眠れない夜は
気持ち長くなりそうなので分割です!
僕は自慢じゃ無いが寝つきはいい方だ。かなりの確率で10数えているうちには眠れるだろう。
けれども、今日は……
「全然眠れん」
どうするんだ、眠れないと向こうに行けない。
向こうに行けないと母さんを探せない。
焦れば焦るほど眠れない。
今日の事を考える。
父さんは半年間も、存在しないことになっていた母さんを探し続けていたのか。
誰も頼れなかっただろう。
本当は存在するのに、その部分だけすっぽりと抜け落ちた上に抜け落ちた部分び触れようとすれば自分自身の意識や記憶も抜け落ちていく。
空白になってしまっている部分すらも認識できなくなってしまう。
そんな状況の中で父さんは、微かな違和感と、母さんへの気持ちだけで、行動してきたのだろう。
そんな父さんは凄いと思ったし、意識できない状況にあったとしても父さんを苦しめていた自分が情けないとおもってしまう。
眠れない理由は気持ちの問題もあるだろうが、昼間にだいぶ寝てしまったのもあって眠れないのだろう。
規則正しい生活をしないと向こうでの活動時間も限られてしまう。この辺もどうにかしないといけないと思った。
なかなか寝付けないので、どうにかここでも、出来る事を考える。
「ステータス」
静かな病室に自分の声がひっそりとだが、しっかりと響いた。
なにも起こらない。すごく恥ずかしい。
やはり思いつきで行動するもんじゃない。アーティファクトがないとスキルや魔法は発動出来ないみたいだ。
いや、魔法の呪文が恥ずかしかったからやらなかったわけじゃないよ。単にクロエに魔力器官とか訓練とかしないと使えないからって言われてるからやらなかったんだよ。
でも、やっぱり現状で出来ない事を確認しておかないとね。
やっぱりこの世界でどんな変化が起きるのか確認しておかないと。今じゃないと確認できないしね。
心の中で自分自身に言い訳をちゃんとしてから魔法を展開する。
気持ち掌から魔法陣がうっすらと伸びたような気がする。
ん? 思ってた感じと違う。全身に軽い倦怠感のようなものが発生した。
そして今度はしっかりとイメージをして魔法を展開する。
さっきよりは認識できたけど、それでも薄い光で描かれた魔法陣が数秒間だけ現れた。
「あれ?」
掲げていた掌は魔法陣を伴ったままベッドに落ちていく。ダメだ、全然力が入らない。
腕が重力に負けて落下していく、そしてベッドに落ちる前に僕の意識も落ちていった。
「はっ?!」
塔の中だ、昨日ゴブリンを倒した後に訪れた部屋のような場所で目覚めた。
「心配したよ? こっちに転移してきたと思ったら倒れてるし、気を失ってるし、いったい向こうで何してたのさ」
意識を失うわずかな間に感じた恐ろしい程の倦怠感はこちらの世界には影響がないみたいだ。まったくもって、この世界の行き来はルールがめちゃくちゃだ。
「ちょっと魔法の訓練を……」
別に悪い事をしているわけではないが、なんとなく恥ずかしくなって言い訳は尻すぼみになってしまった。
「え?! マナもない世界で? 魔力器官も鍛えずに?」
「そう、なりますね」
「馬鹿じゃないの?」
「いや、馬鹿と言われても……」
「死んでないでしょうね?」
「……え?」
言葉を失ってしまった。
「死ぬ?……」
「……そうだけど」
二人して沈黙が続いてしまう。
「死んでない、と思う。多分」
「ずいぶんな返事ね。むりやり力を使って気を失ったってところかしら」
「おっしゃる通りです」
「まあ大丈夫よ、今日の冒険が終わった時に考えましょう」
クロエは呆れた顔から営業スマイルを作り僕に微笑みかける。
「今日の相手はシャドウよ! 選定者のシャドウなんて聞いたことないけどきっと強いと思うわ。その辺覚悟してね」
小さな人差し指で念押しするように僕の額をぺちぺちしてくる。
「今日の相手にそんな適当な事してたら、きっとこっちの世界でも死ぬわよ」
「……分かったよ、気を付ける」
「よし! それじゃあ反省もしれくれたみたいだし説明するわね」
営業スマイルから普通の笑顔になったような気がするクロエは、シャドウの特徴を説明し始めた。
「シャドウは君の影から生れるモンスターなの。それは君の特徴をそのまま持って襲ってくるのよ。君は……まあ、ステータスは微妙だからとびきり強いってわけじゃないから。大丈夫ね! しっかり防御したら大丈夫かな。問題なのは魔法とスキルね」
「君の称号の選定者がどんな風になるのか分からないけど気を付けないといけないわ」
そういうとクロエは僕が覚えている魔法についての特徴と対応策を話してくれた。
相変わらず雑で何度も聞き直してしまった。
「という事で、魔法の躱し方は分かったわね?」
「てか、ほとんどが”気合で躱して”ってなんだよそれ!」
「うるさいわね、キミのステータスがもう少し特徴的だったら”足を動かして躱して”とか”魔法で相殺させて”とかあるけど、ステータスが低い者同士の魔法の打ち合いとか珍しすぎて対応さくなんてないのよ」
「そもそも、ステータスに特徴があった時の躱し方もあんまり変わらねーよ」
「もうわがままね。仕方ないわ、光魔法を教えてあげるわ」
「いや、そんなのがあるなら先に教えろよ」
クロエは何も分かってないんだから、と言わんばかりに溜息をついた。
「光魔法は普通使えないのよ、塔の神様に気に入られるかそれこそ選定者でもない限りね。選定者だからってズルをして、塔の試練をクリアしても君の為にはならないのよ。」
「普通の倒し方を知らない人はこの先苦労するばかりか、周りの仲間を困らせちゃうからね。使う、使わないは君に任せるわ。頑張ってね」
クロエのいう事には確かに一理ある。けれど使えるものを使って優位に物事を進めるのは良いことなんじゃないのだろうか。なにか引っかかるけど気にしても仕方ない。
「それじゃ、準備も出来たし、いつでも良いわね?」
「それ僕が言うやつ……」
クロエは身勝手な事を終始言い続けている。光魔法の呪文のおさらいをしながら炎の魔法呪符を握りしめ、これから向かう始まりの塔での最後の戦いに気を引き締めた。
「汝の御霊は影に堕ち、深き遠い淵に立ち、彼の地より此の地に辿り着き、此の地より彼の地へ葬御せん。」
クロエの小さな身体のどこから発声されているのか分からないくらいのボリュームで祝詞のような詠唱が始まった。