第26話 犬狼帝の弱点
たくさんの助っ人(助っ猫?)がころころとちっちゃな荷車を引いて去っていった翌日。
簡易魔界門あらため、にゃんこ門の一枚をさっそく森ねこ亭の一階廊下突き当たりに設置した。
その後、シャカ+ニャンゴリアーズに転移門を開いてもらい、魔界のジンスフィーグ王国、その王都にあるわんわん侯爵家の屋敷に対となるにゃんこ門を設置する。
「よし、問題なく機能しているな」
森ねこ亭と侯爵家を結ぶ門は無事開通、容易に行き来が可能となった。
汎界と魔界を繋ぐことに成功したのだ、これなら聖地と魔界各国を結ぶことも問題ないだろう。
このにゃんこ門一号の開通に大喜びしたのはおチビたちだ。
わーいわーいと喜び合い、そして――
「ディアちゃんちー、ペロちゃんちー、ディアちゃんちー!」
開きっぱなしの門を行ったり来たり、さっそくノラが変な遊びを始め、すぐにほかのおチビたちもそれに交ざる。
ひとまず子供たちはそのまま遊ばせておくことにして、それから俺はスマホでゴーディンに連絡をとった。
いずれ猫となる身だとかほざいていたが、今後は連絡を取り合うのに必要だからと渡しておいたものだ。
実際に見せて説明した方がいいだろうと、大急ぎで侯爵家の屋敷へ来いとだけ伝える。
と――
「うな~ん、な~ん」
「うにゃ~ん」
連絡後、なにやらニャンゴリアーズが物欲しそうにすり寄ってきた。
「ケイン様、お仕事をしたので、昨日食べた魚の切り身がまたほしいとお願いしていますが……」
「そ、そうか……」
すっかりお刺身の味を覚えてしまったか……。
だがまあ今回はこいつらにずいぶんと助けられているのも事実、刺身くらい与えるのはやぶさかではない。
「ほれ、たんと食べるがいい」
猫たちは与えた刺身をうなうな唸りながら食べ始め、やがてきれいに平らげると満足そうに宿へ帰っていった。
それからしばし、侯爵家で待たせてもらうと――
「……兄者ー! 来たぞ、兄者ぁー……!」
どこかからゴーディンの声が。
「えらい早いな」
もうしばらく待つことになると思っていたが、よほど急いで来たのだろう、ゴーディンはちょっと息を切らしながら俺たちの所へ案内されてきた。
「それで兄者、すぐに来いとのことだったが……いったいどうしたのだ?」
「ああ、実はな――」
と、先日、俺たちが王宮から帰還したあとなにがあり、現在どうなっているのか、これからなにをするつもりなのかを説明してやる。
「簡易の魔界門だと……!?」
驚くのはまあ当然。
「猫の可能性は無限大だな……!」
「そ、それは……?」
ちょっと違うのではと否定したくなるが、考えてみれば猫が神さまをやっているんだから、間違ってはいないような……?
ともかく論より証拠と、さっそく開通したにゃんこ門一号を見せ、森ねこ亭に招いてやる。
その際、ゴーディンの図体がでかく、用意した扉の上部におでこをゴッツンコするという事故も起きたが……まあそこは慣れてもらうしかないだろう。
「おお、ここが汎界、兄者の暮らす宿か……!」
おでこをさすりながらゴーディンが言う。
「兄者は本当に凄いな……!」
「いや俺がすごいわけではなくてだな。えっと……こっちこい、ほら、あいつらあいつら」
せっかくだからと食堂に案内して、満腹になってくつろぎスペースでごろごろしているニャンゴリアーズを紹介してやる。
「おお、にゃんにゃん! 知っているぞ、メリア嬢に見せてもらった!」
心の中に猫を住まわせているゴーディンであるが、実際そこにいる猫との触れ合いにはやはり餓えており、ニャンゴリアーズを見るなり大喜び。
その笑顔は、どちらかというと獣がくわっと牙を剥くようなもので威圧感しかなかったが、猫たちにとってはそうでもないようで、のっそり体を起こしてご挨拶と尻尾を立ててすり寄ってくる。
「あ、兄者……! にゃんにゃんが、にゃんにゃんが俺の足の周りに……! 困った、これではうかつに動けんぞ……!」
困ったと言いつつ、顔は本当に幸せそうである。
すると、それを見たシルがなんとも言えない顔で言う。
「なあケイン、あいつを少し猫と遊ばせてやったらどうだ? あんな無邪気に喜んでいるのを見ると、ちょっと不憫になる」
「そ、そうだな……」
このあとの予定は、シルさんに飛んでもらっての聖地訪問。
そのシルさんが遊ばせてやれと言うのなら、俺としては文句などなかった。
「ゴーディン、ほら、これをやろう。ぱたぱたさせると、猫たちは喜ぶぞ」
「ぬぅ! ありがたい! 兄者には世話になってばかりだな!」
鳥の羽がついた猫用オモチャを渡してやると、ゴーディンは土下座もかくやとその場に両膝をつき、這いつくばるようにして猫たちに視線を合わせつつ、にゃんにゃん言いながら両手のオモチャをぱたぱたと振って猫たちの気を引く。
「これが犬狼帝となった男の姿か……」
喜ぶだろうとは思ったが……これはちょっと喜びすぎでは?
もはや魔界の覇者が形無し、よそには見せられない痴態である。
「なぁ~ん」
そんなことを思っていたら、脛にすりぃっと猫の気配。
「おや?」
見下ろせば、そこには見慣れぬ猫が一匹、尻尾を俺の足に絡めるように擦りついていた。
「のぁ~ん、にゃうにゃうー」
「えーっと……クーニャ、この猫は?」
「昨日、お手伝いに来てくれた猫ですよ。手紙を届けにきたそうです」
「手紙……?」
よく見れば、その猫は首に小さく折りたたまれた紙をぶら下げていた。
さっそく確認してみると、相手はどこかの神殿の神官で、内容はうちの猫に贈り物をしてくれてありがとうというお礼であった。
「しまった、そりゃそうだよな……」
相手からすれば、猫たちが仕事をしてその報酬を持って帰ってきたなどわかるわけがなく、まして俺たちのことなど知りようがないのだ。
「もしかして、これから続々とお礼のお手紙を届けに猫がやってくるのか……?」
「神官としての立場で考えてみると……そうですね、そうなると思います」
「これ、返事はしといた方がいいな。相手も不思議がってるだろうし……」
「では私が返事の手紙を用意しますね。もうしばらくゴーディン陛下は猫たちと遊んでいることでしょうし」
「あー、じゃあ頼む。一通用意してくれたら、俺がそれを複製するから」
「かしこまりました」
こうしてゴーディンは猫たちと戯れ、クーニャは手紙をしたためることに。
その間、俺たちは待機。
お手紙を運んできた猫には、ご褒美にとお刺身を提供する。
そしたら――
「にゃん! にゃにゃ~ん!」
新たなるお手紙猫が現れ、お刺身の皿にまっしぐら。
「ふしゃーっ! あうおうおうー、おあーん!」
「にゃ、にゃぅー……」
これにお刺身を食べ始めていたお手紙猫一号がブチギレ。
あまりの剣幕に、意気揚々とお刺身に突撃していった二号はしょんぼりと萎縮してしまう。
まあそれでもにじり寄ろうとする根性は見せているが。
「はいはい、お前にもあげるから」
ひとまずお刺身をもう一皿用意してやったが……。
「どうしたもんかな、俺が出掛けている間にも猫たちってやってくるんだよな……」
「では誰かに番をしてもらってはどうじゃ?」
「んー、まあそうだな、そうするか」
爺さんの提案を採用し、俺はお手紙猫たちの応対係を宿に残していくことにした。
ちょうどぐーたらしている暇人もいることだしな。
「じゃあシセリア、猫が手紙を運んできたら受け取って、こっちに用意してある返事の手紙を渡して、あとこの箱に入っている魚の切り身を適当に食べさせてやってくれ」
やることは簡単だ。
クーニャに用意してもらって手紙も五十枚以上コピーしたし、クーラーボックスにはお刺身がたっぷりである。
「俺たちは聖地に向かうから。あとはよろしくな」
「はい、頑張ります!」
「うん、頑張ってくれ」
「頑張ります!」
「おう、頑張ってくれ」
「なんかお菓子置いていってください!」
「もうちょっと頑張れや」
まったく、猫より根性がない貴族様である。




