回復魔法×身体強化魔法
ミナートさんに挨拶し教会を出ると、大通りには市場から流れてくる美味しそうな香りが漂っていた。
さっき朝ごはんを食べたばかりであまりお腹は減っていないが、クロエの案内で屋台に行くことにした。
昼の市場はとても活気がある。かっちりした着こなしの服装の人が営業先が厳しくて、と仕事の話をしているお客さん。制服だろうか? 同じ服の学生らしき少女達が恋愛トークを繰り広げている。かと思えば路地の角に背を預け酒瓶片手に寝ているお爺ちゃんもいる。
混沌とした世界の中で、皆それぞれ思い思いに食事を楽しんでいた。
「ローゼリスは何か食べたいものある?」
「私もお腹はあまり減っていなくて、クロエちゃんが決めてくれるんじゃないかな」
「そうだね、あいつ食いしん坊だもんね」
クロエがいないところでローゼリスとたわいない話をする。そんな会話をしていたら元の世界の黒江さんの顔が思い浮かび、会いたい気持ちが膨らんでくる。
母さんの手がかりも見つかり、彼女も出来るし何が何だか訳が分からないくらいに色んな事が上手くいっている。
それもこれも、レヴェラミラに来てからの出会いが僕を変えてくれたと思う。特に屋台に目を輝かせてふらふらしているこの小さな妖精が……
クロエが肉の焼ける香ばしい匂いにつられてあっちにふらふら、こっちにふらふらと迷いながら飛び回っている。そしてようやく決まったのか串焼き屋さんの前で僕らを呼んでいる。
ときどき忘れてしまうが、クロエは妖精であり、精霊眼を持たない人には認識されない。その為買い物すらままならないのだ。
「早く来てよ、売り切れちゃうでしょ?」
「まだお昼になったばかりなのに、売り切れるなんて凄い人気のお店なんだね」
「いらっしゃい! 今日は街の外でモンスターが暴れてるから仕入れた商品が届かねえんだよ、だからこの串で今日は店じまいさ」
銀貨1枚で皆に一人一本ずつ買い、大量に発生するはずのおつり分は店主に受け取ってもらった。釣りはいらねぇなんてカッコイイ事は言えないが、お店が大変な時はお互い様だ。
「大変ですね。明日はどうするんですか?」
「なあに、今日の内に冒険者ギルドで討伐依頼が出されて討伐されるだろうよ。じゃなきゃ明日は休みだ! 知ってるかい? 今イニティの外をうろついてる奴はめちゃくちゃデカい犀のようなモンスターでよ、ベヘモスって呼ばれる化け物らしいぜ!」
僕の支払った銀貨で一日の利益以上に儲けが出来たらしく上機嫌の店主は興奮しながら話してくれた。
「せっかくだ! また明日来てくれよ! 流石にこれはお代を貰い過ぎているからな」
「分かりました! また今度寄らせてもらいますね!」
香ばしい匂いのする串は牛肉のような味わいで、香草がすりこまれていた。
肉はしっかりとした歯ごたえがあり、脂身は少ないのだが噛むと肉汁が溢れてきた。野性味溢れるような味わいで、たまにはこういった庶民的な屋台の味もいいものだとローゼリスと二人で話していると妖精が近づいてきた。
「竜鱗亭のご飯を3食普通に食べるような育ちの良い坊ちゃんと嬢ちゃんはこれだから困る……」
ぶつぶつ言いながら僕らの間を抜けていった。ふてくされている顔も可愛かったので、ローゼリスと顔を見合わせ笑いあった。
「ごめんねクロエちゃん。機嫌なおしてよ」
ローゼリスが持っていた串をクロエに渡すとご機嫌にかぶり付き、少女と妖精は仲良く歩き出した。その姿を見ながら僕は二人の後を追っていった。その後もクロエが食べたいものを食べ歩き、時間になったので剣の講習を受けるべく前回の講習会場に移動した。
「それでは今日も前回の続きから講習をしたいと思います。では、今回も講習の手伝いをしてくれるのはこの二人です」
前回と同じくらいの数の受講生を相手に大きな講堂で話し始めたエドガーさん。そのエドガーさんに紹介されたのはもちろんサラさんとルガンさんだ。
「よろしくお願いします」
「よろしくなっ!」
「失礼しました、ルガン君。今日は君は結構です」
「どうしたもこうしたも、何ですかその恰好は?」
「いや、私服ですけど」
「これから剣の講習を開くのにそんな恰好で良いはずがないでしょう。今日は貴方は不要です、お帰り下さい」
「「……」」
当たり前の事を淡々と告げるエドガーさんと何を言っているか分からないといった様子のルガンさん。両者の均衡を割ったのはサラさんだった。
「ほら、早く着替えてきなさいよ!」
「おう! すぐ着替えてくるわ! エドガーさんすみませんでした」
講習会場にいた受講者全員が唖然としている中、ルガンさんは嵐のように去って、そして戻ってきた。
「次からはちゃんとしてくださいね」
「分かりました! もう大丈夫です!」
こんな感じで始まった講習も、エドガーさんに掛かれば一瞬で立派なものになる。
今日は人型のモンスターについての講習、人型のモンスターの特徴、生息場所、使用する武器やスキルについての講習が行われた。実際にモンスターを捕縛してきて戦うような事は無いものの、講師であるエドガーさんが実際にモンスターになりきって、サラさんとルガンさんで教えた対処法の見本を見せるといった形で進んでいった。
今回の講習で出てきたモンスターは、”ゴブリン”、”コボルト”、”リザードマン”、これらの種族は遠くから発見した場合、獣人や人間と間違える可能性の高いモンスターとして例が上げられた。
最近でもコボルトによって輸送する馬車が襲われたり、水難事故として処理されたものが実はリザードマンの仕業だったりと、そう言った報告が沢山上がった。
もちろん獣人とは異なる知性の低いモンスターだが、偏見や差別も生れているらしく、そう言った話も講義の中でされていた。
そして、実技の時間がやってきた。
僕とローゼリスはコボルドに扮したエドガーさんと対峙する。
コボルトは大型犬を人間に近づけたような容姿なので、エドガーさんは犬のお面を付けている。武器を使うことはなく、体術と爪、牙が主な攻撃方法、そして一番厄介なのはっ……
「来るわっ! 避けて!」
エドガーさんは足に身体強化魔法を掛けて凄まじい脚力を発揮させた。一瞬で間合いが詰まり、爪に見立てたナイフが僕の鎧に食い込んだ。
「残念ですが、致命傷です。次の方どうぞ!」
「説明にもあったように間合いを見誤るとほぼ即死になるわ。間合いの見極めと魔力の流れを感知しないとね。」
「やっぱり難しい」
「大丈夫、周りを見てごらんなさい。みんな同じくらいよ」
次々にエドガーさんは受講者を屠っていった。
「モンスターと対峙して生き残るための講習よ、実践形式でなければ意味がないわ。講習で何度も死んで、生き延びる術を自ら身に付けないとね」
「次の方!」
もう一度自分たちの番が回ってきた。
「お願いします!」
魔力の流れを感じてギリギリを見極めてバックステップ!
ギリギリエドガーさんの攻撃を躱した僕は謳牙を鞘のままエドガーさんに振り下ろす。
「まだですぞ!」
僕の腕の振りよりもエドガーさんの着地が早く、着地と同時に身体を捻り、僕の刀を上に蹴りとばした。
僕は素早く刀から手を放し、水魔法を発動させた。
そしてエドガーさんを水浸しにしてしまった。
「合格ですな、しかし魔法を使わずに受けることができればなお良いでしょう」
「ありがとうございます、服すみませんでした」
「何のことですかな? 私の服は濡れてなどおりませんよ」
エドガーさんの服はまったく濡れてはいなかった。
「防御障壁よ、それも超高密度のね」
「凄い!」
ローゼリスに説明されて初めて気づいた。対峙していたのに、詠唱や起動動作なしでこれほどの魔法を使うなんて、
「さて、なんのことやら。それでは次の方」
僕らの反応を無視して次の受講生の対応を始めるエドガーさん。そして1時間経った頃には全員がエドガーさんの間合いを見極める事が出来るようになってきていた。
「それでは次に、魔力感知の講習に移りたいと思います。魔力感知とは、古来より最も……」
そう言って次々に新たな項目を教えてくれるエドガーさん。講習での説明と実践での体験を元に、受講生の経験が積み重なっていく。
ステータスこそ存在する世界だが、それはいくらでも知識や経験、それらの創意工夫で乗り越えられるという教えがそこにはあった。
これで2度目の受講だけど、元居た世界の学校とは違って自ら学ばなければ何も身につかないこの講習のシステムは本当に優れていると思う。そして目的がシンプルで分かりやすい。この世界で生き残ること。
僕は、クワリファダンジョンでの宝珠集めも、母さんを救い出すためのにも強くならなければならない。その覚悟をここで見せないでいつ見せるのだ。そう言い聞かせて講習を受けた。途中から若干余裕が出来たので、今朝教えてもらった身体能力強化を自分自身に掛けながら講習を受けた。
講習の修了時間を告げる鐘がなると僕は魔法を解き、床に座り込んでしまった。
マナの消費も肉体の疲労も今までに感じたことのないレベルだ。
「まったく、無茶し過ぎよ! ハルカはちゃんと頑張っているんだから無理はしなくていいのよ!」
「私もそう思うよ、まだまだこれからなんだから、最初から無理はよくないよ」
「ハルカ君、そんなに頑張って……お姉さんがマッサージしてあげる! まだ竜鱗亭に泊っているんでしょ? すぐ行きましょう!」
クロエとローゼリスに加えていつの間にかサラさんまで僕の様子を見て心配してくれていたようだ。
「おうおう、一番威勢がいいと思ったら今度はガス欠か? 無茶はよくねーぞ!」
他の受講生の対応が終わったルガンさんも来てくれた。
「皆さん、ご心配をかけてすみません。ちょっと疲れてしまっただけですので」
僕の中の魔力器官に少しマナが溜まってきたのが分かる。僕は、疲労が蓄積している状態を改善してみようと、講習中に考えていたことを実践する。
身体能力強化の応用で回復魔法の簡易魔法陣掌に3つ作り出した。そしてそれを自らの胸に目掛けて打ち込んだ。
「ぐはっ!」
心臓が止まったように感じた、そして魔力器官が刺激され体の中からマナが溢れてくるのが分かる。
「まずいっ! 離れるんだ!」
「ハルカっ、行かないでっ!」
別の受講生の対応をしていたエドガーさんが慌ててこちらに駆け寄るのが見えた。
僕は溢れてくるマナに支配されていく体に耐えきれず、吐き気を堪えるのに精一杯で意識を手放してしまう。
意識が薄れていく中でクロエの声だけが鮮明に聞こえた。僕は死ぬのだろうか。
床が近づきぶつかった衝撃で僕の意識を完全に刈り取られた。
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