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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第4章 犬も歩けば
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第33話 魔界救世主伝説

投稿間隔が乱れてしまっていてすみません。


『虐げられし者たちよ!』


 まず名乗りを上げた鎧――スプリガンは、次に謎のポーズを決めながらわんわんたちに呼びかけた。

 するとそれに呼応し、纏う瘴気が(ふいご)で風を送られた炎のようにぼわっと膨れる。


『我が顕現したらからには!』


 ぼわっと。


『もうなにも案ずることはない!』


 最後にとっておき(たぶん)の決めポーズを披露するスプリガン。

 瘴気がごばぁっと天を舐めるように噴き上がった。


 元気いっぱいで実に楽しそうだ。

 で、その一方――


「なんです、なんなんですこれ!? 体が動かないっていうか、勝手に動くんですが! 呪われてんじゃないですかこの鎧!」


 スプリガンを装着したシセリアは大騒ぎ。

 まあそれはそれで元気いっぱい、楽しそうではあるのだが。


「ぬがぁぁッ! なんだッ! 今度はなんだというのだッ!」


 また舞台のベインもシセリアに負けじと、癇癪を起こしたように悲鳴めいた怒声を吐いている。


 俺の猫化に続き、シセリアの禍々しい鎧姿への変身。

 場を制圧したと確信してからの混沌だ。

 そら取り乱しもするだろう。

 しかし、隣りにいる爺さんは違った。


「うっそじゃろぉ……!?」


 と、どうも『あれ』がなにか知っているような反応である。


「ほう! 陛下はあれをご存知でしたか! 教えていただいても?」


「あれは……」


 爺さん、なにか言いたげな顔――人をコケにしておいて、なにぬけぬけと尋ねてきとんじゃこいつ、とか思ってそうだったが、渋々といった感じで口を開く。


「あれは妖精たちの怨念の塊じゃよ」


「妖精ですと……?」


「貴様も聞いたことくらいあるじゃろう。大昔、妖精たちの悪戯ときたらそれはひどいもので、とうとう腹に据えかねた人々は妖精たちを追い立て、住処から追放したという話を」


 現在の、なにかしら不可解な出来事があれば『妖精の悪戯』で片付けられてしまう風潮は、その大昔の『実績』によるもの、と爺さんは語る。


「そしてその追放から妖精界が始まるのじゃが……新天地でまず妖精たちが望んだことは、自分たちを追いやった人々への復讐じゃった」


 完全なる逆恨みである。


「当時の妖精たちにとっては遊びの範疇じゃったからな、仲良くしていたと思ったらいきなり追放されたと人々を恨んだのじゃ」


 そしてその復讐の手段、それがあの鎧を汎界に送り込むことであったらしい。


「鎧は妖精たちの恨みつらみによって鍛えられた。無知であり無垢であった妖精たちの想いは、強力な魔導として鎧に宿り、ついには意思を宿らせるまで至った。それがあれ――『守護者(スプリガン)』の名を冠するおぞましき鎧というわけじゃ」


「では、あの鎧は、妖精の恨みを晴らすためここに現れた……?」


「いや、それは違う。本来であれば、あれは汎界の脅威となるはずであった。汎界の人々に取り憑きながら、災いをばら撒くはずであった」


 が、妖精たちはアホであった。

 自分たちを被害者と信じていたわけで、弱い立場にある者たちを守る存在であるようあの鎧に求めたのだ。

 結果、あの鎧は教えこまれたことと、『実は妖精たちの方が悪かった』という現実との齟齬に直面することになり、紆余曲折の末に弱きを助け強気を挫く――虐げられる者を救い、虐げる者を倒すという理念によって活動することにしたとかなんとか。

 なんだか悪の組織の改造人間が反旗を翻す、みたいな話である。


 ひとまず爺さんの説明であれがどんな物であるかはわかったが――


「どうして! どうしてそんな鎧が私に!? どうして私!? エレザさんが使えばよかったじゃないですか!」


 被害者(?)となったシセリアは納得できない。

 これを受け、エレザはとくに悪びれることもなく言う。


「スプリガンはそもそもが『想い』によって誕生した存在ということもあって、その性能、発揮できる力は、やる気に大きく左右されてしまいます。そんなスプリガンの好みは、弱い者がより弱い者を救おうとする状況です。この状況を覆すに、私は相応しくなかったのです」


『その通り。エレザはもとより強者であるからな、さらなる強者と相対する機会など一回きりであったし、その邂逅もいまいちなもの、気が乗らず我は力を発揮できず終いであった。やはり強者は駄目だ。自由に動けぬのも面白くない』


 その一回というのは、もしかして俺に襲いかかってきた時の話なのだろうか?


「シセリアさん、そういうわけです。ご理解いただけましたか?」


「いやっ、いやいやいやっ、騙されませんよ!? それでも私が選ばれる理由にはならないじゃないですか! 弱ければいいなら、あっちにいるクーニャさんとかでもよかったじゃないですか!」


 追い詰められた――というか、もう装着しちゃってるので手遅れとおぼしきシセリアの足掻き。

 さっき子供たちを守ろうと飛びだした娘とは思えぬ往生際の悪さである。


『シセリアよ、我は汝の、損得なしに子供たちを守ろうと飛びだした、その気高さに惚れたのだ!』


「むっ! むむっ! ま、まあ、そういう話であれば――」


「あと、弱者であれば誰でもよいというわけではないのですよ。元が元ですから、ただの弱者がスプリガンを纏った場合、怨念に当てられてすぐに衰弱死してしまうんです」


「ぎぃやぁぁぁ――――ッ! しぃぃぃぬぅぅぅ――――――ッ!」


 エレザが余計なことまで説明したせいで、一瞬落ち着きそうになったシセリアがまた騒ぎ始めた。

 しかしながら、その様子自体は邪悪な鎧姿でふてぶてしく腕組みしているため、まったく悲愴は感じられないのである。


「大丈夫ですよ。どういうわけか妙に『抗魔』に優れていたシセリアさんならば問題はありません」


『そもそも、そうでなければ使用者と認めはせん。手助けしようという者を呪い殺しては本末転倒であろう?』


「効く効かない関係ないんですぅ! 気分が悪いんですぅ!」


『はっはっは、これは嫌われたものだ!』


 まだシセリアはわめいていたが、スプリガンはどこ吹く風と取り合わず、まったく解放するつもりはないようであった。

 それどころか――


『さて、悪党どもよ! 己が野望のため、魔界を陥れた汝らに神が微笑むことはない! せめて今日ここで滅び、人々の笑顔の糧となるがいい!』


「ちょっとぉ!?」


 腕組みを解き、びしっとベインに指を向ける。

 この挑発に、ベインは杖を向けて叫んだ。


「黙れ化物が! やれ! 破壊するのだ!」


「ちょっとぉぉぉ!?」


 ベインの攻撃命令に、『わん殺団』の者たちが杖を使っての集中砲火。


「ちょっとおぉぉぉ――――――――ッ!?」


 だが――


『はっ、小手先の魔導がこの我に効くと思うか!』


 放たれた攻撃は、スプリガンに到達する前に瘴気に呑まれ掻き消える。

 どうも感じとしては、瘴気に耐えきれず崩壊してしまっているっぽい。

 あれは鎧であると同時に妖精たちの怨念の塊、長い年月を経てもなお禍々しき輝きを失わぬ黒き太陽だ。

 ちょっとやそっとの魔導などひとたまりもないのである。


「通じぬ――いや、それ以前の話かっ、なんという化物……!」


 ふざけた印象はあるものの、実体は超弩級の呪物。

 とんでもない代物が飛び入り参加してきてしまったとベインは焦りを見せ――と、その時だ。


「ヒヒィン、ヒィーン! もう辛抱たまりませんっ!」


 突然トロイが馬モードになって飛びだし、スプリガンに向かっていく。


「いと恐ろしきお方、どうぞ我が背に……!」


『ほう、よかろう! とうっ!』


「ひえっ!?」


 なんか波長が合ったのか、スプリガンがトロイにジャンピング騎乗。

 するとどうだ、スプリガンから放たれる瘴気の影響を受け、トロイがみるみる変貌していく。


「みなぎる、みなぎるぅぅぅ!」


 それまで『馬っぽい』姿であったのが、どんどんリアル寄り、実際の馬と見間違うばかりの黒馬へと姿を変える。

 やがて節穴だった目の奥に、煌々とした赤黒い光がギュピーンと灯った。


『ふははははっ! いいぞぉ、いいぞぉ!』


「ヒヒィ――ンッ! ヒヒヒィィィ――――ンッ!」


「誰かぁッ、誰か助けてぇぇぇ――――ッ!」


 哄笑、嘶き、そして悲鳴。

 まるで地獄のパーティーだ。

 すでに充分禍々しかったところに、今や超リアル化したトロイが加わり、もう自己紹介の必要すらなく魔王となった。


「トロイ……!? えっ、嘘じゃろ!? 儂これからはアレに乗って学園通うんか!?」


 密かに爺さんがショックを受けていたが、そんな悲しみなど知るわけもなく、上機嫌のスプリガンはトロイに跨がったまま大きく手を広げる。

 途端、スプリガンから膨大な瘴気が放出され、それはこの会場を覆うとともに、囚われのおチビやわんわんたちにまとわりついた。


『ふはははっ、守護(まも)るぞぉ、どんどん守護るぞぉー! 一人とて漏らすことなく守護りきる、それがこの我、スプリガン!』


 太古の怨念から醸しだされる瘴気にまとわりつかれた者たちは明らかに呪われてしまったようであったが、実際のところは逆であるらしく、苦しげであった表情がやわらぎ、体の自由を取り戻していた。


 結局のところ、呪いであろうが祝福であろうが、強力な『力』が作用してなんらかの効果を及ぼす点では同じもの。

 スプリガンは自身という『毒』を『薬』として用いているのだ。


 またその一方で『わん殺団』には『毒』。

 手にしていた杖はバツンッと砕け、さらに胸のあたり――おそらく自爆装置――がボスッと爆ぜる。


『もう心配の必要はない! 我が瘴気は我が領土! 勧善懲悪の顕現よ! もはや誰も汝らを害することなどできはしない! さあ立ち上がれ! 今こそ反撃の時だ!』


 スプリガンの言葉に、解放されたわんわんたちがざわつく。

 だがここで、それを抑え込もうとするようにベインが叫んだ。


「安心するにはまだ早いわ! 我々にはまだ奥の手がある!」


「にゃっ、にゃうにゃーん!(はっ、埋めてあった物ならもう片付けたけどな!)」


 ベインの叫びに負けじと俺も叫ぶ。

 が――


『……?』


 ダメだ、通じねえ……!

 と思ったところでクーニャが声を上げた。


「貴方たちは地面になにかを埋めていたようですね! 残念ですがそれはケイン様がすべて片付けてしまったようですよ? つまり、もう貴方たちは大人しく降参するしか道は残されていないのです!」


「なっ……!?」


 明らかな動揺を見せるベイン。


「ふむ、もう手は尽きたようじゃな……では、こうじゃ!」


「ぐふっ!」


 この反応ならもう手はないと判断したか、爺さんは杖でベインの腹を打ち、体勢を崩させてから拘束する。

 鬱憤を晴らせて爺さんにっこり。


 するとそれを見た王様たちもにっこりして、舞台に上がっていた連中をボコり始め、さらにそれを見たわんわんたちも笑顔になって『わん殺団』の連中に攻勢にでる。


 鎮圧用の仕掛けは無効、杖も自爆装置も奥の手も潰されたとなると、もう『わん殺団』に為す術はなく、一応抵抗を試みるもわんわんたちに簡単にのされてしまう。


『ふはははは――ッ!』


「ヒヒィ――――ン!」


「うっぴゃぁぁぁ――――ッ!?」


 咲き誇るわんわんたちの笑顔の花。

 そんなお花畑を、シセリアの悲鳴を響かせながらスプリガンを乗せたトロイは駆け回り、ちょいちょい『わん殺団』を撥ねていた。


 この一気に混沌と化した会場、エレザとルデラ母さんはおチビたちのもとへ向かい、アイル&ピヨは嬉々として乱闘に参加、そしてシルとクーニャは俺のところへやってきた。


「ケイン様、すっかり素敵になって!」


「じゃれ合っている場合ではないだろう!」


 抱きついてくるクーニャ、引っぺがすシル。


「まったく、油断も隙も――」


「あ、兄者ぁ~」


「ええいお前もかっ」


 さらに男泣きがおさまり、えぐえぐしていたゴーディンが抱きついてきたが、こっちもシルに引っぺがされた。


「さて、一時はどうなるかと思ったが、このぶんならもう大丈夫そうだな」


「にゃ、にゃうにゃ、にゃうん。うなーん、なうなうーん(いや、まだ離れたところにこの会場を取り囲んでる奴らがいる。そいつらも逃がさないようにしたい)」


「えーっと、わからんのだが……」


「なうー……(わからんか……)」


 なんか勢いが削がれるな……。

 まあこれは仕方ないとあきらめ、クーニャに翻訳してもらいつつ相談だ。

 ひとまずシルにはそいつらの足止めを頼み、これを捕まえるのはここにいるわんわんたちに任せることにして、その旨をクーニャに伝えてもらうことにする。


「わかった、逃げられないようにすればいいのだな!」


 シルはすぐに竜となって飛び立った。

 やがてある程度離れたあたりで地上に向かってあんぎゃーっとブレスを吐き、天を焦がすような炎の壁を作り始める。

 この会場を中心に一帯をぐるっと包囲する炎の壁、これなら逃げ出すこともできないだろう。


「おのれ、おのれ……! こんなはずではなかった……! 予想できるか、このような状況は……!」


 舞台では拘束されたベインがわめく。


「使徒をどうにかできると思ったのが間違いじゃったな。貴様も見た通りじゃ。彼奴は自分の行動がどのような結果を生むか、自分でも予想できんような奴なのじゃよ。そんなもの、関わればなにもかもが狂うに決まっておるわ」


 爺さんはやや得意気であるが、ちょっと俺に失礼ではないだろうか?


 まあともかく、これで『わん殺団』によるテロは鎮圧できそうだ。

 が、しかし、これですべてが終わるというわけではない。

 魔界にはまだ『わん殺団』の構成員が潜んでおり、それはわんわんたちの社会に溶け込んでいるのだ。


 今回捕まえた連中から情報を吐かせれば、ある程度はとっ捕まえることも可能なのだろうが……すんなり白状する連中ではない。

 下手すると、殉教者気取りで自殺するのではないか。


 この『わん殺団』の問題を放置すると、わんわんは不必要に只人を警戒しなければならなくなる。

 もう魔界が始まってすぐの段階からという根の深い問題、事情を説明することで魔界門を行き来できるかどうか試すという方法もあるにはあるが、潔白であった者からすると面白い話ではない。


 この不和の種を取り除くにはどうしたらいいものか……。

 そう考えた、その時だった。


「――ッ!?」


 閃き。

 突然脳裏に浮かび上がった鮮烈なイメージ。

 それは暗闇にほとばしる稲妻であり、その一瞬の閃光によって浮かび上がる猫のシルエットであった。


「にゃう!(これだ!)」


 俺は確信した。

 それはまったく素晴らしい発想、この魔界の問題をまるっと解決できる名案であった。

 本来であれば非常に困難な手段ではあるものの、シャカと合体した今の俺であれば可能なはず。

 いや、いける、きっといける。

 なんかすごく、やれる気がするんだ。


「にゃうにゃにゃーん!(よーし、神さまの〈召喚〉だ!)」


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― 新着の感想 ―
[良い点] シセリアの抗魔ってもしかして例の木馬燃やして育てた果実食べたから……? 過去一やばそうなことしそうな雰囲気あるな主人公……w
[良い点] またウォシュレット卿が神界に妙な何かを納めたのかと… いや、似た性質の「何か」を生み出せる存在が他にも居るって事か…。 [気になる点] 神の召喚とかいう周りが必死に止めそうな事をよりにもよ…
[良い点] 「予想できるか、このような状況は……!」 別世界での後のサイ・オークも計画が嵌まったと思ったら変な仮面被った男の尻に敗北して訳わからんって顔してましたね。この点だけで二人でいい酒飲めそう…
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