第4話 王が跨がるに相応しき
馬甘瓜をがつがつと貪るシセリア。
その様子は暴走した人型決戦有人ウルトラマンのようで、見る者に『捕食』という根源的な恐怖を与えるものであった。
「ふう、お腹ぽんぽこぽんです」
結局、シセリアは分割された頭二つを食べ尽くしたところで満足。
でかいスイカを一玉丸ごと食べたようなものだから当然だ。
きっと色々あってのストレスによるヤケ食いなのだろうが、それでも最近やたら食べまくっているし、さすがに太るのではないか?
まあ太るだけならいいのだが、今日を境に日に日に顔が馬面に近づいていくとか、そんな怪現象が発生しないことを祈るばかりである。
「どうですかケインさん、あのシセリアさんも大満足の美味しさですよ。これは世に広めねばもったいないとは思いませんか?」
「思わん」
シセリアという同好の士を得たファスマーは、馬甘瓜の栽培継続をお願いしてきたがもちろん却下だ。
こんなのヤクの売人がヤクをキメてる奴の様子を見せてセールスするようなものである。
問題はキマり具合とかトビ具合ではないのだ。
「はいはい、しまっちゃうよー。どんどんしまっちゃうよー」
「そんなぁ~」
灰はすべて畑に撒いたようなので、俺は危険物の可能性がある馬甘瓜を始めとして、生い茂る緑を畑ごとごっそり〈猫袋〉に収納する。
これはそのうち処分だ。
「ううぅ、せっかく育ったのに……」
がっかりするファスマーはちょっと可哀想な気もするが、さすがにこれはダメなのだ。
こいつが個人的に『怪異植物コンクール』とかに参加して、最優秀賞とかとりたいのならほっとくが、この世界の農業を発展させる一環としての取り組みがこの有様では困るのである、俺が。
こうして植物型モンスター系パニック映画のような未来が訪れるのを阻止したあと、俺は「頼むから普通の農作物を育ててくれ」とファスマーにお願いして、ひとまずヴォル爺さんの雇用がどうなったのか確認をするため学園長室に戻ることにした。
しかしその必要はないようで――
「ぬおぉぉぉ――――――ッ!」
爺さんの方からこっちにやってきた。
ダッシュでだ。
「出た! 出たぞ! なんか得体の知れぬものが出たぁぁぁ!」
爺さんはかなり慌てていて、すごい速度で走ってくる。
妖怪ターボババアならぬターボジジイだ。
さらに、そんな爺さんを追う別の怪異も姿を現す。
「お待ちください魔導士殿! どうか話を聞いてください!」
木馬魔人である。
「おいケイン、まだ残っていたようだぞ」
「あー、残ってたか……」
「残ってたみたいですねー……」
馬甘瓜、そしてそれを貪るシセリアという衝撃的なものを見たせいか、木馬魔人の登場は大した驚きをもたらすことはなく、それどころかいまさら感すらあるため、俺たちと爺さんの間にはずいぶんと温度差があった。
「なんぞ!? あれなんぞ!? なんぞ!?」
到着するなりヴォル爺さんは俺の背に隠れ、続いてやってきた木馬魔人はまず挨拶をしてくる。
「おお、これは創造主殿、ご無沙汰しております」
「ご無沙汰もなにもないが……お前やけに流暢に喋るんだな」
特殊個体だろうか?
それとも時間経過で成長したのか?
そんなことを思っていると、背中のヴォル爺さんが騒ぎだした。
「創造主じゃと!? やっぱりお主が関係しておったか!」
「やっぱりとは心外だが……なんだ、なにか悪さでもされたのか?」
「悪さというほどではないが、話がまとまったのでお主たちを捜しておったら突然現れたんじゃ。このわけのわからん見た目で、自分に魔法を放ってくれとわけのわからんことを言いだして、儂はもう恐ろしゅうて恐ろしゅうて逃げてきたんじゃよ」
「なにを情けない。見た目なんてあんたといい勝負だろうに」
「違うわ! 全然違うわ! 儂の方がかなりマシじゃわ!」
「どっこいだと思うが……まあそれで逃げてきたと。魔法をぶつけてやりゃよかったのに」
「魔法をぶつけてもらいたがる奴に魔法をぶつけるなんぞできるか! なにが起きるかわからんじゃろうが!」
実にもっともなことを言う爺さん。
遭遇した妖怪の言う通りにすると、だいたい酷い目に遭うものだ。
「まあ、とりあえず……片すか」
「創造主殿、お待ちください! 私は滅ぼされた同朋と違い、無闇に迷惑をかけるようなことはしておりません!」
「爺さんがめっちゃ怯えてるんだが……」
「そ、それは確かにそうですが、決して無理強いをしたわけではないのです。極上の魔導の気配を纏ったお方が現れたので、これはぜひとも魔法をぶつけてもらわねばならないとつい姿を現してしまっただけなのです。普段はこの学園の物置で大人しくしている無害な木馬なのです」
「確かに大人しくはしていたようだな……」
今日まで学園に潜み続け害を与えなかったことからしても、己の欲望(?)に忠実だった木馬どもとは違い自制心があるようだ。
「おい、話がわからんぞ。お主が学園に迷惑をかけたとは聞いたが、いったいなにをやらかしたんじゃ?」
ひとまず爺さんに学園の騒動がどのようなものだったのか詳しく説明する。
すると――
「付与でこんなもんが生まれてたまるかぁーッ!」
なんか爺さんはキレた。
「どうしてお主の魔法はおかしいものばっかなんじゃ!? ちょっとどうやって付与したか言ってみい!」
「どうやってもなにも、こう、魔法に強くなれーって念じて? そしたらこんな感じに育ってな」
「そんな馬鹿な!? 仕組みはどうなっておるんじゃ!? 仕組みは!?」
「いや仕組みとか言われてもそんなの無いし……」
「無いわけあるかぁー!」
キシャーッ、キエーッと爺さんは耳元で喧しい。
どうやったら大人しくなるのだろう?
そう思っていたところ、はたと静かになる爺さん。
「――いや、じゃが……そうか、そういうこと、か?」
「興奮しすぎて脳の血管が二、三本逝ったのか……?」
「違うわ! この流れで血管が切れたことに納得し始めるわけないじゃろ!? お主の魔法のことじゃよ! すべては強引に目的を達しようとした結果じゃぁ!」
「ほう、それはどういうことだ?」
シルが興味を持って尋ねると、爺さんは閃きを整理しようとしたのか一度黙り、やがて話し始める。
「儂からすれば魔法というものはの、自身と世界との妥協点を探す試みなんじゃ。それを此奴は無理矢理にねじ伏せて、己の望みが達成するよう求めた。そんな結果のみを実現させようとすれば世界は歪むし、その歪みは予想もつかない副作用をもたらすじゃろう。まあ要するに、このようにな。まったく、まさに混沌をもたらす者じゃよ」
「おい爺さん、あまり特徴的な表現をしないでくれないか」
いったいどこから広まったのか知らないが、薬草採取のため冒険者ギルドに出向いたとき、俺の通り名が〈猫使い〉から〈混沌の猫使い〉にパワーアップしていることが判明した。
ただその際、〈猫使い〉と聞いたメリアが「すてきじゃない……!」と好感度を上げたようなので悪いことばかりではなかったが。
「まあともかく、この馬をどうするかだな」
「さらっと流すでないわ! お主はちょっと魔導学を学べ! それで多少はマシになるから!」
「わかったわかった。そのうちな。で、この馬だよ。わりと話のわかる奴みたいだし、処分は……ま、爺さん次第か。処分する場合、魔法は効かないからあの黒騎士たちを喚んだ方がいいぞ」
「こんなことの対処に喚んだらそれこそ縁を切られるわ! そしたらあの者たちがなんのために死霊騎士になったのかわからんくなるわ!」
まったく、とぷりぷりしながらやっと爺さんは俺の背から出る。
「なんぞ儂次第とされてしまったが……どうしたものかのう」
「私は心優しい無害な木馬です」
「ちょっと黙っとれ。……ふむ、考えてみれば、この木馬は魔法を受けたいし、受けても効かんのじゃろ? ここは魔法を学ぶ学園、ならば魔法の的にでもなってもらえばよいのではないか?」
「願ってもない提案ですね。私の天職です」
「喜んどるみたいじゃし……それでええのではないか? じゃが本当にこやつに魔法は効かんのか?」
「んじゃ実際に試して確認したらいいんじゃね?」
こうして新任教員ヴォル爺さんによる、新しい学校備品となる木馬魔人の魔法耐久テストが実施されることになった。
△◆▽
木馬魔人の耐久テストは学園の運動場でおこなわれる。
魔導王の魔法が見られるーとはしゃぐ学園長の呼びかけもあって爺さんの同僚となる教員のみならず、全校生徒集まっての見学会。
この盛況ぶりに、主役となる爺さんは戸惑った。
「ちょ、ちょっとやりにくいのう……。こうも期待されるとそれなりに派手な魔法を使わねばならんが、万が一にも被害をだすわけにはいかんじゃろうし……」
木馬は運動場のど真ん中、見学者は外周と距離はずいぶん空いているものの、爺さんはそれでも慎重を期すようだ。
「いつでもいいですよー!」
一方、爺さんに魔法を放ってもらう木馬はもう待ちきれないといった様子で手を振ってくるのん気ぶりだ。
「仕方ない。ではちょっといってくるぞい」
ヴォル爺さんは俺たちから離れ、木馬にある程度まで近づくと立ち止まり、やがて呪文の詠唱を始めた。
そして発動した魔法――。
まず起きた変化は、木馬魔人を半球形――ドーム状の透明な障壁が覆ったことで、続いてその上空に青い球体が出現した。
「あれは……炎なのか?」
「そのようだな」
「綺麗ですねー」
球体自体は透明で、その青さは内部でうねる蒼炎によるもの。
けっこう凄そうな魔法だと思ったのはどうも間違いないようで、ちゃんと魔法を学んでいる生徒や、学んだ教員たちはどよめきつつもこのあと発動した魔法がもたらす結果を見逃すまいと食い入るように見つめている。
やがて青い球体はするすると落下を始め、そこで爺さんはやることはやったとばかりに踵を返しこちらに戻り始めた。
半球形の中心には、落下する青い球体を受け止めようとでもするように両手を挙げた木馬。
青い球体はそのまま半球形にとぷんと沈み込んだのち、直ちにその形を失い、ドーム内部を真っ青に染め上げた。
「いやあれホント綺麗ですね。魔法ってあんなに綺麗なものだったんですね」
そうシセリアはのん気な感想を述べるが、学園の生徒や教員はちょっとした興奮状態で、ここまで魔法の余波を消せるものか、そもそも一切の音すら封じ込めているのがありえんなどと騒いでいる。
そうこうするうちに爺さんは俺たちの所まで戻ってきて、そのタイミングで魔法の発動が終了。蒼炎は消え、役目を終えた半球形の障壁も静かに粉々、光の粒子となってふわっと辺りに散った。
「ほれ、どうじゃ、魔法を使った痕跡が一切残っておらんじゃろ? 魔法とはこのように、使ったあとの影響を考えるものなんじゃぞ」
確かに、すべては静かにおこなわれ、蒼炎に覆われることになった地面も周囲とまったく同じ色、変化が見つけられない。
ドヤ顔の爺さんにはちょっとイラッとさせられるが、確かにさすがは魔導王とでも言うべき実にスマートな魔法だった。
で、それは食らった木馬も同じ感想であるらしく――
「素晴らしい! 素晴らしい魔法ですよ!」
大はしゃぎ、めちゃくちゃ嬉しそうに駆けてくる。
「ええぇ……。いや、ええんじゃが、なんか自信なくすのう……」
ヴォル爺さんはちょっとしょんぼりだ。
「やはり私の目に狂いはありませんでした! 貴方こそ我が主! どうぞこれから私のことは気軽に犬とお呼びください!」
「いやそこは馬じゃろ。見るからに馬なのに犬とか呼んでたら、儂、周りからボケ老人扱いじゃろ」
「では牛と……」
「お主、儂の話ちゃんと聞いとったか?」
ヴォル爺さんの魔法にすっかり魅了された木馬魔人は、これから使い魔として仕えるつもりらしい。
「では主! ささ、どうぞ私の背に跨がってください!」
がばっとその場で四つん這いになる木馬。
その背にそそり立つ、人を苦しめるために存在する鋭い三角の台。
「アホかぁー! そんな尖った背に乗れるかぁーい!」
「ハッ! な、なんと、せっかく出会えた主をこの背に乗せることができないとは……! くっ、憎い、この背の三角が憎い……!」
「いや引っこめたらいいんじゃねえの? 元々は木馬だったのが人型になったんだから、頑張れば引っこめることくらいできんだろ」
「なるほど、さすがは創造主殿! では、うぬぬぅ……!」
四つん這いのままぷるぷる踏ん張る木馬。
やがて背の三角はじわりじわりと引っ込んでいき、それと同時にその姿は人型から馬型へと変化、人が跨がっても大丈夫な状態になった。
「やりました! やりましたよ!」
「でったらめじゃな。つかこれ本当に大丈夫なんか? うっかり躓いた拍子に飛び出してきたりせんじゃろな? 勢い次第で儂は股から真っ二つになるかもしれんからな?」
爺さんは不安そうだが、勝手に使い魔になった木馬はこれから爺さんを乗せることへの意欲を燃やしている。
これをあきらめさせるのはなかなか大変そうだ。
△◆▽
こうして新任教員となる爺さんのお披露目をかねた耐久テストは無事に終わり、俺たちは学園から宿に戻るとシルの要望通り空き地でマシュマロパーティーを開くことにした。
いっそ焚き火を起こすため木馬魔人を薪にしようとも考えたが、思いのほかほがらかな感じでおチビたちの相手をしていたので、もうちょっと様子を見ることに決める。
今回のパーティーは飽きがこないよう焼いたマシュマロに溶かしたチョコレートをつけたり、シロップをかけたり、クラッカーに挟んだりと変化をもたせた。
ディアから連絡を受けたノラとエレザがしれっと宿に戻って混ざっていたりするが、細かいことは気にせずみんなで楽しむ。
「ふっ、見ろケイン、見事な焼き加減だろう。ほら、食べるといい」
シルがせっせとマシュマロを焼いては俺に食えと渡してくる。
そんな大量には食べられないお……。




