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彼の学校生活について

ルーク・ヘイルズは、上級貴族の息子として、親にはとても厳しく育てられた。


その理由として貴族にはやらなければいけないことがある。というのが父親の教えだった。


上級貴族ともなれば多くの人を動かしたり、領地を豊かにするために働いたり、文官とか騎士とか魔術師とか……色んなポジションで国を支えることもしないといけない。

つまり、身分に見合うだけの苦労がついてまわる。


自分が侯爵家の人間であるということは、そういった責任を持つということを父親はルークに教え、ルークもそれはよくわかっていた。いつの間にかルークにもそんな自覚が芽生えていた。


人に胸を張れる人間になれ。

そのために勉学でも何でも人より優れていないといけない。

父親の教えはもっともだった。

だけど、時折そんな全てから逃げ出したくなる時もある。

もっと自由に振る舞ったり、やりたいことをしたり、思い切りわがままを言ってみたいと思ったりもした。


今となればわかるけれど、まだ子供だったのだ。




魔法学校の広い敷地内には広い校庭があった。

その奥には古い大きな木が生えていて、行き詰まるようなことがあると、ルークはこっそりその木に登ることにしていた。


木登りは嫌いではなかった。むしろ好きだった。

だけど、子供の頃に従兄弟が木登りをしていて木から落下して大怪我をした時から、ルークは木登り禁止となった。

それに文句を言ったことはなかったけれど、でもまた世界から一つ、色が失われた気がした。



まだ少年だったルークは学校生活の合間にこっそり木登りをして、そこからぼんやりすることがあった。

辛い時や嬉しい時、何もない時も、よく木に登った。背の高い木の上から見ると、何だか気持ちが落ち着いた。


何か嫌なことがあったのか、と聞かれたら何もない。

何もなくはないけど、あったとも言える。言葉にできないような思いを抱えた時、ルークはいつもこの木に登った。

ただ、一人になりたかっただけなのかもしれない。



その日もルークは一人木に登っていた。

もう夕方で、少し冷たい風が顔を撫でて、それが気持ちよくて何だか降りられなかった。

そろそろ降りようかと思っていた時、下から男子学生の声がした。


『今日の試験、散々だったな』

『難しかったな』


自分とは違うクラスの男子学生たちだった。顔は見たことがあるし名前もわかるけれど、話したことはない。

彼らは今日結果が発表された少し前にあった試験の結果について話していた。


ルークは当然のように一位だった。そしてこれも当然のようにエマが二位だった。

実はルークは最近はちゃんと勉強している。その理由はエマが異常なほど勉強をするから、追い抜かれてしまうのかもしれないと焦る気持ちがあった。だから手を抜かずにきちんと努力している。


『またルークが一番だったな』

『いつもと同じだろ』


いつもと同じ。

こちらは努力をしていても、周りはそれを見ることはない。

努力の後に結果があったとしても、周りはそうは受け止めない。


勝てば当然。負ければ急に貶められる。

勝ち続けても、文句を言われる。疑われる。


だけど、その後もちょうど木の下で話しているのか、彼らの声は聞こえ続けた。


『優等生はいいよな』

『でもこんなに成績がいいっておかしくないか?』

『もしかして、試験問題を教えてもらっていたりして』

『まあでも公爵家のおぼっちゃまだからな』

『先生も甘く点数をつけているかもね』


すぐ近くにいるから、君たちの言葉が聞こえているよ。


そう言ってやりたかった。

それとも今すぐ木を降りて、わざとらしく挨拶をしてやってもいいかもしれない。


だけどすぐにその考えを頭から追い払った。

自分の努力を馬鹿にされたような気がして、腹が立ってもいた。だけど、貴族の息子がそんなことをしては失格だ。

言い返しても、反論してもいけない。


そう考えたら、急に全てがどうでもいいことのように感じられた。


でも、すぐに他の声が聞こえた。


『で、2番はあいつだったな』

『エマだろ?どうせルークには勝てないんだから、頑張っても無駄だよな』

『そうそう。身分だって違うんだし、張り合っても仕方ないよな』


それを聞いて、急にカチンときた。


エマはものすごい努力している。

その努力は絶対に貶されるものでは無い。


木の枝を持つ手に力を込めて、木を降りようとした。


だけど、その時に声が響いた。

「バカにしないでよ」


その声に、聞き覚えがあった。



顔を出すと、エマがその男子生徒に向かってツカツカと歩いていく。そしてそのまま彼らの目の前で手を腰に当てた。その顔が遠くから見ても、真っ赤で見るからに怒っている。


「あのね。私があいつに勝てないってどうしてあなたたちにわかるわけ?」

「今まで勝ったことないくせに」

「でも、これからはわからないでしょう?」


エマは腕を組んで彼らをじっと見つめた。

「私は絶対にあいつに勝ってみせるから、みてなさいよ」



その勢いに彼らが怯むと、エマはさらに一歩彼らに近づいた。

「それに、あいつが不正をしてるって言いたいわけ?」

それを聞いて驚いた。

「イヤ…そんなわけでは」

「言ってた。私は聞いたわよ」

エマは二人を睨みつけた。

「ズルをするような人が、ずっと一位でいられると思う?そんなことないでしょう」

二人は気まずそうに視線を落とす。

「少なくても、あいつはあんたたちよりもずっと努力していると思うけど、違う?」

エマはビシッと人差し指を二人に向かって指した。

「あいつはそんな人間じゃない。勝てないのは私の努力が足りないせいよ。私は頑張って、絶対にいつかあいつに勝ってみせるから!」


何というか、自分まで恥ずかしくなるような話だった。

だけどルークは目が逸らせなかった。

それどころか、胸がスッと軽くなるのを感じた。


だけどそこで一人の男子生徒がエマの肩をどんと突いた。衝撃でエマの体がぐんと揺らぐ。思わず体のバランスを崩して、そして大きな音を立てて尻もちをついた。

それをみて男子生徒が笑った。

「何だよ。万年2番のくせに」


もう我慢ができなかった。


ルークはスルスルと木を降りると、彼らの前に立ちはだかった。

にこりと笑顔を浮かべて彼らを見つめる。

「女性に暴力を振るうのは感心しないよ」


突然ルークが登場して、そして反撃をしたことに彼らは驚いて言葉を失った。追い打ちをかけるようにルークは彼らを見渡す。

「それから、僕は不正をしたことはないから。それだけは言っておくね」


結局二人はそそくさとその場を離れた。尻もちをついたままのエマに、ルークは手を差し出した。

「大丈夫?」

彼女が怪我をしていたら、それは自分のせいだから、ルークは胸が痛んだ。だけどエマは差し出されて手をつかむことなく、自力で立ち上がるとスカートの汚れを叩いた。そしてじっとみているルークに向かって眉を寄せた。


「な、何よ」

「別に」

だけどエマは何をどう勘違いしたのか、思い切り変な方向に怒りをぶつけてきた。

「どうせ、お行儀が悪いって言いたいんでしょう。そうよ、私は別に立派なお嬢様ではないからこんなきついことを言ってしまうのよ。悪い?だけど、たまたま避け損ねただけで、いつもなら簡単に転んだりはしないんだからね」

ルークが少しづつ近づくのを、エマは顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと言い訳をする。

「でもね、私だって、ズルをするあなたに負けたなんて思われるのは嫌なのよ。正々堂々あなたに勝ちたいんだから。わかるでしょ?だから簡単に負けないでよ。私が軽い人間みたいでしょう……」


ルークはなんだかおかしくなって、つい笑ってしまった。

「な、笑うなんて失礼でしょう?」

「でも、少し嬉しかったよ」

「は?」

「僕のこと、信用してくれて」

ルークは笑ってエマを見つめた。エマの目が見たことないくらい見開かれていた。


素直にありがとうと言って終わりにすればいいのに、口を開いてルークはわざと嫌なことを言ってエマをいつものようにからかってしまった。

「ズルをして君に勝ったなんて思われるのは心外だよ。そんなことしなくても僕なら君には余裕で勝てるけどね」

「ちょ……」

「それに、あんなことを言われたって僕は痛くも痒くもないよ。別に君の力を借りなくたって、自分の力で何とかできる」

「何よ。大体あなた木登りとかしていいと思っているわけ?落ちたらどうするのよ」

「僕はそんなヘマはしない」

「はああ?そもそもあなたになんて助けてもらわなくても私は一人であの二人に言い返せたんだから」



それからエマはいつものようにルークに噛み付くようにして文句を言っていた。ルークもいつものようにそれを交わしながら、いつの間にか笑顔になっていくのを感じていた。

さっきまで失われていた体温が戻ってくる。


こんなふうに彼女と笑いあっていたら、さっきの嫌な気持ちはどこかに行ってしまった。




その日から、木に登って考えるのは大半がエマのことになった。

彼女は驚くほど自由で、素直で、そして自分の近くにいる人よりもずっと、自分のことを理解していた。

それに安心して、つい彼女に声をかけてしまうのだとわかっていた。


彼女とのことを木の上で考えるのがルークの日課になって、その後ルークが成長して木に昇ることをやめた後でも、エマのことを考えるのは続いた。



だけど、エマが男子生徒とケンカをした日の夜。

一人で寮の部屋のベッドで眠る直前に、ルークの頭に浮かんだことは絶対に誰にも言わないことにした。


もし、世界で一つだけわがままが言えるなら……

神様は僕に彼女をくれないかな。



そう思ったのは心の奥に丁寧にしまっておく。

こんなことが知られたら、きっと彼女は顔を真っ赤にして怒るから。



それが、彼が彼女に抱く恋心の始まりだとは、まだルークにはわかっていなかった。



エマと同じで、ルークもまた子供だったのだ。




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