第1話 その後の森ねこ亭
更新再開。
よろしくお願いします。
この度、『鳥家族』に新しく加わったアフロはウェスなんとか国の王子ヘイルと、その部下の三人だ。
あの騒動で発生したアフロは他にもいるが、バーデン商会を取り仕切っていた隣国の間者たちは親善大使となったメリアを見守る護衛として働くことになり、それ以外――普通の従業員たちはヘイベスト商会に引き取られた。
これからヘイベスト商会は何かと忙しくなるとのことで、元商会の人間というのは都合が良かったらしい。
ただ、バーデン商会は素行のよろしくない商会だったらしく、そこがちょっと問題であったが、再教育が上手くいったようで元バーデン商会の従業員たちは今のところとても従順に働いているらしい。
以前、ダメなら指導をお願いしたいとセドリックは笑っていたが、どうやら俺の出番はないままに落ち着きそうな感じである。
で、『鳥家族』の一員となったヘイルたちだが、最初はぶつくさ言っていたものの、今ではわりと馴染んでいた。
専門の調理人ではなく、鳥料理を学びつつ、主にそれぞれの特性を活かした仕事を受け持ち働く四人。
疾風の一号であれば素早い動きで迅速に配膳を行い、旋風の二号は店内の片隅で踊り狂い風を操っての換気、剛力の三号は膨大な鶏ガラスープが入った寸胴など重い物をひょいひょい運んだり、どの鳥料理がビールに一番合うかの議論(殴り合い)を始めたドワーフどもを外に放りだすなどである。
そしてヘイルは『鳥家族』の経理だ。
「ずさんすぎる……! 不可欠な油や調味料、そして酒がケイン頼みではないか! こんな状態で店舗を増やす? 世界に広める? 馬鹿な! ……なに? これから生産拠点を? これから!?」
現在の『鳥家族』の経営状態を把握したヘイルは、今後の経営方針や展開についてアイルとよく怒鳴り合っているのを見かける。
ヘイルからすれば俺ありきの事業拡大は無謀とのことで、とにかく『鳥家族』を大きくしたいアイルとはよく衝突するのだ。
結局、ヘイルはアイルに『鳥家族』の拡大計画をぶん投げられ、実現するにははどうしたらいいかとアフロが萎びるほど頭を悩ますことになった。
そんなヘイルの悩みは俺としても他人事ではなかったので、ヘイベスト商会や魔導学園を巻き込んでの展開を構想していることを説明したところ、そのビジョンを理解したヘイルはやたらやる気になった。
考えてみれば、こいつって使徒災害に対しての国家間同盟の構築とか一人でやっていたんだよな……。
なんとなくだが、アイルが『鳥家族』を軸とした関連事業の調整をするよりもヘイルにまかせた方がまだマシな気がする。
ある意味、アイルがぶん投げたのは正解だったのだろう。
そしてヘイルという意外と頼りになる部下を手に入れたアイルは、今日も元気に鳥料理だ。
頭の椰子の木にはヒヨコが鎮座しているので、カラアゲを揚げている時はちょっと見ていて危なっかしい。
うっかり鍋に落ちようものならヒヨコの丸揚げが出来上がってしまう。
とは言え、やたら気性の荒いヒヨコなので、熱々の油に落っこちようが、炎の中から復活するフェニックスのように平然と飛び上がってきそうな気もする。
そんなヒヨコの名前は『金色の鷲』にちなんでグロールと名付けられた。
だがあいにくと、その名で呼ぶのは名付けたアイルくらいのもので、皆はだいたい『ピヨちゃん』と呼んでいる。
ピヨは猫どもの熱い視線にも怯まないタフなヒヨコだ。
今のところアイル以外には懐いておらず、撫で回したくてそわそわするおチビたちには完全な塩対応。近くで眺めることくらいは許すものの、撫でようと手を伸ばすとけたたましくピヨピヨ鳴いて威嚇し、おチビたちをほっこり笑顔にさせる。
とにかくちっこくて可愛らしい金色のふわふわなので、威嚇されようが、手を突っつかれようが、おチビたちは楽しくて仕方ないのだ。
まあ持て囃されるのもヒヨコのうちだけだけ……って、あいつ成長するのか?
そして成長した場合、いったい何になるんだ?
ヒヨコだからニワトリ? でもあいつの大元は鷲だ。しかし鷲の雛ってのはあんな金色ふわふわではない。
うーむ、考えれば考えるほど謎が膨らむヒヨコである。
そしてそんな謎のヒヨコにちょっかいをかけるのがブームになっているおチビたちは、メリアという新しい仲間を加えてよりにぎやかになった。
ノラとディアは相変わらずメリアを冒険者仲間に加えるつもりでいて、きっかけになればとメリアを加えての薬草採取を企画。
「うん、確かに楽しかったわ。でも、あれって薬草採取とは違うんじゃない?」
聡明なメリアはあれが薬草採取という名のピクニックであると早々に看破した。
しかし友達と一緒に王都の外に出て、野外でお泊まりして帰ってくるという初めての体験は新鮮で楽しかったらしく、ノラとディアに混じってずいぶんとはしゃいでいた。
お供のフリードもこれまで走り回るとなると自然公園くらいだったようで、初めての野外でそれはそれは嬉しそうに駆け回った。
まあ途中からはペロに追いかけ回されて大変そうだったが。
結果から言えば、ノラとディアの企画した薬草採取は大成功だったのだろう。
二人が「また行こうね!」と言えば、メリアはまんざらでもないような顔をしつつ、仕方ないから一緒に行ってあげる的なことを言うようになった。
そして――
「あんな優雅な薬草採取があってたまるかい」
おチビたちの会話にしれっと混ざるのが魔導王ことヴォル爺さん(名前を短縮しての『ヴォケ爺さん』は頑なに拒否された)である。
意気揚々、生まれて初めての薬草採取だと勝手に参加して、何が気に入らないのかやたらと俺にツッコミを入れてきてうるさかった。
しかし採取作業時にはおチビたちに薬草学の講釈をしたり、夜は簡易宿泊所の入り口で魔除けになったりと地味に活躍したので同行を許したのはまあ正解だったのだろう。
そんなヴォル爺さん、今のところこの宿での仕事は軒先に吊されての魔除けである。
日が沈む頃に自ら軒先にぶら下がり、夜明けになると宿の裏に用意してやった地下室で棺に入って眠り、昼頃に起きてくるという生活だ。
自由時間はだいたい宿の食堂で猫どもと戯れたり、おチビたちに魔導学の基礎を教えたりと、気ままに過ごしている。
「ケインさんに師事していれば、いずれは猫ちゃんを出せるようになるかしら……?」
「お嬢ちゃん、いかん、いかんぞ……! そっち側に行ってはいかん……!」
△◆▽
そんな以前よりちょっとにぎやかになった森ねこ亭。
その日の午後、俺は食堂にてそわそわしたシルが見守る中、ドルコ親方に描き溜めた日本家屋のイメージ画を見てもらっていた。
「なあケイン、立派な調理場とかあると、私としては嬉しいのだが。なんたって私は料理をするからな」
「いやそんな唐突な……。もともと広い台所はあるけど、これじゃダメか? 大きな料理店の厨房みたいなのがあっても、さすがに持てあますと思うぞ?」
ちょいちょい入るシルの要望を交えつつ、ドルコには提出した絵でなんとなくのイメージを掴んでもらう。
ドルコの方針としては、まずイメージ画を元にした大きな建築模型を作り、その出来を俺に確認してもらってから本格的な建築を始めるそうだ。
「その模型って作るのに時間かかる?」
「元々この仕事が最優先じゃからな、今やっとる仕事を一時中断して大工衆総出、手分けしてやるからそうはかからん」
「ほう、そうか。よろしく頼むぞ。期待している」
ようやく建設に向けての動きがありシルはにっこり。
と、ここで何故か話し合いに紛れ込んでいたクーニャが言う。
「あのー、空いた場所に小さな神殿を建ててもらうことはできませんか? 納屋ほどのものでかまいませんので……」
小さな神殿って……神社の境内で見かける小さなお社みたいな感じでいいんだろうか?
それなら庭の片隅にあっても、そうおかしくはないから俺はべつにいいのだが――
「ええい、余計なものを追加しようとするな。私へ贈られる家なんだぞ。お前は自分の神殿が欲しいだけだろう」
「確かに自分の神殿は欲しいですが、『余計』とは聞き捨てなりませんね。ケイン様はニャザトース様が遣わした使徒様なのですから、小さくとも神殿を用意すべきだと私は思います」
なんかシルとクーニャが言い争い始めた。
ドルコが『どうするよ』みたいな目で見てくるが、俺だってどうしたらいいかわからない。
ただ、クーニャの言うことも微妙に納得のいく話だったので、シルが許すならちっちゃなお社、ダメなら神棚くらいは追加してもいいかもしれない。
そんなことをドルコとひそひそ話すも、ここでクーニャの肩を持つようなことを言えばシルがヘソを曲げるため、俺はとりあえずシルが言い負かされるのを待つことにした。
それでなんとなく眺めることになったのは、食堂の片隅にて俺が用意したケーキなどたくさんのお菓子に囲まれ、それをエレザに食べさせてもらっているシセリア・パティスリー男爵である。
「シセリアさん、あーんしてください。あーん」
「あーん……」
仲むつまじくはある。
が、その様子に百合百合しさといった尊い雰囲気は欠片もなく、例えるなら病人と介護人であろうか。
つい先日、シセリアは王様にその活躍を讃えられ男爵になった。
しかし男爵と言っても土地を貰ったわけではない。なんでもユーゼリア騎士団の騎士は隊長格になると名誉的な貴族に叙されるらしい。
王宮ではなく王都で活動する宮廷貴族とでも言えばいいのか、元々特殊なユーゼリア騎士団を有するこの国ならではの階級だ。
「うぅ、私がいったい何をしたって言うんですか……」
このところのシセリアの口癖がまた呟かれる。
功績の内訳としては、裏社会の者たちに一目置かれる押さえであり、混乱する魔導学園で生徒たちを助けるため奮闘、バーデン商会の爆発事故の際には騎士としていち早く現場へ駆けつけ対応し、被害拡大を防ぐためヘイルたちを騎士団の訓練場へと誘導、そしてヘイル一味の一人に見事勝利した、ということになっている。
短期間にこれだけの活躍(?)をした有能(?)な人材だ、王家としては『この娘はうちの子だかんな!』と内外に知らしめるためにも陞爵は必要だったのだろう。
「シセリアさん、今は難しいことを考えるのはやめて、美味しいお菓子を食べることに集中しましょう。はい、あーん」
「あーん……」
男爵に叙されたうら若き乙女ということで、現在シセリアはそれなりに王都で話題になっており、これまでは一部にのみ有名だったのが今では市民の一部、噂好きな者たちにも名が知られ、ついでに〈幻影〉という二つ名まで広まり始めているようだ。
ちなみに家名の決定には俺が協力した。
最初は軍を率いたおフランスの女傑にちなみ、『ラピュセル』とか『オルレアン』とかどうだろうと勧めてみたがどうも気に入らなかったようで、しかし自分では思いつかず、最終的には『ケーキ』にしようとか言いだした。
ケーキ男爵……。
さすがにあんまりだと思ったので、俺はケーキやパイなど、主に小麦を使った生地の洋菓子を表すパティスリーを提案し、シセリアが承諾したことでシセリア・パティスリー男爵が爆誕した。
英語の『ペイストリー』ではなく、わざわざ『パティスリー』とおフランス風を勧めたのは俺のささやかな意地である。
「エレザさん、私、将来はケーキを売るお店を開くんです……。ケインさんにいっぱいケーキを出してもらって、それを売るんです……」
「そうですか。それは素敵な夢ですね。はい、あーん」
「あーん……」
そういや洋菓子屋さんも『パティスリー』って表現するな。
適当な決定ではあったが、案外シセリアには合っているようだ。




