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イヴの書庫

そして僕の生活は一変した。


朝は魔導書の写本からはじまり、過剰なマナをコントロールする訓練、謳牙カタナの扱いについての訓練、そして一日のしめくくりはというと……


「はっ!」


すらりと伸びる細い足を彩るピンクと黄色のビビッドな色合いの子供用スニーカーが僕の顔面を捉える。寸での所で腕でガードし顔面への直撃を防ぐ。


子供の蹴りとは思えない衝撃が腕から全身に走り、防御した自分の腕はそのまま顔面にぶつかり吹き飛んでいく。


そしてすぐさまスニーカーに描かれている丸く柔らかそうなフォルムの猫のキャラクターが吹き飛ぶ僕を追いかけて来る。


シュッという風を切る音が僕の周りでいくつも起きては衝撃が僕を襲う。


ガードの上から身体の芯まで届く打撃が次々と繰り出され続ける。身体強化を使えても自分の身体の使い方が出来ていない僕はこんな風に毎日イヴとの組み手でボコボコに打ちのめされていた。



「ようやく初撃は躱せるようになったか」


オウガが地面に這いつくばる僕を見下ろして言葉を投げかける。


「ハルカはやっぱりマナが大きくて、それで固いだけ、ぜんぜんテクニックがない」


這いつくばる僕の上に馬乗りになっているイヴは興味無さげに吐き捨てる。


「もっているモノが良いだけに、残念じゃな」


「水揚げされたマグロ」


身体強化の連続使用でマナ切れを起こして倒れる僕に二人から浴びせかけるように講評が飛んでくる。


「それ、戦闘に関してのダメ出しってことでいいんだよね?」


「それ以外に何かあるのか?」


オウガは腕組みをしたまま、首を傾げる。


「ハルカは変態」


オウガは無意識だが、イヴの方は狙って別の意味を持たせているようだ。質が悪い。


「もー! どいてっ! イヴは重いんだから上に乗らないで! ぶふっ」


「女性に向かって失礼」


怒っているのかイヴが僕の上から退くのに頬を横から蹴り上げて飛び退いた。というか僕が飛んでいった。


それほど強い力ではなかったので飛んだついでに空中で身体をくるりと回して着地した。だんだん人がする動きでは無くなってきているのを自分でも何とはなしに感じるようになった。


「1週間経った訳だが、転移魔法はどんな感じなんだ?」


「まだ起動もしてないけど……あれ? もう一週間たった? 何日か過ぎたような気がするけど、そういえば元の世界で目覚めてないような?」


「最初に説明しただろ? お主がこっちで寝ている間に我が肉体を操作して鍛錬をしておくと」


あれそんな事聞いたことないけど……


「その副作用で向こうでは起きることが出来ずに昏倒し続ける」


「え?! 何それ? その説明は聞いてないよ?!」


「無論、伝えておらんからな」


「むろん、むろん」


「よし! いったん帰らせてくれ!」


「ダメだ。せめて空間魔法が起動するまでは続けねばならん。時間が無いのだ」


「そう、現在イニティでは全ギルドに教会からの依頼が出されて、ハルカの世界で言う魔女狩りみたいな事が起こってる。今はラインバルド家が手を回してなんとかやり過ごしてるけど、時間の問題。一番危ないのはローゼリスとクロエ」


二人の名前を聞いて僕は唇を噛み締めた。身体強化しているはずの口元からは血が流れ口いっぱいに鉄の匂いが広がった。


「ようやく太刀筋も我の物に近づいて来た。あとは転移魔法で逃げ足を早くすれば最低限は何とかなる。あと一週間は辛抱してくれ」


オウガは僕にすまなそうに言葉を紡いだが流石に2週も現実世界を放っては置けない。


「イヴ、すまないけど今日の手合わせは終わりにしよう。転移魔法の写本と訓練をさせてくれ!」


回復魔法を起動させながらイヴに詰め寄る。なぜかイヴは頬を赤くして僕から目を逸らしている。


「いいよ……」


なぜか恥じらう仕草のままもじもじと返事をするイヴ。


「ありがとう!」


僕は急いで家の中に戻った。


「馬鹿……」


「本当に、ハルカは阿呆だな」


背中に何か言葉をぶつけられた気がしたが今は気にしている暇はない。何とか転移魔法を習得しなければ。きっと向こうでは皆が心配しているはずだ。



急いで写本している部屋に戻る。使用した魔法陣や書き損じた紙切れが部屋中に散らばっている。


書きかけの魔法陣を完成させるべく筆を動かす。普段ならマナ切れで横になる時間だ。集中力なんてあったもんじゃない。それでもさっきのイブの言葉でなんとか身体を動かしていく。


これで何回目の写本になるだろうか、約10cm程度の厚さの魔導書は磨かれた羊皮紙に描かれている。インクがかすれており、もとの魔法陣の形がはっきりとしないものも多い。それを無理やり持ってきた元の世界のルーズリーフに書き写していく。まるで受験勉強だ。それくらいの気持ちで臨んではいるが上手く行かない。


「ミナートさんやセレスティルさんやあの枢機卿は使えるんだ。僕も使えるはず、必ず使える」


自分自身に言い聞かせながら書いていくが、それだけではどうにもならず筆に力が入って魔法陣が歪んでいく。


「瞬時にマナで描く為にも写本が一番効果的だが、お主はセンスがないようだな」


遅れて部屋に入ってきたオウガが呟く。その言葉に苛ついてしまった。


「簡単に言うなよ! 俺だって頑張ってるんだ!」


振り向く時にテーブルの上のルーズリーフは宙を舞い、はらはらと地面に落ちていく。


「ハルカ、慌てすぎ。そんなに焦らなくていい」


イヴまでそんなことを言い始める。


「どうすればいいんだよ。時間が無いのに、焦るなってなんなんだよ!」


辺りにルーズリーフが散らばり、部屋には僕ら3人がそれぞれ立ち尽くしている。


イヴが僕の手をとった。そしておもむろに自分の平な胸にあてがった。


「なっ、な何してんだよ!」


腕を振りほどこうにも微動だにしない。本当になんなんだこの人形は


「落ち着いて、今から私の知識を貴方に渡す。それは、私の一部を貴方に渡すという事。そして、私はだんだん欠けていくの」


「イヴ! それはまだダメだ! 今じゃない!」


「オウガ、今のハルカの気持ちも分かるでしょ? だから私の力が必要なのも分かるはず」


「しかし!」


「オウガ、大丈夫だから。それでね、ハルカにお願いがあるの」


イヴはいつになくしおらしく僕に話しかけてくる。


「私の意識をこの世界に繋ぎとめるために貴方の世界の人に協力してもらっているの、それでね、私の中にいるその人が貴方に会いたがっている。もしも私の代わりにその人が現れたら私の代わりに謝って置いて欲しい」


「良くわからないけど、分かった。その人にはイヴが謝っていたことを伝えておくよ」


なんとなく今はそう答えるのがいいと思った。


「イヴ!」


「大丈夫、本当に最小限だから、羊皮紙一枚分だよ」


そういうとイヴは目を閉じてすーっと息を息を吸い込んだ


「我、禁書庫アーカイヴの鍵を以て大いなる扉を開かん」


イヴの透き通るような声が部屋に響いたかと思うと周囲の景色は闇に沈んでいった。


全てを包み込む闇の中でイヴに触れていたはずの手からイヴの薄い胸の感触は消えており、金色に光る鍵が浮かんでいた。


「「禁書庫アーカイヴの扉を開くのです」」


闇に響き渡るイヴの声とともに目の前に巨大な扉が現れた。眼前のその大きな扉に対して釣り合わない大きさの鍵穴に光る鍵を差し込み回した。


ゴゴゴという重たい音が鳴り響き、わずかな隙間から光る羊皮紙がこちら側に滑り込んできた。


オウガが扉がこれ以上開かぬように扉にぶつかっていった。


「お主も鍵を早く抜くんだ!」


今まで見たことの無い程慌てているオウガ。その必死さにつられて急いで鍵を引き抜いた。


わずかな隙間から光が消えてあたりもいつの間にか周囲も普段通りに戻っていた。


目の前で倒れこむイヴをオウガが抱きとめていた。


「イヴ……」


心配そうにイヴの顔を覗き込むオウガ。目を覚ますそぶりもなかった為オウガはイヴを抱えてベッドのある部屋へと向かったようだ。


そして、僕の手元には羊皮紙の手触りの紙に描かれた魔法陣があった。形からすると転移魔法のような特徴が幾つか見て取れた。イヴが居なくなりどうすればいいのか分からないのでとりあえず羊皮紙はインベントリにしまった。


そして僕は転移魔法の魔法陣を延々と書き続けたのだった。


眠気が襲ってくるのにそれほど時間はかからなかったようだ。いつものようにピンク色のドレスを身にまとった妖精がこちらに向かって叫んでいる。それなのにまったく声が聞こえない。


「……カ……ルカ……ハルカ!」


「うわっ!」


僕は耳を割くような大きな声で僕は飛び起きた。


「ようやく起きた! てかあんた全然寝なかったり寝すぎたり、不安定過ぎよ。こっちにだって都合があるんだからもっと規則正しく生活してよね」


会って早々に不満を口にする。目の前のコレは本物の妖精だろう。


「クロエ!」


僕は思わず小さな妖精に抱きついてしまった。


「ちょっとやめなさいよ? 恥ずかしいでしょ!」


「クロエ、大丈夫なのか?」


僕は嬉しくなる気持ちを押さえきれずにまくし立ててしまった。


「落ち着きなさい! ここはレヴェラミラと貴方の世界の丁度隙間なの、いくら待っても来ないから死んだのかと思って心配したじゃない」


よく見ると妖精は薄っすらと涙を浮かべている。


「僕の方こそ、クロエと母さんが居なくなって、心配だったんだ」


「私も、聖女様も無事よ。幽閉されてしまっているけどね。」


「幽閉? でも無事なんだよね?」


「ええ、テュルカの教会に閉じ込められていて、私だけ此処で貴方が通るのを待っていたの」


「ごめん、俺もなんだか状況をややこしくしちゃったみたいで」


「まぁ、その辺は思う事もあるけど、基本はあの枢機卿がいけないんだし、連絡が取れないからしかたないよ。それよりも本当に無事でよかった」


堪えていた涙がクロエの赤い頬を伝う。


「わたしたちは無事だから、安心してね。それと、出来れば早く助けに来てくれると嬉しいな」


クロエは笑っているが、きっとあまり状況は良くないのだろう。それはオウガからも聞いている。クロエがこれだけ頑張ってくれているんだ、俺も死ぬ気で頑張らないと。


「分かってる。その為に今転移魔法とか色々頑張ってるから! 任せておいてよ!」


力強く返事をするが、徐々に僕の体は透けていく。


「もう時間がないみたいね。レヴェラミラに戻るときはきっと私は居ないけど。寂しくて泣いたらダメだよ?」


「誰が泣くかよ!」


最後の言葉は透けていく身体と共に消えていった。


見覚えのある白い天井。また戻ってきた。



「誰が泣くかよ」


変わらず僕一人の病室で横になったまま僕は呟いた。


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