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恋愛小説で学んでおくべきこと

エマとルークはしばらく見つめあっていた。


ついさっきのルークの質問に、エマはすぐに答えることができなかった。

答えを待ちかねたように、ルークが口を開いた時だった。

エマは体の左側からドレスを引っ張られた。


「え?」

顔を向けると、いつの間にかエマの背後に来ていたロキがエマの服の袖を噛んでいた。ぐいっと引っ張って、エマの気を引こうとする。

「どうしたの?」

エマは体をロキに向けた。そのせいで、ルークと繋がっていた手が離れてしまった。

ロキはエマの膝の上に前脚をかけると、エマの体に自分の体を寄せる。


「どうしたの?何かあった?」

エマの首元に顔を寄せて鼻を鳴らすロキを、エマは両手を伸ばして抱きしめる。ロキのふさふさの背中をゆっくり手であやしてあげると、少しづつ落ち着いてきた。


「君に随分懐いたんだな」

呆れたような声がした。

「でも、今日パトリシア王女が来たときは、吠えて大変だったのよ」

「……飼い主に似るからな」

後ろでルークが笑った気配がして、だけどエマは振り返ることができない。


だって、振り返ってルークと目があって、どんな顔をしていいのかわからない。

あの会話の続きをされても困る。

だから、ロキに夢中になっているふりをする。


そうしたら、振り返らなくていいから。

聞きたくない答えも、聞かなくて済むから。




だけどその時、エマの肩越しに手が伸びてきた。

その大きな手はエマの肩をこえて、ロキの頭をそっと撫でる。優しくひと撫ですると、ポンと軽く叩いた。

そして背中から、ちょっと怒ったような声がした。


「ロキ、いくらなんでも長すぎ。もう離れて」


するとロキはじっとエマの後ろを見て、すぐに体を翻すと庭へと走っていった。エマはその後ろ姿が遠ざかるのを見て、今度こそ困ってしまう。

どうしたらいいのか考えていると、ため息混じりの声が聞こえた。


「言っておくけど、ロキはオスだからね。あまりベタベタするのは良くないよ」


ロキの頭を撫でた手は、エマの体に回される。

そのままエマの体を後ろに引き寄せて、あっという間に囲ってしまった。


体の前にルークの腕が交差して、背中にルークを感じたと思ったら、右肩の上に顎が載せられた。

想像したこともないことが起きて、返事もできないくらい、エマは驚いていた。

ものすごく当たり前のように、ルークはエマに触れて、抱きしめた。



「心配してもらって悪いけれど、今回のことは僕にはなんの影響もないから、安心して」

ルークは前に回した手で、そっとエマの手を叩いた。

「だから君が気にすることは一つもない。何も考えずに元気になってくれればそれでいい」

「でも……」

「君、僕がこんなことでダメになる人間だと思っているの?僕の力を見くびらないでよね」

ね、励ますように、体の前で握りしめているエマの手に、自分の手を重ねた。


視線を右に移動すると、ルークと視線があった。

なんだか気まずくてエマはすぐに視線を逸らす。


エマは思い切って口を開いた。

「そろそろ仕事に戻ろうと思っているんだけど」

だけど、途端に隣から不機嫌なオーラが漂ってきた。

「まだいいんじゃない?」

「でも……一応、私のことを必要としてくれているみたいだし」

「君を必要としているのは、王宮だけじゃないよ」

「でも……」


ルークはエマから視線を逸らせて前を向くと、エマの手に自分の指を絡めるようにして握った。

そしてコホンと咳払いした。



「……ここに、いれば?」



ルークの言葉にエマは思い切り眉を寄せた。


ここにいるって、どういうこと?

今、エマはここで仕事らしいことを何もしてない。


エマは首を傾げる。

眉を寄せてルークを見ると、ルークは照れたような、困ったような笑顔になった。


「ここにいるって……無職ってこと?」

「無職……そうだな。無職といえば無職だけど、やることはたくさんあるよ。メイドの管理とか、領地のこととか」

「なんだか難しそう」

「……思うほど難しくないよ。僕も一緒にやるし」

エマは考え込む。

「できるかしら、私に」

「できるよ、絶対」

励ますように、手を握られた。

でも返事がすぐにないことに気づいて、ルークはため息をついた。


「決心できたら、いつでも教えて」

「急がなくていいの?他にいい人がいたら、その人にしてもいいのよ」

「………それは、ない。絶対に、ない」


ルークは何度も念を押すように言った後で、大きく息を吐いた。


「それより、まだここにいなよ。王女は人使いが荒いから働くのはもう少し先がいい。足だってまだ治ってないし。完全に治るまではここにいなよ」


ね。そう言って甘えるように額を私の肩につけた。

それに、落ち着いたはずのエマの心臓が、反応してしまう。



いったいどうしたのだろう。

ルークはおかしくなってしまった。

毎日喧嘩ばっかりしていたのに、こんな風にエマを抱きしめるなんて、おかしい。

こんな風に……まるで大切なものを扱うようにエマに触れるなんて。


でも一番おかしいのは、抵抗しない自分だとエマはわかっている。

今だってエマを囲むルークの腕は、全く力が入っていない。

逃げ出そうと思えば簡単に逃げられる。なのに、そうしない自分がいる。


それどころか、別のことを考えてしまう。


もし逃げたら、この人は私を追ってくれるのだろうかって。

一度手を離したら、もうこんな風には抱きしめてくれないのかなって。


ルークが追ってくれなかったら、自分がとても落ち込むことも、エマはちゃんとわかっている。

エマは体の前で自分の両手を握りしめた。



勇気を出して顔を上げると、エマはルークの腕に自分の手を重ねた。

「ねえ」

「何?」

エマは顔をルークに向けると、その目をじっと見つめた。

「助けてくれて、ありがとう」

ルークは息を飲んだ。エマに顔を寄せてじっと見つめてくる。

それが恥ずかしくて体を反らせようとして、だけど、ルークの腕が逃げることを許してくれなくて、気がつけばルークの顔が目の前だった。


「どうしたの?急に」

「ちゃんと言っていなかったから、きちんと話したかったの。……私を助けてくれたことも、それから今のことも、ありがとう」

あの時、本気で死ぬかもと思ったのは本当だ。

死なないまでも、酷い目にあったのは間違いない。


いまこんな風にしていられるのも、全部、ルークのおかげだ。


「本当に、ありがとう」


ルークはそれには返事をしないで、代わりに腕に力を込めた。

じっと前を見て、目線だけエマに向けて、視線が合うと、気まずそうにずらした。

「言葉だけじゃなくて、態度で示してくれてもいいよ」

その時のルークは、いつもより少しだけ早口だった。


「………どうやって?」

考えても答えがわからなくて、エマは聞き返す。

ルークは横目でエマを見て、視線が合うとふいっとそらした。

「……もう、いい」

ルークは視線を前に戻してため息をついた。



「君は王女が読んでいるあの恋愛小説で、少し勉強した方がいいな」



その横顔は、少し拗ねているように見えた。



わずかに視線を伏せたルークの横顔は、一枚の絵画のように美しくて、エマは思わず見惚れてしまった。

もともと綺麗な顔だけど、こうして思い悩んでいる顔は憂いがあって、実はエマはとても気に入っている。

もちろん、そんなことを本人に言うつもりはないけれど。


思い悩ませているのが自分だと思いもしないエマは、笑顔になった。



「この庭、きれいだね」

エマの言葉にルークは小さく笑った。

「そうかな。見慣れていてわからない」

王宮の庭にも負けない素晴らしい庭を前にして、エマはついお説教してしまった。

「こんなにキレイなのだから大事にしないと」

「そんなに気に入ったなら、君にあげるよ」

今度こそエマは目を見開いた。

「ダメよ。この家はルークのものじゃない」

「なら、半分あげる」

「バカ言わないで」


それから二人でいつものように言い合いをした。

ヘイルズ家の庭から見る夕日はとても綺麗で、それがすっかり沈むまで、一緒に見ていた。

風が冷えてきたら、ルークが自分の着ていたローブの中に、エマをすっぽりと包んでしまった。

「これなら、寒くない」

そう言ったルークに笑顔を返しながら、

実は甘えているのは自分かもしれないとエマは思った。




結局ルークはその後もまだエマの足は治っていないと言い続け、エマが仕事に復帰したのはそれから10日後になる。


その間、ルークとは毎日会うようになった。

二人で食事をしたり、お茶をしたり、それからロキと一緒に散歩もした。


エマにベタベタするロキを、ルークは時々苦い顔で追い払って、

夜に当たり前のようにエマのベッドで寝ようとするロキを、もっと苦い顔で追い払った。


「何度も言うようだけど、ロキはオスだから。旦那以外の男をベッドにあげるものじゃないよ」


そう言って嫌がるロキを無理やり自分の部屋に連れ帰った。




そしてとうとうエマが仕事に復帰する日が来た。

別れるのは寂しくて

「いつでも帰ってきてください」

そうハンナが言ってくれた時に、思わずエマの目に涙が浮かんでしまった。

ロキが寂しそうに泣くから、「また来るね」と何度も言い聞かせた。


王宮まで向かう馬車にルークと二人で乗り込んだけれど、エマはヘイルズ家が見えなくなるまで、窓の外を見ていた。

「君、見過ぎ」

「だって寂しいもの」

「またいつでも来ればいいだろ」

ルークは呆れたように肩をすくめた。

「あの家は、半分君のものなんだから」

まだ言っている、とエマは笑った。



******


「エマ!戻ってきてくれたのね!」


いつもの朝食後のお茶会に現れたエマを見て、パトリシアは駆け寄って抱きついてきた。

「元気そうでよかったわ」

そうして、エマの隣に当然のように立っているルークを睨みつけた。

「誰かさんがエマを返して(・・・)くれないから、そろそろお父様に言ってなんとかしてもらおうと思ったのよ」

「まだ体調が万全でないのに復帰して、ちゃんとうちに返して(・・・)もらえないのではないかと心配で、仕事をやめさせようかと思いました」

ルークの言葉にパトリシアは眉を上げた。


「ちょっと、勘違いしないで。エマの雇い主は私なのよ」

「そうですか。でも今回のことで、今後は我がヘイルズ家がエマの後見人になることにしましたので、うちとしてもエマを危険な場所には出せないですね」

「なっ……相変わらずね。大体どうしてあなたの家が後見人になるのよ。私にしなさいよ」

「断ります」

ルークとパトリシアのギスギスした会話を苦笑いで聞いていると、ふとエマの手が取られた。


顔を上げると、皇太子がにっこり笑ってエマを見ていた。

「エマ、あの二人は放っておいて、お茶を飲もう」

そう言って、いつもパトリシアが座っているソファにエマを座らせようとする。

「いや…それは」

「いいんだよ、どうせ長くなるから。あの二人は無視しよう」


エマがいない間、毎日あの調子だったんだ。

うんざりした顔で皇太子はぼやくと、強引にエマを自分の正面のソファに座らせようとする。

エマが慌てて断ろうとしたら、それより先にエマの体に腕が回ってルークに引き寄せられた。


振り返るとルークが苛立った顔で皇太子を見ている。

「そこは王女の席なので、エマはいつも通りこっちのソファです」

そう言って空いている手でいつもエマとルークが座る二人がけソファを示した。


皇太子はそれを聞いて嬉しそうに笑って、エマを見て笑った。

「じゃあ、今日はエマと私でこっちに座ろう」

体を翻してそのままエマの手を引いて二人がけソファに向かおうとするから、今度はルークがエマの体に回した腕に力を込めた。


「ダメです。ここは僕とエマの席です」

「たまには変えてもいいだろう」

「ちょっと……朝からめんどくさい人ね。あなたたちも人前でベタベタするんじゃないわよ」


皇太子は変わらず笑顔でエマを見て、ルークは絶対に離さないと腕に力を込める。


場が収まらない事を感じたエマは、大きな声を出した。


「あの!」


エマは3人の顔を見た。

「私、自分の荷物の整理をしたいので、一度女子寮に行ってきます」

3人はとても驚いた顔をした。


「いや、それなら僕もいくよ」

「何言っているの?女子寮なんだからルークが入れるわけないでしょう」

「お茶の後でいいだろう」


口々に話す3人に向けて、エマは大声を返した。

「一人で大丈夫です」

エマはそう言い置いて、部屋を出た。

でもこのうるささも懐かしいと思って苦笑いした。




ひとまず部屋の様子を見ようと向かった女子寮で私は衝撃的なことを知ることになる。


女官が増員されるため部屋が足りなくなり、自宅が近い女官は自宅から通うことになった、らしい。

女子寮にそのまま住むには申請が必要だったようだけど……その期限はエマが気を失っている間にとうに過ぎていた。


「バートンさんのお部屋はないですよ」

「え?」

「荷物は今日中に持っていってくださいね」

「え、私の家は遠いので通えません」

「うーん。今から言われても困るんですよね」


管理人は困った顔をしながらもキッパリと私を拒絶した。



結局帰る場所がなくなったエマは、ヘイルズ家に戻ることになった。


王宮に部屋を用意するというパトリシアと皇太子と、ヘイルズ家に連れ帰ろうとするルークの争いはかなり白熱し、エマはぐったりしてしまった。


ヘイルズ家に戻って、お別れをしたはずのハンナや執事に会うのは、正直かなり勇気がいったけれど、

「おかえりなさいませ」

そう言って迎え入れてもらった時、エマはとても嬉しくなった。


「ほら、早く」

そんな声とともに、エマの背中にルークの手が添えられて、

そっと中へ押し出して、離れていった。



学生の頃、あんなに喧嘩ばかりしていたルークと、こんな関係になるなんて想像もしなかった。でも、もしかしたら、とてもいい関係になっているのかもしれないと最近のエマは思っている。



そして、ルークに出された宿題を解くために、

恋愛小説を読んで勉強してみようと思った。





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