【異界夜話】遠見(えんみ)
状況設定を少し加筆、修正しました。
3兄弟の末エリヤは、Dランク冒険者である長兄のブンド、次兄のタジクに連れられポーターをして糊口をしのいでいた。
3人分の装備を背負いうすのろと小突き回され、弓しか使えないのを臆病ものと馬鹿にされ、分け前も小遣い程度で、生傷の絶えない日を過ごしていた。
その日、ダンジョンに入った3人は、途中でカーナという美しい女に会った。
カーナは途中で仲間が死んで一人になってしまったので、一緒に連れて帰ってくれと懇願してきた。
カーナは自分が回復すれば魔法が使えるし、十分なお礼もする。何ならこのままパーティを組んでもいいと言う。
ブンドとタジクは冒険者になって5年以上になるが、依頼の失敗も多く、暮らしは貧しかった。
ブンドはカーナが入れば戦力アップになり、上のランクが目指せると考えた。タジクは粗暴な性格で酒を飲む仲間もいない。単純に女気の無い暮らしに嫌気が差していた。
そうした下心もあって、2人は喜んでカーナを連れて行くことにした。
しかしエリヤは面白くなかった。
この日のダンジョン探索はエリヤの冒険者のテストを兼ねていたからだ。
エリヤは養子だったが、死ぬ前に親同士がエリヤが15歳になったら一人前として扱い、報酬も3等分に分けるとの約束を交わしていたことを知っていた。渋る2人だったが、ならばテストに合格したらという条件で何とか了承させたのだった。
しかし、カーナと出会ったことでそのテストも雲行きがあやしくなった。
それが態度にでたためか、エリヤは途中で2人の機嫌を損ね暴行をうけた。2人にカーナが見ている前で力を誇示したいという見栄もあった。
「とっくに一人前だというんなら、こんなダンジョン一人で余裕だろ? これがお前のテストだ。せいぜい頑張んな、ハハハハハ」
抵抗もむなしくエリヤはアイテムもはぎ取られ、ダンジョンに置き去りにされた。
エリヤは途方に暮れながらも、意を決してダンジョンの奥へと進んだ。
何も持たず無策に出口を目指すより、カーナの仲間の装備がわずかでもあればと期待したのだった。
その甲斐あって、下の階層でエリヤは死にかけの男を見つけた。
男はキリトと名乗った。まだ生きていたが、深手で助けようが無かった。
キリトにはなぜか片目が無かった。聞けばカーナが抉って持ち去ったのだという。
キリトは半妖で、その血族は遠見の術という能力があるという。その能力の宿る目に執着していたカーナが、魔道具の材料にしようと奪っていったらしい。
キリトは自分の生き血を飲めば遠見の血族の亜種となり、術が使えるようになる。その能力を使えばここを脱出できるだろうとエリヤに言った。
そしてキリトは残ったもう一つの目を抉って、妹を訪ねて形見として渡してくれるようエリヤに頼んだ。
同時にエリヤは、血を飲んで亜種となったことは秘密にするようキリトに言われる。
それは同胞を傷つけた行為とみなされ、場合によっては血族のものにエリヤが殺されることもあるからだという。
キリトの血を飲んで手に入れた遠見の術を使うと、エリヤはダンジョンの形状と、ダンジョンのどこにどんなモンスターがいるのかが手に取るように分かるようになった。
そのおかげで、エリヤは高レベルのモンスターをやり過ごし、弓で倒せる低レベルのモンスターをなんとか倒して脱出を果たした。
エリヤはキリトの血の記憶をたどり、妹のいる遠見のかくれ里を訪れた。
キリトの妹、アマネは兄の死に涙しエリヤに厚く礼を述べた。
素性を尋ねられたが、別の遠見の血族だとはぐらかした。
その後エリヤは、冒険者では無く普通の狩人として暮らした。
遠見の術を使い、まずまずの猟果を得ていた。
そして時々獲物を持ってアマネのもとを訪れ、親しい間柄となっていった。
「また来てお話を聞かせて下さい。兄を感じられる事はもう他にないのです」
そんな折、タジクがエリヤを訪ねてきた。町で見かけて後をつけてきたのだと言う。
聞けばその後、ブンドはカーナとコンビを組んでおり、カーナを独り占めしたいブンドに邪険にされ、結局追い出されてしまったらしい。
タジクはエリヤにまたコンビを組むよう強要してきたが、明日返事をすると言ってその日は帰らせた。
「家は覚えたからな。うんというまで、何度でも来るぞ」
逃げられないと感じたエリヤは、タジクを殺すことにした。
翌日話を断ると、思った通りタジクは半狂乱になってエリヤを襲ってきた。
しかしエリヤには勝算があった。
山の奥にタジクを誘い込み、遠見の術で見つけておいた巨大熊をけしかけたのだ。
「エリヤ、助けろよ…エリヤ…兄弟だろう? …家族だろう?」
エリヤの名を繰り返しながら、巨大熊に引きずられていく瀕死のタジク。
エリヤは、今の暮らしを捨てて身を隠すことを決めた。
アマネを訪ね、エリヤは昔の悪い仲間に目を付けられたので旅に出ると話した。
するとアマネはここに住めばいい、エリヤが望むなら夫婦になってもいいと言ってくれた。
「それは有難いが…」
「そこで遠慮されては困ります。わたしはもう口に出してしまったのですよ」
「わ、わかった!」
そうして二人はかくれ里で暮らし始め、後にアケビと名付けた娘を授かった。
アケビが生まれたとき、エリヤは遠見の術にはいくつかの種類があることをアマネから聞いた。
空間を把握する能力。先のこと過去のことが分かる能力。禁忌の能力。
そして子供のうちは能力が安定するまで、特に禁忌の能力が出ないように面を被せるのだとも。
アケビもその面を着けている。
その日も狩りを終え、里に戻ろうとしたエリヤの前にブンドとカーナが現れた。
カーナの腕の中にはアケビがいた。エリヤを迎えに里の外に出て来て、捕まってしまったのだ。
聞けばカーナの持っている遠見の魔道具が使えなくなったのだという。
そのときタジクの話を思い出し、エリヤが生きているならばキリトから何か受け取っているに違いないと気づいて、エリヤを探しにきたのだ。
以前タジクから聞いたときには見間違いだろうと思ったが、藁をも掴む思いでここへ来て、山の中でタジクらしい死骸と装備を見て確信したという。
キリトから譲られたものはないと言うエリヤに、だったら何故お前は生きているのだとブンドが問い詰めてくる。しかたなくあの日のことをエリヤは答える。
何も得られないと知った二人はやけになり、こうなったら娘の目を代わりに貰っていくとカーナはアケビの面を外す。
アケビの目を見た途端、二人はぶるぶると震えだし、お互いを敵と思い込んで殺し合いを始めた。最後にはブンドの剣でカーナは腹を割かれ、カーナの魔法でブンドは黒焦げになった。
エリヤが気づくと、アケビのそばにアマネが立っていた。
アマネは静かな声でエリヤに別れを告げる。
遠見の術の禁忌は厭魅の術といい、人に過去の罪を見せて狂わせる能力だという。
そしてその能力を呼び覚ましてしまったものは、もう里にはいられないのだとも。
エリヤが嘘をついていたことを詫びると、アマネは辛そうな顔でそれはもういいのですと言った。
わたしも隠し通せればと思っていました。だからこれはきっと二人で背負う罰なのです、とも。
「お元気で。もう会うことも無いでしょう」
そう言い残すと、アマネはアケビを抱いてそのまま山へと姿を消した。