第12話 放蕩わん娘の帰還
反省はしている、でも後悔はしていない。
怒られた子供たちがどうもそんな感じなのは、思いっきり遊んでやったという達成感が胸を満たしているためであろう。
尻尾を丸めて、きゅう~んとしょぼくれているコボルトたちとはえらい違いである。
いや、メリアだけはどちらかと言うとコボルト寄りな感じではあるか。
さて、ひとまず『めっ』したお母さんたちは、そのあとこの泥まみれたちをどうするか二人してちょっと途方に暮れた。
と、そこで声を上げる泥まみれが一人。
「大丈夫、先生がいるから!」
もう嵐はすぎ去ったと、ノラは元気よく言った。
この発言、母さん二人はなんのこっちゃという感じだが、うちの面々はまあそうだろうという顔で納得。
仕方ないので俺は適当な場所に浴場を作り、タオルやお着替えも用意する。
突撃の第一部隊はおチビたち。
コボルトたち第二部隊は、おチビたちが出てからの突撃だ。
この浴場、お母さんたちには感謝されつつも、手間をかけさせたと謝られた。
そんなお母さんたちの気も知らず、浴場でも大はしゃぎしているのかきゃっきゃとにぎやかな声が聞こえてくる。
こうして子供たちが汚れを落としている間、ヴィリセア母さんはこのあと向かう屋敷に宛て、手紙をしたためた。
ペロが無事であったという報告や、俺たちを招待するといった旨の内容で、これを誰かに届けさせて先触れとするらしい。
やがて子供たちはすっかりきれいになって浴場から現れ、用意してやった風呂上がりのジュースをぐびびーっと一杯。
これでようやく移動ができると思われたが……しかし、ここで子供たちに異変が起きた。
おねむである。
泥まみれになって遊び、お風呂に入ってすっきりして、もう眠くなってきちゃったのである。
ちょっと前まであんなに元気だったのが、すっかり口数が少なくなり、ぼんやりした表情でゆっくり瞬き。メリアだけはキリッとしているが、これ必死に意識を保とうとしているやつだ。
おチビたちにテペくん、ペルちゃんと呼ばれるようになったペロの弟妹に至っては、よたよたと千鳥足でそこらを迷走し続けている。
ころんと転んだら、そのまま寝てしまうことだろう。
これにはお母さんたちも苦笑いを浮かべるばかり。
「馬車で寝ていってもらいましょう」
ヴィリセア母さんの提案。
それも手なのだろうが、それではおチビたちがぐっすり眠ることはできないだろう。
そこで俺は考えた。
まず屋根つきの大きな荷車を創造し、荷台に何重にも布団を敷く。
ここに子供たちを寝かせ、トロイに牽引させるのだ。
要は移動式天蓋つきベッド――のようなものである。
名付けて『ぐっすり御殿』。
見た目は実に貧相だが、俺はこれを『御殿』と言い張ろうと思う。
で、さっそく準備した『ぐっすり御殿』を見て、テペくん、ペルちゃんを抱えたノラとディアがもそもそとふかふか荷台に上がり込み、そのまますやっと。
ラウくんとペロもそれに続き、すやっと。
メリアは『いいの?』と目で確認を取ってきて、頷いてみせるとやや申し訳なさげに上り込んですやっと。
「当たり前のように眠りについたわ……」
「ずいぶん慣れているのね……」
「まあな」
褒められているような呆れられているような?
そしてシルが得意げにうーむうーむと頷いているのは何故?
まあともかく、こうして子供たちは夢の国という次の遊び場へと旅立ったので、俺は『ぐっすり御殿』をモードチェンジして馬型になったトロイに接続する。
「頼むな」
「はい、お任せください。子供たちの安らかな眠りは私が守ります」
トロイは無駄に意気込んで……ん?
なんかこいつ、デカくなっているような?
いや、きっと気のせいだろう。
いずれ『トロイの木馬』のように巨大になるとか想像したくない。
こうして準備は整ったので、俺たちはペロの実家――侯爵家へお邪魔すべく領都へ向けて出発した。
△◆▽
撤収作業が続く広場を後にした俺たち。
先頭はヴィリセア母さんとルデラ母さんが乗る馬車で、その後ろにヴォル爺さんを乗せ、『ぐっすり御殿』を牽引するトロイが続く。
それ以外の俺たちは、適当に御殿の周りをぶらぶら歩いた。
これは誰が馬車に乗るか揉めた(?)結果だ。
ヴィリセア母さんとしては、ルデラのほか、俺、シル、クーニャ、ヴォル爺さんあたりを馬車に乗せたかったようだが、俺としては馬車よりも歩いた方がいいので断り、続いてシルも断り、俺が乗らないのに自分は乗れないとクーニャも断り、ヴォル爺さんはトロイに乗るということで断った。
こうなると残るはシセリア、エレザ、アイルの三名だが、自分は乗れない、乗る必要はないということで、結果としてお母さん二人組だけが馬車ということになったのだ。
俺たちが向かう領都は試練の森の近くにあり、森の入り口広場から平原の向こうにちっちゃく見えるくらいの距離だ。
森と領都を繋ぐ道は、石畳ではないもののちゃんと土が固められた平らなもので、ぐっすり御殿のおチビたちはシェイキングされるようなこともなく、すぴーすぴーと安らかに眠り続けている。
「しかし絵図がすごいことになってんな……」
トロイに御殿を引かせてみて気づいた。
見た目のアレな爺さんが跨がる奇っ怪な木馬、でもって不可思議な荷車に積まれた眠る子供たち。
事情を知らない者が目撃すれば、こんなの誤解待ったなし、正義感溢れる者であれば、子供たちを助けようと爺さんに襲いかかることであろう。
でもって、いくら爺さんが説明しようが、誤解が解けることは決してないに違いない。
善意百パーセントなのにね、切ないね。
そんな世の不条理について思いを馳せつつ、領都までの道すがら、俺たちはこのあとどうするかを話し合う。
ひとまず領都に到着して、お屋敷に招待されて、事情説明につきあって、それからどうするかだ。
「まだシャカがお疲れな感じだからさ、お屋敷にお邪魔してあれこれ話をして、そのあとですぐ帰るってわけにはいかないんだ」
とはいえ、帰ろうと思えば、普通に魔界門を経由して汎界には戻れるのだ。シルがいるので、普通に歩いて帰るよりもずっと楽でずっと早く戻れる。途中で一泊するかしないかくらいではないだろうか?
まあ何名かは縄で括られてのエキサイティングな空の旅になるだろうが……。
「急いで帰る必要はないのですから、シャカ様の回復を待つのが良いと思います。ケイン様に責任がないことも伝わりましたし」
そう言ったのはクーニャ。
宿やセドリックにはスマホで連絡を入れたらいいし、何日か魔界ですごすのは特に問題がない。
むしろすぐに帰っちゃうのは、おチビたちが嫌がるだろう。
「ううぅ、私としてはすぐに帰りたいくらいなのですが……。ペロちゃんとの別れは寂しいですが、我が身が可愛いのです」
情けないことを言うのはシセリアで、この平和な行進でもいつ魔界の魔物に襲われるかと怯え、エレザの腕にくっついている。
「オレはしばらく残りたいんだけど。この魔界でなにかしらの手応えが欲しいんだ」
シセリアとは逆に、しばしの滞在を望むのがアイルだ。
実に両極端な二人だが、それ以外の面々は状況しだいといった感じでとくに希望はないようである。
そんな会話をだらだら続け、三時間ほどかかって領都へ到着。
その頃には、おチビたちも元気チャージ完了、すっきり目覚めてまたはしゃぎだしていた。
ノラ、ディア、ラウくん、メリアにとっては、初めて訪れるウィンディア以外の都市になるのだろうか?
いや、もしかすると故郷であるペロたちも、こうして都市を出歩くのは初めてのことなのかもしれない。
「あれ、ぼくのうちだよ!」
都市の大通りを進み、遠くに見えていた立派な屋敷の間近まできたところでペロが言う。
やがて門の近くまでくると、出迎えるために屋敷の人々が集まっているのがよく見えるようになった。
馬車は当然ながら普通に受け入れられたが……ヴォル爺さんが跨がるトロイ、それに引かれた荷台の上でぴょんぴょん跳ねてる子供たちは困惑をもって受け入れられた。
「ヴェロア!」
俺たちが到着してすぐ、まず正面で待っていた男性が声を上げる。
「ちちー!」
ペロが荷台から飛び降り、すててっと駆けてそのまま飛びつく。
「ちち、ただいま! じーじとばーばもただいまー!」
男性――ペロパパの近くにいたご老人は祖父と祖母か。
みんな顔をほころばせ、それを見た周りの使用人たちはよかったよかったと喜び、中には目頭を押さえる者もいる。
そんな家族再会第二弾を俺たちは見守ることになったが、しばらくしたところでヴィリセア母さんが言う。
「ほらほら、ヴェロアを送り届けてくれたお客様をお待たせしているわ。続きはあと。まずはおもてなししないと」
ヴィリセア母さんはそう促す。
ところがそこでペロパパやジージ、バーバは急に表情を曇らせた。
「ヴィリセア、実は国王が動いた。軍を率い、隣国を攻めるためこちらへ向かっている」
「は?」
ペロパパの話に、ヴィリセア母さんはぽかんと。
うん、なんかお宅にお邪魔してのんびりさせてもらうってわけにはいかないような感じだなこれ……。




