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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第4章 犬も歩けば
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第35話 ニャスポンに飛びつこう

 よし、歌おう――。

 そう俺は思った。

 ここで「にゃお~ん!」と猛々しく咆吼して人々を正気に返すのも一つの手。

 しかし、なにぶん説教を待つこの身、ここはなるべく穏やかな気持ちで我に返るようにしてやればシルや爺さんだってにっこり、ワンチャン助かるのではないかと俺は考えたのだ。


 心がなごむ曲として、俺が選んだのはイタリアの童謡『黒い猫がほしかった』。

 日本ではカバー曲の『黒ネコのタンゴ』が有名(?)だろう。

 ただし歌詞の内容はまったく違っていたりする。

 原曲の方は要約すると『俺は白いネコじゃなくて黒いネコが欲しいつってんだよこのボケがぁ!』といった感じだ。


「にゃにゃにゃにゃにゃにゃっ。んにゃごろんにゃろ、う゛にゃんおあにょえ――」


 そして始まった俺のにゃんにゃんリサイタル。

 静寂の中、響き渡る我が美声。


『???』


 なんか歌い出した……?

 そう皆が顔を上げるも、歌う俺を確認したところで状況を理解できるわけもなく、困惑は波紋のように広がっていく。

 そして――


「にゃにゃごにゃっと、にゃーお、にゃごーろっと、んにゃんお、にゃにゃごにゃごなーごっ……にゃにゃごにゃうにゃおにょぇぇぇ――――にゃにゃにゃにゃにゃにゃっ」


 俺は歌いきった。

 見事歌いきり、この偉業を知らしめるように万歳。


 しかしながら、あいにくと反応はいまいちだ。

 誰もがぽかーんとするばかりで俺を讃えるような声はどこからもあがらず、なにも褒められようと歌ったわけではないがそれはそれで少し寂しくある。

 が、その時だ。


「ニャスポンすごい、お歌が歌えるのね!」


 そう声を上げたのはノラで、立ち上がってぺちぺち拍手を始め、すぐにおチビたちも拍手を始める。

 するとつられるようにして、周りの子供たちも跪くのをやめて拍手を始め、やがて大人たちも『えっ、これ拍手するもんなの……?』と互いに顔を見合わせながら戸惑いつつも拍手を送ってくる。


 遅れて訪れた万雷の拍手のなか、すててっとおチビたちが駆け寄ってきて、まずはノラがぴょーんとジャンプ。

 空中でいっぱいに腕を広げ、足はしゃがむように――それは今まさに天空より飛来し、獲物を鷲掴みにせんとする猛禽のようであった。

 そして俺にがしっとしがみつく。

 さらに駆け寄ってきたおチビたちも飛びついてきて、それを見た子供たちもこっちにやってきてどんどん俺に飛びついた。


「にゃ、にゃにゃ、にょうにゃうにょわわーん!(ま、待て、俺は江戸村に生息するチョンマゲ猫ではないんだ!)」


 叫んでみたが通じるわけもなく、俺は揉みくちゃにされてしまった。



    △◆▽



 俺のにゃんにゃんリサイタルによって会場の人々は我に返った。

 今ではニャニャ降臨の奇跡を目の当たりにしただのなんだの興奮気味である。


 そんな状況のなか、危機は去ったとようやくスプリガンから解放されたシセリアが、ほっとしたのもつかの間、わらわらと子供たちにたかられ、さらには大人たちまで集まって、今は天高く打ち上げられるような胴上げをされていた。


「ぎょわぁぁぁ! 高い、これは高すぎますぅ――――――!?」


 そんな元気な悲鳴を聞きつつ……俺はシルと爺さんに説教を受けることになった。

 残念ながら、俺の美声は二人の怒りを収めるまでには至らなかったようだ。


「まずは正座だな」


「にゃうにょうわーん……」


「なんだって?」


「その座り方はちょっと無理だと」


 クーニャの通訳を聞き、シルはやれやれとため息をつく。


「仕方ない。では座った体勢であればいい」


「にゃ!」


 ならばと俺は背もたれになる土壁を生やし、そこにもたれ掛かるようにして後ろ足を投げだしての猫背で座り込む。

 はたから見れば、それは疲れ果てたおっさんのような姿……。


「とても説教を受ける者の態度ではないな!」


「にゃ!?」


 怒られた。

 やれと言われたからやったのに……解せぬ。


 仕方ないので体勢を変え、猫らしくちょこんとお座りすることに。

 下半身はどっしり地面に据え、頭と上半身の重みはきっちり揃えた前足に支えられるこの座り方はなかなか理に適っている。


 こうして説教は始められたが……最初こそ勢いはあったものの、次第にシルと爺さんはやりにくそうな顔になっていった。

 まあ見た目が猫だからな。

 たとえ俺であるとわかっていても、視覚的な印象は拭い去れるものではなく、猫相手になにやっているんだろうという気になってくるようだ。

 あと、クーニャを介さないと俺がなにを言っているかわからないのも調子を狂わせ、さらに近くで俺のもふもふがお預けになったノラ、ディア、ラウくん、ペロ、そして写真を撮りまくっているメリア、それから尻尾にじゃれつきたいテペとペルがそわそわしっぱなしでいるのも気になるらしい。

 それでもシルと爺さんは説教を続けたが――


「シルお姉ちゃん、ヴォルお爺ちゃん、そんなにニャスポンを叱らないであげてほしいの」


 途中で我慢しきれなくなったのか、ノラが俺にひしっと抱きつきながら庇ってきた。


「あの、あの、ニャスポンは自分にできることをしようって、がんばったと思うんです」


 さらにディアがひしっと。


「……ポン」


 ラウくんはとくに弁護をするでもなくしがみついてきた。

 つか、ニャスポンではないのだが。

 ニャスポーンなのだが。

 そもそもが間抜けなのに、伸ばすのをやめるとより情けない感じになるというどうでもいい発見をしてしまった。


 しかしなんでおチビたちはスマホがスマホーで、ニャスポーンはニャスポンになるのか?

 少しでも面白くさせたいお年頃なの?

 ラウくんに至っては『ポン』であり、もはや面白い面白くないを超越し、名前かどうかもわからなくなっているではないか。


「あーすごい、これすごい、お父さまにお願いしたらニャスポンなんとかならないかしら……」


「むー、このもふもふはずるい、ラウーがまた猫にとられた……」


「わふわふ!」


「あおぉーん!」


 さらにメリアとペロがしがみつき、テペとペルは俺の尻尾で勝手に遊びだす始末。

 おチビたちが俺の毛並みにうっとりしながら頬ずりする様子を眺めることになったシルと爺さんは、さすがにこれはどうにもならないといった諦めの表情になってくる。

 するとここで、様子を窺っていたゴーディンが口を開いた。


「姉者、老師、ひとまず兄者への説教はこれくらいにしてもらえないだろうか? 式典の再開が、兄者の説教終了待ちというのもな……」


「はあ、上手くことが運んだから良し、ですませていてはよくないのだが……仕方ない。ここまでにしておこうか」


「見てくれが猫じゃしのう。いつも以上に話をちゃんと聞いておるのかどうかわからんので、いまいち張り合いもないしの」


 このゴーディンの取り成しにより、説教は中断、俺は救われることになったのだった。



    △◆▽



 式典は事前に段取りが決められていたが、すべてすっとばされてゴーディンがちょっと話をしてそのまま宴会に雪崩れ込んだ。


 やっつけすぎだと思うものの、なにしろ状況が状況だ。

 わんわんたちは我に返り、自分たちの身に起きたことをちゃんと認識できるようになったことで、今は興奮が湧き上がってきた状態。

 ここでじっくり式典を継続するのは、餌の前でよだれを垂らす犬にずっと『待て』を強要するようなもの。

 ゴーディンは良い判断をしたと思う。


 式典終了後、会場はすみやかに『鳥家族』の青空宴会場へと様変わりし、アイルと手下になったわんわん料理人たちがせっせと鳥料理を作って提供する。


「っしゃー! 食えよぉ、どんどん食え、腹一杯になるまで! あと『鳥家族』をよろしくな!」


 状況が二転三転と色々あったが、やはりニャニャとの邂逅が一番度肝を抜かれた事件であったらしく、心の弛緩が抜けたわんわんたちは精神的な揺り戻もあるのだろう、興奮を吐き出したい、語り合いたくてたまらないといった様子で食べて飲んで大いにはしゃいでいた。


「今日という日は魔界最良の日であるに違いない! 乾杯!」


『乾杯!』


 なにかにつけて叫んでは乾杯を繰り返して酒をあおる。

 まるでドワーフどものようであるが、これだけの出来事があっての大騒ぎが、普段のドワーフどもの騒ぎと同程度であるという事実は俺にとってちょっとした衝撃だった。


 宴会は用意されたテーブルごと、適当に形成されたグループでまとまっており、俺たちはゴーディンを始めとした王様たちの集まりに混じっている。


「ケイン、まったくお前は。ちょっと目を離した隙にとんでもないことをして。それになんだこのもふもふは。もふもふじゃないか。冬場とか抱きしめて寝たらすごく気持ちよさそうじゃないか」


 ニャニャとの邂逅、さらに褒めてもらったというめでたき日。

 これはもう特別、飲まねばならんということでシルはお酒を解禁。これまでの渇きを癒すようにお酒を飲み、実に楽しげに俺をもふもふしてくる。

 もはや俺のもふもふをツマミに酒を飲んでいるようなもの、さっきまでお説教していた人物とは思えない陽気さである。

 もちろんおチビたちも飽きずにもふもふしてくるし、テペとペルはぶるんぶるん振ってやる尻尾に果敢にじゃれついてくる。


 そんな苦労する俺の一方で、子供たちを放置してルデラ母さん、ヴィリセア母さん、ディライン父さんは楽しそうに談話。


 ちょっと離れたところでは、エレザが引き継ぎについて小鬼モードになったスプリガンと話をしている。


『シセリアは鍛えすぎない方がよい! 今が絶妙なのだ!』


「なるほど、では訓練は少し控えめにすべきですか」


 勝手に自分の今後が決められていたが、シセリアは子供たち勧誘合戦の渦中にあるのでまったく気づいていない。


 とまあこのように、どのテーブルもにぎやかなものだったが、一つだけ静かなところもあって――


「その時、猫と化したケイン様の祈りが天に通じたのです。空はその様相を変え、歪み、この異変に誰もが……」


 そこには鬼気迫る様子で先ほどまでの出来事を記録し続けるクーニャがおり――


「混沌か……。儂の頑張りなんぞ意味ないんじゃなぁ……」


「いやいや、そんなことはありませんよ」


 しょんぼり黄昏れている爺さんと、それを慰めるトロイがいる。

 爺さんとしては、ベインをマークしたのはよかったが、結果としてはしてやられたことを悔やんでいるようだった。

 だがそれは仕方ないと思う。

 さすがに魔界に入れないはずの『わん殺団』が魔界が始まってからずっと暗躍していたなんて想像できないだろうからな……。


 本来であれば、浮かれている王様たちもあっちの爺さんに交じって反省会でもするところなのだろうが、今はとにかく祝いたいのもわかるので責める気にはなれない。


「猫になりたいがため犬狼帝を目指していると知ったときには、魔界はどうなるのかと危惧したものだが、結果としては正解であったのだな!」


 終わり良ければすべて良しなのか、ゴーディンが犬狼帝を目指してよかったみたいな話にまでなっている。

 ニャニャが認めたんだから、けなすわけにはいかないのだろうが、そんな仕方なしではなく本当に笑顔で祝っているようだ。


「なに、すべては兄者のおかげよ。兄者がいなければどうなっていたか……。そこで思ったのだが、どうだろう、この地に兄者の像を建てるというのは」


 ゴーディンは妙なことを言いだしたが、王様たちばかりでなく、聞いていた周りの連中も賛成と叫んではあちこちで乾杯。


「ではニャルラニャテップ様の像も必要だろう!」


「うむ、そうだ、必要だ! 乾杯!」


『乾杯!』


 もう乾杯できればなんでもいいんだろうか。

 さらには――


「シセリア嬢の像も必要ではないか? あの鎧を身につけ、馬に乗った猛々しい姿の像が!」


「おお! なるほど、それは必要だ! 乾杯!」


『乾杯!』


「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁ――――――ッ!」


 さすがにこれは聞こえたか、自分をもみくちゃにしていた子供たちをかき分けてシセリアが突撃してくる。


「私の像を建てるとか、やめてほしいのですが! みなさん、よく思い出してみてください! 私はとくになにもしていなかったでしょう!? やったのはあの邪悪な感じの鎧ですから! どうしても像を建てるなら、私を抜きにしてあの鎧だけでお願いします!」


 確かに、状況を変えたのはスプリガンで、シセリアは振り回されていただけだ。


「私はぜんぜん大したことないんです! 本当なんです! か弱い小娘の像がこの場所に建つとかおかしいでしょう!? お願いしますよ! 冷静に考えてみてください! お酒なんかに負けないで!」


 シセリアは必死だった。

 魔界の歴史において、その誕生に次いで重要視されるであろう今回の出来事、その記録に燦然と自分の名が残ってしまう事態を回避しようと、そして物理的な痕跡がこの地に建てられてしまうのを防ごうと。

 しかし――


「シセリア嬢がそう強くないことはわかっている! だが、それでも子供たちを守ろうと咄嗟に前に出た! その行動が尊いのだ!」


「その通りよ! これは像の一つや二つ建てるべきであろう! なんなら各国、各領に建ててもいいくらいだ!」


「がははは! そうだそうだ! 我が子を守ってくれた女傑の像、俺は建てるぞ!」


「ほう、ならばうちも建てようか!」


「おーおー、ならば我が領でも建てねばならんな! シセリア嬢に乾杯!」


『乾杯!』


「なんでぇぇぇ――――――ッ!?」


 気の毒になるほどのやぶ蛇。

 これはもう蛇どころか竜が出てきたレベルであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ……? 歌った意味は? [一言] 子供の時ぶりに黒猫のダンゴ聞いたらなんかよかった
[良い点] >それは疲れ果てたおっさんのような姿……。 そういえば某にゃ〇まげもおっさん体系 すなわちオッサンは猫 [一言] シセリア像も動かさないと(義務感)
[気になる点] シセリア嬢みたいな女傑の像、家にも建てるか検討すべきなのかな。でも、場所とかどうしようか…。 ケインさん、どうでしょうか。 [一言] 猫に説教、猫に小判!
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