第18話 そしてにゃんこへ
ゴーディンを連れ帰った日は、侯爵家がちょっと混乱したり、爺さんがストライキを起こしたり、何故かラウくんが綱引きの刑に処されたりと色々あったが、最終的には『魔界統一の後押しをして、ゴーディンにはとっとと犬狼帝になってもらおう』という俺の提案が認められ、会議の結果より具体的な計画――『狂犬の首にリード作戦 ~そしてにゃんこへ~』が発動することになった。
そして翌日早朝。
作戦遂行のため、まずは最初の標的となるお隣――ティグロッド王国へと俺たちはさっそく出発する。
この遠征に参加するのは、まず主役であるゴーディン。こいつがいなくちゃ話が始まらない。あと道案内役でもある。
次にシル。参加面子の輸送係。他国の王宮に直接乗り込むことが前提となっている当作戦において重要な役割だ。
ヴォル爺さんは説明係。たぶんいないと場がめっちゃくちゃになると思うのでこれも重要な役割。侯爵家の皆さんやルデラ母さんもそう思っているのか、くれぐれもよろしくと爺さんに頼みこんでいた。
クーニャは一応の権威づけ要員。あまり重要ではないが、当人が記録係として同行を熱望していたし、神殿関係者の記録というものは後々重要になると爺さんが言うので参加を認めることにした。
そして俺は……あれ、俺っていらなくね?
でもまあ発案者だし、見届け役ってことで一応同行する。
おチビたちはこの遠征についてきたがったが、シルの背に乗れる人数には制限がある。気球の籠のような物を用意して、ぶら下げていってもらうことは可能だが、今回は速度を出すようだし、そっちも保護するとなるとシルもさすがに大変だとあきらめてもらうことになった。
「すまんな、お前たちはお留守番だ」
「そんなー」
「どうしてもダメですかー?」
特にノラとディアが残念がり、あきらめきれぬと最終的には竜化したシルの足にしがみつくという強行策に出たが、ルデラ母さんに窘められて渋々ながら聞きわけてくれた。
そんなささやかな一悶着ののち、ちょっとしょんぼりなおチビたちや、心配そうな侯爵家の面々やルデラ母さん、特に変わりないエレザやアイル、そしてにっこにこのシセリアに見送られ俺たちは出発。
で――
「シルさーん、シルさぁーん、もうちょっとゆっくりでもいいと思うんですけどー!」
以前の遠征時など比べものにならない速度でシルは飛行。
「とっとと終わらせ、とっとと帰りたいのでな!」
「それはシャカの調子次第なんだけどもぉー!」
保護されているとはいえ、高高度を滅茶苦茶な速度で飛行するのは感動よりも恐怖が勝る。
そんなエキサイティングな空の旅がしばし続き、やがてティグロッド王国の王都に到着。
そのまま王宮の上空に移動するが、高い位置にいることもあって俺たちに気づく者はいなかった。
ここから多少は警戒心をやわらげるようにと、徐々にゆっくり降下していく、はずだったが――
「とう!」
そわそわっとしたゴーディンがシルの背からぴょーんと飛び降りてのセルフ投下。
あれだ、猫がお尻ふりふりして獲物に飛びかかるような感じだ。
「ええい、あいつもまた言うこと聞かん奴じゃな! シル殿、少し急いでもらえるか!」
慌てて降りていくと、ゴーディンがダイナミック訪問した王宮前は大騒ぎになっていて、衛兵がわらわらと集まってきている。
まあゴーディンはどこふく風と無駄に堂々としているのだが。
「お前な、段取りは決めてただろ?」
「すまぬ兄者、気がはやってしまったのだ」
厳つい顔なので、反省しているのか悪びれないのかがいまいちよくわからねえ。
すでにゴーディンは紹介をすませ目的を告げたようなので、ひとまず俺たちも簡単な自己紹介をしておく。
そして包囲されたまま少し待つと、偉い人たちっぽい連中がぞろぞろと俺たちの前に現れた。
先頭にいるのは、たぶんこの国の王様だろう。王冠被ってるし。なかなか迫力のあるおっさんだ。ゴーディンより一回り小さいが、これはゴーディンがでかいだけで、こっちの王様も普通にでかい。
「ゴーディン王か」
「いかにも。俺がゴーディン。ジンスフィーグの王にして、この魔界の覇者――犬狼帝となる男だ」
ゴーディンには真の目的については口にしないようにとあらかじめ言いくるめておいた。
いらぬ困惑を招き、話がややこしくなるかもしれないからである。
魔界を統一して犬狼帝になる。
目的はこれでいいのだ。充分なのだ。
「まさか単身乗り込んでくるとはな。進軍はこれを隠すための偽装であったのか?」
「そうではない。俺は軍を率いこの国を攻めるつもりであった。しかしその途中、使徒ケイン殿が俺の前に現れたのだ」
ゴーディンは自分の野望を砕くために俺が現れたと思ったこと。しかし協力してくれることになったことを説明する。
それを聞いたバイゼス王は……すごく困った顔をした。
「ケイン殿、進軍を止めてくれたことは感謝しかないが……あともう一声どうにかならなかったのか?」
「そればっかりは無理だったんだよ。だからなるべく被害が出ないよう考えて、もうこいつを各国の王の所へ運んで決闘させることにしたんだ。まあいきなり決闘だと言われてもはいそうですかって受けるわけにはいかないだろうし、詳しくはこっちの爺さんから聞いてくれ」
ここで俺は爺さんにバトンタッチ。
「すまんのう、急なことで驚いておるじゃろうが、使徒が関わるとこんなもんじゃからな、まあ狂犬に噛まれたと思ってあきらめてくれい。それで決闘についてじゃが、内容は単純じゃ。お主とそこのゴーディンが決闘をおこない、お主が勝てばジンスフィーグ王国が手に入る。負けた場合はゴーディンを魔界の覇者、犬狼帝にふさわしいとティグロッド国王として認めるんじゃ」
「……なに? 負けた場合の話がよくわからん。勝てば国が手に入るならば、負けたら国を奪われるのではないのか?」
「ゴーディンの望みは、魔界の国々を滅ぼし自国を唯一の国家にすることでも、各国を属国とすることでもなく、自国も含め覇者たる犬狼帝のもとに魔界の国々があるという状態なんじゃ。犬狼帝となった暁にはジンスフィーグの王位を退き、政からは離れるつもりじゃぞ」
「それは……いったいなんのための魔界統一なのだ……?」
「そ、それはじゃな、ニャザトース様への信仰故じゃ」
「信仰?」
「誕生後、乱世が続いた魔界が統一され、ようやく新たな段階へ進んだことを知ってもらうため……らしい。ゴーディンはその象徴になりたいというわけじゃ。本来であればそれを為すには戦争を起こすしかないが、そこの使徒が関わることになったのでな、犠牲なく実現が可能な状況となった。奇しくも魔界の王を決める準備が整ってしまったというわけじゃ。それで……決闘を受けるか? 代理人でもかまわんぞ」
「余はティグロッドの王である。この状況で受ける以外の選択肢などない。受けぬなど、そんなものは尻尾を巻いて逃げるのも同じ。その時点で王たる資格はない。誰の挑戦でも受け、撥ね除ける、それが王なのだ」
「潔いのう」
すんなり決闘が成立――かに思われたが、ここで口を挟む者が。
「陛下、お待ちください。一つ、確認したいことが」
「確認?」
「はい。唐突に現れ、陛下に挑もうというのはいささか図々しい話。逆に、例えば私個人が決闘を挑んだ場合……ゴーディン王、受けていただけるのかな?」
「無論、受けよう。誰であろうと、何人であろうと。俺に勝ったその瞬間から、その者がジンスフィーグの王となる」
『……!』
ざわり、と居合わせた者たちが色めき立つ。
そりゃ目の前に一国の王になれる機会が転がっているとなれば反応もするか。
だがこの反応は予想外どころか想定内(爺さんの)。
魔界において国内でそれなりの地位にあるってことは歴とした実力者なわけで、そいつらもきっちりしばき倒してやれば王様が勝手に決闘を受けて負け、ゴーディンの下につくことになった、なんてごたくを言うことはできなくなるし、実状を知らず吹聴する者がいても負けたみんなが対処してくれるだろう。
「ではゴーディン王、陛下に挑む前に私の挑戦を受けてもらえるか」
「む、抜け駆けは感心しませんな」
「誰が最初に挑戦するか、話し合いが必要なのでは?」
最初に挑んで勝てば国王。
ティグロッドの王様が連れてきた連中はちょっと揉め始める。
しかし――
「全員まとめてでも俺は構わん」
ゴーディンが言う。
それは全員一緒でも自分は勝つという自信の表れ。
「大した自信だ。ではまず我ら三人と戦ってもらおうか」
三人で戦って勝っちゃったらあとで揉めそうなものだが、それよりも舐められたのが我慢ならないらしく他の二人も文句を言わない。
どうやら最初の犠牲者はこの三人になるようだ。




