第36話 森ねこ亭には猫がいる
11月、12月が忙しくなるのはわかっていたのですが、想定以上に調子が狂って更新頻度が落ちております。
状況は仕事しながら仕事するというか、メンテがあけたらメンテが始まるというか……。
しばらくは不定期更新になってしまいます。
すみません。
魔界の騒動が終わり、ようやくゆっくりできるようになった。
ふり返ってみると、迷子の子犬を親元へ返しにいくだけの話が、よくもまあここまでこじれたものだと感心するばかりである。
あと、俺は悪くない。
森ねこ亭への帰還後、ようやく魔界のあれこれに煩わされることがなくなったシルは、お隣に建築中の自宅をずっと見守っている。
現在は内装工事からの仕上げの段階。
シルはあっちこっちで作業するドワーフたちに声をかけられ、このまま完成させていいかのチェックを求められるのでちょっと忙しい。
とはいえ面倒そうな素振りは見せず、むしろにこにことご機嫌な様子だ。
「完成した暁には庭で宴会をおこなうからな! どんな酒でも飲み放題だ! 気合いを入れて頑張ってくれ!」
『おおぉぉぉ――――う!』
シルに鼓舞され、ドワーフたちもご機嫌。
ところで酒の飲み放題なんて約束をした覚えはないが……まあシルが上機嫌なのはよいことだ、ここはせっせとお酒を提供するマシーンになることを甘んじて受け入れることにする。
このように、お隣は忙しないものの和気藹々とした雰囲気だったが、これがもう一方のお隣である『鳥家族』ではちょっと様子が違った。
「魔界中に出店許可を取ってこいなどと誰が言った!?」
癇癪を起こしているのは『鳥家族』の経営から事業計画までを丸投げされているアフロ王子ことヘイルである。
「できるか! できるかこんなもの! まだ聖地での仮営業しかしていなかっただろうが! 物事には段取りというものが必要なのだ! 目標を大きく持つのはまあいい! だができるかどうかわからないことを約束してくるのはやめろ!」
猛烈な勢いでアイルを怒鳴りつけるヘイルは、なんだか爺さんっぽくてやっぱり子孫なんだな、と妙な納得をしてしまう。
「今すぐ魔界へいって各国の王や諸侯に『無理でしたごめんなさい』って謝ってこい!」
「はあ!? やってみなくちゃわかんねえだろ!?」
「ピヨ!」
「まずやれないと言っているのだ、俺は!」
「ピョピョッ! ピヨヨォーッ!」
「ほら、グロールもあきらめんなつってんだろ!?」
「知るか! 丸揚げにするぞこのヒヨコめがっ!」
聖地の店舗はまあいい。
魔界各国の王都への出店もまだなんとか許せる。
だが諸侯の領都は無理、絶対無理とヘイルは断言する。
「しゃーねーなー、じゃあひとまず聖地と各国の王都だけか」
「気楽に言うが、それも大変なのだぞ!?」
「大丈夫だって、師匠がなんとかしてくれっから」
「その、奴に頼ってばかりでは後々困ったことになると、いったい何度説明したら貴様は理解するのだ!? 奴が供給をやめた途端に崩壊するような状況なのだぞ!? その崩壊をまぬがれるための生産についてはまだ計画段階で、始まったとしても一年や二年で成果が出るようなものでもないのだ!」
「それはわかるけど、ちょっと心配しすぎじゃね? 師匠はそこんとこ律儀だからさ。たぶんなんだかんだで姐さんと同じくらいは長生きするだろうから、百年二百年はきっといけるぜ?」
「だ・か・ら、頼りすぎだと! 貴様は楽観しすぎだ!」
アイルが世紀単位で俺を扱き使うつもりでいたことが判明した瞬間であった。
長命種のブラック社長はスケールが違う。
まさか俺の安寧が、ヘイルに託されるようになるとは思ってもみなかった。
「これ、お主ら、怒鳴り合うだけではなにも解決せんぞ?」
やがて二人の啀み合いを見かねたか、爺さんが割って入って話をまとめる。
魔界全土への出店は追々、ひとまず聖地の出店、その後に魔界各国の王都へ出店する計画を進めるよう告げ、ここで価格についてのうんぬんをヘイルが指摘すると、そこはまだ計画段階の生産が軌道に乗った場合、どれくらいの価格で提供できるかを予想し、うまく擦り合わせができる金額にしろと、ちょっとした予知レベルの無茶振りをしていた。
「魔界は聖地という手つかずの農耕地を手に入れ、各国がまとまり憂いもなくなったことからしばらくは景気がよくなる。そういったことも考慮して考えるとよいじゃろうな」
「うごごご……」
「まあそう深刻に悩むでない。気楽にいけ。しくじってもその皺寄せはこの事業を放置しておるケインにいくだけじゃしの」
「なるほど……」
いや、そこで納得されても俺が困るのだが……。
しかしだからと、口出しにいけば話に巻き込まれて面倒を押しつけられるだけなのでそれもできない。
なにもかも上手くいく可能性だってあるのだ。
ここは大人しく、すべてをヘイルに委ねるべきなのだろう。
ヘイル、頑張れ、超頑張れ。
お前の戦いはこれからだ……!
△◆▽
両隣が忙しない一方で、挟まれている森ねこ亭はまだ穏やかなものだ。
ただし、にぎやかさという点では、両隣とそう変わらないのかもしれない。
森ねこ亭における、にぎやかさの要因は四つほどある。
まず要因その一――おチビたち。
お別れになるはずだったペロは幼女になって残留となり、では子犬がいなくなったかと言えば、むしろテペとペルという二匹(二人?)が増えたとくる、にぎやかにならないはずがない。
おチビたちは日中みんなで遊び回って、夜になるとペロ、テペ、ペルはにゃんこ門で自宅に帰り、また翌日の朝になるとやってくる。
帰らずに宿に泊まることもあるし、逆にこっちのおチビたちがお泊まりにいくことも。
森ねこ亭においては、すっかり魔界は身近なものになっていた。
ペロが帰るとき、ラウくんがテペとペルにずりずり引きずられて攫われそうになることも、そう大した問題ではないほどに。
そして要因その二は、その身近になったことを幸いと、魔界側からほぼ毎日やってくるゴーディンだ。
律儀にその後の状況を報告に来てくれているのだが、その報告が必ずニャンゴリアーズと戯れつつなので、どっちが本命でどっちがおまけなのかいまいち判断がつかなかったりする。
ひとまず報告を聞くかぎり、聖地の整備は順調で心配はなさそうだ。
変わったこととしては、ニャニャの力によって『わん殺団』が滅んだあと、魔界各地に転移門で猫が出没するようになったことがある。
この猫たちは『わん殺団』に囚われていた猫たちの救出、それと教義に染まりきっていない者や洗脳前の子供の保護などの活動をおこなっているようだ。
ニャニャが言っていた、『こまごましたこと』とは、このことであったらしい。
「それから兄者、あのときの猫たちは聖地で飼われることに決まったぞ」
ゴーディンの言う、『あのときの猫たち』とは、『わん殺団』が決起したときに連れてこられていた猫たちのこと。
猫たちは、あの場に居合わせたということで特別視され、どこで引き取るかでちょっと揉めた。
いったんは各国の王がそれぞれ引き取って飼うという話でまとまりそうだったが、ゴーディンがこの聖地で育てるのが筋というものだろうとごねたため、話がややこしくなったのだ。
「文句があるならかかってこい! 全員でも俺は一向にかまわん!」
そう宣言したゴーディンはまるきり暴君である。
さすがに横暴ということで話し合いが続けられ、今回、猫たちは聖地で飼育され、子供が産まれたら各国で引き取って育てるという話にまとまったとかなんとか。
いずれはその猫の子孫が魔界のあちこちで飼われるようになるのかもしれない。
でもって要因その三はシセリアとスプリガン。
シセリアとしては決死のクーリングオフをしたいようだが、前の所有者であったエレザも、そしてそのものであるスプリガンも頑としてそれを認めなかった。
これに業を煮やした結果、シセリアはついに行動にでた。
「ぐへへへ、やりました、やってやりましたよ……! あのうるさい鎧を湖に沈めてきてやりました……!」
朝食後、荷車にスプリガンを乗せてお出かけしていったシセリアはずぶ濡れながらも清々しい笑顔を浮かべながら帰ってきた。
聞けば、わざわざ小舟を借りて自然公園の湖に投棄したらしく、その際、うっかり小舟をひっくり返して溺れかけたらしい。
なるほど、どうやらあの湖には、投棄したゴミを金製とか銀製の代物に交換してくれる女神はいないようだ。
もしいれば、ここには金の鎧なり銀の鎧なり、または『きれいなシセリア』が帰ってくるなりしていたのだろう。
今回の騒動で魔界の英雄となったシセリアだったが、面倒な鎧に取り憑かれてしまったこと以外はそう気にしている様子はなかった。
像が建つばかりか、その勇気と献身を讃えられ『魔界騎士』なんてシセリアのための称号を贈られたにもかかわらず、そうヤケ食いをすることもなく平然としているのは、いよいよ精神の抵抗値が崩壊してしまっているのではないか、そう思ったのだが――
「魔界の話ですからね、ぶっちゃけ汎界で暮らしている私にはそう関係ないと思うんですよ!」
などと、身の丈に合わぬ称賛や地位を与えられることに慣れたわけでもあきらめたわけでもない、シセリア特有の妙な割り切りをして己の精神の安定を図っていることが判明した。
もうあきらめて受け入れた方がいいような気もするが……。
このあたりは、今回のことで神殿における権威が勝手に高まってしまったクーニャは割り切りがよく、そしてたくましい。
ここ数日、俺に付きっきりになっているクーニャは、ニャニャに会い、さらに踏まれたということで、これまでの祭儀官から特殊な役職である『聖女』に認定されることになるようで、ちょっと自慢げなのだ。
でっかい黒猫に踏んづけられて、妙なうめき声をあげていただけで『聖女』である。
これに比べたら、まだシセリアは働いた方だろう。
「では私は部屋に戻ってちょっと着替えてきます! それからおやつにしましょう!」
晴れやかなシセリアはそう言って自室へ。
それを見送ったあと、俺はちょっとエレザにシセリアの考え方について確認をとってみた。
「魔界が統一されたとなれば、汎界の国々は犬狼帝たるゴーディン様のもとに大使を派遣することになるでしょう。そこでこの度の顛末を聞けば、必ずシセリアさんの話はでるでしょうね」
結果、シセリアの知らないうちに、汎界の国々は『ユーゼリア王国にシセリアあり』と認識するようになる、と。
「いずれ私に並んでもらうつもりでしたが、こと名声においてはあっさり追い抜かれてしまいました。今後もなにかあるでしょうから……これはもう一生追いつけないかもしれませんね」
そう言うエレザはちょっと嬉しそうである。
と、その時だ。
「……ぎぃやぁぁぁ――――ッ……!」
天井越しにシセリアの悲鳴が。
「……な、なんで!? なんで戻ってるんですぅぅぅ……!?」
『……ふはははっ! 我からは逃げられない……!』
部屋に戻ったシセリアはスプリガンに出迎えられたらしい。
捨てても戻ってくる人形ならぬ鎧であった。
「……ちゃんと湖のど真ん中に捨てたのにぃぃぃ……!」
『……いかんぞシセリアよ、我を捨てるなどとんでもない……!』
「……ひぃぃぃ……!」
ここ数日で、シセリアとスプリガンはすっかり仲良しだ。
「湖に捨てる程度でスプリガンをどうにかできると思っているなんて……シセリアさんは可愛らしいですね」
天井を見つめつつ、エレザはふふっと微笑む。
シセリアがどうにかしないといけないのは、喋る鎧よりもまずこっちなのだろうな……。
そんなことを思っていると――
「ニャスポン! 一緒に遊ぼ!」
突撃してきたのはノラで、さらにほかのおチビたちもわーっと現れては俺にしがみつき、まだ飽きないのか懸命にもふり、顔をぐりぐり押しつけてくる。
そう、森ねこ亭がにぎやかな要因、その四はこれだ。
あの日以降、俺はずっと猫のままなのである。
「なうなうのぁーんおうおぅ……(俺いつになったら人に戻れんのこれ……)」
悠々自適の象徴を猫と定めたのは確か。
しかし、なにも俺は猫そのものになりたいわけではなかった。
なかったというのに……。




