崩れゆく世界と流れ落ちる血
目を開けるとそこは昼間に訪ねたイニティの教会だった。周りでは僧侶の方が皆走り回っている。
「ハルカが気付いたみたいだぞ!」
ルガンさんの声が聞こえた。
「ルガンさん! これはどういうことですか?」
ルガンさんは頭から血を流している負傷者を担ぎながらこちらに歩み寄る。
「すまねぇ、ゆっくり説明してやりたいが取り込み中でな、クロエちゃんを呼んでくるからお前はココを動くなよ」
負傷者をそっと床に降ろすとルガンさんは急いで教会から出ていった。
「そんな、何でこんなことに……」
僕の周囲では負傷している住民が床に寝かされている。その周りで僧侶や簡易の回復魔法を使える人たちが傷の手当を行っている。
一番損耗していると思われる人たちにはミナートさんが時間遡行の回復魔法を掛けている。しかし、いつもの神々しいまでのオーラや、そのオーラの根源たるマナがかなり消耗しているらしく弱々しい。ミナートさん程の使い手がどれほどの処置をし続ければあんな風になってしまうのか。
「おい小僧!」
急に声を掛けられ驚くとそこには実体化したオウガが立っていた。
「お主が無理やり使ったあの法術は禁忌とされているものじゃ、軽々しく使うでない。それとこの状況じゃが。説明は後じゃ我も手助けしよう。あのガキに我の本体を渡せ」
「オウガ! 実体化してたの?! ガキって、ミナートさんに?」
「そうじゃ! 早ようせい、そしてお主もその余剰なマナを放出せにゃならんでな。とにかく説明は後じゃ、言われた通りにせい!」
僕は促されるままに従いミナートさんに謳牙本体を渡した。
「ミナートさん! オウガがこれを使えと言っています! 使ってください!」
「なんと、ハルカ殿! 気付かれたか、コレは……有難く使わせていただく。それでは後で!」
ミナートさんは謳牙を抜き放ち詠唱を始めた。渋い深みのある声が教会の中に木霊する。ほぼ尽き欠けていたはずのマナが謳牙の本体からあふれ出しミナートさんを包み込んだ。ミナートさんの声に乗せてマナが空中を走り大きな魔法陣を描き出した。詠唱が終わると教会の中は温かい光に包まれ、教会全体に時間が止まったかのような幻想的な光景が広がっていた。
「助かりましたぞ、選定者殿。オウガも協力感謝する」
「なに、我の気まぐれだ」
ミナートさんに肩を叩かれると時間の流れが僕だけ戻った。不思議な感覚だった、体中の動きも認識も全てがゆっくりと進む世界。そして同時に自分の中で急激にマナが増幅しているのが分かるようになった。
「今のお主は、セレスと同じだ。マナ過剰なんたら症候群、ただし一過性のものだ。これに懲りたらもう止めておけ。いずれ死ぬ。」
狩衣すがたのオウガは相変わらず喋り方とはかけ離れた幼い容姿をしている。子供に古めかしい言葉で注意を受けているような謎な状況だったが、オウガなりに心配してくれているらしい。
「それでも今は助かりましたぞ! 今イニティは壊滅するやもしれぬ状況ですからな」
「そんな?! 壊滅って、どういう状況何ですか?」
「先にお主は本体にマナを流しておけ」
オウガに促され、ミナートさんから謳牙を受取りマナを流す。心臓の近くの魔力器官から流しても流しても溢れてくる。際限なく溢れてくるマナに身体が追いついてこない。
「現在イニティとクワリファダンジョンの間に強大なモンスターが出現していてね」
「ベヘモス……」
「そうです。街でも噂になっていたからハルカ殿もご存じだったか。その化け物が事もあろうかイニティの外壁を破って今も暴れ続けております」
「べへモスなど通常はダンジョンの奥にしか生息しているないはずだろう?」
「原因は不明ですが、通常ではない何らかの力が働いたのでしょう」
オウガの問いかけにもしっかり答えるミナートさん。
「現在は、イニティの魔導ギルドが総出で捕縛の術式を展開していますがなかなか上手く決まっていないようです」
「僕も行かなきゃ!」
「小僧など、べへモスクラスのモンスターには何の役にも立たん。ココでマナの供給でもやっておくのが一番だろう」
「ハルカっ! 気付いたのね! 良かった!」
クロエが小さい体で僕の胸に飛び込んできた。綺麗なドレスや顔にも血や泥がついている。
「クロエ怪我してるのか? 大丈夫なのか?!」
抱きついて離れないクロエをなんとか引き剥がすと、その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「ハルカが倒れて、死んじゃったかと思って、そしたらイニティの外壁がモンスターに破られるし、もうどうしたらいいか分かんないよ」
言っていることはなんとなく分かるがやっぱり説明になってない。というか質問の答えにもなっていない。
「クロエはどこも怪我してないんだな?!」
「う”ん」
鼻水で詰まっていて上手く喋れないのだろうか、クロエは頷き返すともう一度僕の胸に顔をうずめた。
「無事で良かった」
心からそう思う僕がいた。それほどまでにこいつの事を心配している自分自身に驚きながらも、今は安心している場合じゃない。
「ローゼリスは? クロエ! 他のみんなは無事か分かるか?!」
クロエはもう一度顔を皺くちゃにさせて僕に言った。
「ごっ、めんな、さい……」
悲痛な叫びは、嫌な予感を受け取るには十分だった。
「ミナートさん! すみません、後は頼みました!」
僕はクロエを抱きしめたまま、状況を確認するために教会の外へ向かった。
教会の大きな扉を開くと、そこにいつもの街並みは無かった。
家屋や商店、市場の方からは悲鳴と怒号が入り乱れ、冒険者らしき人たちが、半壊した装備を散らしながら運ばれてくる。
赤黒い血と泥と煤でイニティの人々は悲惨な化粧を施されていた。
午前中にみた、市場から流れてくる食欲をそそる美味しそうな匂いは消え、辺りは埃匂いと血の匂いと様々なもの、生物が焼ける煙の匂いが大変だった。
僕は教会の入口で足が竦んで動けなくなってしまった。
どうすることも出来ない絶望感、あの綺麗な街並みが、あのイニティの人たちの笑顔の溢れる大通りが、僕の知らない地獄の底の街並みと化していた。
「おい小僧、行くのならば我を連れて行け、お主だけでは無駄死に以下だ」
「これが、イニティ?」
「そうだ、ここがお主が見てきた世界だ。ただのひとつのモンスターの襲撃で、何百、何千と命が散っていく世界だ。よく見て覚えておくがいい。これが本当のレヴェラミラ、塔と坑道で繋がれた境界世界の真の姿だ」
モンスターが放ったブレスにが近くの家屋に降り注ぐ。家屋が瓦礫となり、瓦礫が燃え盛る。この中心地に近い場所でさえこの有様だ。
吹き飛んだ瓦礫が周囲の人を襲う。逃げ遅れている人の上に燃える瓦礫が飛び散り、悲鳴が上がる。
はぐれた子供が泣き叫び、母親を探している。
竦んで動かない足を引っ叩き、叫びながら自分自身の体を操る。まるで他人の体を借りてきたかのようなぎこちない動きで子供を助け、教会の中に運び避難させた。
「分かったか、小僧では幼子一人を比較的安全な場所に動かすのが精一杯だ」
教会の中に戻った僕にオウガは真面目な顔で事実を告げる。ダンジョンの一層でギリギリ怪我を負わない程度の実力。実力以上の装備と選定者としての能力でただ死なないだけの子供では太刀打ちできないというのか。
あまりにも無力で、あまりにも情けない。こうしている間にも怪我をする人が増え、最前線では死に至るような状況になっているのかもしれない。
「小僧、力を欲するか?」
オウガは僕に問いかける。僕には即答出来なかった。僕に何が出来るというのだ。悲鳴や怒号に震えてしまい、自分の足すらまともに動かせないような人間が少し力を持ったところで何が出来るというのだ。
「小僧、もう一度だけ問う。お主は力を欲するか?」
なぜこの刀の精霊のような存在は二度も聞いてくるんだ。僕に何を求めているんだ。僕に何を期待する。期待されるような人間じゃない。
未だに僕にしがみつき泣きじゃくるクロエが目に映る。今助けた子供は僧侶の一人が奥に連れて行った。
「すまない! 誰か手を貸してくれ!」
「ごめ、ごめんなさい」
助けを求める声の陰でクロエが泣きながら謝っている声が僕の肌を震わせた。
教会に近づく人影は2つ、一人は衛兵だ、大きな盾を背負いながらこちらに歩いてくる。その人物が腕を回して支えるのは見覚えのある顔だった。
「ルガンさんっ!」
「私が、わた、しが……」
クロエの消え入る声は僕の胸を震わせ続ける。
僕はルガンさんの腕をとり衛兵の反対側から支える。ルガンさんの脇腹からは内臓が零れ落ちる寸前で止まっている。それを支えている刺さった金属片が趣味の悪い禍々しい芸術作品のように赤く光っている。
「ルガンさん! しっかりしてください! ルガンさん! ルガンさんっ!」
今まで出したことのない声で叫ぶもルガンさんは呼びかけには応じてくれない。全身の力は抜けており、フル装備した大きな体は二人がかりでようやくまともに動かすことが出来た。
教会の僧侶も手伝い、ミナートさんの時間停止魔法の範囲にある教会の中に運び込まれたが時間が停止しただけで何も改善していない。
「ごめんなさい、私が前線に近い所に居たから……」
クロエの呟きで気付いた。僕の意識が戻った事をクロエに伝えに行ったルガンさんが前線に近づいて怪我を負った。そう、ただそれだけ……
偶然が重なっただけ……クロエが別の場所に居たら、ルガンさんと僕が会わなかったら、僕が気を失わなかったら、モンスターがイニティに来なければ……
不幸が重なった、それだけだった、でもそれは僕に変える力があった。モンスターが付近に居る情報は知っていた。僕が魔法を無茶な使い方をしなければ。結果は違ってきたはずだ。
「ごめん……」
力なく謝罪を繰り返すクロエ、そんな僕らを見るオウガと目が合った。
「力が欲しい。過ちを犯さない、繰り返さない。理不尽なことでさえねじ伏せる力が欲しい」
「その願い、我が叶えてやるとしよう。代償はその命の源泉だ」
オウガの実態はマナとなり煙のようにあたりに霧散した、マナと不思議な魔法陣を残して消えたオウガの意志が直接脳に叩きこまれた。
ドクンという音が体中を駆け巡る。心臓が、血管が、筋肉が、脈打ち続ける。
自分の体なのに、まるで自分の体では無いかのように言う事を聞いてくれない。
「さて宴をはじめるとしよう」
自分の声でオウガが喋っている。
僕の体に入り込んだオウガは身体強化魔法を自分に掛ける。ただし魔法陣の円の数は倍の6個だ。
より立体的な魔法陣は僕の中に入り込み、瞬時に僕の体を作り変えていくのが分かった。
別人のような肉体に変貌を遂げた僕たちは教会を飛び出て最前線のモンスターのいる位置まで全速力で駆け抜けた。
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