びにくるゴーディンが、せっかくだからとユーゼリア国王にご挨拶へいったのが発端となっている。
ゴーディンから直接シセリアの活躍を聞いたユーゼリア国王は、彼女がユーゼリア王国の騎士であると改めて周知するため、あと周囲の評価に釣り合いをとるためにも陞爵に踏み切った。
この陞爵式をシルさん家でやったのは、ある意味で招かれたついでという面もあるが、その真意はこの家に集った者たちに『シセリアはうちの子だからね! あげないからね!』と周知するためというのが大きい。
さらに言えば、この場に集った者たちを立会人にすることでシセリアにちょっかいをかける者、あるいはかけようとする者に対しての牽制に使う、ということも考慮されているようだ。
考えてみれば、集まったのはなかなか錚々たる面子。
守護竜が二人、魔界のトップと侯爵家、元は大国だったなんとか王国の元国王、その現王子、あと格は落ちるが、神殿の聖女とか、エルフ氏族の次の長なんてのもいる。
これら面子の前で陞爵式をおこない、誰もそれに異議を唱えず終えられた――反対はでなかった、というのが、対外的には大きい、とのことである。
つか、シルの――つまり守護竜の家で陞爵式をおこなった奴なんて、たぶん後にも先にもシセリアだけになるだろう。
それは結構な話題性があるんだろうが……うん、今のシセリアに告げるのは酷だろうな。
△◆▽
宴は進み、参加者たちはほどほど腹が膨れたところでお酒を嗜みつつ談笑に興じるようになった。
居間は穏やかな雰囲気になりつつあったが……これが庭――ドワーフどもとなると、ますますの盛り上がりを見せ、未だ競うように酒をあおっての大騒ぎである。
それはもはや常軌を逸するほど。
なにしろ、一抱えほどの壺に入った酒をぐびびび~っと一気飲みしたかと思うと、その壺を掲げて自分の頭に叩きつけて粉砕しているのだ。
「こいつは効くわい!」
いったいなにが効いているんですかね……?
これが一人の奇行であればまだいいのだが、奴らは揃って同じことをおこない、ゲラゲラ笑いながら喜んでいるのである。
「な、なう~ん(イ、イカれてやがる)……!」
異常行動を見せるドワーフどもに慄いていると、そこでドワーフの一人が俺に酒の入った特大の壺を用意してくれと頼んできた。
不安に思いつつも要望に応じ、庭にいって用意してやると、そのドワーフは「どっこいしょ」とその壺に入る。
そして溢れそうになる酒をずごごご~っと啜って言うのだ。
「これが……これが夢だったんじゃ! こんないい酒で夢が実現するとは、長生きするもんじゃな!」
夢が叶ったのはまあいいとして……その壺に収まっている姿はなんか西太后がでてくる映画を連想させるからちょっと嫌なんだが……。
どうしたものかと眺めていると、周りのドワーフがジョッキをその大壺に突っ込んで酒をすくい、ぐびびーっと飲み干す。
「うん、こいつぁ美味い!」
「いい出汁がでておる!」
いくらなんでもちょっとイカれすぎではないですかね?
さすがにこれはおかしいぞ、と考えたところで俺は気づく。
そうか、ドワーフたちは酔っぱらったのだ。
いつもは酔いが回って気持ちよく騒いでいるだけだが、度数の高い酒を無尽蔵に振る舞った結果、完全な泥酔状態までいったのだ。
前にウォッカを振る舞ったときは一気にダウンだった。しかし今回はそこまでの度数ではないため、たらふく飲んで正気と狂気の境界まで到達してしまったのだ。
ドワーフどもにしても、ここまで酔っぱらった経験はなく、ゆえに自分を制御しきれず滅茶苦茶になっているのだろう。
ああ、きっと今、ドワーフたちの肝臓は、『軽』だからと軽油をぶちこまれた軽自動車のエンジンのようにエキサイティングしているはず……。
俺はもうこれ以上関わらないでおこうと思い、そそくさと居間へ。
ところが縁側にあがったところでシルに捕まった。
「こらっ、ちゃんと足を拭かないで上がる奴はおしおきだぞ!」
後ろからがっちり、裸締めされるように首に腕を回され、そのまま縁側にころんと転がる。
下敷きになろうとシルはおかまいなし、俺にしがみつきっぱなし。
おかげで俺は仰向け、無防備にお腹を曝す始末。
するとそれを見たおチビたちがわーっと集まってきて、俺の下っ腹を重点的にもふもふ。
それを見たヴィグ兄さんとゴーディンも寄ってきてもふもふだ。
「すごいなー、猫のお腹ってこんなにふわふわぽよぽよだったんだね!」
ヴィグ兄さんは俺のお腹に感動。
シルほどではないが、こっちも酔ってるのかな?
「あはは、こんなに楽しい宴会になるなら、マリーも強引に連れてきたほうが良かったかなー!」
マリーというのは……確かシルの妹さんだ。
一応、ヴィグ兄さん経由でこの宴に誘ったようだが、どうも断ってきたらしい。
逆に、ご両親は来たがったもののシルが拒否したようだ。
それはもう断固として。
うーむ、両親と不仲なんて話は聞いたことないのだが……はて?
そんなことを思っていると――
「おらおらー、パティスリー伯爵様のお通りですよ! 者ども、道をあけるがいいです!」
やけ酒を続けていたシセリアがいい感じに酔っぱらって現れた。
たぶん、トイレへ行くのに俺たちが邪魔だったのだろう。
「はわわ、パティスリー伯爵様よ、道をあけなきゃ……!」
これにノラを始めとしたおチビたちが慌ててどき、俺たちもそれに倣う。
「んお? すまんすまん。ほれケイン、そろそろどいてくれ」
「おあーんおうおうー(お前がしがみついていたんだけどね)……」
「おっと、すまんな英雄殿」
「ごめんねー」
俺たちがのそのそどくと、シセリアは「うむ!」と偉そうに頷いて予想通りトイレへと向かう。
のっしのっしと去ってシセリアの背中。
俺の胸に去来したものは、『さすがパティスリー伯爵は違うな』という感銘であった。
トイレへ行くのに道をあけさせた相手の中には、自国の王女はいるわ、魔界のトップはいるわ、守護竜が二体だわと、そこらの伯爵なら泥酔していようと決して無礼な口をきかない相手なのである。
それをパティスリー伯爵は……。
やはりそこらの伯爵とはひと味違う。
なにしろ、エレザですら口元を引きつらせ固まっていたからな。
すげえぞ、パティスリー伯爵。




