第25話 工場制猫の手工業
翌朝。
時刻だとだいたい九時くらいか。
俺を筆頭に、子供たちから大人まで、シルさん家のお庭予定地に大集合した。
子供たちは猫が集まってなにかするという認識で、わくわくどきどき。
あらかじめ、やってくる猫たちはお仕事しに来てもらった職人さんなので、無闇に飛びついたり抱えて持っていっちゃったりしないようにと伝えておいたが、ちゃんと守ってくれるかどうかは未知数だ。
大人たちは、まあ宿屋夫妻は興味本位の見物といった感じだが、ルデラ母さんやわんわん夫妻はこれが魔界の情勢に大きく関わる出来事とあって、後に証言するための立会人という立場で参加している。
それから昨日、応援を要請しに各地の神殿へ旅立ったものの、いつの間にか帰還していたニャンゴリアーズがおり、シャカも混じってなごなごとなごやかな雰囲気で待機していた。
現在、俺たちは応援の到着待ち、見つめる先には昨日ドルコを始めとしたドワーフたちに急ぎで製作してもらった枠付きの扉が地面に寝かされている。
俺たちが集まっている宿屋側から見て、手前に一枚、すぐ奥に一枚というセットで、これが横並びに九対だ。
「ただ扉がたくさんあるだけなのに、なんとなく不安な気持ちになるのは何故だろうな……」
呟いたのはシルで、その気持ちはちょっと俺にもわかった。
普通は扉をこんな数を並べた光景を見ることはないし、ましてそれがすべて地面に寝かせてあるとなれば。
ふと、突然あの扉が開き、下からなにかが『コンニチハ』するのではないかという馬鹿げた想像をしてしまったりする。
そんな漠然とした不安を抱いて待つことしばし――
「ピヨ!」
今朝はこっちに来ているアイルの頭の上、ピヨが不意に鳴く。
すると次の瞬間、俺たちからちょっと離れた位置にある大きな杭の側に、うぉん、とちっちゃな転移門が出現し、そこから灰白の猫が現れた。
あの杭はニャンゴリアーズの求めに応じて用意したもので、やたら念入りに体をすりすり擦りつけていたのでなにかと思っていたのだが、どうやら応援猫のための目印であったようだ。
「みゃん」
灰白猫は身綺麗で毛並みも良い、神殿でちゃんとお世話されていることを感じさせる猫で、すぐにこちらを確認するとひと鳴きした。
たぶん挨拶なのだろう。
それから灰白猫は尻尾をにょきっと立て、とてとて近づいてくると、こっちの猫たちの集まりに混ざっておでこをごりごり擦りつけ合ったり、鼻先をくっつけ合ったりと猫同士の挨拶を始めた。
応援として呼んだのだから当然ではあるが、かなり友好的な猫のようだ。
そんな猫たちの様子を見守っていると、また転移門が出現し、そこから新たな猫が姿を現す。
今度の猫は毛の色が黒と白、額から鼻にかけて八の字に色がわかれているハチワレ柄で、こちらを見るなり鳴き始める。
「にゃう、みゃうん。にゃうおー、にゅーん」
「ん? クーニャ、あの猫はなんだって?」
「えーっと、なるべく正確に伝えますと『おっと、出遅れちまったぜ。毛繕いに時間をかけすぎたな』といった感じでしょうか」
「わかるわけがねえ……」
いくら猫に慣れても、それを鳴き声から感じ取るのはさすがに無理だ。
ともかくこれで助っ人(助っ猫?)は二匹。
ちゃんと来てくれることがわかってほっとしたのだが……そこからがラッシュだった。
次々と転移門が出現し、猫が登場してはこっちに混ざる。
どんどん混ざる。
あれよあれよと増えていく猫は、いつの間にやら俺たちを包囲するほどの数に。
「これはまた、予想よりだいぶ多いな……」
ざっと数えたところ、五十匹ほどの猫。
普通ならそうそう見ることのない光景だ。
幸い、人懐っこく落ち着きのある猫ばかりで混乱は起きず、大はしゃぎしてせっせと撫でたり撮影するおチビたちであっても嫌がったりはせず、むしろ積極的に、着ている服を毛だらけにしてやろうとせんばかりにすりすりしている。
ただまあ、猫たちは友好的であっても、猫の数に圧倒されたのかフリードはお座りの状態で微動だにしなくなっているし、ペロは猫を撫でようとするラウくんにまずは自分を撫でろと強いているし、また猫に慣れていないテペとペルはきゃんきゃん吠えて威嚇していたものの、終いには恐れをなしてヴィリセア母さんやディライン父さんに避難抱っこしてもらっていたりと、万事丸く収まっているわけではなかったりする。
「なぉ~ん!」
「うにゃぉ~ん!」
「なうなうなー!」
やがて混沌とした状況の中でニャンゴリアーズが鳴き始めると、わちゃわちゃ集まっていた猫たちはぞろぞろ移動を開始。
用意しておいた二枚セットの扉の周りに、それぞれ五、六匹ほどのグループでわかれる。
そして――
「みゃん!」
ニャンゴリアーズに交ざっていたシャカがひと鳴きすると、猫たちはいっせいに寝かされた扉で爪とぎを始めた。
伏せ気味の体勢でカリカリ小刻みに引っ掻く猫もいれば、お尻をぐいっと突き出した前傾姿勢でガリガリと引っ掻く猫もいる。
これだけの数の猫がいっせいに爪とぎをする様子など誰も見たことがないわけで、謎の迫力に圧倒されてみんな唖然である。
新品の扉はどんどん爪痕だらけになっていく。
普通なら『せっかく用意した扉になにしてくれてんの!?』と腹を立てる状況かもしれないが、そんなものは驚きに置き去りにされ、ただただぽかんと見守るばかりだ。
しかし、やがて思いつく。
「あれ、もしかしてこれが儀式みたいなもんなの……?」
そう考えれば猫たちの行動にも納得できるが――
「のう、ちょっとわけがわからんのじゃが……」
想像からだいぶかけ離れている。
それは爺さんも同じだったようで、わざわざ俺に呟きにきた。
しかし、それを俺に言われても困るのである。
△◆▽
猫たちはせっせと手前の扉を引っ掻きまくり、やがてそれを俺たちにひっくり返らせ、裏も同じように引っ掻いて処理をする。
これが終わると、対となっている奥の扉も同様に処置をおこなった。
この作業は、二時間ほど続けられただろうか。
やがて作業の手を止め、担当していた扉の周りにどてんと横倒しになる猫たちが現れ始め、最終的にはすべての猫がそうなったところでシャカがとてとてやってきた。
「うな~ん、なうー、おあーん」
「ケイン様、作業は終わったそうですよ。確認してみてもらいたいそうです」
「お、おう」
壮大な集団爪とぎを披露されただけだが、これで完了なのか。
あれで簡易魔界門が完成というのはびっくりだが、ともかく確認をしてみる。
シルと爺さんに協力してもらい、手前の扉と奥の扉、二枚をそれぞれ立たせ、俺はドアノブを回して押す。
すると俺が開いた手前の扉が開かれると同時、連動しておくの扉も開かれた。
そして開いた扉から見える景色だが……普通に向こうにある建設途中のシルの家である。
「ん……? あ、いや、これ奥の扉から見える景色か……!」
対になる奥の扉との距離が近すぎて一瞬よくわからなかったが、その景色は俺が開いた扉から見える景色ではなかった。
ならばと試しにくぐってみると、俺は対になった扉と扉、ほんの二メートルほどの距離をショートカットして向こう側にでた。
「おお、確かに転移門……」
転移門となっていることがわかったあと、俺はさらにほかの扉もチェック、結果すべてが転移門として機能していることが確認できた。
あとはこの扉をこの宿と魔界のわんわん侯爵家、といったようにそれぞれ設置して転移できるかどうかの確認だが、今日のところはここまでだろう。
「ケイン様、猫たちが約束の報酬をと訴えています」
「ああ、わかってる」
扉の確認を終えたあたりで、猫たちはにゃーごにゃーごと大合唱を始めていた。
報酬についてはちょっと考えていて、準備が必要なのでひとまずお腹を満たしてもらおうと、俺はマグロの赤身の刺身を盛り付けた皿を皆に手分けして猫たちに配ってもらう。
『……!?』
刺身を目にした猫たちの反応は劇的だった。
にゃごにゃごにゃご、あるいは、んにゃにゃにゃっ、と鳴き始めての猫まっしぐら。
どうして猫は本当に良い食材が理解できるのだろうか。
それなりの物と良い物では、反応がまったく違う。
それなりの場合は『まあ食べてやるか』くらいの反応なのに、良い物は『よこせ、それをよこせ、いやもう勝手に持っていくからとめるんじゃねえ!』くらいのアグレッシブさを発揮するのだ。
猫たちは配られた順に、猛然と刺身を食べ始めた。
なかには、にゃぐにゃぐ、んにゃごんにゃごと唸りながら食べている猫もおり、また、順番を待ちきれずにすでに配られた猫の皿に頭を突っ込み、横取りしようとする猫も現れる。
食べていた猫は突然のことに『おおう!?』と驚いて一旦は頭を引っこめるが、すぐに『お前なにしとんねん!』と横取り猫の頭を前足でぐにーっと押さえつける。
が、横取り猫は食べるのをやめない。
「落ち着け、みんなのぶん、ちゃんとあるから……!」
喧嘩を始められても困るので配膳を急ぐ。
そして配り終えたら配り終えたで、今度は最初に配った猫がさっさと食べ終えて『くれよー、おかわりくれよー、頼むよー、もうずっとなにも食べてないんだよー』と必死な様子で俺にすがりついてくる。
「けっこうな量だと思ったんだが……」
一匹あたり、五百グラムくらいの刺身をふるまったんだが、まだ足りないという猫ばかりで、食べ終えたはしからおかわりの要求にくる。
猫ってこんなに食べるもんだったっけ……?
疑問に思うが、ちゃんと仕事はしてくれた、ならばこちらは食事のおかわりくらいさせてあげないといけない。
俺は求める猫たちにせっせとおかわりを用意。
ほぼすべての猫がおかわりを要求してきたが、さすがに二回目のおかわりをねだってくる猫はいなかった。
たらふく刺身を食べ、ようやく満足した猫たちは口の周りをぺろりんぺろりん。
さらに前足を口の前にもってきて、ペロペロからの顔をごしごし、ペロペロ、ごしごし。
こうなると、猫はひと休みに入るものなので、俺はクッションを創造してみんなに配ってもらった。
クッションを提供された猫たちは、すぐにどてんと横倒しになる猫もいれば、丹念に前足でふみふみする猫、クッションの上でくるりんと回りつつ伏せて丸くなる猫と、休憩の仕方がちょいちょい違う。
こうして状況が落ち着いたところで、俺は猫たちに約束していた報酬の準備に取りかかる。
猫たちが持って帰る、というのは大変だ。
なのでランドセルくらいの小さな荷車を用意し、取りつけた縄を咥えて引いていってもらうことにした。
荷車にたっぷりのち○~るが詰まった瓶を始めとしたおやつ類、それからマタタビの枝や葉がぎっしりの瓶、あと猫用のオモチャを積み込み、猫のお世話をしている神殿の人宛に『瓶詰めの液状おやつは一日に一、二回ほど。量はスプーン一杯くらい』と記したメモを添える。
さすがに五十ほどの数となると、用意するのも一苦労だが、幸い猫たちはうとうとし始めており、しばらくはお昼寝タイムになるので時間は充分にあった。
そんなとき――
「なーん、うなうなぅー、にゃうー」
シャカがやってきてなにかを訴える。
「クーニャ、なんだって?」
「猫たちが、今使っているクッションもほしいと言っているみたいです」
「あー、うん、じゃあ帰るときに載せるからな」
「みゃん」
満足そうに鳴くシャカ。
俺は皆にも手伝ってもらいながら、せっせとお土産の準備を続けた。




