第1話 The smallest feline is a masterpiece.
長いことお休みしてしてしまってごめんなさい。
やっと投稿再開なのです。
そしてひとつご報告を。
このたび本作がMFブックス様から書籍化することになりました。
これも応援してくださった皆さまのおかげ。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
まったく猫は最高だぜ!
ヴィンチ村のレオナルドさんは言ったらしい。
まあこれは超意訳でしかなく、本当は『優れたネコ科であり、そして最もコンパクトな猫は傑作だ!』――みたいなことを言いたかったのではあるまいか、と俺は思っている。
レオナルドさんが本当に猫好きであったのか、それとも生物としての完成度に心惹かれただけなのか、そのあたりのことはもはや判断のしようもないが、それでも猫がわちゃっと集まった絵画は現代にも残っていたので、少なくとも猫嫌いというわけではないようだ。
これで有名な『ウィトルウィウス的人体図』を描くついでに人を猫にすりかえた『猫体図』でも描いてくれていたら、もう一発で無類の猫好きと判断できたのだが……。
まあともかく、ご高名なレオナルドさんがそう言ったらしいというわけで、これは猫好きにとってはありがたい至言(?)となっている。
しかしながら、いくら猫が最高であろうと、本気で猫そのものになってしまいたいと思う者など……っているわ。
普通に知り合いで、森ねこ亭に入り浸ってたわ。
ま、まあ、ごくまれにそういう奴もいるようだが、ほとんどの人は猫になってしまいたいなんて願わないものだろう。
俺もまたその『ほとんど』の内の一人だったわけだが……いったい如何なる運命の悪戯か、俺の姿は猫へと転じてしまった。
わけがわからない。
いや、不思議な力によってシャカと合体した。これはわかるが、それでどうしてまるまる猫になってしまったのかがわからないのだ。
普通、こういう場合って、俺の姿をベースに猫型の獣人になるのがセオリーってもんじゃないのか?
頭に猫耳がぴょこん、お尻に尻尾がにょきっと生えて、『なんだこれ!?』って驚くものだろう?
なのになんで猫そのまんまになってんの?
おかしくない?
ねえこれおかしくない?
納得のゆかぬ現実を不服とした俺は、せめてこの戸惑いをみんなに共感してもらい、それをもって己への慰めとしようとした。
しかし、である。
「え? ニャスポンはニャスポンでしょ?」
はて、なぜノラは不思議そうな顔をするのであろうか?
ディアやメリアも、ニャスポンは人の姿になる必要がないとか、そのままが良いと言ってくるのだが……もしかして、俺の言いたいことがうまく伝わってない?
一瞬、クーニャの翻訳を疑ってみたが、聞いた感じ、多少のアレンジはあれど、俺の言ったことをちゃんと伝えていた。
であれば、問題があるのはそれを聞いて答えてきたおチビたちということになる。
まさか、すでに『ケイン』をなかったものにしているわけでもあるまいに……。
いや、だが魔界の騒動後、森ねこ亭に帰還したあとのことを思えばその可能性もあるのか?
あの時、でけえ猫となった俺を迎えた宿屋夫妻――グラウ父さんとシディア母さんは唖然としたものの、すぐに『おや?』という顔になって尋ねてきた。
「んー? ケインくん……だよね? いったいどうしちゃったの?」
「まあまあ、すっかりもふもふになって」
「にゃうにゃー(マジかよあんたら)……」
受け入れるのが早すぎ、これには俺の方がびっくりした。
どうやら俺の姿がなく、代わりにでっかい猫が現れ、おまけに娘たちがひしっとしがみついていたから、たぶん俺なんだろう、俺なら猫にくらいなるだろう、くらいの感覚で受け入れたらしい。
これは二人が俺をファンタジーの化身と誤解しているのが判明した瞬間でもあったが……まあそれはよしとしよう。
問題はそのあとだ。
「おとーさん、違う! この子はニャスポン! ニャスポンなの!」
「……ポンポン、ポン!」
いらぬ訂正をしたのはディアで、ラウくんは『えいえいおー!』みたいな感じでぎゅっと固めた拳を掲げる。
ニャスポンではなくニャスポーンなんですけどね……。
何度クーニャに訂正させても、おチビたちは頑なに俺をニャスポンと呼ぶ。
はたして、そこまで『ポーン』と『ポン』にこだわる必要はあるのだろうか?
おチビたちの言い分としては、『ニャスポーン』ではなくて『ニャスポン』って感じだから、ということらしい。
完全にただの好みである。
ともかく、この出来事で注目すべきはディアが『ケインではなくニャスポン』と主張したことであり、どうやらそれはおチビたちの共通認識であるという点だ。
これまでわりと面倒をみてやっていたと思うのだが……こうもすんなりニャスポンに鞍替えされるとさすがに寂しさを覚える。
いやまあどっちも俺なんだけども。
結局、俺はそんな経緯のあるおチビたちからは同意を得ることをあきらめ、それ以外の面子に尋ねて回ることにした。
「ニャスポーン様のその姿は至高でありますから」
お供としてついてくるクーニャは尋ねるだけ無駄だった。
「お前に猫耳と尻尾? うーん、今の姿とどちらがいいと尋ねられたら、今の方がいいかもしれんな。正直、猫耳と尻尾を生やしたお前となると釈然としないものを感じ、ついイラッとしてしまいそうな気がする。だが、その姿だともう可愛いしかない。どれ、せっかくきたのだから撫でてやろう。ふもふも、もふもふ」
シル、まさかの裏切り。
いや、これはきっと完成間近の家のことで頭がいっぱいで、つい心にもないことを言ってしまったのだろう。そうだろう。
で、次だ。
「私はケインさんの姿とか気にしている場合じゃないんですよ! あの鎧が部屋に居座っていて、おまけに無駄にお喋りなせいで私は気の休まる時がないんです! 安らぎは、私の安らぎはどこに!?」
「大丈夫、大丈夫ですよシセリアさん。あの鎧がきたら私が追い払いますから。安らぎはここにありますよ」
シセリアはスプリガンにつきまとわれるせいで少々ノイローゼ気味になっており、満足そうな顔をしたエレザに慰められていた。
つか、エレザはその問題の鎧をシセリアに譲渡したようなもんだろうに……。
なんだか闇が深そうで俺は恐くなり、せめてもの施しとして肉球が可愛らしい猫の手型クッキーをたくさん贈って撤退。
よもやでけえ猫に転じてしまった俺よりも、精神的に追い詰められている者がいようとは……。
どうも空振りが続き、もしかして俺に同意してくれる奴はいないんじゃないかと心配になってきたが、一応、アイルにも意見を聞きに『鳥家族』へと赴く。
のこのこ店内に入っていったところ、まだ今の俺を見たことなかったお食事中のドワーフたちが砲弾みたいに口からカラアゲを発射するわ、空を飛べそうな勢いで鼻からビールを噴出するわと大変な混乱が起きたが、まあそれはどうでもいい話だ。
「あー、わかるぜ、師匠の気持ち。オレだって鳥になっちまったら困るからな。背中に翼が生えるとかそれくらいなら平気だけど、鳥そのままの姿になっちまうんじゃ、さすがに料理なんてできねえ」
微妙に俺の考えが伝わっていないような気がするも、これが初めての同意だ、そこのところを加味して大切に受け止めたい。
その後、俺は髪が伸びてきてそろそろただのアフロからブロッコリーに変異しつつあるアフロ王子のヘイルに、いずれと計画している『鳥家族』のマスコットを『アイル』から『ニャスポーンに跨がった状態のアイル』に変更してはどうかと提案されたが、これは謹んで辞退した。
確かに、俺に跨がるアイルという状態は『鳥家族』の実状を的確に表現したものであるが、きっと俺はそれを目にするたび二重にイラッとすることになるからである。
こうして、一人の同意者を得たことで俺の旅は終わったが、最後に邪悪な感じに成長(?)したトロイに跨がり、学園でのお勤めから戻ってきたヴォル爺さんに話をしてみた。
「はんっ、お主が『おかしさ』の是非を問うか」
鼻で笑われてしまった。
ふむ、どうやら爺さんは猫がお嫌いなようだ。




