妖精の誘いに身を任せて
「良くやったわハルカ! 流石選定者ね」
「有難うクロエ。これではじまりの塔はクリアってことでいいのかな?」
「そうね、本当だったら元の世界に戻る橋がかかる場所に向かうんだけど。ハルカの場合はお母様を連れて帰らなきゃいけないから、こっちのレヴェラミラのイニティの街に行かなきゃダメよ」
「そっか、ずいぶんこの塔の中に居た気がするからなんだかこの塔がレヴェラミラだと思っていたけど違うんだよな」
「どうしたのよ、ハルカの旅はこれから始まるのよ? 街に行ってこっちの世界でも生活出来るようにしなきゃいけないのよ。少し大変かもしれないけど頑張りましょうね」
「あぁ、分かったよ」
この説明意外は親切なクロエは実はこの世界の中枢に近い存在だと思うと変に疑ってしまう。
「浮かない顔ね、大丈夫?」
本当にこちらを心配しているそぶりでこちらの顔を覗き込む。
「いやっ、近いって! もう、大丈夫だよちょっとこっちの世界でやっていけるか不安になっただけだから」
「あら、そうなの? そんなの大丈夫よ! なんたってこのクロエ様が付いているからね!」
腰に手を当てて可憐なドレスに包まれている膨らみを誇張するかのように突き出して偉そうにしているクロエを見ると、まぁ、騙されててもいいか(馬鹿っぽいし、何にも考えてないだろうし)と思ってしまう。そういう処世術だったとしらかなり恐ろしいがそれはないだろう。きっと、いや、絶対に。
「ぶふっ、ありがとうね」
「うわぁー、馬鹿にしたでしょー?」
そんなやり取りをしながら僕らははじまりの街イニティを目指し、長い回廊を歩いていく。
「まずは宿屋を取らないとね。宿屋でいったん身体を休めてからこの世界について学んで世界を回れるようにしましょう。それがアナタのお母様を探す最善のみちのりだと思います」
「そっか、いきなり母さんを探そうとしたら、どんな問題があるんだろう。少し考えてみてくれないか」
「そうですねまず死ぬわね。ハルカのステータスは低すぎるわ。何かトラブルに巻き込まれたら一発でおしまいになっちゃうわ。それを防ぐにはまずは身体を鍛えて鍛えて、旅が出来るぐらい強くならないと」
「でも! 時間を掛けてたら母さんは死んでしまうかもしれないんだろ?!」
やんわりと、クロエは僕を包み込むように小さな身体を寄せてきた
「あなたが倒れてしまったら誰がお母様を助けるの?」
言い返せない。確かに僕がこっちの世界で死んでしまえば、二度とここには戻れない。父さんとした約束が果たせなくなってしまう。
「……ごめん無駄に焦ってた。」
「そうね、無駄ね。でもアナタの気持ちは分かったわ。辛い道のりかもしれないけど、ゆっくり腰を据えて探さないとダメよ。何もあなた一人で探す必要もないのよ。例えば、ギルドに人探しの依頼をするとか、情報屋から情報を買うとかね。時間はかかるけど名誉貴族の称号を貰って権力をつかって人探しなんてのもアリかもね」
クロエが言う事はもっともだ、どのくらい広い世界なのか分からないが、自分一人で探しきれるわけがない。でも探す方法もちゃんとあるんだ。かすかだが光が見えてきた。
「でもどれもこれもこっちの世界のお金や時間、能力だって必要よ。今のあなたにはどれも欠けてしまっているもの。しっかり地に足を付けて頑張りましょう」
「よし、頑張るよ。まずは身体を鍛えたらいいんだな」
「そうね、何をするにしてもまずはお金よ! お金を稼ぐにはギルドが一番効率がいい方法ね」
「おぉー、テンプレだな。能力が認められてそのままギルド長に会えたりするのかな」
「何言っているのよ。認められるも何も、ハルカは登録料も持っていないのよ。無理に決まってるじゃない」
僕はわざとらしくひざをつき、うなだれるポーズを取った。なんてこった、本当に希望がおられるとこんなポーズをとってしまうのか。
自分のリアクションに呆れながらも、クロエのアドバイスに耳を傾ける
「まずは仕事よ! 一番てっとり早いのが、ギルドのクエストの下請けね! それか販売店の手伝いね。ハルカは体力がないから肉体労働系は厳しそうね」
驚いた、まさか現実世界で社会人デビューする前に異世界で社会人になるなんて。とにかく働かなければ。
「まずは定番の薬草集めね! これはこっちの世界では子供もお小遣い稼ぎにやっていることだからきっと大丈夫。それにハルカには私が付いてるんだからね!」
ドヤ顔で腕組みする仕草はやはり見ていて可愛らしい。近所の子供が褒めて欲しそうにしているのを遠目から見ている気分になる。
そんな会話をしていると、長かった回廊から出口が見えてきた。
「さぁ、ここからがハルカの冒険よ! ようこそ、レヴェラミラへ!」
暗かった塔の内部から扉を開けると鬱蒼とした森林の中に出た。後ろを振り返り、出てきた塔を見上げる。かなりの高さの塔だ。元の世界の10階建てのビルくらいあるだろうか。
そしてその横にさらに大きな塔が聳え立つ。今出てきたはじまりの塔の3倍以上の高さだろうか、そして塔の先端同士をつなぐケーブルのようなものが伸びている。
「おしまいの塔。それがこの塔の名前よ、あなたとあなたのお母様はこの塔の一番上の階層から元の世界に還るのよ」
この世界への入口と出口が並んでいるのか。不思議な感じだ
「それじゃ、このままイニティまで行くわ! その道中はせっかくだから薬草を収集しましょ。この薬草を取って集めましょう」
そういってクロエは一つの薬草を取り出し、僕の掌に乗せた。
その葉は元居た世界のレモンバームのように網目状に葉脈が走っている。匂いもレモンのような匂いとミントのような爽やかな香りが漂ってくる。
「この塔の周りは時々現れる神獣様を祀っているからなかなか人は入れないのよ。だからこんな風にたくさん生えているの。遠慮せずにどんどん取ってね。でも葉をつぶさないように気を付けて摘んでね」
「おし、いっぱいとっちゃおう」
そしてクロエと二人で丁寧に薬草を集めて周りながらイニティの街を目指した。
かなりの量の薬草を集め、クロエから預かった薬草用の収集袋に詰め込んだ。
舗装もされておらず、起伏に富んだ森の中をゆっくりと収集をしながら進んでいく。
だんだん起伏が少なくなり、木々の間隔も広がった。そして森の端まで出てこれたようだ。
一面に広がる草原、背の高い木もなく、膝丈くらいの雑草が一面を覆っている。
「ごめん、だいぶ街から離れたところまで来ちゃった」
クロエが照れ隠しのようにおどけてみせた。
「あーやっぱり、途中からなんか嫌な感じはしてたんだけどね。薬草収集に熱中しすぎたね」
「そ、そーなのよ、こんなにたくさん薬草があるなんて知らなかったし、でもこれで今日の宿は確保できそうだよ。良かったねハルカ!」
「まぁ結果オーライってところなのかな」
「それじゃ森の端をぐるっと回って街のほうに行きましょう」
どれくらい歩いただろうか、恐らくだが、薬草を集めて歩いた時間と同じくらいかかったんじゃないかな。だいぶ距離を歩いた頃ようやく街の防壁がはっきりと見えてきた。
「だいぶ経ったけど大丈夫かな急に向こうの世界に戻されたりしないのかな」
「きっと大丈夫よ、そのあたりはアーティファクトがどうとでもしてくれるわよ」
森の端を歩いてきたがそれに沿うように街の防壁が作られている。塔と街つなぐように簡単に整備された道が目に入った。
「そ、それじゃ、さっそく街に入りましょうか」
クロエは、ちゃんとガイド出来ていなかったことから目を逸らして街に入る門に向かう。
そこにはファンタジー世界よろしく鋼の全身鎧に身を包んだ衛兵が直立不動で立っていた。
「ここは”はじまりの街イニティ”、裏門から入る者は少ないのでな。身分証を確認したい、提示してくれ」
おぉー、レトロなRPGよろしく説明してくれてる。うん、違和感はかなりあるけど親切設計でいい感じだ。
「私は妖精ガイドのクロエよ! 迷子を案内しに来たわっ! ここを通しなさい!」
直立不動の衛兵はクロエの存在が見えないかのように華麗にスルーを決めた。
「身分証が無いのであるか?」
「話を聞きなさーい!」
クロエは衛兵に向かって水魔法をぶっ放した。
衛兵をすっぽりと覆うような水流を一瞬でつくり出し衛兵を吹き飛ばした。
割と勢いのある攻撃で衛兵は防壁に叩きつけられた。
「うぅっ」
ずぶ濡れのまま壁にもたれかかる衛兵
「これ、やばい流れなんじゃないか? 大丈夫なのか?」
「この神の使いである可愛いクロエ様を無視した報いよ。当然でしょ?」
うん、クロエはやばいヤツだ。ちょっと距離を置いておこう。衛兵を助けに向かう。
僕はクロエに教えて貰っていたマナを単純な回復魔法に変換する呪文を詠唱し、衛兵を助けた。
衛兵の瞼が動き始めた。このタイミングだ!
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか? あぁ、良かった気が付きましたか」
「お前はさっきの?」
「そうです。先ほど声をかけていただいたものです。驚きましたよ、急に倒れたかと思ったら、凄い汗で何かの発作か病気なのかと思いました。今は何ともないですか?」
うん、スムーズな説明だ。どこかのポンコツ妖精とは違うと思いたい。
「君は……」
「とりあえずそのまま横になっていてください。簡単にですが治療しますので」
僕は衛兵に手を翳し、先ほどの魔法をもう一度使った。
「回復魔法だと?」
「まだ喋らない方がいいですよ、初級にすら届いていませんが僕は迷子なので回復魔法が使えるんです。こっちのガイド妖精のクロエに教えてもらいました」
「そうか、迷子か。見っとも無いところを見られたな、助けてくれてありがとう。俺は目無しでな、妖精を見る事が出来ないんだ、妖精さんもすまないな」
目無し?どういう事だろうか、後でクロエにでも聞いてみよう。
「もう大丈夫だ、動けるぞ。迷子で身分証が無いのなら仮の身分証を発行するから詰所まで来てほしいんだが、大丈夫か?」
「はい、お願いします」
いろいろトラブルはあったが、なんとかなりそうだ。
「この人目無しなの? 残念ねこんなに綺麗で可愛いクロエ様を見ることが出来ないなんて」
なんだろう、塔から出てきて少し性格が変ってきているように感じるのは気のせいだろうか。うん、きっと気にしたら負けってやつだな。大丈夫きっとうまくいくはずだ。
そう自分に言い聞かせて詰所に向かう。クロエにぶっ飛ばされた衛兵さんに肩を貸しながら……