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すれ違う記憶と埋まらない思い出

 白い天井はシミ一つなく蛍光灯で照らされている。


「起きたか。帰る前に話せてよかった」


 パイプ椅子に腰掛ける男、佐倉アキトは僕の父親だ。


「父さん、約束を守らなくてごめん」


「顔を合わせてすぐ謝るのか、まあお前らしいな」


 呆れたような顔で苦笑している父さん、とても40代には見えないくらいに若々しい。


 髪を短く揃えて整髪料で髪型をしっかり決めている。営業の仕事は見た目も大事なのだろう。


 いつもの爽やかさな顔とは違い、そこには疲れから来るものなのか、精神的なものなのか、影が落ちている。


「事故の原因を作ったのは俺だ。俺の方が謝るべきだろう。あの時はとても気が立っていたんだ、すまない」


 苦いものを飲み込むように父さんが僕に頭を下げる。普段はこんなことするような人じゃない。必ず自分が正しいと行動と態度で示すような人だ。


 何かあったのだろうか。


「どうしたの父さん。何かあったの?」


 ゆっくりと頭を上げながら父さんは何か迷っているかのように話を切り出した。


「先に断っておくがこれから変なことを言うかも知れないが、オカシイと思ったら聞かなかった事にしてくれ」


「大丈夫だよ、父さんがふざけた冗談が嫌いなのは僕が一番知っているから」


「母さん…...」


 ドキっとした。父さんの口からそのフレーズが出てきたことに戸惑いながらも父さんの次の言葉を待った。


「お前は母さんの事を覚えているか?」


 やはり父は違和感に気づいてしまったのだ。


「ごめん、父さん。僕覚えていないんだ」


 ガタンと椅子をたおしながら父は立ち上がって僕を驚いた顔で見る。

「お前…...母さんの事を覚えているのか?!」


 父はおかしなことを事を言う。


「いや、だから覚えていないって」


「違う!!お前は今、母さんって!?」


 何に驚いているのか分からないがケガをしている僕の肩を掴み身体をゆする父さんは鬼気迫るものがあった。


「痛いっ! 痛いって」


 慌てて父が僕の肩を離した。


「すまない、取り乱してしまった。でも、どうして急に母さんの事を思い出したんだ?」


「どうしてもこうしてもないよ。父さん?」


 父は椅子を元に戻し腰掛け頭を抱えてうなだれた。


「気づいたときには、だれもミフユの事を覚えていなかったんだ」


 父は涙に震える声を絞りだした。


「オレも忘れていたんだ。ミフユの事。いつの間にか居ない事にすら気づかなくて」


 こんな父の姿は見たことがない、いつも頼れる父さんだった。口数も友達も少なかったけど家族には優しくしてくれた。ダメなところもあったけど。


「父さん、僕もおかしな事を言うと思うし、僕のことは残念なやつだと思ってくれればいいんだけどさ」


 父さんは鼻水を啜ってはうなずくだけで返事が出来ていない。


「母さんの事覚えてない理由を知ってるかもしれない」


 呆けた顔の父がこちらを見つめている。掴みかかられては困るので、先に謝っておこう。


「まだ解決は出来ないんだけど、母さんを探したいと思うんだ」


「お前、母さんの居場所も知ってるのか?」


 ダメだ、やっぱり肩を掴んで揺さぶられる僕。痛いけど我慢だ。


「適当な事を言っているように思えるかも知れないんだけど、居場所は知らないけど当てはあるんだ」


「どこなんだ!どこにいるんだ! ミフユはどこなんだ!!」


「レヴェラミラって場所、聞いたことない?」


「なんだそれは、外国なのか?」


 父さんはレヴェラミラに関わらずに母さんの存在に気づいたのか。凄すぎるだろ。


「いや外国というか、異世界というか」


「レヴェラミラ! そこに母さんはいるんだな!!」


 力強くこちらを見つめる父に僕は圧倒されてしまう。


「いると思う! 僕たちが忘れていないってことはまだ母さんは生きているってことだから」


 涙を堪えて父は言う。


「ミフユは居るんだな?! 俺の勘違いでもなく、お前はミフユと俺の息子なんだな?!」


「そうだよ! 父さん、母さんはちゃんといるんだよ」


 父は僕の言葉を聞いて椅子に深く座り直し声を上げて泣いている。


 大の大人が、しかも自分の子供の前で大泣きしている姿はおかしな光景だっただろう。


 大声を聞きつけた看護婦さんが部屋の様子を伺ってきたが、親子の感動の再会的な勘違いをしてくれた事を祈ろう。


 病室はたまたま個室しか空きが無かったから良かったがこれが複数人数の部屋で会話を最初から聞かれていたりしたらおそらく父さんまで入院させられていただろう。


 看護婦さんは何も言わずに僕に分かるようにもう少し静かにねとジェスチャーをしてそっと部屋から出ていった。


「辛かったんだ。誰も何も違和感を感じない。ミフユの実家にも言ったが、”アナタ誰? ミフユ? そんなのウチには居ません。” なんて言われる始末でな」


 父さんは一番辛かった思い出から訥々と話し始めた。父さんは半年前に違和感に気づいたらしい。


 僕と僕の妹ナツミとが友人の母親について話しているのを聞いていてミフユと言う母の名前が急に浮かんで来たらしい。


 変だと思って家族写真を見返してみたら、プリントアウトしたものにも、データで残していたものにも、母の場所だけぽっかりと抜け落ちたようになっていたという。


 なぜ半年前に気づいたのか、なぜ父以外の誰もが母さんの存在を認識出来ていないのか、分からなかったという。


 そのことについて僕やナツミにも問いただしたそうだが、今の僕は当時そのことすら覚えていない。


 半年前も一年前も小さい時の記憶もしっかりと残っているが、母さんの記憶だけが抜け落ちてしまっている。


 レヴェラミラで生きるということはこういう事なんだ。元の世界で存在が無くなっていく。


 でもそれだとオカシイ、僕はレヴェラミラに行っているけどまだ忘れられていない。父さんにだって認識されている。それだったら母さんだってこっちの世界にもいるはずだ。


 じゃあなぜ僕らの前から母さんは居なくなってしまったんだろう。


 コレはいくら考えても仮説が立つばかりでどうにもならない。


 最悪のパターンを考えて父さんには伝えておく。


「父さん、もしかしたら僕のことも母さんのように忘れてしまうかもしれない」


 嫌悪感と怒りを隠そうともせずに父は答える。


「何を言っているんだ、忘れるわけがないだろう」


「でも母さんの事を忘れていたよね。僕も、父さんも、父さんの話だと母さんの実家も、これだけ大勢の人が、血のつながりのある人でさえ認識できなくなるなんて、異常なことだよ」


「確かにそうだな、オレも半年前は何が起きているのか分からなかった。」


「そこにいるのに、認識出来なくなる。もしもだよ? 僕らが母さんの事をだんだん認識出来なくなっていったら、母さんは僕らと一緒にいることが出来るかな?」


 父さんはハッとした表情をしたと思ったらそのまま俯いてしまった。


「俺なら自殺するだろう」


「僕もそうするかもしれない」


「お前はダメだ、死ぬなよ。お前の事は忘れない。だからそうなっても死なないでくれ」


 今度は力なく僕の腕を掴む父の手を僕はしっかりと握り返す。


「大丈夫、僕は母さんの事も気づくことができたし父さんもついている。ナツミだっているし、何とかなるよ。それでも、万が一僕がこの世界で誰にも認識されなくなっても生きていけるように、少しだけお金と眠れる場所だけ準備しておいてほしいな」


 父さんに説明していても変な話しだ。これは新しいオレオレ詐欺だな、ただし、本当にオレオレと言うときには僕は誰にも認識されなくなっている。そうなる前に準備をしないと。


「分かった、用意しておく。お前が成人した時にと、母さんと昔決めた積み立てがあるからそれを使えるようにしておこう。無駄遣いだけはするなよ」


「分かってるよ、こんな状況で限りあるお金を自分の為に使おうなんて思わないよ」


 自分に言い聞かせるためにも言葉にした。僕の意思はとても弱い。口にした約束すら破る人間だからね。


「そうだ、お前は事故のあの日、倉庫を見ていたよな。あそこには母さんの唯一の持ち物が残っていたんだ」


 これだけ存在が認識されないのに、なぜかそれだけはミフユの持ち物だってことが分かったらしい。それを失いたくなくて父さんは倉庫を誰にも開けさせたくなかったそうだ。


 次に来るときにはそれを持ってきてくれる約束をした。


 そのあとはレヴェラミラの話を父さんに聞かせた。ゲームか何かの作り話じゃないだろうなと心配していたが、状況が状況だ、信じるしかないと言っていた。


 そして面会時間内に戻ってこれるようにと一度家に帰り荷物を持ってきてくれた。妹も来ていたが、母さんの事はどうやっても思い出せないらしい。二人してなに言ってんの?馬鹿?

 だそうだ。


 本当にうちの妹は可愛くない。見た目は良いはずだが性格が可愛くない。喧嘩している記憶しかない。


「それじゃ、母さんの事頼んだぞ」


「うん、僕に出来ることをやっていくよ」


「無理だけはするなよ。また明日来る。お休み」


「父さん、ありがとう」


「俺が感謝するところだ、それじゃあな」

「おやすみ」


「兄ちゃん、早く良くなれよ。お休み」


「あぁ、おやすみ」


 僕の返事を待たずに部屋を出ていくナツミと、名残惜しそうに出ていく父さん。


 あっちの世界でもてんやわんやだったけど、現実の世界のほうがややこしくなってるなんて思いもしなかった。


 それでもなんとか気を取り直しもう一度あの世界に向かうべく、僕はベッドにもぐりこんだ。



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