第28話 偉大なにゃんこを撫でる権利
全にゃんこ門を開通させたあと、各国の王を招いておこなわれた聖地での会議。
この話し合いにより、聖地の整備は各国共同で進められることになり、すぐに職人ら専門家が集められた。
しかしすべてを職人任せにするわけではなく、計画が立てられたのち、労働は王を筆頭に選出された諸侯の当主たちやその配下が取り組むという変則的なものである。
魔界の歴史に燦然と残るであろう大仕事、これに携われることは名誉であると、誰もが労働力となることを望んだ結果であった。
栄光のボランティア。みんな尻尾をふりふりだ。
作業が始まると、聖地にはどっと人が増えた。
計画は魔界門を残し、廃墟を撤去したのち整地。ひとまず式典を執りおこなうための広場を用意するというもの。
本格的な施設の整備、建物の建築はその式典のあと、話し合いをしつつ追々ということになっていた。
強さを尊ぶ魔界の住人たち、それなりの地位にあるとなればもちろん強者であり、力仕事は得意だ。
建材として使われていた、人の頭部くらいある石もバスケットボールを片手掴みするような気軽さで扱い、ぽいぽい投げ合って廃墟の撤去が進められる。
そう腕力を必要としないような仕事、各所への伝達、働く者たちの世話や休憩場所の整備など、そういった細かな仕事は参加することを許された只人たちが受け持ち、あちこちで忙しなく働いていた。
そして廃墟が撤去されたあとは、コボルトたちのお仕事だ。
「任せてください!」
「得意なんです!」
「がんばります!」
固い地面をせっせと掘り掘りして、生えまくりの雑草、転がっていたり埋まっていたりする大小の石を取り除く。
コボルトたちが仕事をしたあと、残るのは柔らかい地面。
そんな場所の一つに、おチビたちの姿があった。
どうやら土遊びをしている様子。
テペとペルは穴を掘って、すごく満足げに土まみれになっていた。
「ただ遊んでるわけじゃないのよ。これは訓練なの」
ノラ曰く、土の魔法を習得するための訓練であるらしい。
「……ん!」
力強くうなずくラウくんは、すでに土の魔法がちょっと使えるとのこと。
いつの間に……?
ラウくんのことだ、俺のような『人は日々ケツから土に還るものを出してるんだから大地とは友達、こちらの意志に応えてくれるはず』という一般的な発想とは違って、きっと類い希なる着想からきっかけを掴んだに違いない。
「……んー、ん!」
覚えた土の魔法を見せてくれるよう頼むと、ラウくんは地面にしゃがみ込んで、ぺちこん、と両手を叩きつけた。
すると、手前の地面がもこっと膨れ、小山ができあがる。
うん、苗を植えたらほどよく育ちそうな感じである。
しかし、さっそく反応して飛びかかったテペとペルに粉砕されてしまったので、試す機会は失われてしまった。
「もー! なんでラウーがつくったのこわしちゃうのー!」
「くぅ~ん……」
「きゅぅ~ん……」
お姉ちゃんに怒られ、テペとペルはしょんぼりである。
だがそういうペロも、もこっと地面が膨れた瞬間、実は反応しかけていたのである。
「はいはい、そう怒らない。ちゃんと魔法が使えたのは確認できたんだから」
これくらいの土遊びなら、遊び終わったら均すよう言っておけば問題ないかと、俺はおチビたちをそのまま遊ばせておくことに。
で、そんなおチビたちであるが、翌日、またその翌日と日を跨ぐうちに、よそのチビたちが参加していつの間にか集団になっていた。
おそらく作業に従事する諸侯たちのお子さんたちなのだろうが……正直なところよくわからん。
おチビたちに率いられ、一緒におやつをねだりにくる謎のおチビたちという認識である。
本格的にお腹が空いたら、仮営業している『鳥家族』に突撃してなんか食べさせてもらっているようだ。
アイルが切り盛りしている『鳥家族・魔界聖地支店』。
支払いはゴーディン持ちということで、働きに来ている者たちの胃袋を満たしている。
すでに魔界の住人を引き入れているようだが、聞けば各国の宮廷料理人であるらしい。
にゃんこ門が開通して、各国の王を集めての話し合いがおこなわれた日、屋台営業した『鳥家族』の鳥料理を気に入った王たちが推薦してきたとかなんとか。
受け入れる代わり、各国での営業許可をもらったらしい。
「あいつは、あれで意外と商売上手なのか……?」
ふと思うも、よく考えるとあれは調子いいことを言って仕事をとってくる営業だ。
きっと苦労することになるのは、俺とかヘイルなのだろう。
そんな『鳥家族』は連日の大人気。
夕暮れの仕事終わりには、みんな集まっての大宴会になっている。
しかしそれで散々騒ぎ、もう帰るの面倒くさいって聖地に泊まり込む奴らが増えてしまった。
そこで俺は集落の外れに簡易宿泊施設と風呂場を用意した。
うーむ、さっそく余計な苦労をさせられているような……?
△◆▽
作業は事故もなく順調に進み、仕事を任されているわけでもない俺はのんびりと見学する日々だ。
「ええことじゃな。ええことじゃ」
爺さんが相槌を打つ。
なにか含みがあるような気がしないでもない。
爺さんにしても特別やることはないのだが、聖地に訪れてはなにをするでもなく徘徊している。
「もう学園に戻っても大丈夫なんじゃないか?」
「そうであればいいんじゃがな……」
「ん? なんか心配事があるのか?」
「念のため、といったところじゃの。ここ数日、各国の王や諸侯と話をしつつ、それとなく犬狼帝について尋ねてみたんじゃが……」
「ゴーディンがどうかしたのか?」
「いや、彼奴ではなく、『犬狼帝』というものについてじゃよ。つまりはまあ、猫になれるのかと。しかしな、誰もそんな話は知らんと言う。どこからそんな話が出てきたのかと」
「それは、んー、あいつの思いつきなんじゃねえの?」
「それならそれでよかったんじゃが、気になっての、思いついたきっかけはなんじゃと本人に確認してみた」
「ええぇ……」
よくそこに触れにいったな、この爺さん……。
「そしたらの、犯人がわかったぞ。ベインという男を覚えておるか。出兵した彼奴の天幕を襲撃したとき、食ってかかってきた側近の只人じゃが」
「あー、なんかそんなのがいたのは覚えてる。そいつが?」
「うむ。そのベインじゃが、幼い頃からのお目付役でもあっての、彼奴が可愛がっておった猫がどこかへ逃げてしまったあと、言ったそうじゃ。いつも一緒に居られるよう、心に猫を飼ってはどうかと。いずれ立派な、偉人となれば自身もまた猫になるであろうと。元々は犬狼帝とは関係のない話であったようじゃな」
「子供相手だからと滅茶苦茶吹きやがって……」
「いや、しかしじゃな、犬狼帝が無関係であれば、そういう話がなくもない……」
「え、あるの!?」
「言い伝えのようなものがの。詳細はさっぱりじゃが、猫の騎士なんてものがあるんじゃ」
「猫の騎士……わけがわからんな。ともかく爺さんは、あいつがいずれがっかりしないよう、調べてたってことか?」
「そうではない。始めからそのつもりであったのか定かではないが、そのベインが彼奴を犬狼帝になるよう勧めていた、つまり戦争の後押しをしておったようでの、そこを危惧しておった。魔界は統一ではなく統合となったわけじゃが、それで気がすんだのかどうか」
「気がすんでなかったら?」
「なにかしでかすかもしれんと思ったが……この状況を台無しにする理由などないからな。なに、儂が心配しすぎておるだけじゃよ」
そう言い残し、爺さんは徘徊に戻ったので、俺は集団と化し、さすがに作業の邪魔ってことで集落跡から追い出されたおチビたちの様子を見にいくことにした。
そろそろおやつの時間だしな。
遊び回る子供たちは、エレザ、ルデラ母さん、ヴィリセア母さんのほか、各おチビのお母さんたちが見守っている。
シセリアとトロイもいるが、監督役と言うよりはおチビたち側だ。
「ぬぇーい! どっせーい! だらっしゃー!」
シセリアはフライングディスクを投げる人。
思いっきりぶん投げるくらいでないと、魔界のお子さんたちには物足りないのでシセリアも必死だ。
だいたい三、四人くらいのチームで投げられたディスクを追っては、回収してダッシュで戻ってくる。
このチームが幾つもあり順番待ちしてるので、シセリアは休む間もなくディスクを投げ続けていた。
一方、トロイは比較的大人しい子供たちの相手をしていて、馬モードになって子供たちの乗せた荷車を引き、ぱっかぱっかと周辺をのんびり巡回している。
若干一名必死なのもいるが、概ねみんな楽しく遊んでいるようだ。
そんな様子を眺めていると――
「兄者、ここにいたか」
「おう。休憩か?」
「うむ」
「そうか。ならこっちも休憩させるか」
おやつ休憩だよー、と子供たちに呼びかけると、もうすっかり『お菓子のお兄さん』と認識されているらしい俺のもとに、子供たちがわーっと集まってきた。
へろへろになったシセリアもきた。
「はいはーい、まずは手を洗えよー」
いつも通り大きな水球を用意してやると、慣れたもので、子供たちは手を突っ込んでごしごし洗う。
その間に、俺はテーブルを用意して色々なお菓子をたっぷり用意。
「いっぱいありますからねー、あむあむ、遠慮せずにどんどん食べてくださいねー、あむあむ、足りなくなったらケインさんがいくらでも用意してくれますからねー、あむあむ」
シセリア回復中。
こんなんだが、遊んでくれるお姉ちゃんということで、何気に子供たちには人気なのである。
そのあと俺はお母さん方のお菓子も用意し、少し離れたところでゴーディンと休憩をとる。
「のどかなもんだな」
「ああ、そうだな。……兄者には、感謝している」
のほほんとしていたら、ゴーディンが妙に神妙な顔をして言ってきた。
「どうした突然」
「いや、整備も進み、このぶんなら明後日か、その次か、それくらいには式典を始められそうなのでな、改めて感謝を言いたくなったのだ」
「うーん? まあ、うん、どういたしまして」
そう返すと、ゴーディンは苦笑。
「兄者は俺がどれだけ感謝しているか、いまいちわかっていないようだな。あのまま戦争を始めてしまえば、いくら努力しようと犠牲者は出ていたのだろう。俺が矢面に立ち、敵わぬことを知らしめようとも犠牲は出た。しかし兄者のおかげで、俺は犠牲を出すことなく目的を達成することができたのだ」
言いつつ、ゴーディンはお菓子に夢中になっている子供たちを見る。
「俺だけでは、こうはならなかった。各国の王や諸侯が協力して作業をおこなうようなことも、子供たちが国など関係なく無邪気に遊ぶような未来にもならなかった。だから、兄者には本当に感謝している。俺が猫となった暁には、存分に撫でる権利を与えようと思うほどに」
「いらねえよ! 猫は間に合ってんだよ! いつも心に一匹いるし!」
なに言ってんのこいつ、と睨むと、ゴーディンはふっと笑う。
「冗談だ」
「お前の冗談わかりにくいなおい!」




