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夜のドライブ

作者: 賀来文彰

 数年前。

 俺は一日中ごろごろと過ごすだらしない生活をしていた。


 大学デビューに失敗し、女子との甘い話やサークル仲間といった青春に恵まれず、ただただ四年の月日が流れるのを待っていた。


 そしてやっとなれた社会人。

 でも、初めての就職先はびっくりするくらいにつまらなかった。


 友人も趣味もなかった俺は、退屈な日々の繰り返しに嫌気が差して、週末に夜のドライブをするようになった。


 その間だけは、周りの全てが自分の意のままになる感覚を味わうことができた。

 少し車を走らせれば人気の無い山に行き着くことができるのも、この趣味とも呼べない週一回の密かな楽しみの後押しをしてくれていた。


 その山の頂上近くには古ぼけた広場がある。きっと随分と昔にあった何かの施設の駐車場だったんだろう。

 俺はそこで車を停めると、麓のコンビニで買った缶コーヒーをゆっくりと飲みながらロクに吸えやしない煙草をフカすなんてニヒルなことをやっていた。


 その日もいつものように、麓のコンビニで缶コーヒーと煙草を買った俺は車をのんびりと走らせると、もはや自分だけの指定席のようになっている広場へと向かった。


 広場へ着くと、一台のワンボックスが停まっていた。さっきのコンビニで見た車で、カップルで仲良く買い物をしていたのが不思議と記憶に残っていた。

 今までにこの場所で別の誰かと出くわしたことがなかったので、俺は若干の気まずさを覚えながらも車を停めた。


 缶コーヒーのフタを開け、新品の煙草の封を切っていると、少し先に停まっているワンボックスが目に留まった。

 よく見なくても車は不規則なリズムながらも揺れている。時々揺れが大きくなることもあった。


 それで全てを察した俺は、途端に萎えた気分を抱えたまま車を発進させる。何だか自分の居場所を汚されたような気持だった。


 何だかもやもやしつつも山を下っていると、左手に一本の脇道が続いているのが目に留まった。


 そんな道があったことに今まで気付かなかったことに驚いたが、気分転換に探索するのも良いかと考え直した俺はハンドルを切ると、その脇道を進んだ。

 普段の自分ならそんなことはしないが、直前のバカップルの行動にかなり気持ちをかき乱されていたのかもしれない。


 その山道は長らく使われていなかったのか、舗装こそされた形跡があったものの少し走るだけでガタガタと車が揺れるような状態だった。

 しばらく道のりのままに走り続けると、地面の小石が何度も車体に跳ね返る音が聞こえてきた。一、二回程度ならまだ我慢できるものの、それが何度も続いてはたまらない。


 仕方なく俺は車を停めると、ハイビームにして道の先を照らしてみた。


 すると目の前に一つのトンネルが姿を見せた。


 車が通るには問題ない感じだったが、随分と長いのか奥の方がどうなっているのかは分からない。

 正直、ここで引き返すか迷ったが、せっかく来たんだからもう少し先まで行ってみようと思う心の声に従って、俺はその先へ車を走らせた。


 ライトが照らす壁は水の滴った跡や汚れのようなシミに溢れていて、長年放置されていたのがよく分かる。

 地面も相変わらずガタガタとしていたが、俺は柄にもなく咥え煙草なんかをしてカッコつけながら車を走らせ続けた。


 五分程走ると出口が見えてきた。トンネルを出た俺はその先に広がる景色に思わず息を呑んだのを覚えている。


 そこは大きな池だった。森の木々がそこを囲うように生えている。雲に隠れつつある月の光が水面に鈍く反射していた景色はどこか幻想的だった。


 思いがけない景色との出会いにテンションの上がった俺は、虫嫌いなことも忘れて車の外に出た。もっと間近でこの景色を楽しみたい。そんな思いだった。


 その時、ばしゃりと水面を何かが跳ねる音が聞こえた。


 気になった俺はその正体を見ようと、更に足を進めた。


 その途端に何とも言えない奇妙な音が響いてきた。驚いた俺は足を止めて耳を澄ませた。

 するとその音は徐々に大きくなっているのが分かった。いや、違う。近付いてきていた。


 俺はすぐに車へ逃げ込むと、急いでエンジンをかけようとする。でも、どういう訳かエンジンは中々かからなかった。

 震える手を必死に抑えてエンジンをかけようとしている間も、その音は近付いていた。


 やがてその正体が助手席側に見え始めた。


 木々の間を小さな誰かが走ってくる。それに気付いた俺は半狂乱になってエンジンをかけようとしたが、中々思い通りにならなかった。


 ようやくエンジンがかかった時、助手席側の窓が強く叩かれた。それまで必死にそっちの方を見ないようにしていたが、その衝撃の大きさに思わず俺は視線を向けてしまう。


 そこにいたのは小さな男の子だった。


 泣きじゃくりながら必死に窓を叩いている。その手のひらは怪我をしているのか血に濡れていた。


 一瞬、幽霊だと思ったが子供の必死な様子にほだされて、俺は助手席を車の中から開けた。

 途端に子供が駆け込んできて、大声で泣き始めた。


「助けてください!助けてください!」


 泣きながらも必死に叫ぶ子供をどうなだめようかと考えていると、急に池の方へと意識が向けられた。


 車中にいるはずなのに、ばしゃりという音が聞こえた。

 それは何度も繰り返され、その間隔は段々と短くなっている。


 そこから逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、どういう訳か身体は動かなかった。

 そしてひと際大きなばしゃりという音が聞こえた時、水面に不気味な影が現れた。


 いつからそこにいたのか分からない程、当たり前のようにその場所にいた影はゆっくりとこちらに近付いていた。

 どろどろとした形だが、不思議と人であるようなイメージが湧き上がってきたのを今でも覚えている。


 その影は手のようなものを伸ばすと、こちらに向けてくる。


 その時になってようやくエンジンがかかった。俺は急いで車を走らせると、アクセルを踏み込んで元来た道を引き返した。


 そこからのことは余り覚えていない。ただ、あの池で出くわした子供は幽霊なんかじゃなかった。


 泣きじゃくるその子供はずっと親から虐待されていたと訴えかけてきた。それは日に日に酷くなっていったそうだ。

 そして今日、いきなり車に乗せられてここまで連れてこられたという。尋常じゃない両親の目つきにいよいよ怖くなって、隙を見て逃げ出して隠れていたそうだ。


 でも、明かりのない森の中ですぐに道を見失い、ずっと彷徨っていたという。

 そこに偶然俺が通りかかったから、必死に助けを求めたってことだった。


 警察に引き渡した後、その男の子がどうなったかは知らない。ただ、しばらく経ってからニュースで二人の若い夫婦が子供への虐待容疑で逮捕されたのを知った。

 再婚相手がDV男で、母親も徐々に洗脳されていったらしい。こういう嫌な話ではよくあることだ。


 どうも神隠しに見せかけてあの山に子供を捨てようとしていたらしい。必死に抵抗して逃げ出していなかったら今頃どうなっていたのだろうかと思う。


 その夫婦には心当たりがあったが、今の自分にはもうどうでも良かった。

 子供は助かった。あのワンボックスの中で何が行われようとしていたのかなんて考えたくもない。


 ほとぼりが冷めた頃、まだ明るいうちに例の池を見に行こうとしてみたが、そこには池はおろか脇道すら見当たらなかった。


 あの日に起きたことは何だったのだろうかと今でも思うことがある。あの不気味な存在は子供を救わせる為に俺をあの場所へ呼び寄せたのだろうか。

 でも、もしそうなら、どうしてすぐにエンジンをかけさせなかったのだろうか。


 そもそも隠れていたのは本当に子供だけだったのだろうか。

 多分、あれもあの場所でずっと隠れていたんじゃないかと思う。そして誰かが訪れるのをじっと待っていたんじゃないだろうか。


 そんな薄気味悪いイメージが浮かんで離れなくなって以来、俺は夜のドライブができなくなった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラースポットに導いていく書き方が絶妙でドキドキしました。 池から現れそうな怪異、窓を叩く少年と怖さ満載でした。 三 (lll´Д`)
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